異色のキャリアを持ち、ベトナムでクッキングスタジオを起業した日本人起業家がいる。外資系コンサルティング会社を辞め、スーツからエプロンへと衣替えをしたSTAR KITCHEN代表、荒島由也氏。最近、国際ニュース月刊誌の「クーリエ・ジャポン」やTV番組でも特集され、大きな注目を浴びている。経営者としての経験がない自分が、東南アジアの社会起業家たちにアドバイスをすることに違和感を感じ、起業を決意した同氏を取材した。
《プロフィール|荒島 由也氏》
慶應義塾大学卒業後、IBMビジネスコンサルティングサービス株式会社(現IBM)に入社。一貫してクライアントの業務変革戦略立案・実行支援を行うとともに、社内でNPOへのプロボノサービスプログラム立上げにも従事。現在はベトナム・ホーチミンでSTAR KITCHENを創業。料理を通して「キラキラ輝く時間」を楽しむライフスタイルをミッションに駆け出しパティシエ見習いとして日々奮闘中。料理のコンセプトは「ジャパニーズ・スタイリッシュモダン」。料理を通して日本文化を伝えることもミッションとしている。
Sparklingな時間をデザインするクッキングスクール
―現在行っている事業の内容を教えてください。
昨年の7月より、ベトナムのホーチミンでSTAR KITCHENというクッキングスタジオを運営しています。料理が好きで、お金に比較的余裕のある外資系のOLをターゲットにしており、主に日本のスイーツの作り方を教えています。人気のメニューは「抹茶ティラミス」や「桜シフォンケーキ」ですね。現在は料理教室の他にも、オンラインショップやホーチミン市内のファミリーマートでスイーツを販売しており、今年8月に当店のスイーツが楽しめるカフェもオープンしました。現在毎月約200−300人の生徒がお菓子作りを学んでいます。
―なぜベトナムでクッキングスタジオをやろうと思ったのですか?
もともと成長している市場でビジネスをやろうと考えていたので、東南アジアに目を向けました。その際に東南アジア各国を一通り検討しましたが、シンガポールは競合するサービスが多く、カンボジアやラオスはまだ発展の途上にあり、ベトナムがビジネスをするのにちょうどよい国でした。ベトナムは経済的に豊かになりつつあり、欲しい物を買える人が増えてきているので、今後は精神的な豊かさを求める人が増えると思っていました。
そこで、趣味の分野で何かできないかと考え、ベトナム人が仕事終わりや週末などの余暇の時間に何をしているのかを聞いてまわりました。その結果分かったことは、週末は友達とカフェやレストランで過ごしたり、ネットサーフィンをしたりすることがメインで趣味らしい活動があまりないということでした。また、今後ベトナムでは「オシャレに知的欲求を満たす」というコンセプトが浸透していく考えていたので、新しい余暇の過ごし方として「おしゃれなクッキングスタジオ」というアイデアを思いつきました。
ベトナムのクッキングスクールを調べた結果、これまで公民館で中年女性を対象とした料理教室か、調理師になるための専門学校しかなく、素人が手軽に料理を学べるクッキングスクールはなかった。先行する競合がいなかったのでチャンスを見いだしましたね。もともとニーズが明確にあったというわけではなく、新しくマーケットを作っていくという発想でした。
その他には、「最初にやる」ということにこだわりを持っていました。他の人がやっていない革新的なことを、一番にやることで先行者メリットがあるし、自然と注目をされる。また、大手企業の参入までに少し時間がかかるマーケットを狙おうと思っていました。既に伸びる兆しが見えているマーケットは、大手が資本を投下し参入される可能性が高い。しかし、市場がまだ盛り上がっていない段階だと大手が参入しにくいので、その間にユニークな強みを作ることができ、競合優位性を高めることができると思いました。
人気メニューの抹茶シフォン&桜シフォン
―「Make Your Life Sparkling」という店のコンセプトに込められた意味を教えてください
クッキングのやりかたを教えるだけの教室ではなく、「Sparklingな(キラキラ輝く)時間」を提供するということを意識しています。WebでSTAR KITCHENを知ってからスタジオに足を運び、そこで作ったお菓子が友達や彼氏にほめられるというような一連の体験をデザインしています。スタジオは通りから一歩入った「隠れ家」のような場所に位置しており、足を運んだお客さんが、自分はこの場所を知っているという「特別感」を味わえるようにしています。
また、スタジオに入れば日本人が実際に英語でクッキングを教えるという、非日常的な空間がそこにはあります。これを日本に置き換えると、東京のOLが表参道の隠れ家的なクッキングスタジオで、フランス人からフレンチの作り方をフランス語で学ぶというようなものだと思います。「この環境にいる自分は特別」と友達に自慢できるような感覚ですね。その特別な空間で学んだ後に、実際に自分でお菓子を作ってみてFacebookにUアップして、周りからほめられる。そういった一つ一つの体験が作り出す「Sparklingな時間」をデザインしています。
―事業を行う中で苦労はありましたか?
クッキングスタジオをオープンするタイミングで、お客さんに店を知ってもらうためにトライアルレッスンを開きました。レッスン料は通常の半額に設定し、Facebook上で告知した結果、約2週間で200名くらいの予約がありました。トライアルレッスン以前からFacebookを使用して5000人ほどのファンを獲得していたこともあり、多くの人に来ていただくことができた。しかし満を持して通常のレッスンをスタートしましたが、ほとんど申し込みがありませんでした。1週間のうち、半分以上のクラスがクローズになったので焦りましたね。
予約がとれない要因を分析した結果、まず「価格にセンシティブ」ということに気づきました。つまり半額でやっていたころには半額しか払えないしか人しかこないということです。日本人だと「お試しキャンペーン」で初めは価格を落として、まずは来てもらうというキャンペーンがよくありますが、ベトナムではそれは効果的ではなかった。当初Facebookで集めたお客様はターゲットがずれていたんですね。彼女達が2時間2千円(日本では8千〜1万円ほどの感覚)まで払ってまでスクールに通うという価値を見いだせていなかった。そこで、ターゲティングの方法を見直し、さらにリーズナブルな価格で試食会を開催し、実際にまずスタジオに足を運んでもらい、スイーツと雰囲気を味わってもらい価値を感じてもらうということを3ヶ月ほど行いました。
そうすると実際にスクールに足を運んだ人がリピーターになったり、彼女たちがFacebookで作ったお菓子をUPし、そこから口コミで認知度が上がったりとお客さんが徐々に増えていきました。また、ターゲットを広く設定しすぎていたことにも気づきました。それまでは、エンターテイメントを求めている外資系企業勤務のOLをターゲットにしていたが、彼女達が「料理が好き」でないと継続的にスクールに通うことはなかったので、Facebookで料理関連のページにLikeを押しているOLっぽい人に直接来てもらうような施策を打ち、ターゲットを絞ることで効果的にお客さんを獲得していきました。
自らクッキングを教える荒島氏
「自分の言葉に迫力がない」経営者を前にして感じた違和感
―荒島さんのこれまでのキャリアを教えてください。
大学時代には発展途上国におけるソーシャルビジネスに関心があり、バングラディシュのグラミン銀行の関連機関のマイクロファイナンス事業で半年間インターンをしていました。しかし、現地語であるベンガル語を話せるわけではなく、他に尖ったスキルを持っているわけではなかったので無力感を感じましたね。ソーシャルビジネスの現場はお金や人などリソースが一般的なビジネスに比べてさらに限られているので、「個人としてどんな価値がだせるか?」ということがとても重要です。正直ボランティアで来て「なんでもやらせてください」という人はコストにしかならない。それだったら、半年間日本でバイトして貯めたお金をその団体に寄付した方が100倍良い。
考えてみてほしいのですが、仕事をしながら人に何か教えるって相当な労力がいりますよね。それも学生で、英語は話せるかもしれないけど、専門性はない。しかも教えてできるようになったとしても半年後には日本帰ることが決まっている。そんな学生にトレーニングすることは大変なエネルギーがいります。半年間のインターンを終え、「自分はどう貢献できたのか?」と考えたときに、貢献できたことはほとんどなかったと感じましたね。だからこそ、その団体を含めてお世話になった方々には本当に感謝しています。いつかこの分野で恩返しがしたい。
大学卒業後は、尖ったスキルを付けるための修行として経営コンサルティング会社に入りました。そこで5年間働いてマネージャーを経験し、立ち上げたプロジェクトが評価され社長賞を受賞することもできましたが、一度原点に戻ろうと会社を休職して、会社の同期と共にソーシャルベンチャーの立ち上げを行っていました。そこでは、東南アジアの社会起業家と日本の専門家がタッグを組み、人・金・ノウハウ面で連携しつつ、共に東南アジアの社会問題を解決するというプロジェクトを行っていました。しかし、プロジェクトを進める中で現地の社会起業家とミーティングをする機会が多くありましたが、経営者としての経験がない自分が、彼らに対して何かをアドバイスするということに違和感を感じました。これまでコンサルタントとして大企業の事業部長や役員と話すことはあっても、経営者と直接話すということはあまりなかった。彼らと直接会った時に、自分の言っていることはロジカルではあるけれど、「現場感」がなく、自分の言葉で語れていないと腹落ちがしませんでした。
また、コンサルタント時代は「自己責任で決断できない」というジレンマがありました。コンサルタントの仕事は「決めさせる仕事」で、クライアントの意思決定のために分析してディスカッションし、提案をします。それ自体はクライアントにとっては価値がある仕事だと思います。でもだんだんと「自分で決めたく」なってきたんですね。自分で決めて、その代わりそこに全責任をもつ。そのようなことを思う中で、経営者として現場を知り、新しい価値を世界に届けようと思い、起業を決意しました。
「人生どうにでもなる」と退路を断って、捨て身で飛び込んだ
―今後のビジョンを教えてください。
「日本食×体験」の分野においてナンバーワンになりたいと思っています。そのために、ユニークなポイントを作り、一つ一つの体験を統一感のあるものとし、STAR KITCHEN独自のブランド感をさらに出していきたいですね。そのために、今後はオンラインからオフラインにつないでいきたい。例えば、オンラインでレシピコンテストを行い、優勝者がスタジオで料理を教えるという企画や、Youtubeでクッキング動画をUPすることを考えています。そうすると、オンラインでSTAR KITCHENを知った人がケーキを注文したり、カフェに来たりとオフラインに人が流れる仕組みができると思います。
また、今後「日本の文化」、いま政府が打ち出している政策でいえば”クールジャパン”を世界に広めていくためにも「場」を持って文化を紹介していきたいと思います。日本の文化を一方的に紹介するだけではなく、実際にそれを体験してもらいコミュニケーションする場がないとうまくいかない。例えば、食べ物なら実際に食べたりするだけではなく、その材料について学んだり、実際作ったりする必要があると思います。今後は、「日本の文化をワンストップで発信する場」として、クッキングスタジオを中心としてカフェやレストランを併設し、その周囲に日本の食材や食器を売っているような場を作っていきたいと思っています。それが成功するとベトナムのみではなく、ヨーロッパやアメリカにも同じモデルで展開していけると思いますね。
―今後東南アジアでチャレンジをしようと考えている人に一言お願いします。
「退路を立って飛び込む」ことが大切です。そのために「人生どうにでもなる」と思えるかどうかが鍵です。失敗しても命は取られませんよ。(笑) お金がなくなるだけです。最悪日本に帰ってコンビニで働いてまたお金貯めてやり直せばいいじゃないですか。捨て身の覚悟で、中途半端に足を突っ込まず、飛び込んでいくべきです。
コンサルティング会社をやめる際に、上司や同僚に「ベトナムでクッキングスタジオをやる!」と宣言したとき、面白そうと思ったひとはたくさんいましたが、それって成功するのかな?と思った人は少なくなかったと思います。料理もろくにしない素人が、それもベトナムでやろうとしているわけですから至極当然なリアクションです(笑)だったら成功しないとかっこ悪いな」と単純に思いました。「途中で諦めて帰ってくるわけには行かない」とプライドを持ち、退路を断って挑戦する覚悟が必要だと思います。
Interviewed in Aug 2014
(文・インタビュアー:長屋智揮 校正:杉江美祥)