『コロナ時代のグローバリゼーション特集』第2弾は、COVID-19 多言語支援プロジェクト。
"COVID-19 多言語支援プロジェクト" を今年の4月に立ち上げた石井暢さん。新型コロナウイルスへの対応で日々変化し続ける、私たちの身の回りの情報を、日本に住む外国人のために多言語で翻訳して発信しています。外国人は他者ではなく、共に生きる隣人だと語る。活動や未来の日本社会に対する石井さんの想いに迫りました。
(公式ウェブサイト:COVID-19 多言語情報ポータル)
《プロフィール|石井暢氏》
2020年3月東京外国語大学国際社会学部卒業。学部時代にはフランス語を専攻し、スイスでの10ヵ月留学とアフリカでのNGOインターンを経験。今年の秋からイギリスの大学院に進学し、アフリカにおける国際開発に関する研究を行う予定。
コロナ禍で浮かび上がる外国人の言語障壁
ー 石井さんが現在行っている活動について教えて下さい。
私は "COVID-19 多言語支援プロジェクト" という東京外国語大学の学生と卒業生を中心に結成されたボランティア集団の代表を務めています。
このプロジェクトでは首都圏に住む外国人に向けて、新型コロナウイルスについての情報をウェブサイトやSNSで多言語で発信しています。ウェブサイトに掲載しているのは、日々の感染予防策や、仕事や在留資格、収入が減るなどした方々への支援制度、相談窓口などについての情報です。
2020年4月21日から、やさしい日本語と英語での情報発信を開始しました。その後ほかの言語へと広げ、現在は全部で15言語に達しています。
ブラジルポルトガル語とウルドゥー語が最近新しく発信言語に加わった。
この活動には2つの目的があります。ひとつは、多言語による情報発信活動を通して、日本に滞在する外国人が正しい情報にアクセスし、より安心、安全に日本で生活を続けられるようにすること。
二つ目は、特に災害時の多言語による情報発信について日本人の関心を高めるきっかけを作ることです。
今回の新型コロナウイルスの流行だけでなく、日本では地震や台風といった自然災害も頻発します。このような災害時に、より困難に直面しやすいのは日本語での情報取得が難しい外国人の方々。身を守るための素早い行動が求められる緊急時に、言語の壁のせいで外国人は必要な情報を得にくく、適切な行動をとれない恐れがあります。
サイトではイラストも使い、ひと目で知りたい情報が分かる工夫を凝らす。
ー 活動を始めたきっかけは?
私は以前から ”災害時の情報発信" に関心がありました。
原点は2011年に起きた東日本大震災。私の両親が福島県出身で、当時、祖父母は福島県に住んでいました。そのとき、原子力発電所の事故に関連したデマや風評被害などが復興の妨げになってしまっていることを知り、苦い思いをしました。
それ以降ずっと、災害時にどのように情報を正しく伝えるかということに関心がありましたが、昨年日本でラグビーW杯開催の最中に台風が直撃したときには、その情報が外国人にも伝わっているか気にかけていました。災害で不安が高まる中、間違った情報が伝わってしまえば、最悪人の命をも脅かしかねないということに危機感を持っていました。
今回、新型コロナウイルスに関する多言語情報発信のプロジェクトを始めた直接的なきっかけは、イギリスから東京外国語大学に留学している友人から相談を受けたことでした。
日本の外務省は今年の3月に、ウイルスの水際対策の一環として外国人に発給していたビザの効力を停止しました。それを知った彼女は、自分のビザが止まって母国に強制送還されるのか?と思ったそうです。
よく調べていくと、日本を出国しない限り、既に入国済みの外国人は在留資格の期限までそのまま滞在を続けられるということが分かりました。しかし彼女が不安に思っていたように、どんな影響があるか、どんな対応が必要かという具体的な内容よりも "ビザの効力停止" という表面的な情報のみが広まっていたのでした。これはまずいなと。
私自身、スイスでの留学時に言葉が拙いせいで、生活に慣れるのに苦労した経験があります。郵便局で日本に荷物を送るのにさえ苦戦したんですよ。日本にいる外国人も今回のような非常事態のなか、政府や社会の動きが日々変化していることは分かるが、具体的なことや、自分が何をすべきか分かりにくいということは多いでしょう。そのせいで彼らが感じるストレスは容易に想像できます。
だからこそ、自分は外国語を学ぶ大学生として、彼らのためにできることがあると思ったんです。そこで仲間とともに、日本における新型コロナウイルスの状況について、正確でわかりやすい情報を外国人に発信する、今回のプロジェクトを始めました。
行政の取りこぼしたニーズを市民としてすくい上げる
ー プロジェクトを進める中で反響はありますか?
TwitterなどSNSで多くの方から賛同の声をいただいたり、共同通信などのメディアでも活動が取り上げられたりしました。
共同通信の記事は英語に翻訳されてJapan Timesといった英字新聞にも掲載されたのですが、その後多くの外国人の方々にウェブサイトを利用いただいています。みなさんからいただいたメッセージの中には、「このパンデミックの中ストレスで一人取り残されたように感じていたがウェブサイトのことを聞いて本当に心が落ち着いた」「やさしい日本語があるおかげで、私のようなCOVID-19 のことを知りたい日本語学習者にとっては大きな助けになる」といった感謝の声があります。
日本人の方からいただく反響の中には、私たちのやっているような多言語での情報発信は政府がやるべきだという声もあります。確かにその通りですね。しかし、政府や、特に自治体による多言語での発信は全く行われていないか、かなり表面的な情報に留まっているのが現状です。それをただ嘆くのではなく、行政が取りこぼしたニーズをそのままにするのではなく、一市民としてできることをやって掬い上げてもいいのではないか、と思って私たちは活動しています。
ー 活動のなかで困難はありますか?
プロジェクトで情報の収集・整理や日本語での原稿作成、また翻訳やウェブサイトへの掲載といった作業に携わるスタッフのみなさんは、それぞれ学業や仕事で忙しい中ボランティアで活動してくださっています。決して作業を無理強いすることはできませんし、最大限の貢献をいただいていますが、状況が流動的に変化する中どうしても情報のアップデートにタイムラグがあります。
また、先ほど述べたように外国人の方々の利用が伸びてきた一方、私たちの活動がどれだけ知られているかまだまだ掴み切れていない面もあります。私たちからもSNSやメディアでの宣伝はもちろん行っていますが、口コミのように親しい人同士のつながりの中でウェブサイトの存在が伝えられていく力も大きいでしょう。
そこで今は地域の国際交流団体など、ローカルなコミュニティに呼びかけて情報拡散をお願いしています。
私たちの "隣人" である外国人と作る日本の未来
ー サイトで扱う言葉のひとつ、"やさしい日本語" に馴染みのない日本人も多いかと思います。
そうですね。やさしい日本語とは、日本に暮らす外国人の方々にも分かりやすいよう、様々な配慮を加えた日本語のことです。
昨年、台風が来たときNHKがTwitterでやさしい日本語を使ってツイートしていました。それに対し、わざわざ日本語でなく英語で発信すればいいではないか、という声が寄せられていました。
外国=英語というイメージが強いのかもしれません。しかし、日本に住む外国人の使う言葉は様々です。例えば日本語を母国で勉強してからやってくる東南アジアや中国からの技能実習生の方々などには、英語よりもむしろ、やさしい日本語の方が伝わることもあります。
ー 海外と比べて日本の多言語対応はどうでしょうか。
日本は外国語での情報発信のニーズをあまり重視していない印象があります。駅などの公共施設の案内表示では、精度の低い英語翻訳も散見されますね。政府としてこのことを真剣に捉えて、翻訳や言語景観の専門人材を育成し多言語対応の仕組みを整えていくべきだと思います。
例えばスイスは公用語が4つあり、公的な文書やウェブサイト、商品のパッケージなどは複数の言語での表示がなされていることが非常に多いです。
スイスで売られている食品のパッケージには、必ずと言っていいほどドイツ語、フランス語、イタリア語の3言語で記載がある。
一方で、日本に暮らしていると、普段の生活の中で自分の話す言葉以外に目を留めることは少ないかもしれません。外国と単純に比べられるものではありませんが、社会を構成する文化や言語の多様性に気づきにくい分、言語的にマイノリティとなる人びともいて、より一層そこに目を向ける必要があると思います。
ー いまや日本社会は外国人なくしては成り立たない、といっても過言ではないですよね。
いま日本にはおよそ290万人の在留外国人がいらっしゃいます。建設業、農業、サービス業など基幹産業で働いている外国人の方々もたくさんいらっしゃいます。
しばしば、外国人受け入れというのは日本の国益を重視しすぎるあまり、労働力搾取ともいえる視点に陥りがちです。一方で人の流れを作らなければ、国として立ち行かなくなるのも事実です。
しかし、労働力や都合のいい時に "使える" 存在として外国人を見るのではなく、私たちは一緒に日本社会を形づくる一員なのだという姿勢を持つことが大事だと思います。それを踏まえて、それぞれに適切な支援がなされるような仕組みや社会制度を作っていく必要があります。
ー 日本がより外国人の方々も住みよい国になると良いですね。
“外国人の方々が住みよい社会をどのように作っていくか” という真剣な議論も大事ですが、外国の文化が入ることで自国の文化も豊かになるといったある種の "楽しさ" に着目した捉え方も必要かと思います。
例えば食は誰でも楽しめる文化交流の最たる例だと思います。私は日本食だったらカレーが一番好きですが、大元を辿れば南アジアの人びとがスパイスを調合する料理法を編み出して、それが長い時間をかけ、いろんな場所を経て日本に入ってきたからこそ、今日本人の誰もがイメージするような「カレーライス」を享受できている。
また一方で、今では日本でも手軽にインドやバングラデシュ、ネパールなどのカレー屋さんを訪れて、本場の味を楽しむことができます。他にも私たちはいろんな国の料理や、影響を受けた日本食を毎日のように食べています。
都内某所のカレー屋さんでの一皿。天然のスパイスでできた本格カレーが味わえるのも、本場ベンガル地方出身のシェフが腕を振るってこそ。
こうして、「この国にはこんな美味しい料理があるんだ」「この料理は実はこんなところから発想を得ているんだ」と分かったら、食に限らず他の文化も知ってみたいなと思うこともあるはず。そしてもし自分の街や身の回りにもその国から来ている人がいると分かったら、その人のことも知ってみたいなと思いませんか?
普段から楽しめることを通じて「相手のことを知っている」というのは、困ったことがあった時のための助け合いのネットワークを作る基盤になると思います。日本人も外国人もお互い知っていることを増やすことで、私たちは社会を住みよくしていけるんじゃないでしょうか。
私たちひとりひとりができること
ー 現在の多言語情報プロジェクトを通じ、ほかに感じることはありますか。
点と点が繋がる瞬間は思いがけないところでやってくるということですね。
実は今回のプロジェクトと結びつきの深い "多文化共生" という分野は自分の学問的専門ではありません。私は特にアフリカでの国際開発やガバナンスに興味があり、9月から入学するイギリスの大学院でもそのテーマについて研究するつもりです。
スイス留学の後はNGOインターンで西アフリカ・トーゴに滞在していた。動物のミイラなどブードゥー教で用いる様々な道具を売る市場を訪れたときの写真。
しかし専攻分野に限らず、とりあえずやってみようと経験したことがその後の人生の思いがけないところで役立つと思っています。だから多言語情報発信や、外国人との共生についての議論のきっかけを作るという、目の前にある目標をまず達成する。そうやって積み重ねたものは、社会のためになると同時に自分の人生の貴重な一部になるのだと思います。
\ COVID-19 多言語支援プロジェクトを応援する! /
まだまだ多言語での情報を必要とされる方は多くいらっしゃいます。もしお知り合いに外国からいらっしゃった方がいれば、私たちのウェブサイトや、行政の多言語ページを教えてあげていただけると大きな助けになります。
COVID-19 多言語情報ポータル
ー 読者のみなさまに一言どうぞ!
新型コロナウイルスの感染拡大は日本ではひとまず収まってきましたが、不況によって生活が困窮している方はたくさんいらっしゃいます。各地の社会福祉協議会には生活福祉資金の申請のため、連日たくさんの外国人が訪れているそうです。他にも特別定額給付金など様々な支援制度が作られていますが、申請や相談の受付は多くが日本語で行われています。
また、将来ウイルスは再流行するとも言われています。その際にはこれまでと同じように政府や自治体による行動制限がかかり、その情報が外国人の方々に十分に行き渡らない状況が再び生じるかもしれません。
自ら外国語を使って情報を届けるのはハードルも高いでしょうが、やさしい日本語での情報発信は翻訳のコツさえ掴めば誰でも貢献できることです。あるいは文化交流で身近な外国人と知り合いになっておくこともできるかもしれません。
この国で暮らす誰もが安心・安全に生活できる社会を作るにはどうすればいいか、今のうちから一人ひとりが考えて、意見を表明したり、できることに取り組んだりしてくれれば嬉しいです。
編集後記
私はインドネシアに長期留学した経験があるのですが、慣れない土地での生活や不安な気持ちを支えてくれたのは、私の周りの多くのインドネシアの方々の優しさでした。当ウェブサイトでは、私も記事のインドネシア語翻訳活動を行っていますが、それは自分が異国で助けられた分、外国人の方々への恩返しのひとつの形です。
日本人と外国人が、互いの違いを尊重しながら、より深く心のつながりを築ける、そんな日本を私たちみんなで作っていければいいな、とインタビューを通じ改めて思いました。
石井さんのおっしゃるように、"食" は外国文化に触れられる簡単な方法ですよね!他には映画などもオススメです。(過去記事→) 映画好き必見!東南アジア✕多民族共生がテーマの作品4選!!
お家で過ごす機会が増えているこの頃、外国料理をテイクアウトしたり(または作ったり!)、お家で映画鑑賞を楽しんでみてはいかが?