最新のテクノロジーを駆使し、新しいインターネットを作る Omise Founder & CEO長谷川潤氏

タイ・バンコクを拠点に日本と東南アジア地域で事業者向けのオンラインペイメントサービスを提供するOmise。2017年7月には1750万ドルの資金調達(シリーズB)を行い、OmiseGOと名付けられた分散型決済プラットフォームの開発のためにICOで2500万ドルを調達。既存の金融システムにイノベーションを起こすべく挑戦を続けるシリアルアントレプレナー、長谷川潤さんが見据える世界観を伺った。

<Omise Founder & CEO / 長谷川潤氏>
1981年、神奈川県生まれ。高校卒業後、単身渡米しソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタート。複数の起業を経験し、2009年のTech Crunch50のファイナリストに選出。2013年にOmiseを創業し、BtoB事業者向けの決済ソリューションのOmise Payment、ブロックチェーン技術を活用した分散型決済プラットフォームのOmiseGOを開発・提供している。日本ASEANイノベーションサポートネットワークのRepresentative Director。

既存の金融システムを革新していくOmiseの挑戦

ー まず初めにOmiseの事業概要について教えてください。

OmiseはBtoB事業者向けのオンライン決済サービスの「Omise Payment」と複数のブロックチェーン間での取引を可能にする新たな決済プラットフォームを目指す「OmiseGO」という2つのサービスを開発・提供しています。Omise Paymentは2014年にサービスをタイで開始し、現在は日本、シンガポールに拡大しています。

ー それぞれの事業の開発背景について教えてください。

創業当初はEコマース市場のプラットフォームのビジネスをしようとしていて、初めからFintechの分野を狙っていたわけではありませんでした。タイでEC事業をしようとした際、そもそも決済システムの導入に多大な時間がかかる、システムの実装の複雑さやセキュリティの脆弱さが課題としてあったんです。

であれば、「自分たちで便利な決済システムを作ってしまおう」となり決済ソリューション「Omise Payment」の開発を始めました。EC事業との両立は困難だったのでピボットという形で決済事業にのみフォーカスすることにしました。

「OmiseGO」に関しては、簡単に言えば「新たな価値交換のプラットフォーム」を社会に生み出すために開発・提供をしています。現在、国や国境、組織によってデータや法定通貨などのやりとりは分断されていますが、OmiseGOは法定通貨と仮想通貨の両方を自由に横断し、P2Pでの価値交換や決済サービスを提供することを目指しています。

ー 少し難しいのでそれぞれの事業について分かりやすく説明していただけますでしょうか。

まず、Omise Paymentについてですが、簡単に言うと「誰でも簡単に導入できるオンラインの決済ソリューション」です。このサービスを利用する主な顧客はオンラインでECを営む事業者です。通常、EC事業者が海外に進出する際、事業者は各国の決済会社と契約を行い決済システムの開発をする必要があります。

ただ事業者にとってこういったプロセスをクリアするには時間や費用が相当にかかりますし、何より手続きが煩雑でビジネスの足かせとなります。

その課題を解決するため、Omiseは現地のクレジット会社や銀行と直接の契約と接続を行っているので、海外でも現地で最も利用されている決済手段に一括で対応することが可能です。

日本における顧客は8割ほどが中小企業で、タイにおいては大手企業を中心として利用していただいています。

ー 決済ソリューションは多くありますが、その中でのOmise Paymentの強みは何でしょうか。

導入コストの安さ、セキュリティの高さ、カスタマイズの容易さです。
またワンストップで東南アジアのオンラインペイメントプラットフォームになれる点も大きな強みだと思います。Omise Payment を利用している場合、サービスを提供している国の範囲であれば、新たな開発をせずともシンプルな決済を導入することが可能となります。

ー OmiseGOについてももう少し詳しく教えていただけますでしょうか。

先に申した通り、OmiseGOは複数のブロックチェーン間での取引を可能にする新たな決済プラットフォームのことです。東南アジアでは人口の70%以上が金融機関を利用していないと言われていますが、OmiseGOによって銀行口座を持っていない人々でも、ネットワーク上で価値のやり取りが可能になります。

ーネットワーク上での価値交換、とはどういうことでしょうか。

あらゆる物・サービスをデジタル化して、ネットワーク上(ブロックチェーン上)での価値の交換を可能とすることです。

例えば今、康平くん(取材者)と私の前に水がありますよね。今私は喉が乾いていないので、私にとってその水の価値は低い。ですが康平くんは今喉が渇いているので水の価値は高いよね。つまり物の価値は相対的なものであり、その時の需要と供給によって物・サービスの価値は決まります。

仮にOmiseGOを使えばこの目の前にある水の価値を暗号化・デジタル化して、E-ウォレットの中に価値として持ち歩くことができます。

ー 諸説ありますが、貨幣が登場する前の物々交換が成り立っていた社会システムを想起しました。現在の貨幣の仕組みを覆していく仕組みなのでしょうか。

はい、最終的に目指している姿はOmiseGOのプラットフォームを全員が利用し、中央集権機関を必要としない、本質的な価値交換システムが社会に行き渡っている状態ですOmiseGOを通じて「新しいインターネット」を作っていきます。

貨幣が登場する前の人類の歴史から遡っていくと分かりやすいですが、ご存知の通り貨幣がない時代は物々交換が行われていましたよね。物々交換は、ある物の価値とある物の価値が等しそうである、という”合意”があったから成立していましたが、物々交換にも限界が来て貝殻や石などを物の交換の仲介役として”お金”という概念が生まれました。

そして資本主義経済が発展するにつれ、その仲介役が”金”となり、現在の紙幣へと変遷を遂げてきました。私たちが何か物を購入する時は当たり前ですが、日本円なりバーツなりを介して価値を享受することができますよね。

ー 価値交換の手段が時代の変遷と共に貨幣へと移り変わってきましたね。

日本円やバーツなどを介して物が購入できるというのは、貨幣が “価値あるもの” だと合意が取れているから、貨幣を介して価値交換ができるということです。

ではなぜ、貨幣は “価値あるもの” だと私たちは信用できているのでしょうか。それは国家や銀行といった中央集権型機関を無意識のうちに私たちが信用しているからです。

ただ、リーマンショックの影響などで世界経済が混乱し、自国の通貨が信用できなくなる状況が生まれました。つまるところ貨幣の価値は国や銀行の信用に依存しています。

冷静に考えると、価値交換の手段が国や銀行の信用に依存していることは今の時代リスキーだと思っています。そこで銀行が潰れてしまう時代に、中央集権型で管理されている貨幣ではなく、ブロックチェーン上のデジタルで交換可能な価値交換システムに着目したのがOmiseGOです。

OmiseGOのプラットフォームはブロックチェーン技術を活用しているので分散型で合意が取れており、将来的には既存の貨幣よりも安全です。

つまるところ1万人の従業員がいる一つの銀行を信頼するのか、70億人の合意が取れているデジタル貨幣を信頼するのか、が重要だと思っています。

ー OmiseGOを通じて新たな価値交換の手段を社会に提案しようと試みているということですね。具体的にどういった場面でOmiseGOを利用するのでしょうか。

エンドユーザー(利用側)としてはOmiseGOを使っていることには気付かないと思います。
なぜならOmiseGOは複数のブロックチェーン間を繋ぎ合わせる分散型決済プラットフォームだからです。

急成長する東南アジアでOmiseが非連続な成長を遂げられる理由

ー なぜ市場として東南アジア、中でもタイでビジネスを始められたんでしょうか。

理由は2つあります。

1つはアジア市場のポテンシャルです。世界の中でも東南アジアは人口が急速に伸びており、その大きな市場の成長に伴ってビジネスで解決できる領域が大きかった。先進国と比べ様々な社会基盤の整備も急速に求められてくるので、テクノロジーで解決できるチャンスが多分にあると感じました。またスタートアップを始める上でも最適な土壌があると。

2つ目は、人の縁です。Omiseの共同創業者であるDonnieがタイとニュージーランドのハーフでもともとタイでビジネスをする機会があり、タイに根ざしたネットワークを持ち、タイでビジネスをする上での要点もある程度理解していたのでタイで起業することがでベストでした。

ー 起業がしやすい反面、ライバルも多く競争の激しい市場でもありますよね。その中でもOmiseが非連続に成長し続けている要因は何でしょうか。

逆説的かもしれませんが、常にリスクの大きな方に舵を切って新たなことに挑戦し続けてきたからです。スタートアップを経営する上で極めて重要だと思うのは、時間の使い方です。当然ですが、時間は全ての人間に等しく配分されているので、その限られた時間の中でどれだけリスクの大きい選択をして、より大きな人に影響を与えられるように舵を切っていくか、が大事だと思っています。

OmiseGOを始める、という決断も非常にリスクの大きなものでした。まず、OmiseGOを始める前、シリーズAラウンドが終わったころにイーサリアム財団に入って1,000万円を寄付しました。財団に入った後、2年間ほどブロックチェーンの研究に数億円投資もしました。シリーズAが終わったころなので資金はほとんど無い状態で、です(笑)。

取締役会では四面楚歌状態で、「なぜイーサリアム財団に投資をするのか」「他のことに投資をすべき」とかなり酷な批判もされました。

近視眼的に見れば、狂った決断だとは思いますが「Omiseとしてどう社会にインパクトを生み出していくか」という点から見れば、最先端の技術に率先して投資することが取るべき重要なリスクだと信じていました。

結果、ブロックチェーン技術の研究に巨額な投資をしたおかげで今のOmiseのコア技術を支える基盤を築くことができたので、この決断が重要な競争力を生みました。

どれだけ大きなリスクを取っても死ぬわけではないので、自分が信じたことについては腹を括って諦めずにやり抜くことが大事だと思います。

ー またOmiseは創業当初から現地の銀行やクレジットカード会社とのパートナーシップを複数成功させられてるのも要因はありますか。

愚直に信頼を得ることを積み重ねてきたことが成功要因だと思っています。
一つ一つの導入実績を積み重ねることや、買収を積極的に行うことなどによって企業としての体力を証明してきました。直近で言えば、タイの携帯電話会社dtacが保有する決済ゲートウェイのPaysbuyを買収しました。

一つの企業を買収できるということは、買収先の人材を受け入れられる力、事業を伸ばす力、技術的な優位性があるということを証明できる材料となります。資金面だけでなく組織・人を伸ばす素地があるということを世に発信することが信頼を得る一つのファクターではないでしょうか。

ー 採用、の面で言えばイーサリアム創始者のVitalik Buterin氏も顧問としてOmiseにジョインされていますよね。これほど優秀な方がOmiseに惹きつけられている点は何でしょうか。

Omiseが目指しているところが途方もないほど野心的なところだからではないでしょうか。

私たちは「世界中の人々が使う新たな価値交換のプラットフォームを創造すること」を目指しています。ただお金儲けをしたいわけではなく、誰もが挑戦したことのない実現が困難なミッションを達成しようとしているのです。

よく私は船のたとえをしますが、「どこを目指しているかわからない」船に乗るよりも「最終的に目指す方向」が明確にある船に乗る方が乗員はついてきますよね。
目先の利益ではなく長期的にどこを目指すかを重視している人材の方が優秀だと思っていて、そういう優秀な人を採用できています。

またイーサリアム創始者のVitalikについては、長期的な信頼関係を築いてきたからこそだと思っています。イーサリアム財団に投資をしてから、幾度もコミュニケーションを重ねお互いの理解を深められたからこそ参画してくれました。

雇われるな。ゼロからイチを生み出そう。

ー 事業の話から転換して少し長谷川さんご自身について伺いたいと思います。長谷川さんは高校卒業後、単身アメリカに渡ったんですね。どうしてですか?

わかりません(笑)。日本の大学に行きたくないと思っていたところ、両親からシアトルまでの片道切符を渡されたので渡米しました。

渡米後は短い期間ですが、スタートアップでソフトウェアエンジニアとして働いていました。高専で機械工学やプログラミングを学んでいたので技術的素養があったためです。そこから自分でビジネスを興して、アメリカや日本でビジネスを立ち上げていました。

家族全員がサラリーマンではなく独立している事業家だったからこそ、自分でビジネスを興すことに全く抵抗はなく、ここまで走り抜けて来れたのだと思っています。

ー 生粋の起業家ということですね。起業家として大切にしている信念はありますか?

常に学び続けることです。もともと私はペイメントのぺの字も知らずにOmiseを創業し、ブロックチェーンのブの字も知らずOmiseGOを始めました。

常に世の中は変化し、新しいテクノロジーが生まれてくるので常に最新の情報を取り入れて学び続けることを大切にしています。今は暗号化の将来、膨大なデータをセキュアーに維持するための技術の勉強をしています。

また、もう一つは自分が「リーダーとして人についていかせたいと思われる」リーダーであることを強く意識します。良い悪いではないですが、世の中には2種類の人間しかいないと思っています。1つは人についていく、リーダーを必要とするタイプ。そしてもう1つが、人についていきたいと思わせるリーダータイプ。僕はたまたま後者であると思ったんです。リーダーとして世の中を変えていけるか、を常に考えています。

ー ありがとうございます。最後に読者へのメッセージをお願いいたします。

「雇われるな。」と伝えたいです。ゼロとイチしかない。それをゼロにするか、イチにするかは全て自分次第です。起業だけでいうとそうですね。わかりにくいと思いますが(笑)。

自分の中に根本的な考え、哲学があることと、自分が描く未来、自分が現実化できる未来が重なりあっているかが大切です。それを現実化する主体が自分であるという意識を持つことが重要です。それを組織の中でやるのか、それともゼロから自分が作り上げるのか。この違いだと思います。