「価格.com」モデルをインドネシアで展開する日本人起業家の戦略 Pricebook CEO辻友徳氏


目覚ましい成長をとげるインドネシアの
Eコマース市場。そこで発生する課題にチャンスを見いだし、飛び込んだ若き日本人起業家がいる。ローカル向けの家電価格比較サイト、Pricebookを運営する辻友徳氏だ。日本のEコマース市場を徹底して分析し、「タイムマシン経営」でインドネシアの市場にサービスを展開する同氏を取材した。

《プロフィール|辻友徳氏》
Pricebook CEO。東京大学経済学部卒業後、インターネットのスピード感と提供価値に魅せられネットベンチャーへ入社。マーケティングコンサルタントとしてネット広告の営業/企画/制作/運用に従事。その後シンガポール企業へ転職、メディア事業責任者として開発を指揮。2013年6月に独立、体制構築及び資金調達を行う。9月に株式会社Pricebook設立、11月にジャカルタへ拠点移設。

 

ローカライズが成功すれば、小規模なプレイヤーでも勝てる市場

 

サービスの内容を教えて下さい。 

2013年12月より、家電製品の価格比較、口コミの掲載を行っているサイトPricebook」をインドネシアで運営しています。特に力を入れているのが、「最低価格比較」と「口コミ」です。現状として、価格の不透明性や情報の非対称性という理由で、ユーザーが一番安い商品を買うことが容易ではありません。また、ユーザーがオンラインで買い物を行う上で、詐欺や商品の初期不良をかなり懸念しています。そのような現状において「最も安い価格で信頼できる店舗から買いたい」というニーズが強い。それらを満たすために、多数の格安店舗との連携、誤った情報のフィルタリング、口コミの蓄積を進めています。

現段階ではまだ収益化をしていませんが、今後2年で単月黒字化を目指します。現在私を含めて9人のメンバーがおり、エンジニアを始め、営業マンやライターが所属しています。日本人は私だけで、その他はみなインドネシア人です。

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Pricebookイメージ

インドネシアの価格比較市場にはどのような競合がいますか?

ローカル企業で有力なサイトが「Pricearea」と「Telunjuk」です。外資系企業の参入もあり、「価格.com」が運営する「Priceprice」、ドイツのロケットインターネットが運営する「Pricepanda」、タイでナンバーワンの「Priceza」などが進出しています。 

インドネシアのほとんどの価格比較サイトには日本の資本が入っています。日本は価格比較が最も発達した市場であると考えています。例えば、業界ナンバーワンの「価格.com」は時価総額が4000億ほどで、営業利益率も50%、創業から17年間常に増収増益しています。そのようなこともあり、日本は価格比較市場への投資に対して積極的ですね。Pricezaにはサイバーエージェントベンチャーズが、PriceareaにはグリーベンチャーズやSonet、Telunjukにはベンチャーリパブリックが出資しています。

 

―なぜインドネシアで価格比較サイトをやろうと考えたのですか?

市場規模が大きく、さらに伸びているからです。インドネシアのEコマース市場は2016年に2.5兆円規模になることが予想されており、市場の急激な成長とともに、現在多くのEコマースプレイヤーが参入しています。Eコマースサイトが競合し、乱立することで「一番良い条件で買いたい」と商品を比較するニーズが生まれ、価格比較市場が伸びています。また、オンラインで購入される商品のうち、ノートパソコンやスマートフォンなどの電化製品が約40%を占めており、それが家電領域にフォーカスした理由です。

また、市場において圧倒的に強い競合がおらず、他のプレイヤーも全体的に未発達であることも理由の一つです。現在インドネシアのEC市場の規模は、日本で「価格.com」が上場する2、3年前とほぼ同じくらいです。それにも関わらず、価格.comのようなビッグプレイヤーがいない。それを示す例として、インドネシアと日本の価格比較サイトのランキングを比較があります。ウェブサイトの国内順位を推測するAlexaランクで、日本の「価格.com」は国内で18位であり強力なサイトです。しかし、インドネシアの価格比較サイトは、業界でトップのものでも国内で500位ほどです。つまり、価格比較というモデル自体が未発達であると言えます。

最後に、ローカライズに成功したプレイヤーが勝てる市場であるということ。インドネシアの価格比較市場は、日本や他の国の市場と違っていくつかの特徴があります。日本の価格比較サイトはPCからのアクセスがメインで育ってきましたが、例えばPricebookはモバイルからのアクセスが6割を占めます。また、日本の場合メインユーザーが30~40代なのに対して、ここでは20代前半のユーザーが中心です。日本で成功したモデルをそのまま持って来て成功するのであれば、オペレーションが確立され、資金力のある会社が勝つ。しかし、インドネシアの場合は、市場の状況が他のケースと違っているので、ローカライズがうまくいけば、自分たちのような小さな会社にも勝てる可能性があると考えました。

現地の新聞

現地の新聞に取材された際の記事

ニューヨークで過ごした少年時代に目覚めた、インターネットの可能性

 

辻さんのこれまでの生い立ちやキャリアを教えてください。

1987年に日本で生まれましたが、1歳から5歳までロシアのモスクワにいました。その後日本に帰国しましたが、小学校4年〜中学校3年まではニューヨークに住んでいました。アメリカではインターネットの普及が日本よりも早く、小学生の頃からネットに触れる機会がたくさんありました。

アメリカは車社会で、友達の家も離れていたので、話す時もオンラインで会話をすることが頻繁にあった。当時、htmlで簡単なサイトを作っていたのですが、物作りが簡単にできて、それが世界中に広がるインターネットに魅了されていました。それがインターネットに目覚めた原点ですね。日本の高校を卒業後、東京大学に入学しました。就職活動では当初、商社や外資系コンサルを志望していました。しかし「お金がもらえるから」という理由で参加したネット系夏期インターンがきっかけで、IT系のベンチャー企業に興味を持ち始め、最終的にインターネット広告代理店のイトクロに入社を決めました。入社後は広告代理事業に配属され、主に金融系のクライアントを担当し、マーケティングのコンサルティングを行っていました。 

一年半ほど勤務しましたが、「自分で何かを所有してそれを大きくしたい」という自分の志向性に気づき、自分でインターネットメディア作ってみたいという思いが強くなった。そんな中、たまたま縁があってシンガポールでビジネスをする機会があり、イトクロを退社しました。シンガポールでは、現在のPricebookの前身となるビジネスの構想と基礎作りを行っていました。その後、日本に帰国して会社を設立して日本のベンチャーキャピタルより出資を受け、2013年11月にインドネシアに渡りました。

 

―事業を立ち上げる中で何か苦労はありましたか?

メンバーのマネジメントに苦労しました。それまで、広告代理店では個人で動くことが多く、チームで恊働したり、後輩を指導したりという経験をしていませんでした。そんな状態で起業し、今年の7月には2人だったメンバーを一気に8人にまで増やしたので、社員をマネジメントすることが大変でしたね。メンバーは目標などのKPIを設定し、責任感を持って仕事をすることに慣れていなかった。現在は、出資をしていただいている投資家の方より、マネジメントや戦略などに関してアドバイスを受け、私たちに足りていない「経験」を補っていただいています。

今後、組織の運営体制を確立させ、強いチームをつくっていくことで、他社と差別化していきたいと考えています。

記者会見

 9月に行った記者会見の様子

あなたには、大卒で優秀なインドネシア人より8倍の価値があるか?

 

今後のビジョンを教えてください。

来年中に、競合他社を追い抜きナンバーワンになります。これまでは家電を買うユーザー側の満足度を上げることに集中していましたが、登録してくれている店舗側もハッピーにしていきたいと思います。来年中には、黒字化まであと一歩というところまでには持っていきたいですね。

現在、家電に特化した価格比較サイトを運営しているのは弊社だけです。競合他社はファッションや車など、他の分野にも事業を広げています。しかし弊社は家電領域に特化し、価格の安さのみではなく、確実に届くという安心も同時に担保していく。「このサイトを見れば間違いない」と言われるくらいの質にしていきたいですね。

 

日本の若者に対して何かメッセージはありますか?

東南アジアの消費欲や、そこにいる人材の競争力を目にしておいた方がいいと思います。日本では大卒の初任給が約20万円なのに対して、ジャカルタの場合は優秀な大卒が2.5万円ほどです。会社に入った時点で、インドネシア人の大卒よりも、自分には8倍の価値があるのかということを考えてみてほしいと思います。

停滞市場における高コストな自分と、成長市場における低コストな東南アジア人では、どっちが国際的に見て強いのか。これからの時代、日本という枠を取払い、自分の勝てるポジショニングを考えていく必要があると思っています。

現在、日本国内のほとんどの市場がシェアの奪い合いをしているのに対して、インドネシアのような新興国では1年で市場が数倍になるなど、シェアを維持するだけで事業が伸びていく。そういった新興国の市場において、将来的にビジネスをするということを選択肢に入れてほしいと思います。

Interviewed in Sep 2014




ABOUTこの記事をかいた人

長屋智揮

同志社大学政策学部卒。在学中に休学し、インド・バンガロールで会社の立ち上げ、事業拡大に関わる。それをきっかけに、今後急成長が見込まれるアジア各国の市場に興味を持ち、現在ASEANを周遊しながらインタビューを行う。現在は渋谷のIT系企業に就職。