『ベトナムで人生を変える。』川村氏が語る『チェンジメーカー留学inベトナム』の魅力

ベトナム縦断しながら、学んで!体験して!つくりだす!
今回で第六回目を迎えた、「チェンジメーカー留学inベトナム」。
この熱いプログラムの現地コーディネーターである川村泰裕氏に、彼自身のベトナムとの関わり、当プログラムの魅力を語ってもらった。

 

 

—ベトナムで25歳から働き始めて、今も働いているとのことですが、川村さん自身のベトナムとの関わりを教えてください。

川村さん
「2008年の4月に新卒で都内のメーカーに入社しました。

普通に働いていたのに、リーマンショックの影響で会社が危なくなって、しまいには部署ごと解散した。周りにも入社間もないのにリストラされる人が多かったです。

しかも、世間では「100年に一度の不況」だと言われていたんですよね。

そんな状況で、たった1年半しか就業経験がない僕に何ができるかを考えました。
最初は転職活動しようと思ったけど、直感的に嫌でしたね。格好良かった先輩達が転職活動に汗水垂らして頑張っている姿を見て、さらにそれを思いました。

僕が本当にやりたかったのは、『今あるイス(職)を奪い合うのではなくて、イスを創ること』

大学時代にETIC.でインターンをしていて、社会起業家と触れ合う機会が多かったのが影響していると思います。
純粋に社会を良くしたいと思って行動している人達が輝いていて、僕も起業家精神みたいなものを当時から持っていたいと思ってました。

今後を考えざるを得ない状況に陥ったことが、むしろ『自分は本当に何がやりたいのか』を考える機会になったんですよね。

当時は、暗い社会情勢の真っ只中に自分と同じような状況の人がいました。
だからこそ、人と違う道に進むことで周りに希望を与えたかったんです。

元々地域活性化に興味があって、日本各地を周って仕事を創るチャンスを探していた。
でも、意外と各地にプレーヤーが既にいて、自分がやることではないのかな、と感じて迷っていました。

すると、以前知り合った方から連絡があって『ベトナムで会社作るけど、一緒にどう?』と言われた。
当時は、『海外で働く』選択肢なんて1ミリもなくて、海外は駐在員として行くものだと思っていました。

でも、『とりあえず見てみよう!』と思って実際に行ってみると、経済成長している中で楽しそうに仕事をする日本人の姿があった。言語のハードルも意外と低くて、何よりもイキイキと働いている方が多いのが印象的でした。

行くことは決めて、当時50万円ぐらいの貯金を持っていたんだけど、自分を追い込むのが好きで『金持っていちゃいけない』と思って、30万ぐらい投資したりとか失業者のパトロンになったりしてましたね。笑

最初はフエという街で日本語を教えるボランティアしながら、ビジネスチャンスを探していたけど、実際は厳しくて....
すると、ラッキーなことに、2ヶ月ほど経った時に、たまたまフエ外国語大学の先生にならないかとスカウトされました。

kawamura_1

トータルで約3ヶ月間、ある意味海外ニートをしていました。

毎日が不安。収入がない中で、貯金が目減りしていくのを感じるのは本当ヤバかったです。

でも今思うのは、ふらふら何かを考える時間を持てて本当に良かった。
人生を一直線に進むよりも、寄り道した方が絶対に良い。僕の場合は、ブログやツイッターで自分の意見を発信して、色々考えることができました。」

 

現地コーディネーターが語る
チェンジメーカー留学inベトナムの魅力

 

—チェンジメーカー留学inベトナムのことについてお聞かせください。どうやってこのプログラムは誕生したんですか?

 

川村さん
「元々は作ろうと思ってできたのではなく、縁でできたものなんですよ!

先生をやっていた時間は、日本のこともベトナムのことも深く知って、好きになれた時間でした。
自分はある意味『日本なんて!』と言って飛び出てきた身なのに、ベトナム人学生と話すことで、“日本の良さ”を再発見できた。

普段、生徒と接していると『日本語を学んでいるのに、日本人と会う機会がない』という声をよく聞いていた。

当時やることが少なかったからブログ、ツイッターを通じてこんな問題意識を発信していたら、反応があって、それが毎日エデュケーションの人だった。
自分の想いに共感してくれて、大学の先輩だったこともあって、「これやりましょう!」ということになりました。

だからツイッターから生まれたプログラムって言っても良いかもしれないですね。笑

チェンジメーカー留学inベトナム

僕がベトナムで経験してきたことを1週間に凝縮したプログラムにしたいと思ったんです。

大前提のコンセプトとしてあるのは、ベトナム人学生と常に行動を共にすることです。
何よりも日本人と接したいと思っているのは、ベトナム人の大学生だったので、自分の教え子達にアテンドしてもらおうと思った。彼らと一緒に時間を過ごして、付きっきりで語り合うことで見えてくるものがたくさんある。

例えば、学ぶ姿勢の違いで、ベトナム人学生は、「常にメモを取る」習慣を持っていて、学びに対する姿勢が非常に貪欲。

他にも、自分の立ち位置に違和感を感じる瞬間があります。
何気なく入ったカフェで日本人学生がコーヒーを頼んだけど、なぜかベトナム人は頼まない。
後々考えてみると「そうか、彼らにとっては高いのか…」と気づいたり、“学生”という同じ立場なのに、生まれてくる国によって生活がこんなにも違うのか、と驚くことがあります。

非常に印象的だったのが、ホームステイに行った時の話で、そこの家は全然豊かじゃなくて、シャワーも桶に溜まった水を使うくらい。
その状況に日本人は最初戸惑うんだけど、実はホスト先の人達が一番申し訳ないと思っていて、だからこそ一生懸命もてなしてくれる。
後からそういうことに気づいて、自分の愚かさを実感してた人もいましたね。

今回のチェンジメーカー留学では、直接そういうことは伝えないけど、仕掛けは考えてプログラムを組んでいます。

kawamura_4

 

ー今回は、「夏祭り」をテーマにしてるんですよね?

今までのチェンジメーカー留学でやってきたことが、祭りに近いっていうのもあって。笑
ホイアンには夏に「ホイアン日本祭」というのがあるけど、ホイアンで日本語を勉強している人はほぼいない。
一方で、フエには400人程いるにも関わらず、祭りがない。
これは問題だと感じて、政府とか国がやるんじゃなくて「自分たちで祭りを創っちゃおう!」となった。

このプログラムを通じて、「仕事を創る」経験をしてほしい。
今までも、ベトナム人と恊働して、現地人に役立つ仕事を創ろうということで、ゲリラ的に屋台を出したりとか、天ぷらを売って得た収益を地元の孤児院に寄付したりしました。
日本人としての強みを活かして、人と協力しながら人のためになる仕事を創る経験。これは将来にも絶対に活かされます。

要は、海外に来ることによって既成概念を打ち破りたい。

日本で流行のDIY(Do It yourself)って、ベトナム人を体現していて、良い意味で政府に期待しないので、自分でやるっていう文化があるんですね。祭りを創ることを通じて、そういった精神を体験してほしい。

 

このプログラムは、大きく分けて「学んで!体験して!つくりだす!」の3つの構成でやっている。

まずはインプットで知るということ。
こちらで働く日本人にインタビューしたり、ベトナム人と話して、日本とベトナムがそれぞれどんな強みを持っているかを知る。

次は実際に体験してみる。
ホイアンにある「COOL JAPAN in Hoian」という日本の商品を売るお店で販売体験をすることによって、「日本を活かして仕事するってなんだろう」と考える。

最後は、世界遺産の街フエで、ベトナム人と恊働して、夏祭りをゼロから創りだす。

 

ーインプットからアウトプットまでの全てを短い期間でやってしまうんですね。

最後の方は、皆さんかなり疲弊するんですけどね。笑
その分、メンバー同士、確実に仲良くなります。
日本人と仕事する機会はもちろん、外国人と仕事するってなかなかないですもんね。

このプログラムは、あくまでベトナムの入り口に過ぎないと思っている。
プログラムが終わった後も、Facebookやskypeを通じて、継続的に連絡を取り合っています。
その中で嬉しかったことが、チェンジメーカー留学に協力してくれたベトナム人学生が、「日本に留学したい!」と思い、実際に日本留学をしてくれたことです。

更に嬉しかったことが、そのベトナム人留学生を、日本人の参加者が日本でサポートしてくれたことです。
「ベトナムでお世話になったから、恩返しがしたい」と、そんな気持ちでベトナム人留学生と関わってくれて、お互いとても喜んでいたんですね。

ツアーをしたら、その場で終わり!という関係ではなく、その後も時間と国を越えて繋がりが生まれていっています。
当時は予想していなかった動きですが、こうした繋がりこそがこのプログラムの価値なのではないかと感じています。

kawamura_5

 

ープログラムの卒業生の中で、実際に海外で働く人ってどれほどいるんでしょうか?

今まで参加してくれた32人の中に働いた人はまだいないけど、世界一周に出た人がいたり、危機感を感じてフィリピンに英語留学行った後アジアを周って、海外で働く機会の多い専門商社に入った人はいます。
ほとんどの人が海外ではまだ働いていないけど、“選択肢”として持てた人は多いと思いますね。

海外で働くことが遠い世界の話ではなくて、自分でもできることを感じられる。

みんな「何かしらやりたい」という気持ちを持っている。それがお金になるかとか、親になんか言われないかとかの変数が入ってくるとそういう気持ちを隠してしまう。
僕は、「それでも、私はこういうことしたい!」って行動する人を増やしたい。

僕なんて25歳から27歳の間、年収30万くらいのレベル。
でも、逆にそんなことをしている人がいなかったので、色んな縁ができました。

やらない理由ってたくさんあるけど、「あーでもない、こーでもない」って言っていたらあっという間に30歳、40歳になってしまう。
「自分がしたいことを素直にする」そんな気持ちを少しでも後押しできる企画にしたいです。

 

ー「チェンジメーカー留学」ということなんですが、具体的にどんなチェンジを生み出したいのでしょうか?

「自分」っていう意味でチェンジを生み出したいと思ってます。
自分で自分を変えて、周りにも伝播していく。まずは、人に変化を求める前に、自分が変化しないといけない。
それをみんなで考えていくような意味でチェンジメーカーを使ってほしいですね。

みんなが持ってるトムソーヤのような少年心を喚起させたい。
ベトナムはそういう場としてもってこいの場だし、まだ成長ステージにあってできることがたくさんあります。

 

ー最後の質問になります。海外に出たいと思っているけど、ハードルが高く感じて一歩踏み出せない人に対して、メッセージをお願いします。

日本と海外は繋がっていて、海外で働くと日本でも活動する幅が広がる。
一年でも良い。旅でも何でも良いから出て、海外に滞在する期間を持ってみてはどうでしょうか。

こっちで働いている人は、日本がヤバいから来ている人は実は一人もいなくて、こっちが面白いから働いている人が全てです。
海外が少しでも楽しそうだなって感じたら一週間でも良いから出てみるをオススメします。
※当プログラムの申込締切日は7/12です。
少しでも参加に興味がある方は、こちらのURLにあるお申し込みフォームを通じて早めにご連絡下さい。

 

(インタビュアー•編集 鈴木佑豪)

 

《編集後記》
川村さんは、大学卒業して就職するまでストレートな道を歩んできたが、突然マイノリティとして普通でない道を歩みだした。「仕事をゼロから創る」のは、とてつもなく大変なこと。しかも、日本ではなく言語も文化も違う海外ではなおさらそうかもしれない。今まで普通として見られていた“終身雇用”や“職の安定”などの様々な前提が崩れていく。そんな環境で一番強いのは、紛れもなく「仕事を創れる人」である。発展途上国らしいエネルギーが満ちあふれるベトナムで、そんな体験をしてみる夏は相当刺激的である。

 

《川村氏•チェンジメーカー留学inベトナム関連情報》
•川村氏ブログ
http://kawamurayasuhiro.blog36.fc2.com/

•ツイッター
https://twitter.com/kawayasu

•チェンジメーカー留学inベトナム
http://ryugaku.myedu.jp/program/cm/viet1308.html

•2分でわかる!第6期チェンジメーカー留学inベトナム説明スライド
http://www.slideshare.net/shuheikaratu/in-22551676




ABOUTこの記事をかいた人

アセナビファウンダー。慶應SFC卒。高校時代にはアメリカ、大学2年の時には中国、それぞれ1年間の交換留学を経て、いまの視点はASEANへ。2013年4月から180日間かけてASEAN10カ国を周りながら現地で働く日本人130名に取材。口癖は、「日本と世界を近づける」