ビジネスするなら世界で1番おもしろい!?ミャンマーで起業したからには、この国と共に成長していく。Growth Myanmar代表、芳賀啓介 氏


約10年間勤めた株式会社インテリジェンスでの順調なキャリアを捨て、妻子共にミャンマーへ渡り起業することを決意した芳賀氏。その背景には “働く”ことへの強い信念があった。“ASEANで働く”、いや “ASEANで働かせていただく”ことのやりがいと責任とは一体何なのだろうか。 今のミャンマーは世界一仕事をするのにおもしろい国だと語る芳賀氏にその理由をインタビューした。
(最初のインタビューは2015年2月でしたが、2017年9月に内容を更新しました。)

《プロフィール|芳賀啓介 氏》

1979年神奈川県相模原市生まれ。2003年に関西大学総合情報学部卒業後、人材サービス会社の株式会社インテリジェンスに入社。約10年間勤めた同社を退職した後、2013年からミャンマー。現在の事業としては、ハイヤーサービスやタクシーのラッピング広告サービス、ミャンマーのマーケット調査を行っている。プライベートでは、ヤンゴンの日本人野球チームのキャプテンでもあり、ミャンマー野球代表チームの「守備コーチ」も兼務。

 

ミャンマーのタクシーに革命を!

 ―事業内容を教えてください。

 大きく分けて2つの事業を展開しています。まず1つ目は「運転手付きのレンタカー(ハイヤー事業)」です。2つ目は広告をラッピングしたタクシーのエージェント事業、(タクシー広告事業)です。一見関係なさそうですが、最初にハイヤー事業を始め、車両管理や良い運転手の育成といったノウハウをタクシー広告事業にも横展開させています。

というのも、現状ミャンマーの広告つきタクシーは管理が行き届いていないので、その点で支持して頂けるのではないかと考えました。さらに、両者を掛け合わせることで将来的には、今は一部の大手企業駐在員の要望にしかお応えできていないハイヤー事業を、いつでも気軽に、きれいで、安全なタクシーがキャッシュレスで使える「タクシー配車サービス」として、駐在員のご家族やベンチャー企業の駐在員の方、またはミャンマー人の富裕層の方々に提供することを目指しています。HPはこちら

 

世界は広い。日本だけはもったいない。

 ―大学生の頃から海外で起業することを考えておられたのですか?

 いえ、普通の大学生でした。(笑)ただ何もしないのはもったいないと思い、長期休みがあれば海外旅行に行っていました。タイ、マレーシア、香港、メキシコ、アメリカへ行き、さらにヨーロッパ、モロッコ、トルコ、中国などに行きました。ずっと胸にあったのは、 「地球人として生きているのだから日本しか知らずに死んでいくのはもったいない。」という想いです。色々な国を見てみたいという単純な想いでしいたが、そのような経験からいつか海外に住みたいなとは思っていました。

 

インテリジェンスでの経験が今に活きる

 ー大学卒業からミャンマーで起業するまでの経緯を教えてください。

 まずはご縁があった株式会社インテリジェンスに就職しました。もともと人材業界に興味があったわけではなく、シンプルにお金を稼ぎたい、そのためには自分が成長しなければいけないという事をベースに就活をしていました。他にも候補はありましたが、転職希望者に仕事を紹介し、企業を支援することで報酬をいただけるというビジネスモデルがおもしろいなと思ったのと、面接の際に「会社を君たちの成長の土台に使ってください。辞めるならどうぞ辞めていってください。君たちの成長こそが会社の利益です。」と言われたのに衝撃を受けたので入社を決めました。

 

とはいうものの、当初の予定では3年働いてお金を貯めたら辞めて世界一周をする予定でした。しかし最初の配属先がベンチャー企業のような部署で思いっきりやらせてもらえ、仕事が楽しくてしょうがなかったのです。大変でしたがすごくやりがいがあって、そんな機会を与えてもらった会社にはとても感謝しています。当初の世界一周の夢も忘れ、結婚し、子供ができ、家を買い・・・という一般的なサラリーマンのキャリアを歩んでいるといつのまにか9年も経っていました。

 

 今では、インテリジェンスはとても大きな会社になり、洗練された良い会社になりました。先日発表された働きがいのある会社ランキングにもランクインするほどです。「240社が挑んだ「働きがいのある会社」ランキングを公開「もうブラックとは呼ばせない」逆転企業たち」 日経ビジネスONLINE


それは企業として本来のあるべき成長の姿なのですが、昔のイケイケのベンチャー企業という雰囲気が薄れてきたということでもあります。もっと自分の裁量で働きたいなという想いが強くなり、もう一度自分が本当にやりたい事を考え直してみた結果、海外で働くことを決意し、約10年務めたインテリジェンスを退職させていただきました。

 

その後、転職した会社で、ミャンマーでの運転手つきレンタカーの立ち上げメンバーとしてミャンマーに赴任しました。2013年1月ですね。そんな中、お客様の声を聞いているうちに別のニーズを感じて独立、起業しました。日本で働いていた頃は独立起業なんて “憧れ”でしかなかったのですが、自然な流れで起業できたのは、いろいろな方との出会いがあったのと、今この国で働いていたからでしょう。ミャンマーに来た運命と、経営者に近い立場を経験する機会を与えてくださった前職の会社には非常に感謝しています。

 

―なるほど、でもそこでなぜミャンマーなのでしょう?

他にやっている人がいないマーケットがミャンマーにはあるからです。人と違う方向に行った方が仕事は楽しいし、チャンスもあります。

hagasan2(インタビューの様子)

 

社員全員が輝ける組織づくりを

―すごくやりがいを感じながらお仕事をされているように見えるのですが、正直辛くて止めたい時はなかったのですか?

 起業してまだ半年ですが、止めたいと思ったことは一切ありません。自分の意思、責任で働けることにすごくやりがいを感じています。でも課題はもちろんあって、今直面しているのは目の前のサービスを今後どうするか、どうやって組織を築くかですね。ある意味全部1人でやってしまえば、それなりにクオリティーも保たれますが、それには限界があるのでミャンマー人社員と一緒にやっていく必要があります。

ミャンマー人社員全員が気持ち良く、そして個人の価値を発揮しながら働ける組織にしたいと思っています。お金のためだけに働くのではなく、ミャンマーの発展のために貢献したいという想いを持った人と働きたい。個人が実現したい事と会社が実現したい事の重なる部分が大きければ大きいほど報酬以外の自己実現、満足度も高まりますから。

しかし現実は難しくて、ミャンマー人社員をマネジメントするのには苦労しています。やはりミャンマー人にはミャンマー人の価値観があり、日本人には日本人の価値観があります。どちらかにより過ぎていてはうまくいかない。だからミャンマー人の価値観を理解し、妥協するところと、追及するところをうまく調整していく必要がありますね。

具体的には、ミャンマーでは人を怒る文化があまりなく、ミャンマー人は怒られ馴れていません。でもより良いサービスを提供するにはきつく言わなければならない時もあります。そのためのコミュニケーションに日々奮闘しています。大変ではありますが、充実していますよ。

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(ミャンマー人社員と記念撮影)

仕事は何をやるかよりも、誰とやるか

―ミャンマーで働くことの魅力は何でしょう?

ずばり、ミャンマーは世界で一番仕事が楽しい国と言っても過言ではないと思います。なぜならミャンマーは今まで鎖国していた、何もない砂漠の様な状態です。そこに水を撒くとどんどん吸収していく・・・というのはさすがに言い過ぎですが、日本をはじめ、他の東南アジア諸国では既に何でもありますからね。バンコクにはバッティングセンターもあるくらいですよ。そういった地域と比較すれば、こんなまっさらな環境で自分がやりたいことを思いっきりできる国って今のミャンマーと数年後の北朝鮮やアフリカくらいじゃないでしょうか。非常におもしろいですよ。

さらに仕事は “何をやるか”ということも重要なのですが、 “誰とやるか”というのも大事です。その観点からはミャンマー人の国民性とか真面目な性格は日本人と相性が良いと思います。日本政府、大手企業様、先人たちが戦前から、戦後と独立を支援してきたことによる脈々と引き継がれた両国の友好関係があるからこそ今私が仕事をさせていただけているわけです。日本人として海外で何かをするならミャンマーは最高におもしろいです。

  (テレビ東京「未来世紀ジパング」で芳賀氏の率いる日本人野球チームキャプテンとして取材を受けている様子。0:58から登場する。)

海外で働かせていただくことの責任

 ―ミャンマーの急成長ぶりは噂になっていますが、その様子をどうお考えですか?

確かにミャンマーの経済発展は目まぐるしく、今のように「何もないからこそチャンスがある」という状況はそろそろ終わってしまうでしょう。我々ベンチャー企業にとっては今が本当の勝負時です。また、私が心配しているのは、経済発展によって今のミャンマーの良いところが失われてしまうことです。その良いところを残しながら発展できるかは今ミャンマーに来ている私を含めた 外国人の責任です。安い賃金で労働力を搾取するといったことは日本の会社にしてほしくないですね。

まずはミャンマーの人達に幸せになってもらうことが第一ですし、私がミャンマーに住まわせていただきながら仕事をさせていただいているのです。もちろん文化の違いが原因で理不尽に感じることもります。でもそこをストレスと感じることなくむしろポジティブに捉えるくらいの姿勢で今後も頑張っていきます。やりたいからやっているわけで、そのための苦労は苦労ではないですよ(笑)

 

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(ヤンゴン中心部にあるスーレー・パゴダ。周辺では建築ラッシュが続いている)

約2年半ぶりのインタビュー続編!

ヤンゴンでインタビューをさせていただいたのが2015年2月でしたが、それ以降ミャンマーの急成長と一緒に芳賀氏のビジネスも急成長を遂げているとのこと。2017年6月からはMyanmar Business Partnersというビジネスに特化したフリーペーパーも創刊されたとのことです。

(半年ごとの発行で、ミャンマーのみならずバンコクでも入手可能)

他にも、アルビレックス新潟ミャンマーのスポンサーや、株式会社リクルートキャリア主催の海外インターンシッププログラム、GLIP(Global Leadership Intern Program)でのインターン生の受け入れも担当している。

 

【会社情報】

Growth.Myanmar Co.,Ltd.

旧住所:SakuraTower Branch
No.1409, 14FL Sakura Tower 339, Bogyoke Aung San Rd, Kyauktada T/S,Yangon, Myanmar.No.21-B,Thukha Waddy Street,Yankin T/S ,Yangon.

新住所:No.21-B,Thukha Waddy Street,Yankin T/S ,Yangon.
Web Site : http://www.growth.bzhttp://www.hire-s.com

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

長田壮哉 / Masaya Osada

関西学院大学商学部ファイナンスコース5年目。ASEANデビューは高校1年の時に修学旅行で訪れたシンガポールとジョホールバル。大学1年の時に参加したインドネシアでのインターン中に「熱気」と「可能性」を感じ、その後はタイでのボランティアや、ASEANを周遊しながら現地でのインタビューを経験。さらには、ASEAN発足日である8月8日に生まれたということに運命を感じ、ASEANと日本を繋ぐ"Mr. ASEAN"になるべく、ASEAN10カ国を完全制覇。2016年7月~2017年5月にかけて、トビタテ!留学JAPAN4期生新興国コースとしてシンガポール国立大学での修行を終えたものの、2018年4月から再びシンガポールへ渡り外資系投資銀行に就職予定。将来の夢はアジア最強の名門大学を設立すること。一番好きな国は日本。