「ベトナムスタートアップ特集 〜ハノイがスタートアップの中心となる理由〜」第5弾。
インタビュアーがこの特集でもっとも楽しみにしていた取材である。日本人の起業家がベトナムで起業をしたければ..どんなことを知っておくべきなのだろう。気をつけることはなんなのだろう。ベトナム人と一緒に働く上でのポイントはなんだろう。その答えはおそらく日本人の起業家よりも、一緒に働くベトナム人の方が詳しいはずだ。起業家が知っておくべき真実を探ることを目的に、第3弾でも取り上げたフランジア社のエンジニアスタッフを直撃した。
《プロフィール|Phan Lac Phuc氏》
1991年ハノイ生まれ。ハノイ工科大学にて日本のITエンジニア基準に沿ったIT人材育成プログラム(HEDSPI)に参加。2012年4月から国費留学生として来日し、立命館大学情報理工学部に編入した。フランジア社でITエンジニアの仕事をしながら、学業と両立。2016年に大学院を卒業し、帰国。その後、フランジア社のITスクール設立運営を担当している。
目次
Framgiaが始めるITスクール
ー フックさんは、フランジアでどんな仕事をされているのですか?
Awesome AcademyというフランジアのITスクールの設立運営を担当しています。これは今準備段階(取材時)ですが、2018年3月よりスタートする予定です。
ー 最近では変化してきていますが、日本では昔、エンジニアというとオタク気質というか少し変わった人たちというイメージがありました。ベトナムでは、エンジニアはどんなイメージを持たれていますか?
エンジニアは世界共通で変な人が多いと思います(笑)。変な人が多いけれど、だからこそクリエイティブなことが得意です。ベトナムでは、エンジニアは脳の回転が早くて他の人たちよりも頭が良いというイメージを持たれていると思います。「エンジニアはなんでもわかる」といった空気さえ感じることもあります。
ー とても良いイメージなんですね(笑)
はい、もちろん実際はなんでもわかるというわけではありませんね。だけどやっぱりエンジニアが問題解決をすることが多いですし、そういった意味でとても頼られています。例えばこの統計データを活用してどのように仕事に活かせるか、あるイベントの周知のために百万人、一千万人にアプローチするにはどのようにすれば良いか。このような問題解決の場面でエンジニアは活躍しています。
エンジニアになった理由 : 破壊的イノベーションを起こしたい
ー フックさんはどうしてエンジニアになろうとしたのですか?
私がエンジニアを志したベースにあるものは、ベトナムを変えたいという想いです。イノベーションを作って、この国を変えていきたいのです。
ベトナムは発展途上の国です。発展途上の国では、車や電子製品の製造などは戦うのが難しい業界となっています。というのも、このような業界はすでにアメリカや日本、ドイツなどが世界を牽引していて、発展途上の国とは大きなギャップが生まれています。それをベトナムで埋めようとすると、おそらく非常に時間がかかってしまいます。
ベトナムで、世界に負けない何かのものを作りたい、世界に負けないサービスを作りたいと思った場合は、それを作る人に、トップレベルのプレイヤーと同じ環境を提供しないといけないと考えています。同じ環境を提供することができなければ、同じ価値の提供も難しいということです。
その点、IT業界は他と違います。ITエンジニアは、たった1台インターネットに繋がったパソコンを持つだけで他の国のエンジニアと同じ環境で働くことができます。つまり世界がフラットになっているのがIT業界なのです。
私はベトナムという発展途上の国に生まれた人間ですが、日本やアメリカのエンジニアとも同じ環境で働くことができるので、同等の価値を生み出せる期待ができます。この点が私にとって非常に魅力的で、私はITのエンジニアになりました。
特定の国が世界を牽引している業界の場合は、そのギャップを埋めるのが難しく、勝負する余地すらありません。ITであれば、ベトナムでもできるしギャップを埋められるのです。IT業界であれば、ベトナムからでも世界に負けないサービスを生み出し得るのです。
今、私は大学院を卒業して新卒2年目です。しかしフランジアではもうかれこれ5年働いています。学部3年生の時にフランジアでエンジニアとして働き始め、その後立命館大学に留学しながらも、アルバイトとしてプログラミングをしていました。留学が終わり、卒業した後フランジアでまた働くことになったのですが、半年ほどで大学院への進学を決めました。大学院はまた日本に戻り、日本からリモートでフランジアのエンジニアとして働きました。そして2016年の9月に大学院を卒業し、またハノイのフランジアに戻ってきたのです。
それからはプログラミングをするのではなく、教育事業に携わっています。ハノイ工科大学との産学連携コースにも力を入れて事業を行なっています。そしてこれからは新しくITスクールを立ち上げるのです。
スクールから、マインドを共有した若者たちがどんどん飛び出す
ー そのような教育事業に携わるようになったのはどうしてですか?
先ほども言ったように私はイノベーションを作りたい気持ちがあり、それを実現させるためです。大きな破壊的イノベーションは、一人の力では限界があり達成することはできないと考えています。ですが、たくさんの人と同じマインドを共有することでそれが実現可能になるかもしれません。だから私は十人、百人、千人、一万人に同じものを共有してもらいたくて、教育事業を始めるようになりました。
この国を変えたいと本気で考えた時に、それはどうすれば実現できるのかとたくさん自問しました。一人では実現が難しいと考えた結果、教育事業に取り組むことになりました。
今、フランジアでもベトナムでの起業のプラットフォームを作ろうとしていて、ここで仕事をするのが楽しいし、ここで頑張ることでベトナムを変えることができると信じています。
これから取り組むITスクールで輩出される卒業生が、フランジアのアクセラレーションプログラムに参加したり、プラットフォームを使ってイノベーションを生むようなことが起こると良いなと考えています。スクールではIoTやAIなどの研究開発もやろうと思ってるので、その将来性にはとてもワクワクしますし、強いやりがいを感じます。
ー フックさん自身も、ご自分で作りたいサービスなどはありますか?
もちろんあります!そのITスクールの運営をどうすれば円滑にできるだろうかということを考えていて、それを可能にするようなサービスを作っています。やっぱりこの国は教育で変えるしかないと考えていて、教育の分野でサービスを作っていきたいです。
ベトナム人の仕事のルール
ー フランジアはどんどん人が入って成長し続けているのがすごいと感じています。しかも、外国人である日本人が起業をした会社で、この成長が実現できていることに驚いています。フランジアはなぜそれができているのでしょうか?フックさんが考える理由を教えていただきたいです。
まさにそれが、今日私が一番お話ししたいことです。この会社は他の企業と比べて本当に離職率も低いし、みんなが楽しく仕事をしています。それはなぜかというと、社長たち、つまり取締役たちがベトナム人のことをよく理解しているからです。彼らはベトナム人の文化、マインド、考え方をよく知っています。
ベトナム人は仕事とプライベートのどちらを重要視しているか知っていますか?ベトナム人が大事にするのはプライベートで、仕事は2番目です。日本人とは違いますね。
もし友達の結婚式があれば仕事は休みます。もし家族で旅行しようとなったら仕事は休みます。そういう文化なのです。これはただ一つの例で他にもたくさん異なるところはありますが、大切なのは日本の文化を守りながら、ベトナム人の文化をよく理解することです。現地の人に合わせると言うよりも、よく理解することです。合わせる必要はありません。理解して適切な対応をすることが良いと思います。
ベトナム人はプライベートが第一ですので、自分の周りの同僚はプライベートでも親友だという環境がベストです。普段から仲の良い人と一緒に働くのが、心地よい環境だと言うことです。私たちは一緒に仕事をしている人と、休日のプライベートでも遊んでいます。1週間、毎日、会社のメンバー..親友たちと一緒にいます。
「同僚」という言葉は少し距離を感じます。同僚と言うよりも仲間です。友達、親友です。ベトナムでははっきり仕事とプライベートは区別しません。みんな同じ“Friend”のというカテゴリーなんです。
ー 日本人がベトナムで経営をするときに、ベトナム人であるフックさんが大事にしてほしいことはなんですか?
異文化を超えたマインドを持ってください。ベトナム人のことをよく理解しようとするマインドを持ってください。ベトナム人のルール、社会のルールがわかった方が色々とスムーズですので。だけどもやはり完全に合わせるのではなく、日本の良いところも忘れないでほしいです。
フランジアでなぜ離職率が低いかと言う話ですが、やはりプライベートな繋がりがあることが大きな理由です。僕自身ここで5年間働いていますが、社長たちと個人的な繋がりも深いです。ベトナム人と「仕事の関係で仲良くしましょう」と言うのは間違いで、友達になってから一緒に仕事をしようという流れが一番です。
フランジアの経営者はそれをよく理解しています。僕も、仕事の話が目的ではない形でたくさん一緒に飲みに行き、遊びに行きました。だんだん関係を築きながら、大学や大学院の卒業などのタイミングが良いときに「フランジアに就職する?」と誘ってくれたんです。
ベトナムでは大学を卒業する前に就職活動をする文化がないです。そして、時間をかけて会社を選ぶということもしません。大学を卒業した後、時間もかけず深く考えもせず、気楽に仕事を選びます。少しでも「良いな」と思ったら会社に入るといった感覚です。だからこそ、その会社が楽しくないと簡単に辞めるんですね。
だけど最初から良い関係を築けてさえいれば、そのギャップはほとんど生まれませんし、ここが好きだと思って辞めません。
ー フックさんはベトナムのスタートアップについて、どのようなサービスが成功できると考えますか?
そうですね...いろいろありますし、なんでもできるというのが答えです。例えばUberなどの車手配サービスがありますが、その値段の比較サイトなどでも一つのスタートアップになります。またベトナムではECサイトを使って物を買うという文化がまだ未成熟ですが、これからどんどん伸びていくはずです。最近だと、学校を作ってその教育モデルをフランチャイズさせることも流行ってきています。
特に注目されているスタートアップは人材でしょうか。特定のサービスが強いという訳ではありませんが、注目されていることは確かです。なぜかというと、やはり労働者の層が厚いからです。しかもその数は今も増えているからこそ、人材系のスタートアップは活発になってきています。今まで労働者と企業のマッチングというものはあまりありませんでした。まだまだ開拓されていません。あまり企業を選ぼうとしない文化があるからこそだと思います。結局は給与が高ければ高いほど良いという価値観がまだ多くあります。それを変えて、良い社会を作れるとしたら、それはまた一つのスタートアップでしょう。
ベトナムではまだまだ発展途上国なので、本当にいろんなことがチャレンジできます。いろんなことができると思います。
ー それだけいろんなトレンドや流行がある中、フックさんはAwesome Academyの後にやりたいことはありますか?
もちろんその先にもやりたいことはあります。それは日本での挑戦です。ベトナムでするのではなく、逆に日本で挑戦してそれがうまく行ったらベトナムに持ってくるというのも面白いなと思っています。国を超えたサービスを目指したいです。
ベトナムで挑戦したい日本のみなさんへ
ー 最後に、「東南アジアで起業したい」という熱意を持っている読者に向けて一言お願いします。
メッセージとしては、「早い者勝ち」ということです。ベトナムは今はまだ何もないけれど、2年後3年後はわかりません。もう進出する余地もないかもしれないです。だからこそ、ノープランでも良いのでまずはここに調査しにきてください。ここに住んで生活する中で、できることを見つけてください。まだ日本に住んでいるままではベトナムでできることの発想はできません。まずはここで生活を体験してみた方が良いです。実際に現地に行かないと、ということを伝えたいです。
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《編集後記》
「ベトナム人エンジニアはこんなにもアツい志を持っているんだ!」と、心揺さぶられる取材であった。近年は日本でもエンジニア人気は高まっているものの、国の違いから起因するその根本にある思いの丈がまるで日本と違う。このふつふつと湧いてくるような感覚を、読者の皆さんと共有したく思うのですが、いかがだったでしょうか。
そして国の違いによる働き方の違いもあって当然である。やはりその異文化を認め、相互理解できる人間であろうと胸に誓った。