2017.05.13

マレーシアで慣れないこと

こんにちは、マレーシア・ペナン島に留学している渡辺です。

留学生活も3か月が経ち、様々なマレーシアならではの文化に慣れてきたわけですが、ひとつだけ、どうしても未だに「うっ」となってしまうものがあります。

トイレです。

多くの人がご存じだとは思いますが、マレーシアのほとんどのトイレには“トイレットペーパーがない”のです。また、“床、便座がびしょ濡れである”“洋式の便座に靴跡がついている”“流れない”、ざっくりというとこのような点が私を毎回「うっ」という感情にさせます。

 (靴の裏と思われる跡がくっきりと…)

わたしは特別潔癖症なわけではないです。むしろ大雑把なほうなのですが、それでもトイレだけは日本の綺麗なトイレを知っているからこそであるのか、あまり慣れることができません。

しかしもちろんこのトイレ、決してマレーシア人が不潔であるが故、というわけではありません。

ここにも、“宗教”の表れがあるのです。

イスラム教の教えであるコーランの中に

“これ、汝ら、信徒の者、礼拝のために立ち上がる場合は、まず顔を洗い、次に両手を肘まで洗え。それから顔を擦り、両足を踝のところまで擦れ。けがれの状態にあるときは、それを特に浄めなくてはならぬ。だが病気の時、または旅路にある時、あるいはまた汝らのうち誰でも隠れ場から出てきた時とか妻に触れて来たとかした場合、もし水が見つからなかったら、きれいな砂をとって、それで顔と手を擦ればよろしい。アッラーは汝らをことさらいじめようとし給うわけではない。ただ汝らを浄め、そして汝らに十分の恵みを授けて、なろうことなら汝らが感謝の気持ちを抱くようにしてやりたいと思っておられるだけのこと。”

という一説があります。

この一説に基づく清めることを大切にする習慣が、わたしをちょっぴり「うっ」とさせるトイレ文化を作っているのです。

 

また使い方でも困ったことがありました。

あるとき、マレー系の友人の家にホームステイをさせてもらったことがありました。トイレを借りると、ドアを開けた先はびちょぬれの個室でした。しかし、仲のいい友人ですし、泊めさせて頂いていることもあり、嫌な顔など出来ません。何食わぬ顔でトイレに入りました。もちろん足の裏はびちょびちょでした。そこで問題が発生したのです。トイレが流れない…。しばらく待ってから流してみるも流れない…。その時の私は、水を汲んで流すという方法を知りませんでした。なかなか出てこない私を心配してか、友人が声をかけてきてくれました。正直に状況を話すと、ははは、と笑って丁寧に教えてくれました。日本の当たり前に流れるトイレの素晴らしさを痛感したのです。

わたしは思い切って、イスラム式のトイレになかなか慣れることができない話をしました。彼女は日本への留学経験があるため、そんな私に理解を示し、イスラム教のトイレのことを教えてくれました。それをきっかけに今まで「うっ」となるポイントであるトイレについて少し調べてみることにしました。

イスラム式のトイレとは?

イスラム式のトイレを詳しく見てみましょう。

多く見られるのは和式タイプのトイレですが、日本と同じように、家庭のトイレは多くの場合が洋式のタイプですし、モールや空港などの公共施設のトイレは、洋式のタイプと和式のタイプのものが半分ずつくらいです。

 (私の住む寮のトイレ)

一番の大きな特徴は、どのトイレもトイレの脇にホースがついていることです。また、改修されていないようなところですと、ホースではなく、水のたまった大きな桶と手桶が用意されています。最初に述べたようにこれらを使って体を洗ったりトイレを流したりするのです。ホースにも種類があり、蛇口にホースがついたようなものや、アルミ製のものなど多様です。

水圧がものすごく強いものもあり、以前小さな子供が誤って水を出してしまいトイレ中に水が飛び散り、思い切り水がかかってしまった人も見たことがあります…。勇気がなくホースを使ったイスラム式トイレの入り方は実践したことはありませんが、このホースを器用に扱えることは素直にすごいなあと思います。またこのホースを用いて、床や便器を洗う人もいるため、床が水浸し状態になってしまうようです。気を付けないとすべりそうになることもしばしば…。

 

また、たまにトイレの個室の中にゴミ箱のようなものがついているときがあります。これはティッシュなど使った際にはそこに捨てるようにということです。お察しの通り、これはとてつもない異臭を放ちます。ただでさえ臭いトイレをさらに臭くするのです。これもわたしを「うっ」とさせるポイントです。

ここで疑問に思うのは、トイレットペーパーがないのに濡れた体をどうしているのか、ということだと思います。

友人に聞いたところによると、洗った後の処理は人によるようです。

そのまま…というひとも、ちゃんとタオルやペーパーで拭いているよという人もいるようです。年中真夏のマレーシアでは、ちょっと濡れるくらいあまり気にならないのかな、という感じもします。あとは、これも人によるらしいですが、全て完全に脱いでから用を足す人も多いそうです。そのためマレー系の友人と出かけた際トイレが異常に長かったのはこのためだったのかなという気がします。

そして、この洗浄の際に用いるのは左手という決まりがあります。そのためイスラム教では、左手は“不浄の手”とされており、食事や握手の際に左手を使うことはよくないとされています。左利きの場合は、幼いときに右利きに矯正するようです。しかし以前左手で作ることを売りにしている屋台がありました。チャイニーズ系の方でイスラム教に対してあまり良い感情をもっていないようです。観光地の栄えた場所で堂々とするおじさん、、、度胸がありますね。

(ジョージタウンにて)

また、日本でいう和式では日本としゃがむ向きが逆という違いもあります。イスラム式ではドアのほうを向いて座ります。この理由には諸説ありますが、仲の良いマレーシアの友人は自分の汚物が見えないようにという風に教えてくれました。

 

イスラム式トイレの真相

トイレの仕方は人それぞれ、信仰の度合いの違いによったり、各家庭の教え方によったり、多様であることが分かりました。最初はちょっと(かなり?)ネガティブな印象でこのトピックについてお伝えしてしまいましたが、今回自分自身もじっくり調べたり考えたりすることで、これらの事象はイスラム教が穢れとするものを嫌い、清めることを大切にする習慣故のことだということが分かりました。例えば、女性の場合生理の際には、生理用ナプキンは使用後、きれいな水で洗浄してから捨てるという習慣もあるそうです。今までトイレに「うっ」という感情しかなかったけれど、ちょっとプラスな気持ちになったような気がします。(それでも日本のトイレが恋しい~ですが)

宗教が織りなす文化

また、今回の記事を通してトイレという人間の生活に欠かすことのできない重要なものへも影響する“宗教の強さ”をみなさんに感じてもらえたらいいなと思います。

私自身もそうですが勉強する中で“文化”という言葉をよく耳にします。日常生活の中で使うことも多くあります。とても分かりやすい言葉ですし、便利な言葉ですが、そのひとつひとつの文化をよく見てみるとそこには深い理由と複雑さ、大切な要素が必ず含まれていることが分かります。その中で、宗教というものは文化を織りなす偉大な要素のうちのひとつだと思います。自分自身の習慣もじっくりみてみると面白い発見もあるかもしれませんね。

 

最後に、くれぐれもマレーシアにお越しの際はポケットティッシュの携帯をお忘れなく!