戦いやすい場所?起業の地にベトナム・ハノイを選んだワケ - TalentWasabi代表 佐藤樹人氏

「ベトナムスタートアップ特集 〜ハノイがスタートアップの中心となる理由〜」第2弾。
実際に現地ベトナムでスタートアップを立ち上げ、奮闘されている日本人を取材した。どうしてベトナム・ハノイを起業の地として選んだのだろうか。その理由を伺った。

《プロフィール|佐藤樹人氏》
日本大学芸術学部卒業後、2002年株式会社ミクシィに入社。2008年ミクシィ中国進出に伴い上海に駐在。
2010年、海外新規事業のコンサルティングサービスを提供するComputerBurns Inc.創業。海外新規事業に必要なリサーチ、採用、プロダクト企画開発運用のお手伝い。
2016年ベトナム人共同創業者3人とTalentWasabi Pte.Ltd.をシンガポールで創業。労働力の流動性が高い東南アジアに特化したHR系チャットボットTalentWasabiを開発中。ホーチミンで若手起業家が集まるシェアハウスも運営。

シリアルアントレプレナーの生き方。

佐藤樹人さんは、株式会社ミクシィで上海の子会社立ち上げに従事した後、日本の上場企業向けに海外進出コンサルを手がける会社を創業。TalentWasabiは2社目の起業となる。

佐藤樹人さんのスタートアップは、まだ立ち上げ2年目であり、現在本格的にベンチャーキャピタルと資金調達について話し合いを進めているフェーズだ。苦しい初期フェーズだからこそ、ベトナムのスタートアップエコシステムについて、その肌を通しリアルに感じ取れるものがあるはず。

ベトナムの首都、ハノイという地で創造的な挑戦をする当事者は、どんな世界を見ているのだろうか。その見つめる先を探る━━。

アイデア着想のきっかけは、自身の痛みから

ー TalentWasabiさんは、Facebook Messanger上で動くチャットボットを提供されてらっしゃるんですよね。どのようなサービスなのですか?

私たちが取り組んでいるのは、どの国にもある「人材採用」という課題です。というのも、僕自身がずっと採用に困っていたという背景があります。ミクシィの上海支社を立ち上げていた頃も、独立して海外進出コンサルをしていた頃も、常に人材採用には困っていました。
採用に困っていたので「なんで採用に困っているんだろう」ということを考え、そのボトルネックを探っていったことがTalentWasabiのアイデア着想のきっかけです。

作っているサービスは、主に日本語を話せるベトナム人を対象としたものです。日系人材会社と協力し、ベトナム人の日本語人材と日系企業を適切にマッチングできる仕組みを構築しています。チャットボットを活用することで、数ある求人データからユーザーに合ったものをプッシュできるようにするとともに、企業を探す大変さと人材を探す大変さの両方を少しでも和らげられないかという挑戦をしています。

TalentWasabi HPより

ー ベトナムには新卒採用や就活と言う文化はないと聞いたことがあります。

そうなんです。卒業するとそのまま失業者になる人が多いのがベトナムという国です。新卒の就職率は日本では94%ほどですが、ベトナムでは半分以下が卒業した直後は仕事がない状態になると言われています。

※2012年度のベトナムにおける新卒失業率は63%。日本の就職率は94%なので、新卒失業率は6%と言える。ちなみに、IT業界&都会に限ると、新卒学生は超売り手市場。

ベトナムでの就職活動や転職活動では、日本ほどしっかり企業を分析しないという傾向があります。ゆえにたとえ就職が決まったとしてもミスマッチが多いように感じているのです。ですのでそれを解消し、より効率的にしたいと思いました。チャットボットと求職者による会話から必要なデータを収集することで、より簡単で効果的なジョブマッチングが実現できないかと模索しています。

僕たちのサービスで、日本語というスキルをもった人材が求人市場に出てくるようになれば、企業の採用はもっと加速します。この仕組みがうまく回れば、もちろんベトナムにとっても嬉しいことですし、早く日本語を活かした仕事をしたいという日本語人材のニーズも満たせます。非常に価値のある仕組みだと信じていて、このサービスを作っているのです。

起業の地としてベトナムに惹かれたワケ

ー 起業の地としてベトナムを選んだのには、どんな理由があるのですか?

よく聞かれる質問です(笑)。答えは「人と食事」です。主観的ですが、人と食事が他の国と比べて自分に合っていると思ったからです。

仕事の依頼にしても一緒にビジネスをするにしても、やはり働く際に“人が合う”というのはすごく大事です。信頼して付き合っていける人間とでないと、ビジネスはできませんよね。
そして特に海外で仕事をする場合だと、食事という要素も非常に大事だと考えています。ローカルフードが食べられると、生活コストを抑えることができます。もし食事が合わなかったら、それは人間にとってめちゃくちゃストレスになると思うんですね。それは僕が中国にいた時に痛感したことです。上海での食事は全然合わず苦労しました。その点、ベトナム料理は大好きです。特にブンダオマムトムが大好物です。
自分にとって、この2つの基準を軽くクリアしていたのがベトナムだったのです。

佐藤さんの好物 bun dau mam tom

もちろん、戦略的な理由もあります。

ベトナムの人口は、今だいたい9,300万人ほど。これは、大企業にとっては少し物足りない数字です。東南アジアへの進出を考える大企業からすると、圧倒的人口規模のインドネシアか、もしくは金銭的に裕福なシンガポールの方が魅力的に見えるでしょう。しかし、これから事業を起こそうという小さなチームにとってベトナムは充分な市場とも言えるのです。加えて、「IT業界の巨人がいない」というのが大きなメリットです。今ベトナムには、GoogleもFacebookもオフィスを持っていないんです。もちろんいつかは進出するかも知れませんが、現状として起業家にとっては戦いやすい場所だと思います。

ー たしかにベトナムは比較的人口が多いとはいえ、億を超えているインドネシアやフィリピンには見劣りしてしまいそうです。「大企業にとっては小さいけれど、起業家にとっては充分な市場」、とても納得しました。では、その中で拠点をハノイに選んだ理由はどうしてですか?

ハノイに拠点を置いたのは、ホーチミンと比べて日本人の数が少ないからです。まだ採用されていない良いエンジニアがハノイにいるんじゃないかと考えたんです。多くの人は、やはりホーチミンでの起業を選びます。その逆張りをした、というのがハノイを選んだ答えです。

ー ホーチミンに行くこともありますか?

はい、最近は行くことが増えました。

1年目は、ハノイだけでやっていました。しかし、ハノイで一緒にやっていたエンジニアが辞めたのがきっかけで、ホーチミンにも行ってみようと思うようになったのです。東南アジア全般そうかもしれませんが、ベトナム人も昇級を求めてジョブホッピングする人が少なくなく、結構サクッと辞めてしまいます。企業やサービスに魅力を感じなくなり辞めてしまわないよう、速いスピードで成長し続けなければならないと学びました。

※南北をバランスよく知りベトナムについての理解をより深めようと、現在はハノイからホーチミンに拠点を移されています。

ー 2つの都市を見ている佐藤さんにとって、実際ハノイとホーチミンにはどんな違いがありますか?

あくまでも個人的な感覚ですが、やはり気質的な違いは感じます。例えばハノイのエンジニアは、何か問題にぶつかった時に止まってじっくり考え込むことが多い。逆にホーチミンのエンジニアは、走りながら考えているように感じています。

ベトナム人が、半分冗談で言っていた言葉があります。「ハノイの人を、プロジェクト・マネージャーとして、ホーチミンで働かせる」です。というのも、ハノイの人の方がリソースの管理やスケジュールの管理などマネージャーポジションに適していて、ホーチミンのチームを統制することができるという意味だそうです。これまで関わってきたベトナムの人も思い返すと、そういう傾向はあるかも知れないなと感じます。

ベトナムのスタートアップの今

ー ベトナムのスタートアップエコシステムについて感じているところを教えてください

総じて、非常に恵まれていると感じます。ジョブホッピング上等な国だからこそ、さくっと辞めて自分で新しいアイデアにチャレンジできる文化がある。しかも、もしそれでダメだったとしてもまた次のところで仕事ができるので、ITエンジニアにとっては本当に良いところだと考えます。

ベトナムから生まれるプロダクトについては、まだまだ他国の成功事例のモノマネが多いのが実情です。その中でも一部はオリジナルで面白いものもあり、自国のことやユーザーをきちんと見ることができる人もいるなという印象です。

例えば電子マネーのMoMo。例えばこのアプリ経由でケータイ料金を払ったりすると、キャッシュバックがあるので、若者を中心に使われています。UIもすっきりしててイケてるなぁと感じます。
また、b Taskeeというサービスも良いですね。こちらはUberやGrabのお掃除代行バージョンとでも言いましょうか。600円ほどで2時間も掃除を依頼することができます。

ー コピーではないものも生まれつつあるのですね!

はい。スタートアップをやろうとする人も増える中で、だんだんセンスのようなものが醸成されつつあるのではと思います。

とはいえ、毎年「来年はベトナムがアツいよ」と言われていて結局そうでもなかったいう状況が続いています。確実に育ちつつはあるのですが..。これを僕は勝手に「来る来る詐欺」と言っていて、何か数値的にもインパクトがあることが起こらないと、実際に“来た”にはならないんだと思います。

ー TalentWasabiさんが取り組まれている、ベトナムの人材市場は今後どう変化していくのでしょうか?

日本人がベトナムに来るよりも、今後はベトナム人のエンジニアがどんどん日本で働くようになると思っています。
日本の企業がベトナム人を採用したいと思ったときに使える媒体としてジョブフェアがありますが、いくつかある大きなジョブフェアはどれも人気です。日本で働きたいベトナム人も、ベトナム人を採用したい日本の企業も、その需要は明らかなのです。
しかし既存のジョブフェアに出展したいと思ったとき、一部特定の企業でその枠を占めてしまっていたり、そもそもテナント料が高額だったりと、資金調達が十分にできていないスタートアップにとってはハードルの高さがあります。TalentWasabiはそんな課題にも挑戦していきたいと思っています。

加えて、ベトナムで盛んなオフショア開発は今が転換期にあるように感じています。人材の安さだけでいつまでもやっていくことはできないでしょう。ベトナム人の人件費は上がっていきます。
ベトナムにいて開発してもらうのではなく、むしろ直接日本に呼びたいという企業の声を聞きます。もし日本に来てくれるんだったらすぐ採用すると。

このような実情から、今後ベトナム人のエンジニアはどんどん日本で働くようになるでしょう。それによりベトナムという国について日本人の理解が高まり、理解した日本人がもっとベトナムに来ることはあるかもしれませんね。。そんな流れができると面白いなと思います。

海外での起業を志す人へ。まずは気楽に「遊びに来い」

ベトナムは、スタートアップをするのにはすごく良いですよ!そもそも親日国ですので、日本人は働きやすいです。その上で、先ほど述べたように人と食事が合うならば、ベトナムは良いフィールドだと思います。

ー 将来ここで起業をしたい人は、すぐにでも来て始めるべきでしょうか?

近い将来に起業をしたいという段階ですと、まずはアイデアを試すところから始めると良いかと思います。日本の全てを捨ててベトナムに来る必要はありません。まずはFacebookページでも立ち上げて、ニーズがあるかどうかを検証してみるのはどうでしょうか。そんなレベルのことならばすぐにできるので、気楽に考えましょうと言いたいです。

そしてベトナムに限らずとも、どこか決めている国があるんだったら、できるだけ早いタイミングで「遊びに行く」ことです。働きに来てしまうと、会う人や行動も仕事のモードになってしまいます。遊びに来ると、よりリアルな感覚でその国を知ることができるのでオススメしたいです。

ベトナムに興味があるなら、ぜひ1週間くらい滞在しに来てください。ここなら、日本からそれほど遠くもないです。日本国内を移動するような感覚、お手軽さで来ることができます。まったりとした気持ちで、ベトナムにいらしてください。

 

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《取材後記》

2社目の起業ということもあってか、どこか落ち着いた雰囲気を感じられる佐藤さん。しかし「ローカルフードを食べれば生活費を抑えられる」という発言も飛び出すのがリアルであった。

佐藤さんが挑戦されるのはHR Techと呼ばれる領域であり、ベトナムではまだまだ事例が少ない。ほとんど新しい市場を開拓するものと言っても過言ではないだろう。今後のTalentWasabiに注目だ。

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