シンガポールで立ち上げた自社メディアを、独自のノウハウで急成長させた大工原氏。「世界を前に進める」をモットーに、シンガポールやWEBサービスといった枠組みにとらわれず、日本が世界に貢献できる道を探る。キーワードは「ガラパゴス」と言うReginaa COOの大工原氏を取材した。
《プロフィール|大工原靖宜氏》
1982年生まれ、一橋大学卒業後、リクルートに入社。人材や販促領域において、営業3年、企画職に異動後、約5年一貫して新規事業系の立ち上げや事業企画を担当。データベース管理のASPサービスや、日米の決済系企業との提携案件、O2Oサービスの企画などに従事。2013年からシンガポールのReginaa Pte.Ltd.にCOOとして参画。自社メディア(J Passport)を企画し、責任者として立ち上げを担当した。
目次
WEBが苦手な“O2O”をオフラインから攻める
—サービスの内容を教えて下さい。
主にシンガポール人向けにクーポンやスタンプカードなどを提供するモバイルWEBメディア「J Passport」を運営しています。現在、ローンチ後8ヶ月経ち、約9万人が会員化し、主に飲食店やヘアサロン、小売店などでご利用いただいています。今年中に会員は10万人になりそうです。日本のWEBメディアの一般的な会員数に比べたら圧倒的に少ないですが、シンガポールの人口は約500万人なので、人口比2%ほどのシェアが取れています。
いわゆるO2O(オンラインtoオフライン)領域のサービスで、ユーザーの8割以上がモバイルからの利用です。クライアント各社のメンバーシッププログラムをJ Passport内にまとめさせていただいています。カスタマーが実際に訪問している各店頭から、テーブルPOPやフライヤーなどで会員登録を促します。その後、そのユーザーは、J Passport内で自分のお気に入りのお店のフォロワーになるとともにJ Passport全体の会員になります。お店は、自社のフォロワーに対してはクーポンやメールの配信が自由にできます。
そうやって、CRM(メンバーシッププログラム)をベースにクライアントのみなさんと一緒にJ Passport全体として大きなデータベースを作ることで、よりニーズの強い新規集客に対してもソリューションをご提供できるようになりました。あるお客様の新規オープン時の集客では、数日間行列が続くような大盛況の状態も作り出せました。J Passportとしてのユーザー獲得コストが下げられる分、お客様にも安くサービスを提供できます。カスタマー獲得のために、広告などによる外部集客はほとんどしていません。一方、ユーザーに対しても、蓄積された利用データによるレコメンドコンテンツの最適化、GPSによるリアルタイム通知などで、より欲しい情報を提供することを目指しています。
—サービスの競合優位性はどのようなところにありますか?
また、もうひとつ個人的にオフラインを重視している理由があります。それは、O2Oは元来「WEBが苦手」なところだと思っているからです。僕らのようなサービスは、世界中100カ国で1億人のユーザーを抱えるよりも、1都市に100万人のユーザーを抱えるほうが遥かに意味があります。
比較的小さな市場に対してできるだけ網羅的にユーザーを獲得するために、獲得率の低いオンラインという目の粗いザルでユーザーを集めるよりも、まさにそこにいるリアルなカスタマーにできる限り直接的にアプローチをする方が効果的だと思っています。タクシーアプリのUberなどもそうですよね。そのあたりが、マーケットは小さいものの、国土が狭く人口密度の高いシンガポールからサービスを開始している狙いでもあります。
世界を前に進めたい。日本が持つ面白さを伝えることが世界への貢献
—大工原さんのこれまでのキャリアを教えてください。
大学卒業後、リクルートに入社し、通算7,8件くらいの新規事業を担当していました。その中で、大きなシステム開発で失敗したり、とんでもない金額を投資しながらスマホ戦略を進めたり、海外を視野に入れた仕事ができたり、企画屋として、本当に色々なことを学ばせていただきました。「自分、営業だめだー!」ということも思い知らされました(笑)
優秀で本当にいいやつの多い同期や仲間たちがいて、今でも大好きな会社です。そんな会社を辞めて、海外に来ようと考えたきっかけは実は仕事ではなくプライベートでした。転機は、都内から神奈川県の鎌倉への引越(当時27歳)。そこで出会ったたくさんの人や生き方、海、街の雰囲気から、それまで自分の中で見えてなかった色々な観点を得られて、人生の視界が広がりました。
住む場所を変えることでの刺激に味をしめた結果、次のステップが海外でした。「東京から鎌倉でこれなら、海外ならきっともっと広がる」と。一方で、i-modeやおサイフケータイと世界の最先端を進んできた日本のモバイルマーケティングやO2Oが、どのくらい海外で通用するのか試してみたかった、ということもあり、いまのビジネスを選んで、シンガポールに来ました。
—大工原さんの今後のビジョンを教えてください。
世界をよりよく前に進めたいです。
僕の中で「我思うゆえに、我あり」が大学時代からの根底的な考えとして自分の中にあって、「各人がよかれと思うこと」をやる、その集大成が各時代なりの人類の進化なのだと思っています。だから、僕も僕なりによかれと思うことをやる。そして、その中で日本がやった方がよさそうなものから進めていきます。
というのも、「日本はとても面白い国」だと、改めて海外に出てきて気付きました。それら日本が持つ面白さを世界に伝えることが世界の進化への貢献だし、長期的には、それが日本の生き残る道になると思っています。逆に、他国から学ぶべきものを学び、国によらず世界中の仲間たちと各々の持つ価値を交換していきたい。特にアジアにおいては、昨今目に余る近代化≒欧米化になり過ぎぬよう、各国のオリジナリティな文化が残る形での成長に貢献したいです。
「ガラパゴス万歳」で日本が構造的に勝てる産業をつくる
—日本のどんなところが面白いと思うのか教えてください。
日本って、世界でも付加価値をつくれるポテンシャルのとても大きな国だと思ってるんです。付加価値を生む要因として僕は次の三つを置いています。
1、人口の多さ(競争の中で切磋琢磨し、マーケットが多様化し、ニッチが成立しやすい)。
2、文明度の高さ(基本の衣食住に困らない人が多く、付加価値という余剰に手をつけられる)。
3、歴史の長さ(オリジナルなものを生み出す下地となる文化を作り出す)。
このような点において、日本は、恐らく単一国としては世界で一番です(EUという単位で捉えるなら別ですが)。ここにさらに民族的な同質性や国民性が加わってきます。それを、「ガラパゴス」と揶揄することもありますが、それは他国で作れない価値を作れるということ。「ガラパゴス万歳」です。
一方で、そんな日本を世界に対してどのくらい伝えられているのか。仮にそれをビジネスの世界でのマーケットシェアという観点で見ると、大変残念なことに、日系企業群は製造業以外で正直ほとんど大きなシェアをとれていません(個別企業はあり)。それは構造的な問題ではないかと思うのです。モノという実物を通して価値を伝えられる製造業と、ヒトを介す必要のあるサービス業などは当然構造が異なります。
例えば、米国のIT・WEB産業においては、個々の企業がすごいという前に、シリコンバレーのエコシステム、英語圏、移民政策、金融などが土台となって構造的な強みを作っています。日本の製造業は国民性や労働人口、日本の戦後の教育システムなどが競合優位性の基幹になっていたと思います。
このように、一企業だけでなく、その産業・国自体の仕組みや特性として競合優位性を築けているかということを考えるべきです。このあたりを踏まえて、日本の強みを、どんな産業でどんな構造によって競合優位性につなげるのかを狙って築くことが大事なのだと思っています。
一定の論理と、あとはどんどん実践。正解などないのでしょう。結果を出していくしかない。結果が出たところから、理論に再構築、汎用化して、日本全体として伸ばしていく必要があると思います。
—今後日本はどのような領域で勝っていける可能性があると思われますか?
ひとつは、やはりまだまだ一部の製造業には可能性があり、その領域においてはもっとITを活用できると思っています。加えて、外食チェーンや介護、コンビニなど「型化とオペレーション」に落とし込みやすい領域。また、やり方次第では農業やコンテンツ産業もポテンシャルを持っています。WEBサービスは、本気で世界と戦う覚悟を持ってグローバルに戦いを挑むか、各国ローカルとの協業の道を探るべきだと考えています。
個人的には、世界に広げること自体は得意な国外のプレーヤーに任せ、日本サイドは付加価値の創出と権利化にフォーカスする戦い方にチャレンジできると思います。餅屋は餅屋ということですね。また、そもそも、同じ志と必要な能力を持っていれば、何人でもよく、そんなマルチナショナルでオープンなチームを世界中で遠隔で機能させられるような体制を作りたいです。
とにかく自分自身がまだまだ勉強不足です。学べば学ぶほど、視野が広がれば広がるほど、公私ともに、ワクワクすることが増えてしまい困っています。だから、実現できるだけの自らの実力と仲間がとても大切だと思っています。
各プロフェッショナルの方々と一緒に、チャレンジしながら活路を作っていきたいです。何が正解かはわかりませんが、できることはたくさんあります。僕自身、まさに今、次のチャレンジを仕込んでいるところです。頑張ります。
今日の1度の変化が、将来の大きな差を生む。一般論ではなく、あなたにとっての「海外」を。
—海外で挑戦しようとする読者に伝えたいことはありますか?
リスクだと思っているものが、本当にリスクなのか、どのくらいリスクなのかを考えてみてはいかがでしょうか?
僕は慎重派の人間です。ただ、冷静に考えたときに、「行くリスク」より、「行かないリスク」の方が大きいと考えたので、今回海外に来たわけです。そしてチャレンジするなら、早い方がリターンは大きい。分度器を見てみてください。いま自分の考えや価値観が1度変わったとして、その今のたった1度は、5年後、10年後、30年後にはとてつもない大きな違いになってきます。
もうひとつは、海外に限らず、ぜひ自分の知らない世界を見てみてください。知らなければ考え始めることすらできません。
いま、サイパンで産まれる新生児の70%が中国人です。中国人の親が米国籍を取得するために、わざわざサイパンに子供を産みに行くのです。そんな風に国籍も居住地も軽々と変えていく人たちが世界にはいる。少しずつ、「国」という単位が崩れてきている気がします。
シンガポールには、インドやフィリピンなどからのたくさんの出稼ぎ労働者がいます。ある見方によっては、彼らは超グローバルとも言えます。今度、仏教からキリスト教に改宗する友達がいます。仕事よりも愛に生きるフランス人もいます。海外で暮らすとは何でしょうか?僕にとっては、知らなかったことに気付く、という作業の一環です。自分が知らないものを知ったときに、どんな風に自分の考え方が変わり、どんな風に自分の人生が変わっていくのか。人生は自由です。一般論としてのグローバルや、世界、ではなく、自分の目で見て、頭で考えて、それをもとに自分なりに人生を描いていくことはとても楽しいです。みなさんにとって、ぜひ自分なりの海外を見つけてみてください。
Interviewed in Sep 2014