2015.10.15
今話題のトビタテ留学JAPANの一期生として、ラオスの教育課題を解決すべく、現地で1年間活動を行った高木氏。学生の身であるのにもかかわらず、これだけ大きな活動を行っているので、一見華やかに見えるかもしれない。しかし、彼には1年半に及ぶ引きこもりの期間があったのだ。自身のバッググラウンドを経て、ASEANにトビタッテいった同氏を取材した。
〈プロフィール|高木一樹氏〉
1993年生まれ、幼少時代から群馬の田舎町で育つ。高校時代は不登校気味となり最終的に引きこもる。あるきっかけから東洋大学国際地域学部へ入学し、在学中フィリピンへ3度訪れる。その後NPO法人e-Educationとトビタテ留学JAPAN第1期の募集を知り、応募。選考通過後1年の休学を決意しラオスへ渡航し、ラオス初となるかけ算九九のうたを現地の協力者と作成し、15日間で平均点を約50点向上させることに成功した。
目次
1年半の引きこもりから脱却するきっかけとなった先生。
—引きこもりを経験していた高木さんですが、そのきっかけはなんだったのでしょうか?
中学生のときは生徒会長をやっていて、それまでの学生生活はうまくいっていました。けれど高校に入って、最初のテストでビリになってしまいます。
そこで、勉強以外で活躍したいと思って生徒会に入りました。生徒会主催イベントの進行役という重役を務めることになったのですが、そこで大失敗。
勉強もだめ、生徒会もだめ、友だちからもバカにされて、中学までは持っていた自信が打ち砕かれました。
数学の成績は1だったし、がんばろうと先生に教えてもらいに行ったところ、「お前は数学のセンスがない。」と言われてしまい、色々とうまくいかなくて。
それから周りの評価を気にするようになっていき、高校1年の夏明け頃から学校に行く頻度が減っていきました。高校3年の春にはいよいよ学校へ行かなくなり、鬱状態になりながら1年以上引きこもりました。
—そこからどのように脱却し、大学に行くことになったのでしょう?
長い間引きこもっていたので、自分で思考することができなくなっていました。けれど、小・中学生のときの英語の先生が「世界は広いのだから、外に出てきなさい。大学に行きなさい。」と言い放ち、東洋大学の願書を持ってきてくれます。そこで見た東洋大学の国際地域学部にワクワクしたので、受験してみると、合格することができました。
晴れて大学生活をスタートさせましたが、それまで人との接点が1年半全く無かったので、人を見るだけで震えてしまっていました。電車乗るときにはマスクをして、目が悪くないのに眼鏡をかけて下向いて。入学当初は、大学には通っていたものの、だれとも話すことなく授業だけ受けて帰るという毎日でした。
そんなある時、大学の廊下を歩いていると「待ってたわよ。」という声を耳にします。どこかで見覚えのある顔だと思ったら、なんと、ぼくを救ってくれるきっかけになった英語の先生だったのです!ぼくが鬱になっている間に、がんばって大学の先生になっていたようでした。ぼくに東洋大学を薦めてきたときは、大学の先生だったことは隠していて、親も口裏を合わせていたみたいで。とてもびっくりしましたね
e-Educationとの出会い。そして、ラオスへ。
−次に、ラオスの話に入っていきたいと思います。そもそもどうしてラオスに行くことになったのでしょう?
ラオスに行くもっと前の話をすると、英語の先生に誘われて、三度ほどフィリピンのスラム街を訪れる経験をしていました。
最初は英語ができず、コミュニケーションがうまく取れなかったけれど、現地の人の温かさに触れ、それまでずっと人が嫌いだった自分でも「あ、人と話すっていいかも」と思えるようになります。
次の渡航では、英語をがんばって、100%は理解できないけれど現地の人のライフストーリーを聞くことができました。そこで、自分はテストの点数とか生徒会での失敗とか、小さいことに対して絶望していたけれど、スラムの人たちは「家庭の事情で学校をやめることになってしまった」「親がいなくなってしまった」など、自分よりも比較できないような大きな悩みを抱えていました。であるにもかかわらず、それでも明るく生きていて。
そんなところに尊敬の念を感じながら影響受けて、人とコミュニケーションを取れるようになりました。
フィリピン渡航の経験を通して、自分は変わりました。でも、果たしてぼくが現地の人に影響を与えられたか?と問うと、Yesとは言えません。自分は変わったけれど、相手は変わったのかわからない。
そんなとき、ある教授に相談したところ、e-Education*を教えてもらいました。大学生と現地の学生が一緒になってプロジェクトに従事するこのプロジェクトは、一緒に成長し合えるし、お互い心に残るものあるはず。「これいいじゃん、ぼくがやりたかったこと、この団体入ればできるじゃん!」
そう思ったのと、創業者の税所篤快さんの本を読んで胸が踊ったこと、そしてトビタテもあって、それを併用すれば応募することを決めました。
また、e-Educationを教えてくれた先生がラオスの研究をしている人だったこと、そして地元にラオス人が住んでいたことを思い出します。縁があるなあと感じ、ラオス行きを決意しました。
*e-Education・・・「最高の授業を、世界の果てまで届けよう」という理念のもと、映像授業を通して貧しいひとでも教育を受けることができるように活動をしているNPO団体。主に大学受験のための事業を行っている。
−なるほど。ラオス渡航後、まずどんなことから始めましたか?
首都・農村などラオス中をまわり、大学受験とそれ以外のところも見てみて、教員養成校に行き着きました。ここは、教師になりたい学生が通う学校なのですが、そこに通っている学生を見ていると、なんだか楽しそうではありませんでした。どうやら四則計算などの基礎部分でつまずいてしまっていて、授業についていけない学生が多いようです。
そこで、大学受験をサポートするよりも、根本を強化しなければと感じたので、教員養成校に対する映像授業を展開することに。
しかし、ラオスは社会主義であることも関係して、許可を取ることに苦労したり、学長が変わったせいで、4ヶ月かけて取り組んでうまくいきそうだったモデルが頓挫してしまったり。周りの大人に相談してみると、一学生が大きいプロジェクトを起こすのは無理じゃないかと言われてしまったり。最初の4ヶ月はうまくいかず、挫折感を味わっていました。
—その中でも、どうして活動を続けていけたのでしょう?
教員養成校のなかで、授業についていけない学生たち。彼らは「わからないからつまらない。」と言うんです。ぼくも、高校時代そうだったなあと、重なっちゃって。
学校って、本来楽しいもの。それは、大学に入って思いました。でも、ラオスの学生にはぼくみたいになってほしくない、楽しんでほしい。そういう思いを持っていたからですね。
それに加えて、ここで失敗して、心が折れてしまうと、昔引きこもりになってしまったのと同じになってしまいます。e-Educationや大学の先生は応援してくれるし、トビタテの仲間たちも世界中でがんばっている。だから、これくらいの失敗で負けてられるか!と。とはいえ、かなり落ち込んでましたね(笑)。
ラオス史上初・かけ算九九の歌の誕生。
—4ヶ月で一つのプロジェクトが頓挫してしまったあと、どうしたのかを教えてください。
首都のビエンチャンに行ったときに「てっちゃんネットトレーニングセンター」という、日本語教育をやっているてっちゃんというおじさんのもとを訪れます。はじめてラオスに行ったときに出逢っていた方です。
その時、てっちゃんに「桜を植えよう、どうせやることないでしょ。」と言われて、「なんでぼくがやらなくちゃいけないんだろう・・・」と思いながら桜植えに参加しました。
そこで、現在の大切な現地パートナーである、ファーさんという方と出会います。あまり気が乗らなかった桜植えに参加したことで、いい出会いが生まれました。てっちゃんには本当に感謝しています。
その後、そのファーさんと話し合った後、一緒に小学校での活動を開始することになりました。
まずは、小学校の教育を調べてみると、テストの結果のなかでも算数が低かったので、そこを強化しようと考えます。それに、表現に関する教育、例えば音楽や体育などがほとんど行われていませんでした。また、映像授業のときにはこれまで集中することが苦手だった生徒が、顔を上げて最後まで見ていたという事実がありました。それは、その生徒にとって楽しいことだったからだと思います。
そこで、この3つの要素、算数の強化・表現・楽しいことを合わせて何かできたらと考えました。
そのときに、小さいころにかけ算を歌に乗せて覚えた原体験があったことを思い出します。それをファーさんに話すと「ラオスに無いから、それやろう!」と。それから、ラオスにあるヤマハに作曲を協力してもらい、歌は小学5年生が歌ってくれて、ダンスと歌詞は先生が考えてくれて。極めつけは、お坊さんがCDデザインと生産をしてくれました(笑)。みなさんの協力を経て、ラオス初のかけ算九九の歌が誕生します!
それを実施しようと、公立の小学1年生の生徒に対して、15日間導入してみました。
すると、49点だった平均点から、94点まで上がり、9割の生徒が満点を取れたのです!
—へえ!すごいですね!!
私立の小学校だと、小学1年生の途中から18ヶ月かけてちょっとずつを覚えていくやり方を取っているようですが、かけ算九九の歌によって15日でこれだけの成果を挙げることができました。小学校の先生も「こんなことは初めて!」と言って、とても気に入ってくれましたね。
本当に嬉しかったことは、ある学習障害を持つ生徒が、満点を取ることができたことでした!かけ算九九の歌に合わせて踊ってくれたことでさえ珍しいことだったのに。それにみんなびっくりしていました。
—それから、どんな展開があったのでしょう?
青年海外協力隊の方からあるお願いを受けました。「15日でかけ算九九のテスト成果を上げる方法」の内容をDVDにして、現職の小学校の先生に配って欲しいとのこと。それを実施できたことのは嬉しかったですね。
それと、ファーさんが長年抱いていた「母校の教壇に立つこと」という夢。ファーさんもかけ算九九の成功で自信がついたのもあり、強い熱意で学長に直談判をし、見事その夢が現実になりました。
(口げんかをするほど、現地パートナーとして打ち解けたファーさん)
—素敵ですね。
自分の行動によって生徒の変化を見られたし、ファーさんの夢を叶えるきっかけにもなりました。拡大したい!という思いよりも、身近な人に影響を与えられたこと。フィリピンで達成できなかったことを、ラオスの活動を通して達成できました。
また、帰国日には、小学1年生の子どもたちが「かずきさん、ありがとう!」と、日本語で送り出してくれたんです。それと、ぼくが毎日コーヒーを飲んでいたのを見ていてくれたようで、コーヒーのプレゼントもくれました。それには本当に感無量です。
未来のあたりまえのために、今できることを少しずつやっていく。
—ラオスから帰国し、これからのラオスプロジェクトはどう展開していくのでしょう?
帰る前、ぼくらが行ったことを教育省の人に報告すると、e-learning部署を紹介してもらうことができました。そこで聞いたのは、ラオス政府は小学3年生から英語を教えたいと検討しているけれど、予算や先生の不足から、できていないという現状でした。というのも、首都の限られた学生にしか英語教育は実施されず、農村の学生にはそのチャンスすら与えられていません。
ですが、農村には電気が通っていないところも多いので、e-learningを導入することは厳しい状況でした。そこで、e-Educationを教えてくれた教授に相談してみると、どうやら農村であってもお寺になら電気があるとの情報を得ます。なぜかというと、お坊さんが説教をするときにスピーカーを使うからです。そこで、お寺で英語の映像授業ができれば、寺子屋のような場所ができたら面白いんじゃないかな?と考えました。
さらに、近年ではお寺に行く若者は減っているようで、もしお寺で学習する習慣ができたら、文化保全にもつながります。それをやりたいなと考えています。
—高木さんと同じように、辛い経験がきっかけで自分の殻に閉じこもっている人へ向けて、どんな言葉を投げかけたいですか?
まずは、親を頼ってほしいということですね。
親と話す、そんな小さい一歩から少しずつ広げていけば、変わっていきます。どんどん楽しくなっていきます。それを伝えたいかな。
ぼくも大学入学当初は、「20秒間前を向いて歩いてみる」「人と目を合わせる」「今日は3人と話してみる」という、あたりまえのようだけれど、自分にとってはあたりまえではない小さな挑戦を課していました。
あたりまえのことを、今あたりまえにできていなくてもいいんです。半年後、変わるために、小さなゴールを少しずつ設定してこなしていくこと。それが、自分を変えていく一歩だと思います。
—なるほど。それでは最後の質問です。これからどうしようかと迷いながら大学生活を送っている学生に対して、一言お願いします!
日本には、選択肢がたくさんありますよね。そこで思うのが、選択肢が多いからこそ、迷ってしまうということ。迷えば迷うほど、どんどん動けなくなります。
だったら、そんなに将来のことを考えすぎずに、大きく飛び込んでみることがいいと思います。
最初はなにもわからなくてもいいんです。ぼくも、最初は何もわかりませんでした。人脈も何もない、どうしたらいいかわからない。けれど、新しい環境に飛び込んだからこそ、やるべきことは見えてきます。むしろ逆に選択肢が狭まるので、動きやすくなります。選択肢を自ら狭めるところへ、あえて飛び込むことが大切なんじゃないでしょうか?
【編集後記】
終始にこやかにご自身の経験を話してくれる高木さん。時折覗かせるキリッとした表情と強い想いに、心が震わされた。1年半の引きこもりを経験した彼は、かつての自身と同じように悩む若者の気持ちを知っている。そこには当事者しか持ち合わせていない説得力が備わっていた。
彼のようなバックグラウンドを持つ若者が、この記事を見て小さな一歩を踏み出していくことを、ぼくは願わずにはいられない。
〈執筆・構成:磯部俊哉 編集:永瀬晴香、長田壮哉 インタビュアー:島田楓〉
高木さんが所属するe-Educationでは、ネパールでの教育支援のためのクラウドファンディングを実施中です!アセナビも応援しています。気になる詳細はリンクから!
〈追記〉クラウドファンディングは達成したようです!おめでとうございました!