IT技術の普及により日々変革が起きているビジネス界。
その中でも、近年次なる革命が起きると注目を集めている農業&フード分野。
今回は、東南アジアと日本の間で食品ビジネスを手掛けている、フーズカカオ株式会社の代表取締役・福村氏にインタビューをさせていただきました。
なぜインドネシアという地でカカオビジネスをすることになったのか、そのストーリーと魅力。
そして福村さんが異国の地で活躍するために大切にしている信念を伺いました。
《プロフィール|福村瑛氏》
1991年生まれ石川県出身。
大学時代に中南米縦断、VCでのインターンなどを経て、バイリンガルコミュニティサービスConyacを運営する株式会社エニドア(現Xtra株式会社)にてビジネスサイド全般を経験。ダンデライオンチョコレートジャパンでチョコレート製造の修行後、カカオ開発会社フーズカカオ株式会社を設立。カカオ豆からカカオバターまでカカオ原料を提供しつつ自社カカオ菓子ブランドCROKKAも運営している。
消費者と生産者で情報が分断されたカカオ
ー 福村さん、さっそくですが現在行なっている事業について教えてください。
フーズカカオ株式会社という、インドネシアのスラウェシ島南部にあるエンレカン県やタイ北部ランパーンのカカオ会社との活動を中心に、東南アジアでカカオ開発を行う会社を経営しています。
現地のパートナー農家の方々と、良質なカカオとそれを使ったカカオ製品の共同開発、そして日本のパティシエや菓子製造を行う業者向けに輸入と販路確保をしています。広く言えばカカオのバリューチェーンを再構築する事業を展開しています。
従来のカカオ豆の仕入れシステムとは異なり、直接農家さんと契約し、仕入れることによって、農園での収入向上と技術向上に繋がるようなビジネスの仕組み作りを目指しています。
それと並行して自社生産のカカオを用いたお菓子ブランド 『CROKKA』 を立ち上げ、 “農園開発×お菓子開発” で美味しいカカオをもっとたくさんの方々に届けられるサービスを開発しているカカオベンチャーです。
自社菓子ブランド『CROKKA(クロッカ)』の目玉商品『CROKKA brittle』
ー カカオ開発事業をスタートされたということですが、どんな経緯で事業を始めることになったのですか?
子供の頃からチョコレートが大好きで、大人になっても普段から結構な量を食べていました。夜中でも仕事に疲れるとよく口にしていました(笑)。
当時はITベンチャー企業に勤めていましたが、密かに自分の中で「チョコレートに関わる仕事をしてみたいな。」という気持ちはありました。勤めていた会社が買収され、フェーズとしてひと段落したこともあってその仕事を辞め、前から興味があったチョコレートについて調べてみようと本格的に動いたのがスタートになります。
ー どのようにインドネシアという国と繋がったのでしょうか?
普段から食べているチョコレートのパッケージを見ていた時に、カカオが意外にも使われていないことに気づいたんです。なんとも違和感を覚えたので、カカオ豆がどのように作られているのか調べることにしました。
するとインドネシアはガーナ、コートジボワールに次いで世界第3位のカカオ生産地であるにも関わらず、ファインカカオという香りや風味の優れた高品質なカカオの生産量は1%にも満たない状態だと分かりました。そこで実際にインドネシアの現場を見たいと思い、インドネシアで最もカカオ栽培の盛んなスラウェシ島南部に赴くことにしました。
そこで見た光景は非常に悲惨なものでした。カカオの管理環境は相当酷い状態で、重要だといわれるカカオの発酵はほとんどおこなわれず、乾燥の工程は地面の上で行われ、ニワトリなどが平然と作業場に入ってくるような状態。食べ物を扱っているとは到底思えないような環境でしたね。
「カカオは貴重なもの」というイメージを日本人は持っているかと思うのですが、現地の生産状況との間にとても大きなギャップを感じました。また、当時からカカオの値段が大きく下落し始めていたこともあり、多くのカカオ農家が儲からないからと栽培を辞めようとしていました。
質の良いカカオの作り方がわからないために安定した収入を得ることができていないのではと考えました。
エンレカン県で農家さんと共にカカオの乾燥状態を確認する福村氏とルース氏
同時に「こんなにも消費者と生産者が分断されているのか」と思いました。
消費者はカカオがどんなもので、どこから来て、農園でどんなことが行われているのかを知らない。何なら消費者だけでなく、パティシエやショコラティエですらチョコレートの原料であるカカオがどんなものなのか見たこともない人が多いんじゃないですかね。そして農園側も美味しいチョコレートの味というのを知らない。
この情報の非対称性が本当にすごかったんです。
流石に消費者が直接農家さんとやりとりする必要まではないと思うのですが、素材を扱う者として双方向に適切な情報の流通を行ないながら、視える化するべきだと感じました。そういうわけで今の “カカオのバリューチェーン開発” の形になっています。
その後、偶然滞在していたホテルで当時スタッフをしていた元パプア州鉱山開発責任者だったルースと、カカオで地域を盛り上げようと意気投合しました。帰国後すぐにダンデライオンチョコレート社に入社し、実際に世界中から集められたカカオ豆からチョコレートを作る仕事をさせていただき、そこで作り手にとって良いカカオ豆とは何なのかを勉強し、現在のビジネスを立ち上げました。
商品開発はこだわり抜いた “発酵” から
ー 物だけでなく情報も流通させるバリューチェーン開発ということですね。素材開発等も行っているということですが、具体的には普通のカカオとフーズカカオのカカオはどう違うのでしょうか?
商品としての違いは、フーズカカオのカカオは一般的な他の農家さんが栽培しているカカオに比べものすごく手間をかけているところです。例えば、カカオの果実1つ1つに袋をかけて農薬を使わない害虫対策を行い、安全に収穫量を増やす試みなどをしているのですが、さらにこだわっている部分が「発酵」の過程です。
通常インドネシアのカカオは発酵段階を分けずにまとめて発酵させています。
それに対し、フーズカカオのカカオは丁寧に二段階に分けて発酵させています。1つ目がアルコール発酵、2つ目が乳酸・酢酸発酵になります。
アルコール発酵では、嫌気状態(酸素供給が少ない状態)でカカオの温度を30℃以上40℃未満程度まで上昇させることで、酵母によりパルプが分解されアルコールが生成されます。アルコールが生成されると隙間が出来るので酸素を多く含む状態となり、乳酸・酢酸発酵に移行します。こうして発酵によってつくられたアミノ酸が最終的にチョコレートの香気成分の元になります。また、カカオのポリフェノールと酸素を反応させて苦味と渋みと減らしてくれます。つまり良い発酵ができればカカオの嫌な風味を減らし、果物のような酸味や香りといった心地よい風味を作り出すことができるわけです。
一箱一箱丁寧にバナナの葉っぱで包まれ発酵が行われているカカオ豆
フーズカカオのカカオはpH、温度、時間、攪拌回数などを全て農家の方々とともにデータ管理し、日々発酵条件の試行錯誤を繰り返しています。全ての農家さんからデータをいただき、それを確認・議論することにより、同じところで採れたカカオでもフルーツのような香りのするものからナッツ風味の強いものまで、多種多様なフレーバーを生み出すことができています。
また消費者の方にも違いを知ってもらい、そこで得られたフィードバックを生産者であるインドネシアのカカオ農家さんに伝えることも重視しています。これにより品質が良く消費者の求めるカカオを作る農家さんの意欲を高めています。ちなみにカカオ豆が如何なるものなのか実際に知っていただくために、カカオ豆をそのまま食べるワークショップを開催したり、ショコラティエの方々をインドネシアの農園に連れていくツアーの企画などもしています。
情報を双方向に伝えることにより生産者と作り手、消費者の距離を縮めることができると考えています。
世界に通用する日本のチョコレート
ー カカオを作ることで実現したい社会や目標はどんなものでしょうか?
私たちが現在事業を通して行っているのはカカオの開発になります。消費者のニーズや嗜好が伝えることで、農家さんが美味しいカカオを作れるようになる仕組み作りをしているわけですが、これによってカカオが日本酒やコーヒー、ワインのように産地によって特色があり、その個性が楽しめるような品になってくれればと思います。
カカオ豆からチョコレートになるまでを全てこだわってチョコ作りをする “Bean to Bar” というブランドジャンルが浸透し始めました。今後、Bean to Bar のようなものづくりをより発展させるためにも、農園にいる人々が自らこだわったカカオ、そして美味しいチョコレートを作れるようにすること、これは我々が必ず達成しなくてはならないミッションであると思っています。
「CROKKA brittle」はカカオのザクザク食感と香りを楽しめる新感覚のブラウニー
しかしながら実はもっと大切にしている目標があります。それは「世界に通用する日本のチョコレート産業を作り出し盛り上げていく」ことです。お世辞を抜きにしても日本のチョコレートは美味しいです。それでも世界的に見れば、国際マーケットでプレゼンスを発揮しているチョコレートはそれほど多くありません。
その要因の1つとして考えられるのが、日本のカカオのバイヤー能力が低下していることにあります。以前は大きい単位で規模の力によって安価にカカオを仕入れていたことがありますが、近年は中国など新興国の台頭により、少しずつ安価で良質なカカオの確保が難しくなっています。良いカカオが手に入らず、バルク品もしくはそれよりも品質の悪いカカオしか手に入らなくなれば自然と美味しいチョコレートを作ることも難しくなります。
日本のチョコレート産業を盛り上げていくためには、ヨーロッパ諸国がアフリカや中南米の国々と密接に買い付けを行っているように、日本も特定の生産国と強固なパートナーシップを築いていく必要があると考えています。そうなった時、地理的にも歴史的にも馴染みの深い国であり、かつ既にカカオ産業の土台があるインドネシアや近隣東南アジア諸国と関係を築いていくことは今後の日本のチョコレートには欠かせないことになっていくと考えています。
生き抜く仕組みを論理的に追い求める
ー チョコレート産業を盛り上げるため、事業を行なう上で大切にしていることはありますか?
これは1番意識していることですが、「まずは死なない」ように気をつけています。事業を閉じるような事態にならない仕組みを作ることですね。Bean to Bar のようにそれぞれの細分化された嗜好に合わせて商品を提供するブランドの形というのは注目されていますが、まだまだ需要が高まっているとは言い難いでしょう。ニッチな新興業界において会社が潰れるといったニュースは、業界全体が勢いを失っているというネガティブイメージを消費者に与え兼ねません。ニューウェーブを作って行くためにも、まずは死なない仕組みを作り、様々な事業者が参加できるような状態を作って行くことが必要だと考えています。
私たちの場合、ものづくりの会社でありながら工場も店舗も持ちません。IT出身者で主に構成されてる会社として、既存の枠組みに捉われない仕組みに挑戦し、農園での商品開発に集中したいのもありますが、店舗経営のように固定費が掛かってしまうリスクを避けるという意味合いでもあります。
カカオ原料開発とチョコレート菓子をつくる仕事は似て非なるものです。
ダンデライオンチョコレート社での経験から Bean to Bar チョコレート作りにはお金と労力が掛かることがわかっていました。機械等のお金はもちろんのこと、自分たちで1から作ろうとするとカカオ豆から選別し、ロースト・粉砕・成型・包装とものすごく手間が掛かると共に設備費・人件費も掛かります。そうなってしまうと大手メーカーのように安いカカオ豆を主にブレンドさせ、原価を下げることができる商品との競争では生き残るのが大変です。
また生産地で加工すると他にもメリットがあります。カカオ豆から素材加工する際に余分な水分や殻の部分を取り除くことができるので総重量が軽くなり、結果として輸入コストも抑えられます。生き抜くための仕組みを論理的に突き詰めていった結果が今の仕組みです。
ー しっかりと機能する仕組みを作るということはビジネスに限らず何か新しいことを始める際、忘れてはいけないポイントになりますね。
ー 最後に東南アジアで事業をする意義についてどう考えていますか?
私たちは東南アジア、特にインドネシアの農園開発をしていますが、今後東南アジアと日本が繋がる事業というのが求められてくるのではないかと感じています。世界地図を見たとき、地理的にはヨーロッパとアフリカ、北米と中南米、日本と東南アジアのように分けて考えられるような位置関係にあります。他の地域同士の組み合わせを見てみると、移民や言語などの点においての共通点が多かったり、交流が盛んであったりしますが、日本と東南アジアの関係はというとそれほど繋がりがあるとは言えない状況です。だからこそ隣人として、世界で戦うためのパートナーとして、良い関係を築いていくことが必要なのです。
「日本と東南アジアで強い結びつきを作ることで将来お互いにとってすばらしい産業構造が作れるのではないか」と本当に思っています。日本の産業を盛り上げていくためにも、東南アジア諸国と良い関係を築いていくのは大事だと考えていますし、私も実際に身を置きながら挑戦していきたいと思っています。
村の契約カカオ農家さんが一同に会し、互いに意見交換をしている様子
編集後記
取材後、勝手ながら実際にエンレカン県の村にまで行き、カカオ農家さんのお宅でホームステイをさせていただきながら実際の農園の様子とお話を伺ってきました。皆さん口を揃えて「瑛さんのカカオのおかげで収入も増えて…」とおっしゃっていて、フーズカカオさんの事業が現地の人々の生活を確かに変えているのだということを身に染みて感じました。
今後はこういったソーシャルビジネスを通した新たなグローバルパートナーシップの形が増えてくると思いました。