「”知っている”と”できる”は別物なんです。」セブでインターン経て楽天へ就職。 駒澤大学4年生園川勇真氏

2015.12.9

昔から海外留学に憧れていたものの、なかなか機会を得られずにいた園川氏。就活を経験し、留学するのは今しかないと心に決めた時、とあるベンチャー企業を思い出す。休学を決意し、飛び込んだフィリピンのベンチャー企業で、彼はどんな体験をし、何を感じ取ったのだろうか。

《プロフィール|園川勇真氏》
1992年千葉県生まれ。実家は名のある千葉の落花生屋さん。中学生の時に台湾にてホームステイを経験。2011年駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部入学。大学2年の春インカレサークルNoa.を立ち上げる。大学3年時に就職活動を中断し、1年間の休学を決意。フィリピン・セブ島のベンチャー企業にて11ヶ月のインターンシップを経験。帰国後は、フィリピン留学の斡旋事業に従事。2016年より楽天株式会社へ入社予定。趣味は海外旅行で、今までに訪れた国は10カ国以上。

 

“カッコイイ大人”になるべく、休学。そしてフィリピンへ。

―まずは大学入学前のことからお聞きしたいと思います。

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高校生の時は理系で、親戚の勧めで薬学部を目指して勉強していました。

成績は順調に上がっていきましたが、当時通っていた予備校の英語講師がとても魅力的で。今まで出会った大人の人たちとは違って、純粋で生き生きとしていたんです。英語を教えるのが上手いのはもちろんのこと、授業中に夢を熱く語る姿に触発され、主体的に生きようと思うようになりました。それまではなんとなく生きていて、薬学部に行くというのも、周りから勧められただけであって自分で決めたことではなかったんですね。その講師のように“カッコイイ大人”になりたいと思い、現役受験の直前に文転して見事浪人生になりました(笑)。

浪人時代は悶々としていましたが、その頃からよく本を読んでいたので、自分と向き合うことのできた時期でもありました。

 

―大学に入ってからはどんなことをしていたのですか?

大学に入ってからは、インカレサークルを立ち上げたり営業のアルバイトを行ったり、積極的に活動をしていました。

3年の秋頃から就職活動をはじめ、本格的に自分と向き合う中で、海外に出たいと強く思うようになって。グローバルに働くことに興味を持ちましたが、当時の英語力では難しいことがわかりました。業界研究やOB訪問を通じて社会を知れば知るほど、就職をしてからは、長期で海外へ行くことは困難だとも知ったのです。

年をとると責任も増えて、学生時代を逃したら一生長期で海外へ行くことは出来ないかもしれないと悩みに悩んで。色んな人の反対を押し切り、就活を全てストップして休学することを決意しました。

 

―なるほど。それからどうしたのですか?

留学をしたいと思って色々調べていく中で、語学学校でのインターンシップに行き着きました。

あるイベントで出会ったフィリピン・セブ島で語学学校を運営するユナイテッド・リグロースという会社を思い出して。若くして海外で起業した経営陣へ憧れを抱き、すぐさま連絡して自分の思いをぶつけたところ、学生初のインターン生として受け入れてもらえました。

(参考:日本の“再成長発信基地”をセブ島に!ーUnited Re-Growth 創業者 鈴木光貴氏

留学して英語を勉強したい、海外に住みたい、というのが入り口でしたが、ベンチャー企業にも興味があったこと、インターン先の語学学校は社会人限定校のために社会人とのつながりを得られることにも魅力を感じ決断しました。

 

本を読むだけではわからない、実際に行かなければわからないこと。

―インターンとして、具体的にどのようなお仕事をされていたのでしょう?

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営業と現場での接客がメインです。留学までのご案内・留学中のサポートなどを行っていました。ただ、現場の日本人スタッフは2~5人程度の規模だったので、状況に応じて現場に関することはほとんどやっていましたね。

日々、改善点を見つけては修正の繰り返し、小さなトラブルは日常茶飯事です。日本での常識も通用しません。大変なこともたくさんありましたが、異国の地での就労体験は自分をタフにしてくれたと思います。

 

―どんな人が留学に来るのでしょうか?

社会人限定校でしたので、ひと回りもふた回りも年上の社会人の方々です。学校コンセプトが「オトナ留学」で、大学生や若い方を中心とした、フィリピン留学業界では特徴的な学校でした。

ビジネス英語学習を主としていたため、キャリアアップを目的としたビジネスマンが多かったです。会社の休暇期間、転職の合間、または一旦所属を外して留学をされていました。

人生の先輩たちの色んな生き方に触れることが出来たので、今後のキャリアを模索していた自分にとって素晴らしい環境でした。多種多様な職業、海外を旅しながらweb関連で生計を立てるフリーランスの方や、経営者や投資家の方まで。日本で普通に学生をやっていたら普通は会えないような方々に日々出会うことができました。

 

―現地で生活する中で、印象に残っている経験はどのようなことですか?

フィリピン人の友達との現地水準の遊びですね。

フィリピン人って週末楽しむ!という切り替えが上手いんですよ。高級なレストランに行くよりも、現地の人が使うバスで、ローカルしか知らないような屋台でご飯を手で食べたり、ガイドブックには載らないようなビーチや川に行ったり。そういった深い異文化に触れる体験が一番思い出深いです。

 

―ローカルに入り込むのは大切ですよね!インターンを通して、どんなことを学びましたか?

一番身を持って実感したのは、「“知っていること”と“出来ること”は全くの別物」ということです。

インターンを始めるまでに、ビジネスに関する書籍を読んだりセミナーに参加したりすることはありました。また、営業のアルバイトもやったことがあったので、自分は出来るんじゃないかという勘違いをしていたんです。

実際、社員レベルの責任を持って仕事をすることは初めてだったため、最初はわからないことだらけ。ましてや、ベンチャー企業では丁寧に新しいスタッフへ教えている暇などありません。そのため、はじめのうちはミスを連発、仕事のできない自分に挫折感を抱いていました。

その後は、なんとか量でカバーして慣れるよう努力を続けて。そんな経験から、頭で知っているだけの知識ではなく、実際にやってみることの重要性は体感できましたね。

 

「これからの人生に潜む可能性を信じることができた。」

―フィリピンでの経験を通して、変わった価値観はありますか?

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日本だと、生き方に対して画一的な風潮がある気がします。レールから外れにくいというか。

でも海外行けば、多様な生き方を垣間見ることができます。旅をしながら生計を立てる人、または収入を落としてでも自由な生き方を選ぶ人、夫婦で世界一周する人など。こういう生き方もありなんだな、と今までの自分の常識や価値観が覆されたのです。

そんな“普通じゃない生き方”に沢山触れられたことで、生き方の選択肢が広がったと思いますし、これからの人生に潜む可能性を信じることができました。これは海外に出てみてほしい理由ですね。

 

―海外で働きたいけど、一歩踏み出せない人に向けてメッセージをお願いします!

僕は学生時代のギリギリのタイミングで留学・海外インターンをすることが出来ましたが、もしこのチャンスを逃していたら、この先ずっと後悔していたはずです。色んな生き方があるので年齢は関係ないですが、学生と社会人では、長期で海外に行くことに対するハードルの高さが変わるは事実。年をとれば取るほど責任は増えていき、動き辛くなると思うんです。

でも学生のうちは何の責任もないじゃないですか。社会人留学される方々と関わる中で、多くの方が学生時代に留学しかなかったことを後悔してることがわかりました。そのため、学生の方で留学行きたいなら学生時代がベストです。

だから少しでも興味があるのなら、どんどんアクションしていくべきだと思います。留学が難しくても僕のようなインターンなど色んな方法があります。

もちろん、社会人になってからでも社会人留学や海外転職など色んなやり方はあると思いますが。とにかく「思い立ったが吉日」ですね!

 

【編集後記】

昔から海外留学に憧れていたものの、留学を経験せず就活を始めた園川氏は、もしこの機会を逃していれば、社会人になってからも、ずっと後悔していただろうと語る。インターンを通し、「知っている」と「分かる」とは全く異なるものであるということを体感。日本を出たからこそ触れることが出来た、その国の文化や、日本との価値観の違い。その体験があったからこそ、持てるようになった、多くの選択肢。レールに沿った道を進み、将来の選択肢を自然と狭めてしまう、日本の学生にこそ、学生のうちに1度日本を出る勇気を持って欲しいと思う。

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

弓場絵里加

法政大学法学部国際政治学科1年生。これから発展していくであろう東南アジアに興味を持ち、アセナビメンバーに。初海外はマレーシアとシンガポールをひとり旅。現地人と話すのが好き。ASEANの魅力を色々な角度から伝えることの出来る記事を書いていきたいです!