突然ですが、あなたは「外食していますか?」

学生や社会人であれば、外食は避けられないところでしょうが、日本は自炊が基本。家族や友人とレストランへ行くことはあっても、外食するよりは自炊した方が経済的にも節約できますね。

一方、ASEANは“外食文化”が盛んです。早朝から営業している店が多く、3食とも外食は当たり前。何よりも自炊するより安価というのが魅力的なのです。


そんなASEANの中でも、シンガポールの“ホーカーズ”と呼ばれる小さな飲食店が集合する施設では、新たな展開を試みる経営者が増えてきました。多彩な食文化が魅力の国で、ある改革は始まっています。

 

「ビール専門店?」シンガポール料理だけではない、新事業を若者が開拓


飲食店を営むのは、主に中華系やインド系のシンガポール人です。元々移民してきた人たちが生計を立てるために屋台業を営んでいたので、IT業や金融業が盛んなシンガポールでは、飲食業に就くということは正直あまりステータスではありません。

そんなホーカーズ産業に新風を吹かせているのが20代や30代の若者です。

写真2−ホーカーズ写真3−ホーカーズ(38歳の経営者が営むビール専門店には、ヨーロッパや日本のビールもお目見え)

シンガポール定番の料理がずらりと並ぶチャイナタウンのホーカーズに突如現れたビール専門店。朝から賑わう場所ながら営業は夕方の4時からです。そんな彼は元サラリーマン。エリートコースを辿っていた彼がビールの魅力にはまり、多彩な料理が揃うホーカーズで楽しめるビールの提供を始めました。“料理は他の店舗で調達してアルコールは当店で!”という合理的な経営です。

20代の兄弟が営むのは、チャイナタウンのお隣タンジョンパガーにある日式九州ラーメン店。朝5時から仕込みを始めて、昼に営業を開始します。典型的な中華麺料理を提供する店が多い中、新たな味の麵を提供したいと注目したのが日本のラーメンでした。

25歳の女性が営む店は、中心部から少し離れたクイーズタウンエリア。鶏肉の排骨料理を中心とした人気店。幼い頃から親の手伝いをして、16歳から本格的に飲食の道を歩み始めました。今では大学生と共に企業戦略も練っているとか。

地元のメディアでも取り上げられるようになったホーカーズで奮闘する若者たちですが、当初は周りから

「若いお前たちに何ができる!」

心無い意見が多く寄せられました。昔からホーカーズで営む年齢層は高く、若者たちは信頼されることなく、疑問視されるほどです・・・

 

そもそも庶民の胃袋「ホーカーズ」って何?


シンガポールでは、小さな飲食店が連なり、いくつもあるテーブル席で自由に食べることができる施設「ホーカーズ」が一日中大賑わいです。中国料理、マレー料理、インド料理など、多民族国家ならではの多様な飲食店が一日の活力源となっています。

写真1−ホーカーズ(数あるホーカーズの中で人気の店舗をさらに集合させた施設もある)

ローカルの方や駐在員はもちろん、観光客にも人気スポットとなっているホーカーズ。シンガポールグルメを語るには外せない存在です。ガイドブックにも掲載されているような有名ホーカーズ、地元の方が利用する住居団地の下階に設置されている小規模なホーカーズを合わせれば、100か所以上もあるほどです。

ホーカーズは政府が運営しています。店舗は政府傘下の機関が管理していて、政府が計画的に誘致をしたスペースに個人事業主が営んでいます。マレーシア独立前(独立は1965年)から屋台業が盛んでしたが、当時はとても不衛生で見栄えも良くなく、観光大国を目指した政府は、1980年代から環境整備を整えたホーカーズを作り、飲食店舗を集合させたのです。

事業主は権利を得て営業をするのですが、世襲制度のようなものがあり、親から子へ承継されます。政府が助成金を出していた時期もあり、昔から営む店舗は家賃が安いのですが、更新や新規契約時に家賃が一気に上がり、補助は出ません。このため、後を継がずに閉店するパターンも現状にあります。

 

「屋台業は恥ずかしくない!立派なビジネスだ」


彼らが実際にホーカーズで事業を展開するには、偏見や家賃の問題などが大きな壁となりましたが、それをのり越えることで、新たなホーカーズ改革が始まります。日本でも新しい店舗ができれば、当初、違和感があったとしても、時が経てば常連客もでき、地域に馴染んでいくものです。彼らが注目されることで「こんなホーカーズもあっていいよね」と、また店に足が向いてしまうのです。

「接客が楽しい」

彼らに共通する言葉です。屋台ビジネスと向き合い、客との会話や料理を提供する喜び、まさに“一生の仕事”としてこれからも突き進んでいく。
めっちゃかっこいい!と思いませんか?
写真4−ホーカーズ