学生時代にインドでの海外インターンを経験し、NTTコミュニケーションズに新卒入社しインドでの駐在経験を経て、DIマーケティング(ドリームインキュベータグループ)にて29歳の若さで現地統括を任されている井尻氏。大企業からスタートアップへの転職、日本からASEANへの転職と劇的に環境を変化させてこられた井尻さんのキャリアストーリーについて伺いました。
<井尻 龍太氏/DI Marketing (Thailand) Co., Ltd. - Business development manager>
1988年生まれ。立教大学在学中にインドでの短期海外インターンシップを経験。大学卒業後、新卒でNTTコミュニケーションズに入社し、法人営業を担当。1年間研修生としてインドでの駐在を経験し、2016年10月に退職。2016年11月より日系戦略コンサルティング会社のドリームインキュベータを親会社とし、東南アジアに拠点を置くグループ会社のDI Marketingに転職し現地統括を担当。
※DI MarketingのHP
https://dreamincubator.asia/
目次
大手通信企業に入社直後、インド駐在を経てタイへ
ー まず現在のお仕事に至るまでのキャリアと経験されてきたことについて伺いたいと思います。新卒で大手通信会社に入られた経緯と担当されていた仕事について教えてください。
学生時代に、バックパックでよく海外に行っていたことと、インドでインターンを経験したことから、若いうちから海外で働いてみたいという想いがありました。
ちょうどその時、若手を積極的に海外に送り出す方針を打ち出していたNTTコミュニケーションズから縁あって内定をいただき入社しました。
入社後は法人向けの通信回線の営業を担当し、入社から1年ほど経ってからインドに1年間駐在をすることに。
駐在期間はインドに進出している日系企業へのネットワーク回線のインフラ整理を担当し、社内システムのヒアリングから通信機器の選定、提案などを行うプロジェクトマネジメントを経験しました。
ー そして2016年にNTTコミュニケーションズを退職されて、DI マーケティングに転職されました。簡単に事業内容と仕事内容を教えてください。
DIマーケティングはドリームインキュベータという日系戦略コンサルティング会社を親会社としたグループ会社で、2014年に設立されました。東南アジアにおけるユーザデータを活用したオンライン調査事業を軸に、東南アジアに進出予定の日系企業に対して戦略調査、市場調査のコンサルティングサポートを行っています。
東南アジアにはタイ、ベトナム、インドネシアの3拠点があり、私はタイに拠点を置き、主に3拠点における日系企業案件の現地管轄を担当しています。リサーチ案件のプロジェクトマネジメントを中心として、3拠点それぞれのローカルスタッフと連携しながらプロジェクトを推進しています。
例えば、日系のとある化粧品会社から東南アジアに進出したいという相談をいただいた際に「そもそもその化粧品は東南アジアにおいて売れるのか」といった市場調査や、市場規模を調べた上で「どういう顧客に売っていくべきか」といったターゲット選定などの戦略策定をしています。
DI Marketingの現地スタッフのメンバーと。
不確実性の高いチャレンジングな環境でこそ自分の強みを活かせる
ー 2016年NTTコミュニケーションズを退職されて、タイのDI Marketingに転職されましたね。アジアで転職されようと思ったきっかけはありますか?
転職するにあたり、特に決定的な出来事があったわけではなく、長く心の中に抱いていたことがうまく形になり、機が熟したという感じです。
学生時代からの一つの目標であった「若いうちに海外で働くこと」は、大変有難いことに入社2年目でのインド駐在と、思ったよりも早くチャンスをいただくことができました。
ただそれと同時に、漠然と今度は大きな組織の駐在員として会社に定められた期間と場所で働くのではなく、挑戦すべきフィールドを自分自身で定め、より現地にコミットしながらビジネスにチャレンジをしたいと思うようになったんです。
ー あくまで「海外で働く」ことは手段だったということですね。キャリアチェンジをしようと決心ができた瞬間はありましたか。
はい、転職を考える際に自分の中で3つの大きな軸があったように思います。それは、「やりたいこと」「得意なこと(強み)」「人がやっていないこと(希少性)」です。これらの軸がちょうど揃ったため、決心ができました。
ー それぞれ具体的に教えてください。
まず1つ目の「やりたいこと」ですが、先程も述べたように若いうちから今後成長する東南アジア市場に身を置き、経験を積みたいと考えていました。これは思えば学生時代からぶれていないと思います。
次に、2つ目の「得意なこと(強み)」ですが、インドでの仕事を通じて「不確実かつ曖昧な環境で課題を解決する」ことが非常に楽しく、かつ他人よりも比較的得意だと気付きました。ビジネスの仕組みや方向性が曖昧な状況を整理しながら順序立てて問題を解決していくことが自分の強みだろうと。
ある程度環境が整っていてマーケットが安定している日本より、急速に成長しているかつ不確実な環境でこそ自分の強みを発揮でき、角度の高い成長ができるはずだと考えました。
そして3つ目の「人がやっていないこと(希少性)」ですが、20代のうちからアジアという日本の常識が通用しない市場で経験を積むことはビジネスパーソンとしての希少性、価値をより高められると思ったからです。
一部の起業家や大企業の駐在員を除いて、東南アジアで挑戦をしている20代のビジネスパーソンは現状あまりいません。この土俵であれば自分の強みを活かしながら、稀有なビジネスパーソンとしてのポジショニングができると思ったんです。
大企業からスタートアップへ。全てを自分事化しなければいけない環境
ー 2016年の10月よりDI Marketingに転職されました。DI Marketingを選ばれた理由を簡単に教えてください。
上記3つの軸に加え、優秀な経営者のもとで働けること、裁量権が大きく成長スピードの速い環境であることを重視しながら転職活動をしていました。設立されてからまだあまり年月が経っていないベンチャー・スタートアップを中心に検討していました。
友人にDI MarketingのCEOを紹介してもらい、自身が求めていた条件と噛み合い、縁あって内定をいただけたためDI Marketingに入社することを決めました。
ー 大企業からスタートアップに転職されて、困難だったことはありますか?
全て自分で考えて主体的に行動し続けないと仕事が進まない環境に慣れるまで苦労しました。
どういうことかというと、変化の激しく組織も小さなスタートアップでは明確な職務内容が与えられるわけではありません。職務の定義から自分の頭で考えて仮説を立てて能動的に行動することが求められます。
前職では明確な職務領域が決まっており、今の仕事のように自分で考えて動いた経験がありませんでした。恥ずかしながら、いかに自分が指示待ち人間だったかを初めて痛感したんです。
また、DI Marketingに転職して2週間で現地に常駐していたCEOの加藤が長期出張で日本に帰国し、アジア拠点での日本人は私1人になることがありました。自分が今何をすべきかを考え、試行錯誤しながら泥臭く自分のやるべき仕事をここ1年でシャープにしてきたという感覚です。
今では1年前に入社した時からは想像もできない程、自身の役割も業務範囲も大きく広がっています。これもベンチャー企業の醍醐味かと(笑)。
ー 劇的な環境の変化ですね。働き方の大きな変化の中で得られた気づきはありますか?
当事者意識を強く持って仕事に取り組む重要性と、「誰と働くか」が成長の大きなキーファクターであるということに気づきました。
今振り返ると、前職の時は恥ずかしながら、最悪自分がいなくても何とかなるだろうという感覚が少なからずあったのかもしれません。ただ現在は自分が現地管轄として結果への責任を負っているという当事者意識を持ち、良い意味で仕事にコミットせざるを得ない環境に身を置けています。仕事への姿勢が根本的に変化し、より高いレベルで仕事に取り組めていると感じます。
また、経営者と近い距離で仕事をするため、同じレベルで議論をすること、キャッチアップしていくにはより早いスピードで知識を吸収し、学習し続けることが必要です。ハードな環境ではありますが、日々多くのことを学び、咀嚼し、吸収できている実感は多分にあります。「何をやるか」よりも「誰と働くか」が自分の中では極めて大事だと確信しました。
自分を追い込んでストレッチせざるを得ない環境に飛び込むことこそが自分のレベルを引き上げる契機となると思います。
ー 成長せざるを得ない環境で働くことができるのはスタートアップの醍醐味かもしれませんね。ところで井尻さんはタイ・ベトナム・インドネシアの3拠点のマネジメントもされていますが、異文化マネジメントにおいて工夫されている点はありますでしょうか?
はい、マネジメントにおいてはこの1年で試行錯誤を繰り返した結果、意識して実践しているポイントが3つあります。1つは仕事を依頼する上で「仕事のコンテキスト(文脈)を伝えること」です。
「なぜこの仕事をする必要があるのか」「なぜこの部下に仕事を頼む必要があるのか」を事前にクリアにしてから仕事を頼むようにしています。日本人の常識で仕事をしているとどうしてもハイコンテクスト、仕事の内容をつぶさに伝えることなくとも仕事が成立したりしますが、海外ではそうはいきません。時間はかかっても丁寧に仕事の目的や背景を伝えるように心がけています。
2つ目は「指示や依頼をより具体的に伝えること」です。
現地スタッフとは英語でコミュニケーションをする上でお互いの共通認識を正確に埋めることが大事なので、しっかりと言語化して丁寧なコミュニケーションを心がけています。
3つ目は「あえて人間味を出し、時に弱みも見せること」です。
仕事に忙殺されている時、淡々と仕事をしすぎて機械的なコミュニケーションになってしまっていた時期があり、社員からの信頼を失いかけたことがありました。
東南アジア、とりわけタイでは人間的な温かいコミュニケーションが重んじられる傾向があります。どれだけ仕事が忙しくても「相手の立場で」物事を考えて、丁寧かつ温かみのあるコミュニケーションを心がけるようにしています。
また、困った時や行き詰った時は、素直にメンバーに頼り、助言を求めるようにもしています。以前は弱みをなるべく見せまいと強がっていた部分がありましたが、当然自分ひとりで全てのことができるはずもありません。
こうすることでメンバーとの距離も縮まり、「自分に頼ってくれている、なんとかしてあげよう」と、結果的に責任感も持ってもらえたような気がします。あるメンバー曰く、タイ人は困っている人を見ると助けたくなる性質があるそうで(笑)。
決断するのに立派な理由は必要ない。自分の意思ややりたいことを見失わないように
ー 井尻さんのように若くしてアジアに転職されている方は稀有かと思います。同世代の特に大手企業でもやもやしているビジネスパーソンに伝えたいことなどはありますでしょうか。
自分の意思ややりたいことを見失わないように、真剣に自分と向き合っていくことが大事だと思います。
学生から社会人になると、もともとあった理想や志が良くも悪くも2、3年で薄まってきます。社会、会社という枠組みの中でとらわれてしまい、主語が「自分」でなくなってしまう。だからこそ社会人になってから日々感じる小さな違和感に向き合って、自分の心のセンサーが狂わないように適度に内省をすることが重要です。
あくまで私の例ではありますが、「やりたいこと」「得意なこと(強み)」「人がやっていないこと(希少性)」という3つの軸が明確に決まりそろった時は決断する一つの好機ととらえてもよいのではないでしょうか。
また、もう一つ伝えたいのは決断をするのに立派な理由は必要はないということ。
決断をするのに起業家のようにかっこよくて立派な理由がなくてもいいと思いますし、等身大の自分と向き合った上で、納得いく選択肢の一つとしてASEANで働くことを考えてみてはいかがでしょう。
私も大企業で何となく感じていたもやもやをじっくりと時間をかけながら言語化していき、幾度の自問自答を経てASEANで働く、という決断ができました。焦ることはありませんし、特に海外転職に対して気負う必要もないと思います。
ー 心のセンサーが狂わないように適度に内省をして自分と向き合う、大事ですね。等身大の自分と向き合っていくことの大切さにも共感します。
私の場合は、運良くタイミングや出会いに恵まれポジティブなキャリアチェンジができたと思っています。
他方、多少ネガティブな側面からキャリアを考えるきっかけもなかったわけではありません。日本の大きな組織では、今後終身雇用システムが徐々に崩壊していくと言われているにも拘らず、少ない椅子を目指しポジションを獲得していくといった、特殊な競争環境が現実問題としてあると思います。
正直そういう環境では「勝てないな」と思うと同時に、「勝負すべきでない」と思ったんです。それよりも、より自分がより勝ちやすい環境がどこなのかを戦略的に見極め、周囲の意見に流されずに能動的に選択をしていくことが重要だと感じていました。そこを突き詰めた結果が、たまたまASEANで働くことであっただけなのだと思います。
私は、何かに行き詰った際に「自分がより勝ちやすい環境を探ること」は決してネガティブなことではないと考えています。
ただし、「今の仕事が嫌だから」「もっと楽をしたい」という逃げの姿勢で決断するのではなく、ネガティブな側面を超えた先にある自分の強い意思に向き合うことが重要です。「自分の人生をどう生きていきたいか」「自分はどうありたいのか」を、雑音に惑わされることなく、納得のいくまで問うてみてください。
編集後記
この取材を通じて学んだことは「行動」と「内省」のバランスの重要性です。井尻さんはしっかりと強い意志を持って行動を起こし、挑戦を続ける一方で、深く内省をし自分と真剣に向き合ってこられたということが強く伝わってきました。
ただひたすらに行動を起こして挑戦するだけでなく、その経験から何を感じたのか、自分はどういう強みがあるのか、を丁寧に省みて、また新たな行動に繋げていくということが大事であると学びました。