2016.03.25

ジョホールバルとシンガポールで”青好きノマドCTO”として複数の会社に取締役として参画している青峰氏。CTOだということはITが得意で、取締役だということはリーダー経験も豊富なはず。さらに海外で働いているということは英語もできるはずだ。そう思ったあなたの予想を超え、あえてトップではなく、トップを支える2番手を目指す青峰氏をインタビューした。なぜ2番手を目指すのか、そして青峰氏が”青”に込める想いに迫る。

《プロフィール|青峰隆氏》
1984年京都市生まれ。関西学院大学理工学部卒業後、システム開発会社に入社。システムエンジニアとして1年間勤務した後Web制作会社へ転職。3年間Webサイトのディレクションやプロジェクトマネージャー等を経験した後は英語力ゼロでジョホールバルへ移住し、取締役として複数の会社に参画。英語ができなくても海外でやっていける日本人のロールモデルとなり、海外で活躍する日本人を増やすために日々活動中。好きな色は青で、お気に入りの青Macを持って「青好きノマドCTO」(※)としてジョホールバルとシンガポールを往復する日々を過ごしている。

CTO…Chief Technology Officerの略で、最高技術責任者のこと。

ノマド…ノマド(nomad)は、英語で「遊牧民」の意味。 近年、IT機器を駆使してオフィスだけでなく様々な場所で仕事をする新しいワークスタイルを指す言葉として定着した。

“青好きノマドCTO”の由来に迫る!

― “青好きノマドCTO”として、ジョホールバルとシンガポールで活躍中の青峰さんにまずお聞きしたいのですが、なぜ“青”にこだわるのですか?

生まれた時から青が好きだからです。とりわけきれいな空の青が大好きです。

そして青が自分に似ているからです。

今までの人生を振り返ってみても、私の立ち位置は常にトップを支える2番手でした。例を挙げるなら、戦隊モノです。

いつもリーダーはレッドで、サブリーダーはブルーですよね。赤があって青がある。私は青のように、裏からトップを支える役割を全うしてきました。

 

―なるほど。では次に、なぜ “ノマド”にこだわるのですか?

マイペースで、束縛されるのが嫌だからですね。(笑)

青Macと一緒に自分らしく仕事をしていきたいと思っています。

 

―では次に、なぜCTOにこだわるのですか?

別にITが得意なだけで、こだわっているわけではありませんよ。ITはあくまでも自分の武器として持っていますが、IT以外にも出来ることは色々あります。よく日本ではITばかりやっている人はコミュニケーションが苦手だと言われがちですが、私はその偏見を変えたいです。

そもそも、オンラインとオフラインを区別する意味はないと思っています。

私は得意のITを活かして複数の会社に取締役として参画しているのですが、弁護士との交渉、セミナー、値切り交渉、プレゼンテーションなど必要な事であればなんでもやります。ただ、その中で最も強いのがIT部分で求められる事が多い形ですね。

最近の話だと、JAPAN STREETをオープンするのにも携わっていました。

 

未来世紀ジパングにも出ていた!JAPAN STREETの裏に迫る!

―実は、青峰さんがJAPAN STREETに携わっているということを聞いてインタビューをさせていただきたいと思ったのです!JAPAN STREETの概要とその背景を教えてください。

ジョホールバル最大のショッピングモールであるCITY SQUARE の6階に、日本で成功した飲食店7店を出店し、日本人のみならず現地の人たちに “本物の日本食”を届けるためにできたフードコート。それが、JAPAN STREETです。

2014年の終わりに構想ができて、2016年1月29日にオープンしました。

日本食が世界中で注目されているのは日本人として誇らしいことですが、一方で世界には “なんちゃって日本食”が溢れています。そしてマレーシアにも人気の日本食レストランがあるのですが、その多くは華僑の人達が経営するお店です。

流行っているのは嬉しい、それと同時に「これを本当の日本食だと勘違いしてほしくない!」と日本人として悔しい想いがこみ上げてきました。

また、世界中にChina TownがあるのだからJapan Townがあってもいいじゃないですか。華僑の人達が海外で助け合っているように、海外で頑張っている日本人同士が助け合えるような環境を創りたい。そんな想いでJAPAN STREETに携わっていました。

やはりここでもオーナーを支える2番手として、原材料の調達からネット環境の整備まで幅広く動きましたね。

ジョホールバルに突如出現した本格日本食フードコート JAPAN STREETに潜入調査!

マレーシア独自の魅力は、多民族国家であること

―なぜマレーシアのジョホールバルなのですか?クアラルンプールやシンガポールの方が良いのではないですか?

まず、シンガポールはコストが高すぎます。今回出店しているお店は海外初進出のお店ばかりなので、ランニングコストが異常に高いシンガポールは向いていないと判断しました。

ではなぜマレーシアかというと、多民族国家だからです。マレーシアは、マレー系が6割、中華系が3割、インド系とその他が1割の国民で構成されています。

でも実際マレーシア経済の8割は中華系の企業と言われており、いわゆる社長や起業家でお金を持っているのは中華系マレーシア人が多いです。

 

12466049_506552756172899_381072598858685971_o(シンガポールから見たジョホールバルの景色。きれいな空の下、建設ラッシュが続いている。)

次にマレーシアの中でもなぜジョホールバルかと言うと、シンガポールに近いこともありお金を持った人が多く訪れるからです。

彼らの間で評判になればそれだけでも大きな成果になりますし、ここで当たれば次はイスラム教徒をターゲットにしたお店の展開もできます。

今後、イスラム教徒増加に対応するために日本でもハラルビジネスが盛んになってきているので、ここでハラル認証を取得すれば日本や他国でも活かせますからね。

まずは中華系、当たればイスラム教徒、両方の巨大マーケットに挑戦できるのがマレーシアなのです。そんな国はASEANの中でもマレーシアだけですよね。

最後に、CITY SQUAREはジョホールバルで一番有名かつ富裕層が集まるショッピングモールなので、さほど集客にも困りません。

良いものさえ提供できれば価格が高くてもお客さんは寄ってきます。お店としても集客に無駄なコストをかけず、味の追求に専念できるというメリットがあります。

 

12592566_1253853551308206_3697360134360252102_n(お昼時の様子。たしかに中華系のお客さんが多いですね。)

 

日本に居続けるのは危ない・・・だからこそ外から日本を助けたい!

―なるほど。では次には青峰さんがジョホールバルに来るまでの経緯を教えてください。

最初に強調しておきたいのは、私は昔から英語がとても嫌いで、苦手だったということです。海外の絶景に憧れてはいましたが、「自分は英語ができないから海外で働くなんで絶対に無理だ。」と決めつけていました。だから大学卒業後は地元関西で働いていました。

大阪の会社に出向して働いていたのですが、リーマンショックの影響で仕事と社員がどんどん減っていきました。それでもなんとかしければならいので、月400時間以上プログラミングをして会社に全力で貢献していました。

一区切りついたところで、出向先から戻ったら、東京に転勤だと上司に言われて。リーマンショックの影響で仕事がないので、東京でアルバイトをして、そこで稼いだお金を会社に入れろと言うのです。

当時、成果としてはかなり大きなものをもたらしていたと思います。ですが、僕だけ例外はダメだと切り捨てられました。東京にいってもアルバイトをして仕事を探すという内容。これからのキャリアを考えた時凄い痛手になると思い、退職しました。

退職してからしばらく仕事がありませんでした。どこも不景気で仕事が無いと。

この時に会社に居ても、いつ仕事が無くなるかは分からないという事を身にしみて感じました。

そして、仕事先が何とか見つかってWeb制作会社に転職しました。

そこでは2年ほど働いて最終的には社長・副社長の次のポジション、システム開発部のトップになりました。マネジメントする側の人間のゴールは、自分が何もしなくても組織が勝手に回る仕組みを形成することだと仕事をしていき完成。

良い意味で、自分の仕事がなくなっていました。

 

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今の仕事をやっていれば何もしなくても安泰。でも、それで良いのだろうか?

それが27歳の頃で、もう一度転職活動を始めました。大企業からも声をかけていただいたのですが、話を聞いているとかなり束縛されるようで…。

そんな束縛された生活はもう嫌だと思って、自分らしい働き方を模索し始めていました。

エンジニアとして生きるようかと考えていた時に「インド人は日本人の10分の1の給料で仕事をしている」と聞いたんです。プログラムの世界は「どれだけタイピングをするか」という部分も関わってきますから、自分が10人分の仕事が出来るとはさすがに思えませんでした。

いつかインドと日本をつなぐ人が出てきたら、一瞬でひっくり返る世界。今は少し考えが違いますが、当時はそのように思っていました。

 

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そして、日本の政治問題。増税されるのに年金額が減っているのに、何故か政治家の給料は上がっていく。そして流れる国会の様子を見て、もう日本にいるだけではだめだと思いました。

この問題は、もう私1人ではどうしようもないと思って、自分は別の方向を目指さなければならないと考えていたところ、ちょうどジョホールバルでの起業話が来ました。

こんなチャンスはもう二度とないと思ったのに加え、海外に出れば何か変わるかもしれないとジョホールバルへの移住を決意しました。

いざジョホールバルに来てみると、英語が話せないと死んでしまう状況に追い込まれました。今まで大嫌いだった「英語を話す」か、「死ぬか」だと、英語を話すしかないじゃないですか。(笑)

追い込まれた私は、英語で日本人に頼ることは絶対にしないと決めて生活し始めました。

勉強する暇は忙しすぎて全くありませんでしたが、英語ができなかったとしても海外でやっていけるということを自ら証明できるのではないかということだけを励みに、生活してました。

こうして今、私は3年以上ジョホールバルで生き延びています(笑)

 

File 3-14-16, 23 11 40(愛する息子と、青Macと、青空に映えるMarina Bay Sands)

日本の将来を考えると、日本人は海外に出た方が良いと思います。もし仮に日本人全員が日本にいると、日本が沈没するとなっても誰も外から助けることができないですよね。

次に、日本の景気が良くて、今度はアメリカが沈没しかけている。その時に日本人はアメリカを助けようと思いますか?ほとんどの人にとっては他人事ですよね。

でも、日本人が海外にたくさんいて、母国である日本が沈没すると聞いたら、助けようと思いますよね。日本を中から変える人も必要ですが、今は外から変える人を増やすべきだと思います。

否定的な事を言っていますが、大前提として私は日本のことが大好きです。やっぱり海外に出れば日本の良さがしみじみと分かってきます。

しかし、このままでは危ない。

だから日本人がどんどん海外に出て、外から日本を助けられるようなネットワークを海外で形成しておく必要があると思うのです。

だから私は、まず英語ができなくても海外でやっていける日本人のロールモデルとなり、JAPAN STREETという日本人同士で助け合える仕組みを作ってきました。先ほども言いましたが、China TownがあってJapan Townがないのは、きっと日本人特有の、協調性を重んじるがあまり「出る杭を打つ」文化が起因していると思います。

華僑の人たちは、互いに助け合っていますが、日本人はある人が頑張っていると妬みからか、その人を叩く人がいますよね。

私はむしろ、出る杭をたくさんつくってその杭を打ち上げる、つまり海外で活躍する日本人を増やすことができるようなJapan Townができてほしいと思っています。

12314148_493781044116737_2370141232423444173_o(日本人が助け合えるJapan Townをつくるためにジョホールバルとシンガポールを往復する。)

赤でもいいですが、青もいいですよ

―読者へのメッセージをお願いします。

孫子の兵法に「彼を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉がありますが
何をするにしても大切なことは、自分の目指すゴールと、今自分が置かれている状況を明確にすることだと思います。

海外に出て何かをするというのは大変な事もありますが、自分自身を見つめられる良い機会になります。
海外に居たら「自分が日本人である」ところから向き合えますから
自分の置かれている状況が客観的に見ることが出来ますね。

そして、海外に出るために意識をして欲しいのは英語でも無くITでも無く
華僑の様なお互い協力をしあっていけるWin-Win-Winの精神です。

英語が出来ないなら出来る人に助けてもらって
ITが出来ないなら出来る人に助けてもらって
そして、自分が出来る事を他の人に提供していく。

それぞれの役割は何かあって
リーダーではないけど私の様なポジションも必要とされるわけです。

それぞれ役割は違っても目指す方向は同じ。
そして関わる人が皆幸せになれる様な関係になることで
Japan Townが出来ていくのかなと。

共感できると思われたならぜひ海外に出てみてください。
どこかでお会いできるのを楽しみにしています。

likebrule青好き海外ノマドCTOの英語ゼロからジョホールバルビジネス立ち上げブログ

【編集後記】

期待通り青色の服装で取材場所に来てくださった青峰さんがインタビュー前に「そろそろ自分も若い人たちに何かを伝える側の立場になりました。」 とおっしゃったのが印象的でした。今はASEANで活躍中の先輩方にお話を聞いてばかりの立場ですが、いつか私も逆の立場になり、後輩に何かを受け継ぐ側になる時が来るのかなと感じました。私も海外で活躍している日本人のロールモデルになれるよう精進します!そしてなにより、にこだわる理由がとても深く、納得でした。