ハノイは人工知能の聖地になるか - アジラ代表 木村大介氏

「ベトナムスタートアップ特集 〜ハノイがスタートアップの中心となる理由〜」第4弾。
今回お話を伺ったのは、ハノイを拠点にディープラーニング技術を活用し事業を展開するアジラ社の木村大介さんだ。アジアのゴジラが目指す社会とは?AI技術を用いることで、どのような未来を描こうとしているのか?

《プロフィール|木村大介氏》
PMP、1976年長野生まれ。NTTグループにおいて、地図・動画及びモバイルコンテンツの研究開発に従事、米国SIGGRAPH、Search Engine StrategiesにWebサービスを出展。
その後、株式会社ぐるなびにて事業部のシステム統括として、優秀なIT人材を求めてベトナムに渡越。ハノイにて組成したメンバーとの目覚ましい活躍が認められ、社長賞及び事業部MVPを受賞。
IT立国を目指すベトナムIT人材の優秀さと熱意に惚れ込み、2015年6月にアジラ・ベトナム(ハノイ市)と共に、株式会社アジラ(東京)を同時設立。

「アジラはハノイを人工知能の聖地にするので、それのお知らせ」→私「 !!??」

「アジラはハノイを人工知能の聖地にするので、それのお知らせ」

これは2017年4月のアジラ社のブログエントリだ。私はこの記事を見つけた時、このタイトルに目を奪われた。フランクかつハツラツとした言葉で、アジラ社の決意が綴られていた。成し遂げようとすることの大きさに反し、あまりにも軽やかな書きぶりが私には印象的すぎた。

本当にそれは実現可能な未来なのか。ただのポジショントークなのではないか。
そう思っていた私だが、木村社長は「できますよ!」と明るく返す。

私は取材を通し、これらの言葉は決して誇張でもハッタリでもなく、実現可能な未来だと確信した。読者のみなさんにも、このワクワクをお届けしよう━━。

ベトナム人エンジニアはとにかく優れている

ー 創業の経緯を教えてください。

5年ほど前に私がぐるなびにいた頃、現アジラベトナム代表のハイさんたちと一般的なオフショア開発を進めていました。仕事柄、日本国内のいろんなエンジニアさんとお会いしてきましたがハイさんたちは特別優れていて、日本のエンジニアは勝てないと感じました。それなのに、ハイさんたちがベトナムでしていることはウェブサービスの開発や運用の案件ばかりでもったいないと思い、ぐるなび本社からビックデータの仕事をハノイに持ってきたんです。これがアジラの始まりです。

なぜハノイが拠点として優れているのか

ー アジラの拠点としてハノイを選んだのはどうしてですか?

私がぐるなびにいた頃は、事業部のシステム統括という仕事をしていました。社内でも「このようなビジネスをしたい、こういうレベルアップをしたい、こういう競合に勝ちたい」という声はたくさん上がるのですが、それについていけるだけの開発体制ができていなかったのです。人材募集をしてみてもなかなか集まらないし、いざエンジニアを見つけても、コードテストをしてみると求めるレベルに達している人はいない...そんな現状でした。そこで思ったことは、国内だけ見ていても事業に必要なIT人材はもはや見つからないということです。国内で見つからないなら海外で探そうということで、日本の外に目を向けるようになりました。
海外の様々なコンサルタントの方とお話しする中で決めたのがベトナムという選択肢でした。ベトナム国内でいろんな会社を見させていただいて、ハノイが間違いないなと思いました。

ー もう少し詳しくお願いします。

個人的にはダナンもホーチミンも好きです。やはり南国気質なところがあってノリノリなところが楽しいです。ただ、エンジニアという文脈だと優れているのはハノイかなと考えています。
ハノイには、仕事を粛々とやるスタイルがあるのです。あるときは楽しく、あるときは苦しくなる場面もある中で、きちんと最後までやりきるような忍耐力があるのはハノイじゃないかと思います。

ー いろんな会社を回りながら、ハノイだと確信されたんですね。

雰囲気というか、政治と文化の中心というところが「エンジニア気質な人」を育成しやすいのかなと思います。

ー「真面目な人が育ちやすい環境」ということですか?

そうですね、粛々と磨き続ける職人系でしょうか。実際、ベトナムの数学オリンピックに出場しているメンバーを見ても北部出身の人が多いと思いますので。

一人当たりの年収を1,000万にしたい

ー アジラ社のことを伺います。今、社員は何名ほどいらっしゃるのですか?

ハノイにいるのは12名で、日本には5名です。外部の協力者や顧問を合わせると合計で20名ほどになります。

ー アジラ社は、今後どのように展開されていく予定ですか?

まず、人数はあまり変えるつもりはありません。2年半前に起業した当時から、うちは少数精鋭でやると決めています。アマゾン創業者のジョフベゾスが言った ”Two Pizza Rule” に従っています。「一番インパクトのあるサービスを作れる状況は、ピザ2枚で足りる人数だ」という意味です。なのでアジラはベトナム側も日本側も、2枚のピザでお腹が満たされるくらいのメンバーでやっています。

ハノイの少数精鋭R&Dチーム

しかし、売上自体はもちろん高めていきます。人数は大きく変わらずとも、初年度と2年度で売上は3倍にすることができています。今後も3倍、さらにまた3倍と、一人当たりの生産性を上げていきたいと考えています。つまり一人当たりの売り上げを伸ばし、年収を伸ばす。ベトナムのIT企業には、まだこのような考え方は浸透していないような気がしていますが、ベトナムのエンジニアだろうが日本のエンジニアだろうが関係ないですよね。アジラでは、まず社員全員が年収1,000万円を超えられることを目指しています。

ー ベトナムで年収1,000万円.. 正直ぶっ飛んでいるなとさえ感じてしまいます。すごいですね。

本来はこうあるべきだと思っているんです。我々が武器として扱い、日々研鑽しているAIテクノロジーはグローバルスタンダードであり、そのアウトプットに対して得られる価値が同じであれば、エンジニアの評価は世界レベルで完全にフラットなはずです。どこで育った人だろうが、どこで働いていようが、そこで差がつくものではないはずです。よって、我々としては、「そもそもベトナムだから安い」といった考え方をぶっ壊したいと思っています。それがベトナムの、いや、ASEANのITにこれから必要になってくる価値観であると信じていますし、そういう思想を持つ企業にだけ優秀な人材は集まると考えています。まずはベトナムITを変え、これに続いて、ASEAN、そしてITなのに労働集約型の呪縛が解けない日本ITを変えていきたいと考えています。古い価値観をぶっ壊すことは、アジラの組織としての使命です。

ー すごく楽しみです!

達成はすぐですよ!

ハノイはAIの聖地になるか。その戦略とは

ー「アジラはハノイを人工知能の聖地にするので、それのお知らせ」のエントリを拝見しました。どのように、ハノイをAIの聖地にされるのですか?

やはり「ベトナムは安い」というイメージでベトナムのITは回っています。まずはそれを変えたいと思ったのが背景にあります。世界から求められるようなサービスを作れば、先ほども述べたように一人当たりの生産性が上がり年収を上げることができます。そのような景色をまずベトナムのエンジニアに見て欲しいなと思っています。
そして、それはアジラだけがやっても仕方のないことです。「ハノイAIラボ」というコンソーシアムを作り、ここでのセミナーなどの開催を通じて、我々のAIのノウハウをみなさんに提供しています。
いまも「オブジェクト検出について教えてください」と、ある企業がハノイのオフィスに定期的にいらっしゃっており、我々は彼らの相談に乗り、どうやってクライアントの要望に答えたらいいかを一緒に考えています。

今の日本にはAIテクノロジーを自在に操るエンジニアが圧倒的に足りていません。それゆえ日本の国際競争力が落ちてしまっていると考えています。ですのでハノイにAIコンソーシアムがあって開発をお願いできる環境が整っていれば、それは日本もベトナムもお互いにとってメリットのあることではないだろうかと考えているのです。

AIを活用したビジネスはやったもん勝ち。先に始めたもん勝ち

ー AIを取り入れる会社はだんだん増えていますね。

今、日本の企業は二極化しています。AIを積極的に取り入れて事業の変革を起こしていきたい企業と、そんなことやらなくても大丈夫だと考えている企業です。絶対数で見ると前者の方が少数派ですので、AIの市場はまだこれからでしょう。
ただAIや機械学習の怖いところは、先に取り入れた企業がうまく回転しだすと、それでマーケットのシェアをがっつり取ってしまうということです。先にやってデータがうまく回りだせば勝ちなんです。それはどんなビジネスでもそうです。データがあるところで、機械学習に対し人間の勘や慣習が敵うことはまずありません。とにかく早くやったもん勝ちなので、AIを取り入れて進んでいく企業はどんどん進化していきます。毎日、日経新聞でAIの記事をチェックしていると、社内にR&D部門を作りAIを自社の独自のノウハウと融合させてビジネス化しているところは業績もドンドン上がっているように感じますね。

ー ちなみに、どうしてアジラにはAI案件が集まるのですか?

それはアジラが有名だからです(笑)という冗談はさておき、ディープラーニングを活用した画像認識技術のビジネス化において確かな実績がある点や、自社独自の技術を持っており、これを知財として活かしている点が皆さまから高く評価されているのだと考えています。自分たちからしたら、まだまだこれからですけどね。

アジア最大級のテックカンファレンス、Tech in Asia Tokyo 2017での講演の様子

ハノイ工科大とのコラボレーションがAIメッカへの拍車をかける

ー AIの仕事を進めていくということですが、AIは難しい技術のように思います。社内教育などは行なっているのですか?

特別社内で教育というものはやっていません。しかし、もともと大学でデータサイエンスを専攻していたメンバーがいることもあり、案件さえちゃんととってきて仕事としてやれば育つんです。

ー つまり、ベトナムのエンジニアはそれができてしまうんですね。

そうなんです。データサイエンスや統計学を専攻しているメンバーが結構ハノイにいることが強いです。情報科学という分野で、マネジメントやモデリング、マイニングをすることが好きな人たちです。アジラでは、教育をするのではなく代わりに案件を取ってきます。つまりOJTですね。

ー ベトナムで技術のトップ校、ハノイ工科大学とも連携していると聞きました!

そうなんです、ハノイ工科大学のあるドクターの研究室とパートナーシップを結んでいます。その先生の分野や基礎技術のテーマがアジラと似ていて、仲良くするようになりました。いろいろ技術のアドバイスをいただくようになり、同時にインターンシップで優秀な学生もアサインしてもらうようになっています。
大学には技術があってその技術を使いたい人が勉強しています。アジラにはその技術を用いる案件がある。これらがうまくマッチしました。

今後のアジラの拡大計画

ー 木村さんが作りたいハノイの将来や、予見している未来について教えてください。

案件を取ってきてそれを納品するといった受託開発は終わりました。現在、我々が行なっている事業は2つあります。AIプラットフォーム事業とソリューション事業です。
前者「AIプラットフォーム事業」は自分たちの独自サービスを構築し、それを月額のクラウドサービスとして提供していますが、、これをメインの事業としたいと考えています。というよりも、そうしないと年収一千万円は達成できないですね。
後者の「AIソリューション事業」は弊社の基礎技術を用いて、クライアントの構想するサービスやプロダクトに活用していく共同研究・共同開発の事業になります。こちらは前年度、実証フェーズで大きな成果を得ることができましたので、今年度はいよいよ本格化していくと考えています。

(※行動認識デモムービー)

ー 活動拠点はハノイのままでしょうか?

先日、マレーシアに行きました。マレーシアは宗教的な文化などの理由でアジラの持つAIサービスがうまくマッチするように感じたので、あちらに営業拠点を作っても良いかなと思っています。そうすることで、インドネシアと合わせて約三億人の市場にアプローチ出来ると考えています。
まだ確定ではありませんが、最終的な形態として構想している状態はあります。ヘッドクオーターをシンガポールに置き、研究開発拠点はハノイ、営業拠点として東京と大阪、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイみたいな。まずは日本とアセアンを取ってしまいたいです。
営業拠点や他の機能のための拠点は作るかもしれませんが、やはり開発・研究拠点としてはハノイしかできないです

ー この特集を作っている身として、とても嬉しいです(笑)。他の研究拠点として、どこか候補はありましたか?

あるとしたらジャカルタかクアラルンプールでしょうか。特にクアラルンプールは候補としてはアリかなと思います。なぜかというと、AIの論文を引用された数で100位までの大学ランキングがあるのですが、その100位の中にマレーシアの大学が2つ入っているんですよ。上位を占める多くはシンガポールや中国やアメリカなのですが、その中で入っているのはすごいです。マレーシアは上手にAIの下地を作っている国なのかなと感じました。
ちなみにそのランキングにまだベトナムの大学は入っていません。やはりタイムラグがあるので、これからハノイ工科大学なんかが入ってくると思います。

参考:「AI研究の論文引用ランキング マイクロソフト首位」(日本経済新聞)

ー 研究開発の拠点としてはマレーシアの可能性もあったけれど、やはりエンジニアの気質などを考慮してハノイを選ばれたんですね

そうですね。一つ持論があります。
気温30度前後で年中フラットなところはあまり技術は伸びないと思っています。悪い言い方をしますが、気温のギャップがある方が果物は美味しくなりますよね。冬というものがあるからこそ、冬の準備をする、プランを立てるという習慣が生まれるのです。しっかり準備をして計画を立てる、そういうところがハノイの特徴なんじゃないかなぁと思います。

ー これまでスタートアップ拠点としてのハノイついてお伺いしてきましたが、実際はホーチミンに企業が集まっているように感じます。それはどうしてなのでしょう?

ホーチミンはやはりエコシステムができているからでしょうか。商都なのでお金の巡りが良いんです。マーケティングに強い人も多いです。そういう意味ではサービスを作るのには向いているのではないかと思います。しかしコアな技術はやはりハノイだと思います。
ハノイで開発をしてホーチミンでグロースさせるというのが良いとこ取りのパターンです(笑)。

ー 最後に、読者へのメッセージをお願いします。

繰り返しになりますが、やはりハノイの強みは技術だと思います。もしあなたの専攻が技術でなかったとしても、起業する上では技術は絶対必要になります。ですので起業する前にハノイでコアな技術に触れるというのは、起業のアイデアを作る上でもすごく大事だと思います。
ハノイではなくホーチミンに行った場合、マーケティングやセールスは身につくかもしれません。しかしこれは実際いろんな人が持っているスキルです。どちらかと言えば前段階で技術の本質を掴んでしまった方が起業して成功しやすいと思います。

ー そのためには、ハノイのどこに行けば良いのですか?

もちろんアジラです。アジラベトナム代表のハイさん(日本語が話せます!)のところを訪ねて、ハイさんとお酒を交わして、「AIってなんですか?」とでも聞いてください。ググれと言われるかもしれませんがw

(アジラベトナム代表のハイさんからもメッセージをいただきました)

失敗することが大事です、とにかくたくさんチャレンジしてたくさん失敗して、それから学んで改善して成功していってください。

 

ーーー

《取材後記》

最近はタイのバンコクにブロックチェーンの技術や知見が集結しているような印象を受ける。それと同様に「AIといえばハノイ」というイメージがつけば、ハノイにはAI案件だけでなくもっともっと技術も起業家も集まるだろう。

木村さんの決意と共にあるその堂々たる発言。将来のハノイを想うとワクワクが止まらない。読者のみなさんにも、是非ともハノイをウォッチし続けていただきたい。さらにチャンスがあればぜひハノイを訪れ、エンジニアと交流してその技術力を目の当たりにしてください。