人間の「レッテル」を変えたい。途上国から世界に通用するブランドを【マザーハウス 稲葉潤紀氏】

「途上国から世界に通用するブランドをつくる」というビジョンを掲げ、「モノづくり」を通じて「途上国」の可能性を世界に届けるマザーハウス。職人と一緒になって商品を創りあげる、その現場とは。インドネシアを中心としたモノづくりのお話や、稲葉さんが人生において大切にする想いを伺った。

<プロフィール|稲葉潤紀氏>
生まれてから18年間を岡山で過ごす。大学では政治経済、特に開発経済学を専攻。大学1年次に南アフリカを訪れ、2年次に国連機関と共に学生団体の設立に参画した。マザーハウスでのインターンを経て、タンザニアでサンダル作りのビジネスを現地学生と一緒に立ち上げる。大学卒業後、マザーハウスに就職。バングラデシュでの駐在を経て、現在はジュエリー事業の副事業統括としてインドネシア、スリランカ、ミャンマーでのモノづくりに関わる。

職人へのリスペクトを大切に。生産と販売の間に立って

ー稲葉さんの現在の活動を教えてください。

株式会社マザーハウスでジュエリー事業の副事業統括を担っています。インドネシアの金銀アクセサリーや、スリランカでのカラーストーンジュエリー、最近はミャンマーでのルビーアクセサリー事業の立ち上げに関わっています。

私の働くマザーハウスは、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」をビジョンに掲げ、2006年に設立されました。「かわいそうだから買う」ではなく、「かっこいい、かわいいから買う」と思ってもらえるような商品を、途上国の職人と一緒になって生産し、世界に届けています。私たちのメッセージをストレートに届けるために、生産から販売まで、すべて自社で手掛けることにこだわっています。

ー担当されているインドネシアの金銀アクセサリーについて、詳しく教えてください。

インドネシアでは「フィリグリー(線細工)」という工芸技術を使ったアクセサリーを作っています。フィリグリーとは、銀を糸のように1mm以下に細くして、模様を作り、それらを溶接で繋ぎ合わせながら形にしていく、ジュエリー加工技術のことです。

この金銀アクセサリーが生産されているインドネシアのジョグジャカルタという街は、王宮文化が花開いた地です。王宮で使われる宝飾品を作るためにフィリグリーの技術が発達し、それが今も生きています。

(インドネシアで生産されたマザーハウスのアクセサリー)

ー稲葉さんのお仕事を具体的に教えていただけますか?

私は、職人側と販売側の両方を行き来する立場にあります。 

ある時は1ヶ月のうち、月の前半はスリランカに行って新商品開発をしたり、現地スタッフと生産現場での問題を話し合います。例えば、カラーストーンの研磨がうまくいかない、こういう工具があればもっと良くなる、といった問題を一緒に解決します。

月の後半は、いったん日本に帰って新商品の開発戦略を議論したあと、インドネシアに飛びます。そこで、今度はどういうことを目指すよ、というのを職人と話します。

職人に近い立場でお仕事をされているのですね。職人との向き合いの中で大事にされていることはありますか?

2つあります。1つは職人に対するリスペクトです。

例えば、インドネシアの線細工ジュエリーは太さが0.1mm以下の糸状の金や銀の先を渦状に巻きながら形を作っていくのですが、その職人作業は本当に早いです。僕らが試しにやってみると遅くて、形もいびつになってしまいます。けれども職人の手にかかると、みるみるうちに花形のきれいなものが出来上がります。職人の技術は偉大です。

もう1つ大切にしているのは、互いの違いを認め合うことです。

当然ながら、国によって文化も商習慣も違います。そのため、職人に対して頭ごなしにこうしようとか、こうしてほしいと言うと、なかなか受け入れられない部分があります。だからこそ、職人が大切にしている文化や生活様式と、僕たちのビジネスのやり方をお互い認め合って、その上でものを作っていくということを常に意識しています。 

(職人は火力の強いバーナーを巧みな手つきで使いこなしパーツを熱する)

ーマザーハウスの商品は素材集めや生産は途上国で行われていますが、シンプルなデザインに日本の美的センスを感じます。

そうですね。社長の山口を中心に商品のデザインをしています。例えばマザーハウスのフィリグリーのアクセサリーは、小さくて華奢な、日本人に好まれるデザインです。

しかしインドネシアの職人は大きいアクセサリーが大好きで、なぜ小さいデザインがいいのかを説明するのが、最初は大変でした。初めにサンプルを作ってもらうのですが、やはり大きいです。そこから何度も試作を重ねて徐々に小さくしていきます。

最終的に繊細で素晴らしいジュエリーが出来上がり、僕らが「すごいこれ!」と感動すると、職人さんも喜びます。そうして徐々に僕らと職人のお互いの目線が合ってきます。ビジネスがスタートすると、人気な商品とそうでない商品を職人のみんなにもシェアします。

このようなモノづくりにおける意見のすり合わせで常に心がけているのが、なぜそれが大事なのかを伝えることです。マザーハウスの基準じゃないからダメではなくて、お客様が喜ばないプロダクトを作りたくないと言うと、職人はやっぱり納得します。職人さんも誰かに届けたいから作っているのです。 

ー現地から職人を日本に呼ぶイベントも存在していると聞きましたが、職人にお客様のイメージを持ってもらうためなんですね。

そうです。逆に日本のお客様が生産国を訪れるツアーもあります。マザーハウス直営店の店長にも、生産地を回って実際のモノづくりを見る機会があります。こういったツアーを通じても、日本のお客様や店員と、職人の間に心の繋がりができるのです。

(現地の土産物屋で売っていた銀ブローチは直径約5cm。銀線模様が細かい)

人間の「レッテル」を変えるために

ー稲葉さんが途上国と関わるようになったきっかけはありますか?

私は「途上国=かわいそう、というレッテルを変えること」に興味があるのですが、この思いに繋がっている自分の原体験があります。

私は小学校のときにいじめられていました。家庭の事情で親と離れて住んでいたために立った悪い噂が原因でした。でも親がいないということだけで、どうして自分がいじめられなければいけないのだろう、と思っていました。

中学生になって親と再び住み始めましたが、荒れて、遊び呆けていました。そんなとき、ある日の夕飯の際に、姉からふと「あんたは逃げているよね」と言われました。

その言葉が自分の中にずっと残って、自分は勉強から逃げているのかな、と。本を読んでみたりしましたが、やはり長続きしないですよね。そこから、「何のために勉強するのか?」を考え始めました。

ある日、たまたま図書館で難民キャンプの子どもを写した写真集に出会いました。そこにはケニアの難民キャンプの幼い子供たちが写っていて、写真の下に「こんなかわいそうな人たちがいる」と付されていました。

「かわいそう」と書かれたら、読む人は皆「彼らはかわいそうだ」と思うでしょう。でも、本当にその難民キャンプの人たちは「かわいそう」な人たちなのか?逆に本人たちは自分のことを「かわいそう」思っているのだろうか?と、私はその写真の一文に憤りを感じました。

私は親がいないというだけで「かわいそう」というレッテルを貼られたのがとても嫌でした。だから、私は世の中の人間の「レッテル」というものを変えてみたいと思いました。それが私の勉強の目的になり、現在の活動にも繋がっています。

ー学生時代はどう過ごしていましたか?

18歳まで岡山県の田舎で育ちましたが、何か途上国に関して自分ができることはないか、と思って東京の大学に入りました。

大学1年生のときに、国連難民高等弁務官事務所で一緒に学生団体を作らせてもらいました。国連、NGO、民間機関と一緒になって難民の啓蒙活動を行っていました。またサークル活動の一環で、南アフリカのヨハネスブルクでの学生カンファレンスに参加しました。

最初は国連職員になりたいという夢があり、途上国の人と関わって生計を立てたいと思っていました。でも、活動する中でだんだんと援助の限界や、援助というものに対する違和感や疑問を自分の中で感じていきました。

ーその後、マザーハウスに入社した経緯についても教えてください。

私は「途上国=かわいそう、というレッテルを変える」という目標を達成するために、援助ではなく、ビジネスという手法に興味を持つようになりました。そこで、アフリカでビジネスを起こしてみたい、と思っていました。

マザーハウスを知ったのはちょうどその頃でした。

初めは、マザーハウスに就職するかどうかということは考えていなくて、単純に「先を越された!」と感じました。アフリカでビジネスを始める際に、マザーハウスでの経験が役に立つのではないかと思い、インターン生として応募して受け入れてもらいました。

その後、マザーハウスでのインターン経験を生かして、タンザニアの学生と一緒に現地でサンダルを作るビジネスを立ち上げました。タンザニアにある、サイザルとレザーという素材を使ったサンダルでした。

ーマザーハウスでインターンをする前に、すでにご自身でタンザニアでビジネスをしようと考えていたのですね。

はい。ただ実際にやるとなかなかうまくいかなくて。さらにビジネスについて経験を積まなくてはいけないと思い、マザーハウスに入社しました。

ー「レッテルを変える」というのが稲葉さんの軸になっているようですが、インドネシアでのマザーハウスのモノづくりのなかで「レッテル」を変えた瞬間はありましたか?

1つは、職人自身の、自分の仕事に対するレッテルが変わったことです。

例えば、マザーハウスでブライダルリングを作ってくれている、ムギさんというエース的存在の職人がいます。彼は3年前に日本に来て、イベントでブライダルリングを実演で作りました。

「ありがとう」。そのとき彼がお客様に言われた言葉です。この言葉にムギさんは驚きました。

日本人にしてみれば、お客さんが作り手に対して「ありがとう」と言うのは当然かもしれません。でもジョグジャカルタでは、感謝は作り手が伝える言葉なのです。

現在60歳のムギさんは、人生のうち48年をジュエリー職人の仕事に捧げてきました。バイヤーの言い値で、納期も勝手に決められたオーダーが来ても、仕事をこなし続けました。生きるために。

だからムギさんにとって「ありがとう」は、バイヤーに対して言ってきた言葉なのです。

しかし、お客様に「ありがとう」と言われたのをきっかけに、彼の心に変化がありました。ムギさんは自分の工場を作るという夢を持つようになりました。それまではもっと稼いで家族を養いたい、というのがムギさんの夢だったのですが、自分のジュエリー技術を若い人にもっと伝えていく、という夢に変わりました。

(左:来日した際のムギさん)

ー自分の技術に対する誇りが高まったのですね。

そうですね。また職人に対する周囲の見方が変わった瞬間もとても面白かったです。

ジョクジャカルタの課題としてあるのがフィリグリーの職人の数が減っていること。職人は一人前になるのに約10年かかり、正直すぐにお金を稼げるようにはなりません。さらに、職人の仕事は人との出会いも少ないです。だから、職人という職業は敬遠されがちです。

ところが、私たちと一緒にやっている職人さんがツアーで日本に来ると、周囲の目も変わります。近所のおじいちゃんがやっていたお土産物作りは、実は世界に通用するブランド品なのかもしれない、と周りの人が思い始めます。そうするといずれは線細工職人に憧れる若者が増えるかもしれない

一方、お客様のインドネシアに対するレッテルも変わりますよね。インドネシアで噴火があったりすると、日本のお客様から連絡が来るのです。災害で誰かが苦しんでいるときに、それを遠いどこかの外国の話ではなく、自分事と思えるようになる。ジュエリーがお客様とインドネシアの心理的な繋がりを生み、「途上国」というレッテルを変えるきっかけになっているのです。

社会に出る前に「自分が何をする者なのか」という問いを深掘りする

ー稲葉さんの仕事へのモチベーションは何でしょう。

自分のやりたい、と思えることをやっているかどうかです。つまり、私の場合は「人のレッテルを変える」瞬間に自分がいるかどうか。今の仕事ではそれを感じることができています。

ー逆に上手くいかないこともありますよね。

大きい失敗をしたときなどは本当に塞ぎ込みます。でも、例えば販売側で失敗して落ち込んでも、生産側に行くと職人の皆が目を輝かせて商品を作っているのを見ます。そうすると、何としてもこの商品を日本に届けたい、と力が湧き上がってきます。

1つの商品と言うものが中心になって、それを作る人もいればそれをどうお客様に届けるか考える人もいる。モノづくりはそのドラマが面白いです。

ー今後やってみたいことはありますか?

これからも様々な国や地域の可能性を発掘していきたいです。

例えばインドネシアにはたくさんの島があって、島ごとに固有の素材や技術があります。カリマンタンではダイヤモンドが採掘でき、ロンボク島という島ではパールの養殖が盛んです。そのように、インドネシア内だけでも多様な素材や職人の技術があるのです。ましてや国が違えば無数の可能性があります。そこにもっと光を当ててみたいです。

(フィリグリー工房周辺の風景)

ー日本の若者にメッセージをお願いします!

(読者の)皆さんの中には、これから社会人になるという人もいるでしょう。大人になれば社会に出るというのは、当たり前のことのように思えるかもしれません。でも「社会に出る」とは、外部の人と関わる土俵に立つということです。

だからこそ「自分が何をする者なのか」という問いを、徹底的に深掘りしてみたらいいと思います。

そうでないと、例えば東南アジアで働く機会を得たとしても、そこで働く目的が自分の本当にやりたいことと繋がっていないと苦労すると思います。もしくは周りに流されていきます。

でも「自分が何をする者なのか」を考えることは、目標を達成するための手段を1つに定める、ということではありません。例えば「人のレッテルを変える」というビジョンは譲れなくても、その目標を達成するための手段はマザーハウスでの仕事とは限らないでしょう。

社会に出るとなかなか自由な時間は取れません。だから、ぜひ学生のうちに自分自身とじっくり向き合ってみてほしいと思います。自分の過去と目指す未来が一直線につながる瞬間がきっとあります。その線の上に今、自分がいるかどうか見つめてみてください。

編集後記

真に質が良く、かつ公正なモノづくり。素材・職人・お客様、通常はどこかがないがしろにされてしまいそうですが、マザーハウスはそれぞれを尊重し、真摯に向き合っていることが分かりました。

稲葉さんの人生哲学も伺うことができ、学ぶものが多かったです。

ちなみにインドネシアジュエリーの生産地であるジョグジャカルタは、現在私が留学している街です。ジョグジャカルタに来てから、私も実際にフィリグリーのジュエリーの販売店や工房を訪れました。細い銀の糸が、職人さんの器用な指先によってみるみるうちに形になっていく様には目を奪われます。皆さんもジョグジャカルタに来たら、ぜひフィリグリーの芸術に触れてみてくださいね。




ABOUTこの記事をかいた人

増木 帆乃

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