中学生から単身渡米 アクセンチュアを経てマレーシアで起業 。「教育」から日本の若者を変える UNLOCK DESIGN INTERNATIONAL 代表山口聖三氏

2015.10.09

あなたは人材育成プログラム『AWAY』をご存知だろうか?マレーシアの首都クアラルンプールで学生や社会人がひたすらビジネスのゼロイチを経験する修行プログラムである。今回、そのプログラムを運営しているUNLOCK DESIGN INTERNATIONAL SDN BHD代表取締役の山口聖三氏にお話を伺った。中学生の時、単身アメリカに留学、経営戦略コンサルタントを経てマレーシアで起業した日本人である。なぜマレーシアで起業したのか?日本の若者を変革させていきたいという想いの裏側に迫った。

 

〈プロフィール|山口聖三氏〉
14歳で単身米国へ渡り、米国東部ボーディングスクールBrewster Academyを経て、米国Indiana University Bloomingtonを卒業。アクセンチュア及び独立系戦略コンサルティングファームにて6年間コンサルティング業務に従事。UNLOCK DESIGN INTERNATIONAL SDN BHDを設立し、代表取締役に就任。大学で知り合った中国系マレーシア人の妻と2歳の長男とクアラルンプール在住。

 

中学から単身アメリカで!今も活きる、現地で学んだこととは?

—山口さんの学生時代の経歴からお聞きしていきたいと思います。14歳のとき、中学を辞めてまでアメリカに行ったのはどうしてですか? 

人と同じことをしたくなかったからです。まわりと同じような高校や大学へ行き同じような会社に入ることに強い違和感がありました。

そんな違和感を抱えてもやもやしているときに、アメリカの高校へサマースクールに行かせてもらう機会がありました。参加してみて、アメリカのスケールの大きさや自由さを感じました。私にとって全てが新しく、刺激的だったのです。その環境に惚れ込んだ私の頭には、アメリカ留学の道しかありませんでした。

当然、まわりからは反対されます。「せめて中学を卒業してから行け」と校長室に呼び出されたことも。それでも聞く耳を持たない私に「とりあえず1年だけでも行ってきなさい」と両親は言ってくれました。

結局、中学から大学卒業までの9年間、アメリカに留学しました。

 

—9年!? 戻ろうと思わなかったのでしょうか? 

一度も思いませんでしたね。まわりには、高校を中退する人、日本の大学に進学するために日本へ帰国する人もいました。

確かに辛かったこともたくさんありました。しかしそれ以上に、これまで会ったことのないバックグラウンドの人や、日本では味わえない環境が刺激的で、とにかく日々ワクワクしていたのを覚えています。

 

—なるほど。中学、高校、大学とアメリカで過ごされた山口さんですが、大学ではどのようなことをされていたのでしょう? 

山口さん9

大学では、行政学・公共政策学を学びました。公共部門とビジネスのふたつの観点から、公共経営やマネジメントを広く勉強しました。

勉強以外には、親友と呼べる仲間と一緒に「米国中西部の日本人学生会」の組織を立ち上げました。と言うのも、当時のアメリカ中西部には、日本人学生をつなぐコミュニティーが無かったからです。そのため、他の大学の日本人との関わりがほぼないという状況でした。 

そこで、中西部の大学に留学している日本人学生のコミュニティをつくろうと考えます。まずは、我々がいたインディアナ州から活動をはじめ、隣接するオハイオ州やミシガン州など他校の日本人会の会長を巻き込んでいきました。同じ中西部といえど、アメリカは広いため、となりの州の大学まで行くのに片道6時間かかります。各大学の日本人会トップに会い、私たちがやりたいことを伝えて仲間を増やしていき「MJSA」(ミッドウェスト・ジャパニーズ・スチューデント・アソシエーション)を創設。シカゴ日本総領事や企業の経営者によるセミナー、各種パーティを企画しました。

MJSAの運営をやりながら、勉強に励み、そして誰よりも遊ぶ。この3つを徹底的にやったのが学生時代でしたね。

 

—どれも全力で取り組んでいたのですね。その組織の運営を通して学んだことはどんなことでしたか?

持続的に成長する仕組みを作ることの大切さを学びました。

どんなに優れたアイディアでも、運営費を捻出するためのマネタイズ方法や、運営方針を固めないと続きません。志や組織の運営を引き継ぎ、変化に対応しながら成長していく「サステイナブルな組織作り」が不可欠だと学びました。

 

—その話、今の自分に響きます。アセナビも、サステイナブルな仕組みづくりにしていくことが大きな課題です。 

コンサルタントとして多くの企業の実情を見るなかで、仕組みをつくるだけで機能している企業はありませんでした。現場が回っている企業は、環境の変化に伴って仕組み自体を変えられる「人」が育っている企業だと思います。時代にあわせて、組織を変えていける人を育てていく必要があります。

早期から優秀な人材を目につけ、自分がいなくても安心して任せられる人を育てる「教育」が必要です。日頃、課題を共有しながら共に考える。そして、任せてみる。取り巻く環境が変化しても、組織を拡大できる人を育てることが大事だと気付きました。

 

色々なビジネスを立ち上げる中、行き着いたのは「教育」だった。 

—大学を卒業後、コンサルティング会社に就職されましたね。その後、今いるマレーシアに来られたとのことですが、どうしてマレーシアだったのでしょう?

山口さん10

マレーシアを選んだ理由は、大学時代から付き合っている私の妻が中国系マレーシア人だからです。彼女はアメリカの大学を卒業後、外資系銀行に就職してクアラルンプールで働いていました。私は卒業後、日本に帰国し、東京で外資系コンサルティング会社に就職しました。

お互いにキャリア中心の考えを持っており、プロジェクトが終わったあと、1〜2週間の休みをとり、アジアのどこかで落ち合うスタイルで2年間の遠距離恋愛を続けました。一時期、東京で一緒に住んだこともあります。しかし、起業志向が強かった彼女は、一番マーケットを理解しているマレーシアで私より先に起業しました。子どもが生まれたタイミングで私もマレーシアに移住した次第です

 

—なるほど。ちなみに、今の事業を行うまでは、マレーシアに来てどのようなことをされていたのでしょう?

飲食やイスラムファッションなど数多くのビジネスを立ち上げましたが、最終的にやりたいことは「教育」だと気付きました。

 

—教育ですか。そう思った原体験などはありましたか?

若いころから海外に行かせてもらい、そこで会ったたくさんの人に刺激を受けました。慣れない環境で挑戦するなか大きく成長したことが一番の原体験だと思います。

また戦略コンサル時代、ものすごい優秀な若手コンサルタントが、国内では高いパフォーマンスを発揮できることに対して、海外、特に発展途上国に出た瞬間に、彼らのパフォーマンスが劇的に下がることを目の当たりにしました。

それは語学の問題ではなく、日本の教育の問題です。世界で活躍する真の人材は、どの国、どの業界に行ってもすぐに信頼を得てチームの中心人物になります。海外で勝つには、どんなアウェイな環境でも、自ら主体的に価値を高めて成果を出すことが求められます。

そのためには、3つのスキルセットが必要です。

1つ目はゼロイチ力。ゼロから新しいものを自分で考え、そのアイデアを形にできること。

2つ目は思考力。アジアはまさにジャングルです。家では親が教えて、学校では先生が教える、会社では上司が教えてくれたのが日本です。しかし前例の無いフィールドが広がっているアジアでは答えを自分で見つけていかなければいけません。

3つ目は他人を巻き込む力です。周りの関係者に共感してもらい、自分が先頭にたってドライブできること。

この3つのスキルがバランスよくあることでどんなアウェイな環境でも結果を出せると思います。

残念ながら、アカデミックで終わる日本の教育ではなかなか身につけることができないのが現状です。世界と闘える強いグローバル人材「つよぐろ」をつくるため、修行プログラム『AWAY』を立ち上げました。

 

「AWAY」な環境に身をおくことが、日本の未来を変える!

「AWAY」を通して、学生にどうなってほしいですか?

山口さん5

「強い個」になってほしいです。よく”グローバル人材”という言葉を聞きますが、別に英語ができるから、海外で仕事しているから、というだけではグローバル人材ではないと思っています。海外でいろんな企業をみてきましたが、海外に駐在しながら日本語だけ使い、日本人コミュニティの中に閉じこもる方をたくさんみてきました。

先日、「グローバル人材とは現地で自己プレゼンスを高めている人」と定義している方にお会いしましたが、まさにその通りだと思います。

どんなアウェイな環境に置かれても、現地の中に溶け込み、自分のアイデンティティーを確立できる。現地の人に舐められず、いいように使われない強い人になってもらいたいです。組織や国に頼らない「強い個」が増えれば、日本の企業はもっともっと強くなり、国力も自ずとついてくる。

強い人になるためには修行が必要です。異文化や異業種な環境に自ら入り、どれだけ過酷な修羅場をくぐり抜けた経験があるか。

AWAYプログラムでは、問題を定義しマレーシア企業の社長に提案したり、現地の企業とコラボをしてプロジェクトを行ったり、ビジネスをゼロから立ち上げたりします。とことん修羅場をくぐる経験をして強い個になってもらいたいと思います。

FireShot Capture 10 - AWAY アジア修行型インターン&スタートアップ - http___myaway.jp_AWAY アジア修行プログラム

 

—先日、あるASEANで働く社会人の方が「日本の将来に対して、日本の若者にもっと危機感を持ってほしい」と仰っていました。その危機感を持たせるという話について、山口さんはどう思われますか?

ビザの緩和やアジアの経済発展、円安の影響により、日本には多くの外国人観光客が訪れています。近所に外国人が増えて、上司が外国人になるかもしれません。もはや住む場所を問わず、外国人や海外の市場を相手に闘う時代です。少しでも海外に興味がある人は、まずは日本の外の世界を見るべきだと思います。日本と違うアウェイな世界を見ることで、視野が広がり、仕事や生き方の選択肢が増えます。

弊社は、環境が変わるなかで、変化を楽しめる人を育てたいと思っています。「TWC」という社内用語があります。「楽しい」「ワクワクする」「興奮する」。仕事も生活もこの3つがMAXであることが我々の目指す社会です。

環境が変わっても楽しめるマインドを身につけるためには、やはり教育の観点から変える必要があります。これまでは大学生や社会人を中心にサービスを提供していますが、今後は高校生や中学生まで広げていきます。「個」の変革です。時として危機感を持つことも必要ですが、変化をチャンスと捉え、変化を楽しめることが大切だと思います。

 

「人の話を聞くな!」その真意とは?

やっぱり教育がキーワードなんですね。今後どうしていきたいかについておしえてください。

山口さん7

先日「AWAY MEDIA」を立ち上げました。アジアのビジネスと教育のリアルを発信するウェブメディアです。アジアのワクワク感を伝えることで海外に飛び出すきっかけをつくることができればと思います。

またこれまで培ってきた教育プログラムを大学というコンセプトにあてはめた、「AWAY COLLEGE」を構想しています。より多くの学校、企業、政府機関を巻き込んで、更に拡大していきます。

 

なるほど。それでは、最後の質問です。ASEANがアツいということは感じつつも一歩を踏み出せない若者に向けて、メッセージをお願いします!

私の生き方がそうでしたが、アウェイな選択をし続けることだと思います。周りから何を言われようとも、心からワクワクすることをやるべきです。リスクや問題を考えるまえにとりあえずやってみればいいと思います。一歩踏み出せば必ず道が開けます。

もうひとつは、人の話を聞かないことです。

 

え、「人の話しを聞きましょう!」、じゃなくてですか?(笑)

海を見たことのない人には海の良さはわかりません。留学経験がない人が、留学することにに対して反対する。アジアに行ったことがない人がアジアに行くことを反対する。経験したことがない人の意見はあまり参考にならない場合が多いです。

周りの言うことを鵜呑みにせず、自分の信念に基づいて考えたうえ、TWCであれば思い切ってそのアウェイな道を選択するべきだと思います。

 

なるほど、つまり「やったこと無い人の意見を信じる必要はない」ってことですね。

その通りです。普段の会話はちゃんと聞いてくださいね。(笑)

 

【編集後記】
「周りに流されず、自分の意思を強く持つ。」この言葉が、山口さんの生き方を表していると感じた。中学で単身で渡米、現地でもまれながら学び、今は経営者としてアジアから教育という切り口で変革を起こそうとしている。その根底には「TWC」、楽しい、ワクワク、興奮するという感情があった。心からTWCを感じることができる行動、ぼくにとっては何だろうか。