近年「海外就職」というものが注目を浴び始めている。その第一線で活躍されているJACリクルートメント・マレーシアの桐生氏に今回はお話を伺った。
18年前、結婚をきっかけにマレーシアへ移住した桐生さんは「18年前には日本人の現地採用の求人はほとんどなかった」と話す。そこから今日までに、これだけの人材市場へと成長したマレーシア。ビジネス、文化、生産、流通、消費の中心となりつつあるマレーシアの実態に迫った。
(記事の内容は2013年4月当時のものです)
目次
マレーシアは仕事と生活のバランスがとれた環境
−生活者の視点でもエージェント視点でも構いませんので、18年間実際に見てきたマレーシアという国の魅力を教えて頂けますか?
生活する環境としては“良い具合に進んでいて、良い具合に遅れている”という点ですかね。ゴミは道端に捨ててしまったり、電車に時刻表があっても守られないなど、まだまだ成熟していない所はもちろんあります。
でも、外国人が暮らす上で、それほど不自由がない。インフラ、インターネットなども比較的整っています。頻繁に停電が起きる国は東南アジアにはありますけど、マレーシアではそんなことはないですね。
英語が通じるという点で、生活も仕事も問題ありません。
しかも英語がペラペラじゃなくても通じる。全然できないのはダメなんですけど、コミュニケーションがとれるレベルであれば大丈夫ですね。
参考:英語力アジアNo.1!?英語大国マレーシアの”マングリッシュ”とは?
それからマレーシアは給料に占める住宅費、生活費が安いんですよ。
例えば、シンガポールや香港などは住宅費が高騰しています。家族も一緒に暮らしながら海外で働きたいという方も、シンガポールはコストが高すぎるという理由でマレーシアに来る方もいらっしゃるんです。
−ちなみにマレーシアだと家賃は大体いくらくらいですか?
一般的に現地採用の場合、1人だったら1000RM〜2000RM(約3万3000円〜6万6000円)くらいです。家族でも、1500RM〜2700RM(約49000円〜89000円)くらいですかね。それでプールやジム付きのコンドミニアムに住めてしまうんですよ。
駐在員の方でも他の国に比べるとマレーシアは全然安くて、10万円前後くらいのところに住まわれているんじゃないですかね。
(現地採用の方のお部屋。1500RM(約45000円)のお部屋で、プールやジムが付いている)
インドネシアやタイ、ベトナムだと、現地採用でも運転手つきの車が支給されるんです。ただし絶対運転させてもらえないんですね。
治安の悪さを考慮して、企業側が住宅、車、運転手をアレンジしてくれる。何か起こった時のことを考えると、そこまでアレンジした方が安かったりするんです。
マレーシアはどうかというと、「車は支給するけど、自分で運転して下さい」「住宅手当あげるけど、自分で探しなさい。」って言われるんですね。
裏を返せば、外国人でも安心して身の回りのことをアレンジできる治安・環境がある。仕事が終わったあと、一人で運転して、ショピングモールに行くのも自由にできます。これはインドネシアではできないって聞きますね。
参考:高級コンドミニアムに暮らせるかも?これがマレーシアのライフスタイル。《金・住・交通編》
人種の特性を生かした人材配置
−人種のるつぼと言われているマレーシアですが、ビジネスの世界でそれが色濃く出ている部分などはありますか?
あくまで傾向としてですが、それぞれの人種の特性みたいなものはありますね。中華系の方は数字を追い求めるものや計算などに強いです。だから経理や営業は中華系の方がほとんどですよね。
マレー系の方は穏やかな気質を持っているので、忍耐力が必要なエンジニア系の仕事につくことが比較的多いです。あとは政府とのやりとりが多い総務部には、マレー系人材を置いているということもありますね。
お医者さんや弁護士にはインド系の方が多いという特徴もあります。それぞれの人種の色が出ていますね。
−たしかにそれはマレーシアならではですね。人種の多さは街を歩いていてもすごく感じます。
「見た目だけでは、何系かさっぱりわからないような方も多いんですよ。マレーシアにはいろいろな民族の方がいますから。
そういった環境で暮らしていると、自分が外国人だということを意識しなくていいので、力を抜いて生活できる。そういった意味で生活はしやすいです。」
アジア太平洋地域の中心地
−最近のマレーシアのビジネスの環境を教えてもらってもいいですか?
ここ5〜10年くらいで、大きくなってきた市場がBPO(Business Process Outsourcing )あとは、SSC(Shared Service Center )ですね。SSCではマレーシアにセンターを置いて、各国の法人、日本法人、韓国法人、ベトナム法人などの経理業務を集約して作業してしまう。そういったものが、ここ5年くらいで増えています。
−もともと日本にアジア太平洋地域のヘッドクオーターがあったのに、最近になってそれがマレーシアに移動しているというのもよく聞きますよね。
大手小売りチェーンで最近で最近進出された所もありますよね。アジア太平洋地域において地理的にも真ん中あたりに位置していますし、エアアジアのおかげで安くいろいろな所にアクセスできる。ヘッドクオーターを置く要因としては大きいですよね。
もちろんシンガポールに置くところもありますけど、コストが高すぎです。
−BPOって人件費が安い国でやるっていうイメージですね。たしかにシンガポールに比べれば安いですけど、マレーシアの人件費ってそこまで安くはないですよね?それでもマレーシアを選択している理由ってどういったところにあるんでしょうか?
たしかに“人件費”は高くなってきましたよね。でもマレーシアでは、会社が負担するトータルのコストが全然安いんです。例えば、人件費はベトナムのほうが安くても、住宅費やドライバー、リスク管理費用、オフィス賃貸料などを考えると、トータルで安い。
人材の観点から言うと、マレーシア人だけで、英語と北京語、広東語、ヒンドゥー語、マレー語(インドネシア語)までカバーできてしまいます。例えば、3カ国語をカバーするのに、3人雇っていたのが、1人で済んでしまう。
それで外国人を雇う比率を下げることができるんですね。また、マレーシアでは日本人や韓国人、ベトナム人、中国人など諸外国人も比較的集めやすいです。他の国でここまでの人材を集められるかというと難しいところがあります。
ーBPOやSSC以外の分野ではどうですか?
小売り関係は確実に伸びて来ていますね。2010年にマレーシア政府が新流通ガイドラインを発表して、主に小売関係、流通関係において、100%外資でも進出できるようになりました。それをきっかけに日本の飲食チェーンや小売り店も多数進出していますけど、ネットビジネスやeコマース系の会社もいっぱい出てきています。
−でも市場としてはそんなに大きくないですよね?
まあ人口が少ないですからね。ただ、購買力のある人口を見るとやっぱり多いと思いますよ。中華系の人を中心に所得の高い人が増えていますからね。ASEANの中でもGDP No.2ですし、消費意欲も高いですから、市場としては注目されています。
それに関連して、日本人の就職事情はと言うと、小売り関係やeコマースにおいてはあまり必要とされていないのが現実です。結局現地人をターゲットにしているので、現地のマーケットがわからない人を雇う必要はないんです。
日本人のニーズが高いのはやはりBPO関係ですかね。携帯電話などのコールセンターなどのように、エンドユーザーが日本人であるサービス、こういったBPOを受け持っている会社は、相変わらず日本人が必要になる可能性は強いですね。
「海外で働く覚悟はありますか?」
−ここまで、マレーシアのビジネス環境全般をお話していただいたのですが、ここからはエージェントならではのお話を伺えればと思います。海外あるいはマレーシアで働きたいという方たちの理由はどういったものが多いですか?
もともと留学経験があって、海外で働いてみたかった」という方がもともと多いですね。
ここ1、2年で特に多いのは、震災後の日本脱出希望組ですね。その気持ちはわからなくもないんですけど。「とにかく日本から逃げたい」と言う方も中にはいます。
それからお子様の教育のためにいらっしゃる方も多いですね。お子様を国際色豊かな環境で育てたいということで、お母さんとお子様だけでいらっしゃるケースもあります。インターナショナルスクールの料金は、高くなってきてはいますが、日本と比べてまだ安いですね。
−ニュースで聞いたことがありますね。そういった理由でこちらに来られた方たちって実際どうですか?正直、あまり長続きしない気がするんですけど。
外国で生活をすることになるので、日本の生活そのままを持ち込めるというようなお考えの方は難しいと思います。テレビや雑誌などでは現地の良いことばかりが報道されますが、実際に海外で働いたり生活をするのは良いことばかりではありません。環境が大きく変わるので、思いもよらないことも多くあります。ご本人はもちろん、帯同されるご家族がいらっしゃる場合は皆が適応できるのか、いろいろなことに対応できる覚悟ができているのか、ということはご登録者の方々に確認しなくてはなりません。
年収も当然下がります。その中で、例えば『日本の年金の支払いはどうされるのか』、『日本での保障は一切ないが問題ないか』といったようなこともお伺いする必要があるのです。
−海外で働くというのも簡単ではないんですね。ちなみに実際に現地採用で来られた方達は、その後どういったキャリアを歩まれることが多いですか?
「家族と来ましたけど、思い描いていたものと違うので、やっぱり帰ります。」と言う方も中にはいらっしゃいますね。
あとは、国内で転職する方。「マレーシアに留まりたい」と言う方は結構多いので、マレーシア国内で転職する方は結構いらっしゃいます。
上司の駐在員の帰国に伴って会社の雰囲気が変わり居辛くなった、会社の合併・吸収に伴って会社の経営方針が変わってしまった、などといったことを理由に転職を希望される方もいらっしゃいます。
中には会社に業績を認められて、本社採用になったり、日本に帰国して日本本社に雇用されたりという方もいます。ただ、それはその方の努力により結果的にそうなったのであり、それが前提で雇用されたわけではありません。 (東京のような都会が広がる一方、アジアな雰囲気を感じることができるのが、クアラルンプールの特徴だ。)
海外で働くのに必要なスキルは「どこにでも順応できる能力」
−実際に海外で働く人達をたくさん見てきて、必要だと感じるスキルはありますか?
当然ですが、まずは言語力ですね。あくまでツールとしてですが、やはり言葉ができないから海外行けませんっていうのは、ちょっと残念だなと思いますね。
それから“どこでもやっていける人”というのは、重要だと思うんですね。
日本のいろんな業界がどんどん海外に出ていますから、どこにでも順応できるという能力は、これまで以上に必要になってくるでしょうね。
現地採用の方でもそうですが、特に駐在員の方の中には、現地の方を見下してしまったり、自分が特別だと感じている人がたまにいるんです。
当然のことですが、私達が日本人だからといって、特別ではないんですよ。平等に仕事をしなくてはいけないし、むしろ私達は外国人なので、「働かせてもらっている」という謙虚な気持ちが必要だと思うんですよね。その国の文化や習慣がありますから、それを尊重してうまくやっていける能力。これはどこに行っても必要かなと思いますね。」
−そういった能力ってやっぱり若い時にしかつけられないかなって思いますよね。
40,50歳までずっと国内にいて、それから海外に出るというのは厳しいですよね。中には馴染んでしまう人もいますけど、それはほんとに少数なので。
−さいごに、海外に出てみたいけど、その一歩が今ひとつ踏み出せないという人たちに対して何かメッセージがあればお願いします。
「今すぐに海外に出なさい」というわけではないし、強制はしません。
働いて行った先に、駐在であったり、現地採用であったりといろいろな選択肢がある。そういうことを知っているのと知らないのとでは違うと思いますね。ただし、やってみたいと思ったら、やってみるというのはすごく重要だなと思います。やらないでウジウジしているんだったら、若いうちにトライするべきです。
例えば、一度日本で就職してから、20代後半から30歳前半くらいまで海外で仕事をしてみる。たとえそれが自分の求める形にならずに日本へ帰ったとしても、日本に帰ればまた何かしらの仕事ができますよ。そういう意味では、経験するなら20代のうちに経験したほうが良いと思います。
《編集後記》
僕は今年で23歳。ずっと日本に住んで、ずっと日本を見てきた。それと同じくらいマレーシアを見てきている桐生さんの視野は本当に広かった。
「海外に出て行くことは必要。だけど、強制はしない。選択肢として捉えて欲しい」と仰った桐生さん。その言葉には、海外で働くことの“厳しさ”も“楽しさ”も知っている桐生さんだからこそ出せる言葉の重みがあった。