【新卒海外】セブ島のベンチャー企業に就職 その後は独立し複数のメディア事業に携わる 坂内学さん

2016.02.01

記念すべき「新卒海外就職特集」の一人目を飾るのは、現在多数のメディアを運営されている坂内さん。中学生からブログを始め、大学時代に独学でITスキルを習得したとのこと。なぜ新卒からセブ島への就職を決め、今どのような思いを持って事業を行っているのだろうか。その想いを伺った。

《プロフィール|坂内学氏》
休活BLOG(@kyukatsu)創設。現在はセブ島でフィリピン総合情報サイトのPhil Portal [フィルポータル]を運営中。 Web Marketer, Engineer。 ITとお酒とセブ島を愛していたら新卒で海外就職(セブ島)し、11ヶ月後に退職。
学生時代は5万5000円でフィリピン留学したり、休活BLOGを作ったり、ITスタートアップでLaFabricsというサービスを作るなど精力的に活動。

 

フィリピン留学を経て、海外へ

ーなぜ海外就職をしようと思ったのか、そのきっかけを教えてください。

坂内さん②

きっかけは、本当にタイミングと直感です。もともとフィリピン留学をしていて、帰国後海外で働きたいとは思っていましたが、情報がないので何をしたら良いのかわからず、もやもやしていた時期がありました。

そんな時たまたま友達のつながりで、セブのユナイテッドリグロースという会社の社長が日本に来るということを聞いて、軽くお茶するぐらいの形でその社長と会うことになりました。

社長さんとお茶していたのですが、「うちに来ちゃいなよ」という話になり、セブ就職が決まりました。

ー休学の経緯、フィリピン留学での経験はどのようなものだったのでしょう?

もともと3年生の後期、このまま就活しても企業を選べないなと思っていました。

大学時代、ガイアックスという会社でインターンをしていたのですが、そこには年下でもフリーランスで食べていけるレベルの人がいて、危機感を感じていて…。負けず嫌いなところもあり、自分に何ができるかと考えた時に、とりあえず英語を身につけたいと思ったんです。

目標は決めていませんでしたが、一年間休学することは決めていて、まずはマニラに語学留学することにしました。そこでは日本人が誰もいなくて、1ヶ月である程度英語が伸びましたね。

マニラで出会った友人からセブを勧められ、その後はセブの語学学校に移りました。セブには5ヶ月いて、フィリピン人の友人と一緒に本当に楽しく過ごしました。

余談ですが、実はその前アメリカ留学もしていて、英語力が全く伸びなかった苦い思い出があります。

(参考)フィリピン留学でTOEICノー勉。でも、帰国後に835点取れた話

 

フィリピン留学は安いし、語学力も伸びる。帰国後、このフィリピン留学の素晴らしさをぜひ広めたいと思いました。

そこでブログや留学相談、イベント団体などの活動を、セブで出会った友人と始めたんです。この時から海外志向のある友人も徐々に増えていった思い出があります。

そんな中、Twitterを介して休学した人を集めたメディアを作ったらどうかという案が出てきて、盛り上がったんです。これが、今の休活ブログです。翌日には賛同者で集まって、コンセプトを決め、1ヶ月後にリリースしました。サイトは僕一人で作り、それ以外のことは他のメンバーに任せていました。

ーちなみに、サイト制作のスキルは独学で身につけられたのですか?

坂内さん④

フィリピンに行く前に少しと、帰国してから自分で身につけました。

もともと中学のころにブログをやっていて、アフィリエイトなどの知識はあったんです。

また、大学時代、留学から帰ってから飲食店や塾講師のアルバイトをしていたこともあるのですが、仕事があまりおもしろくなかったので…。そこで、Webで稼げたらいいなと思って、独学で勉強を始めました。

もともとのモチベーションは、楽に稼ぎたい、自由に暮らしたいということです。完全に不純な動機ですが…本音です。誰かに指示されて仕事するのがあまり合っていないのかもしれません…。

ー日本で就活はされていたのでしょうか?

はい。IT系や、外資系の会社を受けたりもしましたが、合計では10社くらいしか受けていないです。

僕の場合、面接の結果がとても分かりやすくて、褒めてもらえる会社ではとても褒めてもらえるんですが、言い争いになるパターンもあって。(笑)そこで、自分に合った雰囲気の会社がどんなところなのか明確に分かりました。

3年生の2月ごろ、一社内定をもらったのですが、ずっと海外に就職したいという思いは消えませんでした。

それで4月ぐらいに、休活ブログに日本に就職することを否定する記事を書いたんです。友達にもこれやばいんじゃないのって言われて。(笑)でも、周りに公言していけばしていくほど、日本で働くのが楽しくなさそうだという気持ちが、徐々に大きくなっていきました。

そこで、大学4年の12月くらいから本格的に海外の求人を探すようになりました。ただ、求人サイトを見ても情報が少なすぎて、よくわからなかった記憶があります。すぐに探すのを辞めてしまって、しばらく自分のWebサービスをやることに集中していました。

そして2月に友達から紹介を受け、セブで働くことが決まったのです。

 

自分でサービスを考え、発信していくことの面白さ。日本人をもっと海外へ!

ー海外でどのようなことをしたいと思っていましたか?

坂内さん③(国際交流パーティーにて)

情報を発信することに興味がありました。休活ブログをやっているのも楽しくて。発信して、コメントがくることに喜びを感じていて、そのために情報発信をしているような感じです。

承認欲求を満たす感覚で、もっと広く人に見てもらえるために、とマーケティングも勉強しました。

もともと日本の空気感(?)があまり好きではなかったので、まず自分が海外に出ることが必要だと考えていました。

それは日本人をもっと海外に出したくて。その理由は、海外に行くと自分の相対的な立ち位置が分かってくるからです。

そのためには情報発信が必要なんですが、日本にいて海外に出ろと言っていても、説得力がない。だから自分が最初に海外に出ておいたほうがいいなと。その上で発信したほうが、説得力が高いと思いました。

「海外に出ることは、良いことである。」

この考えに賭けていこう決めて、活動してきました。この考えは間違っているかもしれませんが、僕の中ではとりあえず正解だと仮置きして、信じるようにしています。

ー就職時、周りの反対や葛藤はありましたか?

海外就職に関しては周りの反対はなかったです。

でも、フィリピン留学の時は親からの反対がありました。いくら話していても決まらないので、その時は勝手に渡航してしまいましたね…。日本に帰ったら突然親が何も言わなくなったので、ラッキーと思いました。(笑)

ー具体的な仕事内容を教えてください。

坂内さん⑥

最初に入った会社では、Web広告の運用や外注管理、新規事業立案などをやっていました。

しかし、当たり前のことなのですが会社にいると自分で決めて全部進めることができないですよね。良い会社だったのですが、やっぱり自分で考えて、主体的にやりたいという思いが強かったので退職を決めました。

その後は、フリーランスとして受託したり、ネット広告の運用で収益をあげたりしていました。

ある時、日本で広告の会社をやっている人に会って、フィリピン関連事業を始めるという話を聞きました。そこで、僕がネット上に公開していた作品を見て、開発部分をお願いしたいと言われたんです。僕はデザインが一切できないので、友達のデザイナーに声をかけ、最初は社長と三人で始めました。

そこから、今は8人くらいのチームで受託開発やPhill Portalというサイト運営をしています。社長の他はフリーランスという形でして、今後は会社にする予定もあったりしますが、そこはまだ未定です。僕はマーケティング、開発を担当し、その他にデザイナー、ライターがいます。 

今のメンバーでは他にもいくつかのサービスを作ったりしてきましたが、今のところ順調なのがPhill Portalです。サービス作るときにいつも思っているのですが、10個くらい作って当たるのは1個くらいだと思います。

ーフィリピンでの生活にはいかがですか?

今は2部屋しかないコンドミニアムに、仕事のメンバーの男5人で住んでいます。メンバーは、ライター、営業、デザイン、カメラマンなどそれぞれここだけは譲れないというスキルを持っている、面白い人たちです。

保険や年金、住民税は払っていますが、海外で働いている日本人の多くは海外移住届けを出して、払っていない場合が多いと思います。そこはしっかり調べた方が良いです。病院は、クレジットカード保険で行っています。

ワークライフバランスに関しては、やりたいことをやっているので、オンとオフあまりわけていません。常に事業のことを考えています。

唯一オフになるのは誰かとお酒を飲むときくらいですし、海は半年に一回ぐらいしかいきません。(笑)

坂内さん 写真
1番左:「”知っている”と”できる”は別物。」セブで海外インターンを経て楽天へ就職。 駒沢大学4年生園川勇真氏
左側3番目:楽天・FR(ユニクロ)で学んだ最強の仕組みを展開。セブで起業した若き経営者 タスクシェア株式会社代表 森井健太氏 

 

リスクは何もない。大切なのは、まず人に会ってみること。

ー海外就職してよかったと思うこと、メリットはありますか?

一つには、外国人と一緒に働く経験が積めることです。前の会社では新卒にも関わらず、フィリピン人の採用を担当したこともあります。今後グローバル化が進む中で、若いうちから海外に出て、外国人と一緒に働く経験を積むことは多分重要だと思います。僕はそこまで偉そうなこと言えない立場なので恐縮ですが…。

あと文化の違いを肌で感じることができる点もいいですね。生まれ育った環境、宗教が根付いていることも、長い間住むことで感じられる。日本人は考え方が似ているので、そういった違いは感じられないですよね。

今後ASEANが伸びると言われていますが、価値観が違う中で、日系企業がいきなり進出していきなり事業をやろうとしても失敗すると思うんです。既存の会社が苦労しているのを僕は横から見てきました。

坂内さん 2写真

ー逆に苦労したことはあるでしょうか。

日本に戻りたい気持ちや、後悔は一切ないです。

ただ、想像以上に泥臭い仕事が多く、しんどいこともたくさんあります。というかしんどいことの方が多いです。それを乗り越えてでもどうしても海外に住みたい、挑戦したいと思うのであればそれでもいいと思います。

会社をやめて、半年くらい給料がほぼ0だった時期がありました。残高が徐々に減っていくのをみて、最初は焦りましたが、今はなにも感じなくなりました。

経営者は、数百万円がマイナスになったりするじゃないですか。僕の場合は個人のキャッシュが0になるだけであってマイナスにはならないし、大したことない。そこを考えすぎてしまうと、目先の仕事を取ろうと思ってしまう。小さい利益のために働くよりも、月100万1000万くらいを目指してやっていかなければと思います。

ー描いている今後のキャリアについて教えてください。

実は、今年一年刻みに目標を決めたんです。

もともと体が強い方ではないので、40歳で死んでも良いように考えました。そこで、39歳のときは中学校で講演をするという目標を立てています。「若者は海外に飛び立つべき」という話をドヤ顔でしたくて。(笑)

例えばホリエモンが若者は海外に出た方が良いというのと、僕が言うのとでは厚みが違うじゃないですか。それなら39歳までに講演できるほどの実績が必要だなと思って、そこから逆算していき、目標達成における道筋を、具体的な数字を元に作っています。

自分の会社の事業としては、日本で一つと、ラオス関連で一つ事業をやりたいなあと考えています。

ラオスでは、ヨーロッパ・アメリカ向けの英語のサービスを作りたいです。今ラオスは最後の秘境と言われていて、パッケージツアーが主流な日本と違い、欧米の人は個人で行く人も多く、ラオスに関する情報をネットで調べます。フィリピン人の英語ライターを確保して、ラオスの観光・ビジネス情報を英語で発信していきたいです。

日本では、休活ブログを拡張したサービスを作りたいと思っています。今立ち上げメンバーは日本の外資系の会社などで働いているのですが、辞めてこちらに加わってくれ、というメッセージを継続的に送っているところです。(笑)

とはいえ、その他にも色々な話が出ていて、具体的にどの事業をするのかはまだ確定していません。

—海外就職に興味があるけれど、迷っている人にメッセージをお願いします。

坂内さん⑤

人に会うことをおすすめします。Web上の文章を読むだけでなく。

学生だったら社長クラスでも会ってくれると思います。もちろんぼくも全然OKですし、そういったメッセージを嫌がる人はほぼいないと思ます。

海外に出たいなら、とりあえず海外で働いている人などにアポイントをとりまくって、人に会いまくっていくと、だんだん自分の周りにそういった人が増えていき、逆に反対派は減っていきます。そうすると最終的に大丈夫じゃないか、と思えるようになっていくのではないでしょうか。

あとは直感で決めれば良いと思います。(笑)

よく日本式のビジネスマナーを身につけるべきとか、3年働くべきという話も聞きますが、だからといって僕は、3年待てないと思ったんです。ビジネスマナーだけだったら3ヶ月で身につくと思うし、自分で本を読んだりネットで調べたりすればいい話。

僕が海外就職するかどうか迷っていた時、仮にそのまま日本で働いていたとしたら、自分に言い訳するなと思ったんです。

例えば業績が上がらなかった時、「自分は本来海外に行くはずだったのにそれを我慢して働いていて、その結果がこの成績なんだ」と思ってしまいそうな気がしました。

リスクは何もないです。

日本にはいつでも戻れますし、もう一回就職すれば良い。フィリピン人は生まれた環境でその後の人生が全て決まったりしていますが、それに比べたら日本は、飲食店でバイトしていても生活できるじゃないですか。

海外でやってきたことを話したら、就職先は日本でも見つかると思うんです。

海外に来ると会社で上の立場の人との交流が増えたりもします。そういった人脈を生かして働く道だったりを見つけることもできると思います。とりあえず新卒で海外に出て、1、2年働いてみて、そこからまた考えるのもありではないでしょうか。

 

【編集後記】
坂内さんは、卓越したITスキルを活かして海外でもご活躍されている。学生のうちからどこにいても通用するスキルを磨くことで、圧倒的に将来の選択肢が増えてくると思った。

世界を見渡すと、国内に職がなく出稼ぎに行く人もいれば、国外に出ることさえ難しい人もいる。そこに自分の意志はない。海外に挑戦するか、日本国内で頑張るかを自分の意志で選べる時点で、恵まれた環境であるといえるだろう。「リスクは何もない」この言葉が、強く響いた。

 

新卒海外就職特集とは?
本当に納得できる道を選び、前に進んでいくために、従来のいわゆる「就職」だけではない様々なキャリアの形があり、その中の一つとして海外就職や起業という形があるということをお伝えできればと思っています。

参照:【新卒海外就職特集】新卒で”ASEANで働く“方々のインタビュー特集、はじめます。




ABOUTこの記事をかいた人

山村 あおい

法政大学国際文化学部4年。2014年に休学、フィリピンのNPOとマレーシアのwebメディア企業にてインターンシップを経験。2015年12月、1ヶ月間でASEAN6カ国を回り、新卒で海外就職・起業をした日本人26名にインタビューを実行。新卒での海外就職を決意し、現在ASEANで絶賛求職中!