結局クチだけ!? アジア最後のフロンティア「ミャンマー」でのニッポン

 

「アジア最後のフロンティア」と称されるミャンマー。メディアでの露出度が増える中、ASEAN地域で働く日本人からの注目度も非常に高く、ミャンマーに関する情報を頻繁に聞かれる。
今回は、ブームの真っ只中のミャンマービジネスの概況を若者向けに解説したい。

 

■視察ツアーの目的地として大人気

ミャンマー行きの視察ツアーが活況を呈している。
世界中から熱い視線を集めているミャンマーだが、日本から来る視察団の数が世界で最も多いと言われている。

僕らがヤンゴンの中心地にある有名ホテル「トレーダーズ」でネットを使っていると、日本語が頻繁に聞こえてくる。
どうやら彼らはヤンゴンで働いている人ではなく、視察ツアーで来ている人々であった。

このような光景が、ヤンゴンでは日常的に見られる。

では、なぜそこまでミャンマーが注目されているのだろうか?
3つのポイントを紹介したい。

 

1つ目に、安価な労働力。
製造業に従事するワーカーの平均賃金が月$53で、アジア最安値である。最近、製造系の日系企業の進出が盛んなインドネシアと比べても約4分の1である。

2つ目に、内需を見込める人口の多さ。
約6000万という人口の多さは非常に魅力的である。
今でこそGDPが$835(2012年:世界159位)と低い消費力ではあるが、所得の増加を見据えるとそのポテンシャルは計り知れない。

最後に、親日的で勤勉なミャンマー人の性格。
「日本人と気質が似ていて、スキルアップに余念がないという人が多い。」と、ミャンマーで10年以上ビジネス経験のある方は述べる。アジア最貧国でありながら、識字率が90%を超える。そこら中に点在する寺院で、無料で教育を受けられるためだ。

ミャンマー政権が民主化に舵を切ったことで、以上のような可能性が顕在化し、外資系企業がなだれ込む形になった。

 myanmar_pagoda

■NATOと呼ばれるニッポン

「こんな言葉聞いたことなかった!」と思う人がほとんどだろうが、ASEANで働く人と話しているとよく聞くこの言葉、“NATO”。
これは、別に“納豆”を表しているのはなく、No Action, Talk Only”の略である。

ミャンマーの政府関係者からは、日本人は「話すだけで、行動を起こさない」と揶揄されている。

ミャンマー政府関係者にパイプを持つ日本人によると、「ミャンマー政府は日本企業にカンカンに怒っている」と述べる。
2月に経団連が140名からなる視察団を率いて、工業団地の視察やテイン•セイン大統領への表敬訪問を行った。
しかし、日本人達は文句ばかり言って、何もせずに帰って行った。
一方、韓国から来た40人ぐらいの視察団は、色んな手を尽くして「お土産」を置いて、帰って行ったという。

やはり、リスクを気にして行動が遅い日本企業の傾向はミャンマーでも出ている。


しかし、このNATOに関して、ASEANで働く経営者からは色んな意見がある。

「とりあえず、行動してみないと分からない」と言う方もいれば、「ミャンマーのあのインフラじゃ当然無理でしょ」という見方もある。
比較的多かった意見は、「政府の方向性が明確になるまで様子を見る」という意見である。

視察ツアーブームに関しては、実際に進出のことなど視野に入れずに「地元のビジネス仲間の会長が行くから、”付き合い”でまぁ俺も...」というノリで行く人が多いようだ。

myanmar_ooh

■進出企業の傾向

NATOと言われる日本だが、進出を決めている企業は1年前に比べて一気に増えた。商工会登録ベースだと、5月に100社を超えたとニュースもあった。

2012年12月と比べ、たった5ヶ月で30社も進出してきた計算になる。

では、実際に進出している企業はどのような業種が多いのだろうか?

これまでは、縫製工場の進出が多かったが、縫製以外の製造業の進出が進んでいるという。
また、6000万人の市場を狙ったサービス関連の進出も増えている。

例えば、中古車販売。
ミャンマーの法律では新車が買えないことになっているため、必然的に中古車が増える。
日本車のシェアは非常に高く、90%を超えている。
2011年に輸入自動車の関税緩和がされたことも相まって、中古車関連のビジネスが流行っている。

最近では、富裕層を狙った飲食業の進出も増えているようだ。
特に、隣国タイで成功している飲食店がミャンマーに進出する動きも増えてきている。


以上、ミャンマーのビジネス環境について紹介した。
ミャンマーが熱い!」と言われる背景を見定めることが、成功の秘訣なのではないだろうか。

5年後、10年後のミャンマーでの日本企業の活躍はどうなっているのだろうか。
1つ確実に言えるのは、今の若い世代が今後深く関わっていく国の1つであるということである。




ABOUTこの記事をかいた人

アセナビファウンダー。慶應SFC卒。高校時代にはアメリカ、大学2年の時には中国、それぞれ1年間の交換留学を経て、いまの視点はASEANへ。2013年4月から180日間かけてASEAN10カ国を周りながら現地で働く日本人130名に取材。口癖は、「日本と世界を近づける」