スタートアップ業界で、いまASEANで一番アツイのはどの国か?おそらく、アジアに精通するほとんどの方が“インドネシア”と答えるだろう。世界で4番目に多い人口、100%を超えるモバイル普及率、世界TOP5に入るSNS利用者数。そんな市場の可能性を理由に世界中から注目を浴びている。めまぐるしい変化を遂げるインドネシアで、約3年も現地にどっぷり浸かってきた鈴木氏に話を伺った。
《プロフィール|鈴木隆宏氏》
1984年生まれ。サイバーエージェントに新卒入社。内定者当時から新規事業立ち上げに携わる。その後も、営業、ゲームプロデューサー、事業立ち上げ責任者など様々な職種を経て、2011年11月からサイバーエージェントベンチャーズ(CAV)インドネシア事務所代表として、投資活動を行う。現地起業家と密な関係を築くコミュニケーションを軸に、東南アジア地域のスタートアップエコシステムの構築に注力する。
海外での投資のコツは、「タイムマシン」に頼りすぎない現場志向
-ベンチャーキャピタル(VC)について理解がまだ不十分なのですが、どんな仕事をされているか教えてください。
一口に投資といっても色々なステージがあります。僕たちが今行っているのはものすごくアーリーステージなもの。投資のタイミングが早ければ早いほど、株価は安いけれども会社が潰れるリスクも高い。そのリスクを背負って投資をすることで、より大きなリターンを得ることができる。それがVCの仕事ですね。アーリーステージの会社の方に投資する方がリスクが高いのですが、もちろんリターンも大きい。サイバーエージェントベンチャーズとして大切にしているのは、ただのお金だけでない関わり方。サイバーエージェントが様々な事業を立ち上げてきた中で得たノウハウを現地のスタートアップに共有することで、イノベーションを起こしたいと思ってます。
-言語や文化の壁がある海外においての投資活動は困難な場面が多いと思います。インドネシアでの投資を成功させるために普段から気をつけていることはありますか。
シンプルに言うと、「タイムマシン経営」(先進国で成功したビジネスモデルを途上国に持ち込むこと)を上手く使うこと。東南アジアはインターネットの普及率がまだまだアメリカや日本、中国に比べて低い。だからこそ、IT先進国のモデルと比べることで、今後どの領域が伸びていくかはある程度予想ができるんです。一方で、「タイムマシン」を使いすぎるとうまくいかなくなってしまう。理由は、国によって前提条件や制約が違うから。インドネシアではインフラがなかなか整備されなかったり、携帯電話のネットスピードも遅いです。投資分野を決めるまでは他国のモデルを参照しますが、投資した会社を立ち上げて伸ばしていく段階では、完全にゼロイチベースで考えます。つまり、その国に合わせて、ゼロからビジネスをつくっていく気概でやっています。「投資家=偉そうにお金を出すだけ」、というイメージがあるかもしれませんが、第一に起業家をリスペクトして、彼らと共に悩み、事業を創っていくことが私の仕事です。
例えば、仕事のやり方で言うと、インドネシア人はPDCAを回すのが得意でない人が比較的多い。なんとなくの仮定をもとに機能を改善してみたり、なんとなく数値目標をつくってしまう傾向がある。PDCAに対しては厳しく言ってますね。ネットビジネスの特徴は、数値が結果として明確に出てくるところ。だからこそ、数値をしっかり管理する文化を広げていきたいです。
インドネシアの未来と共に生きる
-「現場で共に働くこと」が大事だというお話でしたが、インドネシアならではのビジネス環境に精通するために、情報収集はどのようにしているのでしょうか。
インターネットや、新聞、雑誌に目を通すことは当たり前ですが、それよりも「人」。仕事は基本的にローカルの人としかしないので、インドネシアの経営者層だけではなく、一般の人たちとも広く付き合うようにしています。現場の声という観点だと、現地の富裕層や日本人しか行かないような高級モールでは、消費の実態が見えなくてつまらない。時間を見つけては、ローカルの人が買いに来るようなモールで人間観察をしていますね。携帯電話を持っている人がいたら、どんなアプリをしているか聞くこともあります。完全に現地の感覚を持つことはできないにしても、彼らの目線に近づくための意識は常に持っています。
-インドネシアの今後ネット領域での有望分野はどこだとお考えですか。
物が動くという意味ではeコマースが一番有望だと思います。インフラの問題があるので成長ハードルは高いけど、ものすごく盛り上がっている分野です。あとは、モバイルゲーム。すぐに課金は伸びないにしても、現地の人には時間を持て余している人も多いので、そういった層に入り込めると思う。
いずれにしても、今後はインドネシアの2億4000万人の人口レベルを活かしたビジネスをする必要があります。増大するモバイルユーザーを囲えたら、それなりのプラットフォームにはなる。そこから、また新しいビジネスがつくれるんです。
-鈴木さんご自身として、今後どのような思いでインドネシアに関わっていきたいですか。
とにかく5年、10年くらいは滞在するつもりでいます。「2年、3年の駐在で何が出来るの?」という思いが自分の中にはあって。韓国や中国の企業の人たちは結果を出さないと帰れないという想いで一生懸命働いていることが多いですが、日本人の駐在員はそうでないこともある。
将来的に、この国のインターネット産業の成長に貢献したいと思っています。そのためには、「お金を出して、はい終わり」ではなく、今まさに市場が立ち上がっているこのタイミングで、現地で一緒に中長期的にやっていきたい。投資家として経営者と汗を流す。そして、共に創り上げた会社が日本でいう楽天や、サイバーエージェントみたいな会社になって、三木谷さん、藤田さん、堀江さんのような象徴的な経営者が生まれたときに初めて、「ちょっとは貢献出来た」と思うかな。そこまでは一緒にいたいなとは個人的には思っているから。
ー最近、インドネシアのスタートアップ業界が伸びてきている印象があるのですが、実際はどうなんでしょうか?
確かに、一時的なブームが2,3年前にあったけど、今は落ち着いてきている。当時はシード投資家と言われる人達がたくさんいて、起業家も出てきてたんですね。それで、資金調達の事例が頻繁に出て、「あ、俺もできるかも」とブームになりましたね。でも、結局事業が立ち上がっただけで企業規模の拡大にはなかなか繋がらない。インターネットってすぐお金になるのでは、という甘い考えを持って起業する人が多かったんですね。現在は、本気で起業したいと思ってる優秀な人だけが起業している印象があります。日本でもそうですが、ブームが何度か来るんです。成功事例が出て、周りが刺激されて新しいイノベーションが起こる。そこに良い投資家が入って、ビジネスが大きくなる。それを繰り返していくことで、良好なスタートアップのエコシステムができると考えています。
ーインドネシアで起業する人は、東南アジアの他の国も見ているのでしょうか?
基本的には、国内向けのビジネスがほとんどですね。なぜなら、インドネシア自体の市場がものすごく大きいから。東南アジアを一つの国として見立てて6億人の市場とよく言いますが、インドネシアは東南アジアの約4割を占めている巨大な市場です。
むしろ、インドネシアのスタートアップは東南アジアをリージョン単位で見て勝負すべきではない。先ほど挙げたように、国が異なれば同じようにビジネスを回すのは相当厳しいです。それぞれの国でゼロから事業をつくっていくイメージですね。一方、タイやマレーシアの企業であれば、一国ではスケーラビリティがないので、他の国で勝負する戦略するのもアリだと思いますね。
大学時代は、ゼロをイチにする経験を
-最後に、若者世代へのメッセージをお願いします。
「とりあえず海外に出ろ」というわけでもない。たまに出会うのが、「海外に出ること」だけを目的にしてしまっている学生。ただ行くことをゴールにするのではなくて、大きな志や野望を持って、本当に自分が海外で何を成し遂げたいかを意識することが大事です。
まず、大学生活の中では物事の大小はどうでもいいから、自分で何かを決断して、挑戦する経験をしてほしいと思っていています。つまりは、ゼロをイチにする経験をしてほしい。誰々に言われたから、というのではなく、自分の意志で。日本人は、挑戦とか決断って大きいことのように感じて、結果的に一歩を踏み出せないパターンが多い。でも案外そんな難しいことじゃ無かったりする。何となく興味ある事で、何となく一歩踏み出してみてもいいんじゃないかな。何か新しいことに興味を持っているだけだと、ゼロのままなんですよ、一生。ゼロに1000かけてもゼロでしょ?ただ、一歩踏み出す事で見えてくる景色って、ちょっと変わると思うんだよね。極論を言うと、「残りの2年間の学生生活、日記を書き続けます」、みたいな事でもいいと思うんです。要するに人の為にでなくてもいいから、何か自分として、これはやりたいというものをゼロからイチ、イチから100まで広げていくこと。
そうした経験があると自分の志、思いが見えてきて、そうして初めて「グローバル」が志を成し遂げるための手段として、出てくるのではないでしょうか。結局は、自分の志があると、働く会社や国がどこであれ通用する人間になると思いますね。
(ライター:杉江美祥 インタビュアー・校正:鈴木佑豪)
Interviewed in Aug 2013