半径5kmのドメスティックな環境から世界へ。元ホットペッパー編集長・桜リクルート社 社長鵜子幸久氏

前職のリクルートでは16年間一貫して新規事業の立ち上げ等に携わり、ホットペッパー編 集長も務めた経歴を持つ鵜子幸久氏。NHKの討論番組への出演や、海外進出支援サイト 『Digima〜出島〜』へのコラム執筆など、多岐に渡る活躍をされている。

インタビューの随所に“笑い”を持ってくる生粋の関西人で、終始和やかなムードでイン タビューは進んだ。 (※鵜子氏は関西弁だが、記事編集の都合上、標準語に統一させて頂いた。)

「ドメスティックな環境から出て広い世界を見たかった」と語る鵜子氏に、起業の経緯と、海外に出る際に必要なマインドを伺った。

 

 

— まずは起業の経緯を教えてください。一番始めのきっかけはなんだったんですか?

 

鵜子さん
「以前はリクルートで働いていたんだよね。16年間一貫して新規事業の立ち上げや推進に携わって来て、後半はホットペッパーの立ち上げをして、編集長もやった。

ホットペッパーの仕事って、たった半径5kmの世界なんだよ。自分の担当している半径5km圏内のエリアであれば、どの筋に何て言う居酒屋があって、その隣のカラオケはどんなでっていうふうに全部わかっちゃう。逆に言えば、その半径5kmの自分の担当エリア以外は全くわからない、未知の世界。

それが自分の中で恐怖になってきて、『一生半径5km 内なんじゃないか』と思ってた。一つのきっかけはそこだね。

そういう環境に恐怖感を覚えていた背景には、僕の曾祖父のことがあるんだよね。曾祖父 は大正時代の移民で、アメリカのサクラメントに住んでいて、当時の話を幼い頃から聞か されていた。だから自然と、『そういう世界もあるな』と思っていた。無意識のうちにイ ンスパイアされていたんだろうね。

だけど実際は、すごくドメスティックで38歳まで日本から出もしなければ、英語を使う 機会も全くなくて、“海外”という言葉からはかけ離れていた。自分の中で『やっぱりなん か違う』って思って世界を見始めた。


リクルートにいる時から辞めることは決めていたし、後輩にもそれを言ってあった。有給とかも使って、アジア全域22カ国を回って、次の自分の舞台を探していたんだよね。」

 

— そのアジア各国に知り合いがいるというわけでもなかったんですよね?

 

鵜子さん
「ほんとに、縁もゆかりもコネもなかった。

ただ、リクルートの上司だった人が、アジア各国にいるリクルート出身者を紹介してくれた。そんで会いに行ったわけ。みんなバリバリやってるよね。それですごい刺激を受けた。

そこからは、どの国に行っても、必ず現地にいる 日本人に会うことを目的にして回った。 それこそ今の君たちみたいにいろいろな国を回って、現地にいるいろんな人たちの視点を借りながら、その国を見て回ったね。

そんな時に会ったのが今一緒に会社をやっている相方で、彼との出会いが一番大きかった。 当時周りからは、無謀とかクレイジーとか言われたんだけど、ビビっと来ただけで、マレ ーシアに行こうと思った。

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— 海外で起業された方の中でも22カ国も回ったなんていう人は稀だと思うんです が。

 

鵜子さん
22カ国を自分の目で見たから『ああマレーシアになるんやろうな』っていう納得感はあった。それが三カ国ぐらいしか行ってなくて、マレーシアで事業やったとしても、どこかで『あっちの国のほうが良かったんちゃうかな』ってなってたかもしれない。

22カ国も回ると、それぞれの国を比較できるようになったんだよね。

徹底的に情報収集をして、自分のビジネスがちゃんと回るかを見た。マーケット、治安、経済状況、インフラ、人材、いろんな調査データと自分の実感値を集計して、グラフにして一覧表を作った。

GDPとかそういう数字に頼るだけじゃなくて、実感値としてマラソンでいうところの順位集団が分かった。それは自分の目で見なければ分からなかったことだよね。」

 

— その一覧表を元にして、次のビジネスの舞台を選んだんですね?

 

鵜子さん
「そうだね。最後回って決めた3つがフィリピン、タイ、そしてマレーシア。

フィリピンは地理的に日本と近くて、大阪から3時間半で行ける。使用言語も英語でコミュニケーションには困らない。ところが治安が劣悪で、俺が行ってる時も日本人が撃たれる事件があったりと、やっぱり生活する上でのリスクが高すぎた。

タイは今でも好きな国で、同じ仏教徒だから馴染みやすい。日本人も多くて、ビジネス環境としてはすごく良い。ところがネックになったのが、言語。タイ語を完璧に習得しようとしたら10年はかかると言われて、『それじゃあ俺50歳じゃん』って思って。会社を経営する上で、言語が使えないというのは不利だなと判断した。

マレーシアは当時今ほどの認知度はなかった。あとはイスラム教というのが、不要にネ ガティブに捉えられてしまっていたんだよね。“イスラム=テロ・悪・厳格”とか間違 った感覚だけが一人歩きしている状態だった。実は対象からは一番外していたに近い国。」

 

— そんな状況にも関わらずなぜマレーシアを選んだのですか?

 

鵜子さん
「来てみてどっこい、イメージしていたマレーシアはそこになかった。 実際に来てみて初めて、マレーシアの強みが見えてきて、これは来てみないとわからなかったと思うね。

公用語は英語で、治安も悪くなく、インフラ設備もある程度整っている。こんな情報はネ ット上にも転がっていたけど、ネット上情報だけではわからないこともやっぱりあった。 その国の熱だったり、勢いだったり、自分の肌に合うかどうかは実際に来てみて初めてわかった。

もしネット上の情報だけでどの国かという事を決めていたなら、恐らくマレーシアは対象外のままだったはず。

今、東南アジア全体が注目を浴びているから、問い合わせはいっぱい来る。今日も二本くらい電話がかかってきて、『マレーシアについて教えて下さい。』ってね、電話一本で知ろうとする人も中にはいるんだよ。必ず言うのは、『まず来てみてください。』だよね。

いくら情報を箇条書きにしても、電話越しに聞いても、実際に来てみないことにはピンとこないよね。」

 

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— 少し話が変わるのですが、最近マレーシアブームという雰囲気がありますよね。 そういった話の中では、比較的良い部分しか耳にしません。「実は・・・」という話はないんですか?

 

鵜子さん
「それはいっぱいあるよ(笑)A4で3枚分くらいは書けるね(笑)

例えば“良い”と言われている治安。これは語弊があるよね。決して治安がめちゃめちゃ良い国ではない。

犯罪の種類が日本とは異なっていて、オレオレ詐欺みたいな知能犯はいないし、急に発狂 して通り魔殺人的なこともない。ところが泥棒やスリというのはしょっちゅうある。 マレーシアの治安は“比較的良い”のであって、“めちゃめちゃ良い”ということではないんだよ。

教育にしてもそうだよね。最近、子供のうちから海外に連れていけばグローバルな人間になれるという風潮があるじゃん。マレーシアは比較的授業料が安いから結構人気なんだよ。もちろんそれは一理あるし、間違ってはいないんだけど、じゃあマレーシア人のBroken Englishを習得して、欧米圏に行ってネイティブとして通用しますか?っていう考え方もあるわけ。

サッカーシューズで野球をする。やりづらいかもしれないけど、できるじゃんって感覚。 何を求めるか、自分の身の置き場をどこにするかでネイティブの意味合いは変わってくる。」

 

— 「自分の身の置き場をどこにするか」というのはすごくしっくり来ますね。海外で教育を受けるのは、もちろんいろいろな文化に対する免疫はできると思いますが、 日本人独特の価値観みたいなものが養われにくい気もしますよね。

 

鵜子さん
「日本人ということをもっと誇りに思って良いと思うんだよ。 日本人であることのアドバンテージって思ったよりもたくさんあって、例えば表現が豊か だよね。表現が複雑だから、いろんな思考とか感受性とかも持てる。

そして日本人は、規律正しい集団主義を重んじ、個人主義ではない。学校や部活、サー クル、会社といった場でそういった感性を身につけられるよね。こういうのは日本人の素晴らしい所。

当たり前のことなんだけど、俺たちは、そういう自分の財産自体が、財産であるということに気づいてないわけ。

転職相談者の中には、すごくネガティブな人もいて、最初から自分を否定してるわけ。そういう方達にいつも言うのは『もっと胸はりましょうよ。実はアドバンテージがあるんですよ』 ってことだよね。

海外に出てくれば、当然その国の素晴らしさも見えるんだけど、『日本人ってすげえじゃ ん』って思える部分がいっぱいあるんだよ。」

 

— 最後に、海外に少しでも出たいなと考えている若者に対して何かメッセージがあればお願いします。

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鵜子さん
「リクルートの有名な社訓に『自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ』という言葉があるんだよ。

最近はインターネットやテレビで、簡単に情報を集められるようになった。でもすべての情報がそこから取れるとは思って欲しくない。自分で動いて、自分でその情報を取る。

気合の入った視察とかじゃなくて、最初は単なる旅行でもいいから。

Air Asia の回し者でもなんでもないけど、東南アジアくらいならバイト代でいくらでも来 れるよ。」

 

(インタビュアー・編集:リョウ  写真撮影:ユーゴ)

 

《編集後記》

『自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ』

本当にかっこいい言葉だと思う。そして鵜子さん自身、それを実践した1人。ドメスティックな環境を変えたくて、世界に飛び出した。他人が流す情報だけじゃなく、自らが動いて情報を得た。そして自らを変えた。

実はこのインタビューは三時間にも渡るロングインタビューであった。お世辞にも聞き上 手とは言えない僕が時間も忘れて聞き入ってしまった。その理由を「鵜子さんが魅力的だから」という言葉だけで言い表してしまっては、あまりに無責任である。 口から次々に出てくる話題は、薄っぺらい付け焼刃の知識とは全くの別物で、紛れもなく彼自身が自分で掴んだリアルな情報だった。

 

《 鵜子 幸久氏 関連記事 》

桜リクルート社(マレーシア) ホームページ

http://sakura-r.net.my/

 

海外進出支援サイト Digima 〜 出島 〜 (コラム執筆)

http://digima-japan.com/column/author/unokoyukihisa/

 

NHK討論番組「Global Debate Wisdom」( 鵜子氏 出演)

http://www3.nhk.or.jp/nhkworld/english/tv/wisdom/archive20130111.html

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アセナビ編集部

「ASEANで働くを近くする」を理念に掲げ、ASEANで働いている日本人のインタビュー記事を発信しています!他にも、ASEANのカルチャーやトラベル情報も発信し、ASEANに行ってみたいと思ってもらえるように日々奮闘中です。ほぼ学生で運営しています。