ASEAN最優秀監督が語る「サッカーを通じて、ミャンマーを変える。」− 元ミャンマー女子サッカー代表監督 熊田喜則氏

昨今注目を浴び始め、盛り上がりを見せているミャンマー。“アジア最後のフロンティア”として投資が進む一方、ビジネスとは一線を画した領域で奮闘する日本人がいる。

iPadから宇多田ヒカルの音楽を流しながらグラウンドへ颯爽と現れ、たどたどしいミャンマー語で選手と楽しそうに会話をしているのは、ミャンマー女子サッカー代表熊田喜則監督だ。練習前の選手との触れ合い方は半ば家族のようにも見え、監督自身「選手とのコミュニケーションは大切にしている」と話す。

代表監督の仕事の傍らで孤児院でもサッカーを教える彼は「国内の問題はミャンマー人自身が取り組まなければいけない」と代表選手をもその活動に巻き込んでいる。

そんな熊田監督に、世界で闘うことの厳しさ、サッカーの可能性、そして今後の展望を伺った。

 

 

—ミャンマー女子代表の監督をされている熊田監督ですが、簡単に経緯を教えて頂いていいですか?

 

熊田監督
「日本サッカー協会の“アジア貢献事業”の一環で来た。
監督ライセンス取得時に、“使用可能言語”を必ず書かされる。その使用言語に応じて、どこの国へ行けるかというのがある程度決まってしまう。
俺はブラジルに行っていたこともあり、ポルトガル語が喋れる。でもこのアジア貢献事業の対象国内で、ポルトガル語を使える国はないんだよね。

それでも以前からアジア貢献事業には興味があったから、ミャンマー女子代表監督の公募に応募した。それが7月の始めだったんだけど、8月の終わりにはミャンマーへ飛び立った。」

 

—実際にこっちに来てから文化、環境、言語などの面からいろいろな大変なことがあったかと思いますが。

 

熊田監督
「いっぱいあったね(笑)」

 

—例えば言語面はどうですか?個人的には監督が日本語で怒鳴っているのが印象的だったんですが(笑)

 

熊田監督
「どこの監督でも一緒だと思うんだよね。ブラジルに行ってそうだし、ザッケローニだってそうで、大事な所では自分の国の言葉で、『バッカヤロー!!』って言ってるんだと思う。

でもさ、たとえ通訳を通して指示を出してもどうしても難しいところがある。
例えば俺が『バッカヤロ−!!なにしてんだお前!』って汚い言葉を使うとするじゃん。それが通訳を介すと、婉曲した表現を使っちゃうんだよ。
だったら感情むき出しにして、自分で喋った方が伝わったりする。それを選手達もなんとなくわかってるんだよね。

あと難しいのは試合中だね。ゲームが流れている時に、いくら長い言葉で説明したって、聞いてる暇なくて、プレーしてる本人達は理解できない。ゆっくり説明できる時間があるならまだしも、試合中にぱっと、短く伝えられるようになりたいね。

例えば、『走れ!』とか『右!』とかそういう単語は自分で言えるように、よく使う単語をまとめてある。ミャンマー語の勉強をしてて夜中の3時に寝るなんてこともしょっちゅうだね。」

 

言語以外の部分での難しさといったらどこでしょうか?

 

熊田監督
「指導するのが女子ということで難しい部分もやっぱりある。
ミャンマーでは特に女の子は怒っちゃいけない。みんなの前で怒ってしまうと、傷ついてしまうからそれは避けろと言われる。最初はそういうのが全然わからなくて、所構わずボロクソに怒っちゃってさんざんだった。泣きながら逃げられて、そこから立て直すのがすごく大変だったね。

あとから聞いたんだけど、今のミャンマーの若い層って親から怒られたことがないらしい。殴られたりすることもない。そういうのを知らなかったから最初は苦労したね。」

 

—そういった文化の違いはやはり大変ですよね。どのようにして克服したんですか?

 

熊田監督
「最初の頃はミャンマー人の従業員を雇ってレストランを経営している日本人の友人にいろいろとアドバイスをもらっていた。最近はミャンマー人の知り合いもできて、いろんな人に教えてもらいながら勉強したね。」

 

そういう文化の違いがあるにせよ、監督という立場上、怒らないというワケにもいかないじゃないですか。その辺りの微調整をしているように見えましたね。

 

熊田監督
「それはすごく調整している。“指導者”っていうくらいだから間違ったことは正してあげなくちゃいけない。選手とはちゃんとコミュニケーション取らなくちゃいけないけど、一方で近付き過ぎてもダメ。

だから気をつけながらだけど、怒るところは怒るでしょ。いくら文化が違うとは言え、妥協しちゃいけないところがあるじゃん。妥協しちゃったら俺がいる意味がない。

いつも言っているんだけど、『代表選手なんだから、子どもたちにとって憧れの存在でありなさい。常にかっこいい存在でいなさい。』と。
俺がこっちに来たばかりの時は、みんな普段は短パンにサンダル姿で歩いていた。世界のサッカー選手は公の場に行ったらちゃんと靴を履くし、長いズボンを履く。だったらうちの選手もそうあって欲しい。

それは服装だけじゃなくて、行動一つ取ってもそうじゃん。街を歩いている時に代表選手が変なことしてたら、おかしいじゃん。日本だったらクビになることもあるだろうし。

そういう日本では当たり前のことでも結構口酸っぱく言ってる。」

ミャンマー_kumada1(代表練習中の熊田監督)

 

—熊田監督は代表監督のお仕事の他にも、孤児院でサッカーの指導をされていますよね。経緯を教えて頂けますか?

 

熊田監督
Japan HeartというNPOの事務局長からある日連絡が来て、会うことになった。その時に一緒に4人くらいの学生を連れて来た。彼らは、Japan Heartが運営しているDream Trainという孤児院で活動している学生で、いろいろな話をした。彼らの話を聞く中で、『日本の学生も捨てたもんじゃないな。こういう若いやつがこういうふうに動いているんだから、俺もなんか動かなくちゃいけないな』と思った。

それをきっかけに理事長の吉岡先生(小児外科医)が情熱大陸に出演した時のビデオを見せてもらった。それ見たら、お医者さんじゃないわ。この人は職人だなと感動して。

それで、吉岡先生とコンタクトをとって、会えることになった。そしたら向こうから、『うちの子たちにサッカーやらせてあげたいんだよね。』って言われて。即答でやらせてもらうことになった。」

 

ミャンマー_kumada2(孤児院 Dream Trainでのサッカー指導)

「実際に行ってみたら、サッカーシューズは持ってないんだけど、ボールもあるし、砂浜みたいなグラウンドもある。いろいろとイメージが湧いてきて、『ブラジルのビーチサッカーみたいに裸足でやったら面白いかも!』って思った。

孤児院にいたら、テレビも自由に見れない、外出も自由にできない、小遣いももらえない。そういう環境にいる子達にちょっとでも楽しみを与えてあげられればと思って最初は始めた。

俺が教えているプロのサッカーが彼らに希望を与えていて、ここからプロのサッカー選手が一人でも育ったりしたら、それこそミャンマードリームになるわけじゃん。何年かやってるうちにそういうやつが一人くらい出てくるかもしれないよね。タイガーマスクみたいな存在が。」

 

ー代表の選手も一緒に指導していましたが、最初から一緒に教えていたんですか?

 

熊田監督
「最初、選手は呼んでなかった。
でもさ、孤児院の問題って、ミャンマーの問題なんだよ。日本のボランティアとかもいいけど、最終的にはミャンマー人自身で解決していくべきじゃん。だから選手たちを練習の後に連れて行ってみた。『自分の国の問題を見ろ!』ってね。

俺はもともと小学生への指導はあんまり上手くないんだ。それで選手に指導させてみた。そうしたらまた違った意味の面白さが出てきたね。

子供達からしたら、代表選手から指導してもらうなんてすごいことじゃん。絶対憧れを頂くはずなんだよ。ミャンマーってロールモデルとなるような人だったり職業だったりがまだまだ少ないんだよね。

一方で選手達は指導を通して、自分が憧れの存在だってこと認識するわけじゃん。そうやって『格好に気をつけよう』とか『しっかりしなきゃ』とか少なからず考える。選手自身への教育としてもすごく良い事だなと思ってる。」

 

ミャンマー_kumada3

(指導をする代表選手と整列する子供達)

 

ーお休みを返上して孤児院でも指導してるんですよね?大変じゃないですか?

 

熊田監督
「最初はね。それこそボランティアみたいな感覚でスタートしたから。

でもやったらやったで、休めなくなっちゃって、子どもたちも『来週も来てくれるの?』って期待するから、簡単には休めない。継続してやらなきゃみたいな責任感はどこかで持ってたね。

その感覚は今でももちろんあるんだけど、今では“癒される場”って感じ。あそこに行くと、疲れもぱっと飛んで行っちゃう。与えてるだけじゃなくて、俺も選手もいろいろ貰ってるんだよな。」

 

ミャンマー_kumada7

(サッカーをやっている時の子供達の笑顔は最高でした。)

 

—熊田監督は先日ASEAN最優秀監督賞を受賞されましたよね。ASEAN最優秀監督賞を取ったときの気持ちってどうでしたか?

 

熊田監督
「『へえー取れちゃったんだー』っていうのがまず率直な気持ち。
『これって結果出せば取れるんだ。ワールドカップ行ってしまったら次アジアのタイトル取れるな』と。そう思った。
でも今までのサッカー人生で、選手で表彰されたことはあっても、監督で表彰されたことはないんだよね。そういう意味では嬉しかった。」

 

ーASEANの他の監督と、熊田監督の違いは?

 

熊田監督
「経験だと思う。彼らの経験が俺に追いつけないだけで、そこに俺よりも経験豊富な監督が来たら、俺より良い結果を出すかもしれない。

あと俺はその経験をもとに、ASEANの良いところ悪いところを常にイメージしながらやっているだけ。ミャンマー人の良いところどこだろう?ベトナム、タイの悪いところどこだろう?と、考える。

その思考作業は本当に念入りにやっていて、大会前なんかはずっとビデオ見て戦略を練ってる。多分そういうところはベトナムの監督やタイの監督は考えないんだよ。」

 

ーミャンマーに来て良かったことは?

 

熊田監督
「ここに来る前も来た時も本当に“崖っぷち”っていう感じだった。苦しくて、もがいて、その中でも自分の信念を曲げずに突き進んで、まさしく逆境。
でもその中で考え続けた結果、いろんな作戦や気付きが出てきて、『俺ってこんなところにも気付けるんだ!』って思った。

日本には俺より優秀な監督なんて腐るほどいる。でも彼らが気付いていないことっていっぱいあると思うし、俺も日本にいたら多分気付かなかったと思う。

多分それって、『こっから突き落とされたら死んじゃうよ』っていう状況に立たされて踏ん張った時に初めて分かるんだと思う。」

 

ーずばり今後のミャンマーチームの目標は?

 

熊田監督
「まずは去年取れなかった9月にあるASEANのタイトルを取ること。
そのタイトルを取れれば12月にあるSEA GAME(ASEAN 域内のオリンピックのようなもの)に良いコンディションで臨める。逆にタイトルを取りきれないと、結構プレッシャーがかかってSEA GAMEは厳しい戦いになる。

ただし、しっかりと見据えていかなくちゃいけないのはもちろんワールドカップだよね。5月の予選を勝ち抜いて、国内の注目を集めなくちゃいけない。

そうすれば日本がよくやっているRoad to Canadaみたいに、スポンサーをつけて国全体を巻き込んでいく動きができる。どうやって共感を引き出して、そこまで持っていくか。それはやっぱりワールドカップ予選にかかってる。
そうやって実績をちゃんと作って、ミャンマーサッカーの歴史を自分で変えて行けたらいいなと思う。

日本のサッカーの歴史って、実はビルマ人から始まってるんだよ。
それを逆に自分が監督をやっていることでなにか貢献できたら恩返しだし、それに越したことはない。」

ミャンマー_kumada5


ー最後に、海外に出てみたいけど、その一歩が踏み出せないという若者達に向けて、何かメッセージをお願いします。

 

熊田監督
「まずは自分の目で見て、自分の肌で感じることだよね。
日本を出てみて初めて、自分の感覚と違うものを持っている人がいることに気付くじゃん。

俺自身も、ブラジルに行って、いろいろと学んで『敵わないな』と思うことがいっぱいあった。でも『こういう所は日本の方が上かも』とか思うことっていっぱいある。
自分にこれが足りない、この国のここが良い、日本人のここが良いって分かるのは、そういう環境に飛び出したからだよ。同時に、自分の強みが何かっていうことを分かるのも、全く異なる環境に飛び出した時。」

 

(インタビュアー•編集 早川遼  撮影 鈴木佑豪)


《 編集後記 》

日本サッカー協会が推進しているアジア貢献事業では、日本サッカーのノウハウをアジア各国に広めている。
熊田監督はもちろん技術や戦術をミャンマーという国に提供している。しかし、それ同時に彼が提供しているのは、“サッカーを通じて人生を変える”という考え方であろう。それは、代表選手の言動に対しても、孤児院の子供達の未来にしても、ミャンマー国民の考え方にしても、一様に当てはめることができる。

いわゆる“ビジネス”とは全く異なる領域で活躍する熊田監督だが、彼の働き方から学び取れるものは少なくない。現地への順応の仕方や変化を生もうとする姿勢からは、ある種の“信念”のようなものが見て取れた。

「やると言ったらやる男」と自負している熊田監督。その言葉通り、ワールドカップアジア最終予選に駒を進めている。なでしこジャパンとの一戦も近いうちに実現するだろう。

 

ミャンマー_kumada6

《 熊田監督関連記事・URL

JFA TODAY | 海の向こうで活躍する日本人指導者。(ASEAN最優秀監督賞受賞)
http://www.jfa.or.jp/jfa/jfatoday/2013/04/post-24.html

SEA GAME( ASEAN のオリンピック )
http://www.mmseagames2013.com/

2014AFC 女子アジアカップ戦績

 

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「ASEANで働くを近くする」を理念に掲げ、ASEANで働いている日本人のインタビュー記事を発信しています!他にも、ASEANのカルチャーやトラベル情報も発信し、ASEANに行ってみたいと思ってもらえるように日々奮闘中です。ほぼ学生で運営しています。