ASEAN WORK NAVI発進から10日経過して、思うこと。

色々思うことはあるけど、一番最初に出てくる想いは、感謝。
まだまだ小さいけれども、少しずつ自分の周りで小さな渦が確実に動き出した気がする。

このプロジェクトの変移をざっくり振り返ってみました。
去年12月の時点では、自分1人で妄想してた。しかも、全然違うことを。

「ASEANのビジネスモデル100個見つけてぇなー」

 

でも、「周り巻き込まなきゃつまらないし、続かなそうだな」って思っていた。
一番最初に声をかけたのは、「こいつとやったら面白そうだな」と考えて、最初に浮かんできた男、早川遼。

ちなみに、当時の様子はこんな感じ。

投稿素材3
素材(りょう)

忙しいなか、時間があればファミレスで終電まで「あーじゃない。こーじゃない」ってとことん議論した。
考えてみれば、ほとんど俺の意見主導でやらしてくれてたんだと思う。

チーム初期

今までお世話になった社会人や、イケてる起業家に話すと8割方「イイネ!」で、2割はケチョンケチョンに貶される。

with ちひろさん

(尊敬するSFC STUDENT AWARDも受賞した遠藤先輩にもご鞭撻を頂いた。) 

 

僕は意外と人の意見を真摯に受け止める人間なので、休学してこのプロジェクトにコミットするか深く悩みました。でも、答えはすぐ出た。いつだってそう。「これだ!」と思った道に結局は足が動く。

やると決めたから“どれだけインパクトのあるプロジェクト”にするかを必死に考えなければいけない。「考えてこれかよ」って思われるかもしれないけど、迷ったプロセスがあったからこそ今の形があると思う。

 

私情ですが2月に彼女にフラれて、精神的に崩壊。プロジェクトも俺の中では崩壊しかけてた。「若者の視点をASEANに向ける!」とか言ってる場合じゃなくて、とにかく誰とも繋がりのない世界に消えたいって思ってた。

でも、このプロジェクトに巻き込んだ人と火がついたパッションは、なかなか消せない。

「こいつだ!」と思って声かけたメンバーが6人も「一緒にやりたい!」って言ってくれて。
ずっと2人でやってたミーティングが、いつのまにかこんなに賑やかになってた。


アイデアだってバンバン出るし、批判だってし合える。

7人揃う。

こんな環境が勝手に創りあがってた。
最後には合宿もして、出発当日には壮行会もして、空港まで見送りに来てくれて。

チームとして顔合わせて動けたのは本当に短い時間だったけど、俺と早川2人じゃいま活動できてないと思う。
ありがとうございます!

 

空港にて

 

SNSでも多くの人が応援の声をかけてくれて、400以上のイイネ!と約50のコメント14のシェアをしていただきました!(2人の投稿合計数値)
大尊敬している先輩、駒崎さんからも応援いただいたり、

駒崎さんの応援ツイート

知らない方からも、声がかかったり、SNSを通じてASEAN WORK NAVIの渦がどんどん大きくなってることを実感しています。


みなさん感謝しています!!


さて、次回からはここマレーシアでの話を中心にしていきますが、現状を伝えると、

まだ発信までいけてないですが、既に6人、来週は今のところ6人の方にインタビュー協力していただいて、ネタはたくさん頂きました。
俺と早川だけで留めるにはもったいなすぎるくらい、熱い思いと現地の情報が集まってます。

今度は私たちがみなさんに伝える番です。
まだまだ文章力も編集力も未熟な私たちですが、「気持ちが入ってればスキルはのびるんだよ!」精神で頑張っていきます。


これからも応援のほど、よろしくお願いします。

DSC01153

 




ABOUTこの記事をかいた人

アセナビファウンダー。慶應SFC卒。高校時代にはアメリカ、大学2年の時には中国、それぞれ1年間の交換留学を経て、いまの視点はASEANへ。2013年4月から180日間かけてASEAN10カ国を周りながら現地で働く日本人130名に取材。口癖は、「日本と世界を近づける」