「ASEANで活躍するビジネスリーダーを心から応援したい。」
長年、国内だけでなくタイ、シンガポール、アジア全域にて人材紹介に従事し、今年4月にAsian Leaders Careerを創業された蒲原氏にその熱い思い、そして起業に至るまでの経緯をうかがった。
《プロフィール|蒲原隆氏》
1965年長崎県生まれ。九州大学文学部卒業。1988年、株式会社リクルート入社。その後リクルート人材センター(現・リクルートキャリア)へ移籍し、主に通信・半導体業界の人材採用および転職活動を支援。2003年会社を退職し、カナダのバンクーバーへ9ヶ月間の留学。翌年帰国し、リクルートエグゼクティブエージェントにて、製造業チームマネジャーとして多くの経営者、事業責任者と直接面談し、同チームを高収益事業の一つに導く。2009年、JAC Recruitment へ転職。2011年からはタイへ移り、Managing Director(代表取締役社長)に就任。2013年にシンガポールに移り、同社Managing Directorおよび日本を除く全アジアの統括会社であるJAC Recruitment AsiaのCOOへ就任。
2016年、Asian Leaders Career Pte. Ltd.をシンガポールに設立。タイ、シンガポール、および東南アジア各国で活躍するビジネスリーダーのキャリア開発を支援。
目次
2016年4月に創業!アジアを中心にビジネスリーダーを育てたい
ー現在の事業について教えてください。
大きいところからいうと、東南アジア諸国を中心とした企業採用活動/教育機関等のコンサルティング、キャリア開発支援、その他アドバイザリー活動を手掛けています。
具体的には、東南アジア諸国において、更なる事業成長を目指す企業の採用活動コンサルティング、東南アジアとの接点を増やし、世界で通用する人材の育成・教育を目指す大学/短大/専門学校などの高等教育機関の現地サポートとコンサルティング、東南アジアで活躍するマネジャーや事業責任者など、ビジネスリーダーの方々のキャリア開発支援を行っています。
ー現在の事業をしようと思った背景について教えてください。
東南アジアで働いている日本人のビジネスリーダーたちの応援をしたいと思ったためです。
実際に私は5年以上タイ、シンガポール、アジア全域で仕事をしてきましたが、アジアには非常に優秀なビジネスリーダーたちがいると感じました。
ただそこで思ったのは彼ら自分自身に対するキャリア開発は意外と手薄だということ。
私が今まで携わっていたのは人材紹介で、日本にいる人にアジア転職を斡旋してきましたが、実際海外に就職してからどう自分のキャリアをデザインするのか、という点については誰も触れられていませんでした。かつ現在もそういった海外就職"後"の個人のキャリアにフォーカスしている事業はほとんどないんですね。
ですからこれはもったいないと思い、彼らのキャリアデザインを支援したいという思いで現在の事業をし始めました。
ー近年のアジアで働くというキャリア選択への認識については昔からは変わりましたか?
大きく変わったと思います。
昔私がリクルートに在籍していたころ、日本を出てアジアで就業経験を積む、というと世間一般的にはマイナスな評価でした。
「日本で仕事が上手くいかなかったから、海外に出たんでしょ?」とドメスティックな人事にバッサリと切られるような世の中で、外に出にくい空気がありましたね。
その際に私自身、非常に悔しい思いをしました。
ただ現在は言わずもがなアジアへの認識は大きく変わっています。
アジアはグローバル規模で有望な投資先であり、アジア進出がものすごい速度で進んでいます。昔とは違い、むしろアジアで挑戦しているというビジネスパーソンの方が価値が高まってきています。
だからこそアジアで挑戦している彼らのキャリアを断絶的ではなくより価値のあるものにするサポートをしたいという思いがありこの事業をしています。私はアジアと日本を横断するキャリアサポート、というところでしょうか。
ーAsian Leaders Careerという社名の由来は何ですか?
アジアに既にいる素晴らしいリーダーたちのキャリア開発において、今後さらなる活躍ができるような支援をしていきたいと思ったためです。
ーロゴもかっこいいですね!ロゴの意味も教えてください。
この青色は冷静さの中に燃える熱い情熱を表現したものです。赤よりも青のほうがより熱いというイメージがあります。またこれからの時代を切り開くという意味も込めています。
シンプルな字体で鮮やかな青色が印象的なALCのロゴ
37歳でリクルートグループを退社し、カナダ・バンクーバーに語学留学
ー現在に至るまでの道のりを教えてください。
九州大学を卒業した後、1988年にリクルートに入社し、その後リクルート人材センター(現リクルートキャリア)に移籍しました。移籍してからは国内営業として主に通信・半導体業界の人材採用や転職活動を支援をし、その後はグループマネージャーをしたり、再就職支援事業などを立ち上げたりしていました。
そして37歳までずっとリクルートグループで仕事をしていたんですが、英語をより勉強したいという思いが強くなり退社してカナダに語学留学に行きました。
ーいきなり退社してカナダに行かれたのは何故ですか!?周りの反応はどうでしたか?
きっかけは趣味で英会話教室に通い始めたことからです。
私はリクルートに入社して以来、ずっと仕事に没頭していて35歳を超えたあたりから仕事ではない時間を作りたいなと思い、英会話教室に通い始めました。
これが思ったより楽しく、グループレッスンをする中で他業界のビジネスパーソンなどと楽しく英語を勉強し、英語を使うことが楽しくなってきました。そこで「海外に住んでみたい。」と強く思うようになり、一度きりの人生なので会社を辞めて語学留学に行こうと決意しました。
周りの反応に関して言えば、言うまでもなく「あいつのキャリア終わったな」とか「その年齢で語学留学!? クレイジーすぎる」と言われたりしましたね(笑)。
それこそ人材紹介業をしていたので業界的にいうと確かにありえない選択なんですよね。
ただ私は周りの反応は一切気にせず、むしろ「そんなにおかしいことなの?行きたいから行く。それ以上の理由はない。」と思っていました。
ここは自分の強みだととらえているのですが、私にはある種の鈍感力があると思います。
「海外に行ってみたい!」という思いを持っているのに、周りの意見に流されて行かなかったら後悔しますよね。私は後悔したまま死にたくないんです。
周りがどう思うかを気にしていると自分が本当の意味で豊かになれる選択を見失ってしまうと思っています。
ーサラリーマン生活を捨ててカナダに語学留学に行かれて実際どうでしたか?
非常に充実していました。
まず37歳で語学留学しているのは私ぐらいだったのでとても目立っていたのですが、ずいぶん年下のクラスメイトにも下の名前で呼ばれたりとフラットに接してくれてとても新鮮でした。
カナダに来る前は、マネージャーをしていたので敬語を使われることに慣れていたので(笑)
カナダでは様々な国籍の人と出会い、今まで国内で人材紹介を通して自分なりにキャリアについて考えてきていたものの、こうして海外に出ることで「人生の多様性」について改めて気付き、個人のキャリアについて考え直すよい機会になりました。
「キャリアはこうあるべきだ!」といったというステレオタイプは存在せず、それぞれがやりたいように生きていく人生もあることを学びましたね。
人のものさしで物事を決めるのではなく自分が本当にしたいことを追求することが大事だと再認識しました。
そして9ヶ月間の語学留学後、短期間ですがバンクーバーの現地の人材紹介会社でインターンシップを行いました。37歳のインターン生は異例だったらしくここでも新鮮な気持ちで楽しむことができました。
帰国後、リクルートエグゼクティブエージェントへ
ー帰国後は、エグゼクティブ層のリクルーティングに関わっていたんですね。
はい。
2004年に帰国後、再就職活動をしていていくつかの企業からオファーをいただくことができましたが、最終的にリクルートエグゼクティブエージェントに就職することを決めました。
周りから見れば、「またリクルートグループに戻ってきたんだね。」と言われましたが
この選択は私にとって非常にチャレンジングなものでした。
なぜかというと当時、経営者とのコネも無く、経営経験も無い私にとってどう求人を取りどう案件を成約させるかといったことが何も分からなかったんですね。
ですが「歯が立たなくても未だ経験したことのない領域に挑戦したい。」という思いが強かったため、エグゼクティブ層の紹介に関われるこの仕事を選びました。
そしてこの仕事を通して、多くの経営者と出会う機会をいただけました。彼らと会う中で、経営視点を知ることができとても良い刺激を受けました。経営者や事業責任者はこんなことを考えて仕事をしているのかと。
またエグゼクティブ層の紹介業を行う中でより経営に踏み込んだダイナミックな仕事を行えました。正確には数えていませんがトータルで500人以上の経営者と仕事をさせていただきました。その中で多くの優秀な経営者の方の知見を得られ、いずれは経営にも関わりたいと思うきっかけになりました。
またこの時の経験がのちに経験する社長の業務において活きてきましたね。
ーずばり、優秀な経営者の共通点は何だと思いますか?
「着眼大局、着手小局」を徹底的にできる人が優秀な経営者の一つの要素だと思います。
まず事業を大局的に見て俯瞰して捉え、そこから今すべきことを具体的なアクションに落とし込み泥臭く粘り強く実行し続けられる人が優秀な経営者だと強く思います。
「会社をこうしたい!」と大きなビジョンを描くことも非常に重要ですが口だけで終わる経営者も少なからずいます。大きなビジョンや事業構想を描きつつ、そのビジョンを達成するための具体的なアクションを地道かつ着実に実行することが重要です。
つまりいかに事業を自分事としてとらえられるかが肝です。
海外への思いを捨てきれず、シンガポール・タイへ
ーその後はJAC Recruitmentに転職し、2010年にシンガポールに行かれたのですね。
はい。エグゼクティブエージェントにいた際は、国内での経営幹部の支援に没頭していたんですが、同時にせっかくカナダで学んだ英語を活用したいなという思いも出てきまして。
海外事業責任者と話す機会も次第に増えてきて、自分の中でもう一度、ビジネスとして海外に挑戦したいと強く思い始めました。
当時、リクルートは海外事業を本格化させていなかったため、海外事業に強いJAC Recruitmentに転職することを決意しました。
まず1年間、東京で勤務し、その後シンガポールにて半年間、海外オペレーションの基礎を学ばせていただきました。日本と海外のオペレーションは大きく異なるため事業の根幹を知っておく必要がありました。
そして2011年にJAC Recruitment Thailandの代表取締役として就任しました。
ー2011年にJAC Recruitment Thailandの社長として赴任して何をされていましたか?
主に組織構造の変革を行いました。
現在JAC Recriutment Thailandはタイ国内にバンコクオフィスの他にイースタンシーボード支店、アユタヤ支店とと3つのオフィスがありますが、私がMDとして就任した時はバンコクオフィスしか無い状態でした。
また、日系企業と欧米外資企業への人材紹介をスムーズにするため、新たなにJAC Recruitment Internationalを分社化し、その上社内の部署の役割を明確化し、業界別でタイ人コンサルタントが人材のサーチをできるように組織構造の改革を行いました。
タイの転職希望者は日本語を話せるタイ人、英語を話せるタイ人、日本人と多様で、かつ紹介する企業も日系企業や欧米企業、現地ローカル企業と多岐にわたるため、組織内の役割を漏れがなく重複もない状態へ整理する必要がありました。
この点が海外オペレーションにおいて工夫が必要な点でした。
ー組織の変革をする際に変化を厭う人たちにはどう巻き込んでいきましたか?
粘り強く変化の必要性を伝えていきました。
変化を望まない人を巻き込むのはとてもチャレンジングで難しかったですが、しっかりとそれぞれの役割を明確化し現場の立場にも耳を傾けました。
そうして粘り強く一人一人にアプローチしていくとフォロワーが増えていき、最終的には変化を厭う人も少なくなってきました。
「グローバルリーダーになろう」の講演を聴講した学生たち
ータイで組織改革を行った後、JAC Recruitment Singaporeに代表取締役として移られたんですね。
タイで2年半、経営を行って実績を積むことができたため、2013年からシンガポール法人の代表取締役に就任しました。
当時はJAC以外にシンガポールに競合が多く進出をしてきていて業績が下降しはじめていた頃でした。
タイの場合は、組織改革をして比較的早く業績が上がりましたが、シンガポールの時は改革中に業績が落ちたんですね。シンガポールはタイよりも一段と厳しいマーケットだったのです。
その時はさすがに現場も疑心暗鬼になり、自分も心が折れそうになってきました。
しかしそこで折れずに改革を続けた結果、1年がかりでしたが業績を回復させる事ができました。
この時に学んだのは、どんなにピンチな状況であっても従業員と自分を信じ続け時間をしっかりとかけて実行し続けることがやはり経営において重要だということ。日々の小さな積み重ねこそが大きな結果を生み出すということを身を以て経験しました。
ープレッシャーが大きい海外マネジメントをする中で、蒲原さんの精神を支えていた根源は何ですか?
2つあります。
1つは経営者として事業を担うという覚悟をしていたということ。
言葉にするのは簡単ですが、経営者である以上、どんなに苦しい状況であっても「やるしかない。」としか思いませんでした。他の選択肢はなかったのです。
仕事柄、多くのビジネスパーソンと会うことが多く、よく「蒲原さん自身はこの後はどういったキャリアを歩まれるんですか?」と質問をされましたが、経営を担っている時はキャリアもへったくれもありません。会社をどうしたいか、そしてそのために何ができるのかということ以外考えられないんです。会社と自分が一体化しているというか。
またもう1つは、この苦境を乗り越え、新たな世界を見てみたいという思いが根底にあったことです。
まず、私は今掴んでいるものを手離すことにあまり抵抗はないんですね。
それよりも、自分がまだ知らない世界を知りたい、新しい経験を積みたいという欲求を特に大事にしているんです。
今まで会社を辞めてカナダに行ったり、タイ、シンガポールで代表取締役をして最終的にアジアの統括もさせていただき、「社長をしているなんてすごいね。アジアの統括もしているなんて。」と言われることも多々ありましたが私が欲する事はそこではなくて純粋なる未知への探求です。
以上の2つが経営を担っていた時に私の精神の根源を支えていたものだと思います。
またこういう背景から、アジアの統括をした後に「自分自身で会社を興し、また新たな世界を見てみたい。」と思ったことからAsian Leaders Careerを創業しました。
ASEANで活躍する日本人を心から応援したい!そして健全な危機感を持って行動を
ーこれからアジアで活躍されている日本人のキャリアをサポートされていくわけですが、アジアの中での日本のプレゼンスについてどう思われますか?
やはり実際に私自身、アジアで働いていて残念ながら日本は国際競争力が下がっていると感じます。これは避けられない事実で、これからというか今まさに日本は厳しい国際競争の中にさらされています。
一方はアジアは経済が今まさに発展しておりビジネスの勢いが非常にあるため、アジアには多くのチャンスがあります。
日本では得られない様々なプロジェクトに携われたり、リーダー、マネジメント経験を積むことができます。また経営幹部層に近いところで仕事をすることができます。
このようにアジアにはチャンスはいくらでもあり、掴み取るかどうかは自分次第です。
これからの未来を悲観的に見るのではなく、大切なことはどうすればより良い未来を作っていくことができるかを考え健全な危機感を持って行動を起こすことです。
7月初旬に法政大学大学院にて「雇用の国際比較」についての講演時
ーでは今後、世界で活躍するために必要なスキルとは何ですか?
問題解決スキルを養うことが最も重要です。
リーダーとしてのトランスファーラブル(Transferable)スキル、つまりどんな業界・どんなポジションであっても通用するようなスキルが重要です。
では具体的に問題解決スキルは何かというと
①課題を見つける力
②手を打って問題を解決に導く力
③人を動かす力
に集約されると思います。
このスキルを今のうちから意識して習得していけば、どんな状況であってもより高い付加価値を創りだせるビジネスパーソンに近づくことができます。
ー最後にこれからの日本を担う若者達へのメッセージを宜しくお願い致します。
「キャリアのショートカットを考える必要はない。」ということです。
最近よく若者に「蒲原さん、最初の就職先でどの職種につくのが一番有利ですか?」
という質問をされることがあります。
確かに職種も大切ですが、最も重要なのはまず与えられた仕事が何であってもそれを全うすること。そしてそこから自分なりの付加価値をどれだけ出していけるか、を考えることです。
今までの経験を振り返るとどんな仕事であっても無駄な仕事はなく全ての経験が今に繋がってきていると強く感じます。若い頃は地味な作業をしていて「こんな仕事をしていてキャリアに繋がるのか?」と思うこともありますが、後に全て繋がってきます。
一見何の関係のない経験が繋がる瞬間が必ず来ます。だからこそ若い頃はどんな仕事でも貪欲に取り組み多くの失敗を経験して将来の糧としてください。
編集後記
「キャリアのショートカットを考える必要がない。」
今の僕にとても響く言葉でした。インターンをしていて感じるのは仕事は泥臭く地味なものであるということ。ただそこに無駄なものはなく全ての仕事が重要だと日々感じます。言うは易し、なのでしっかりと地に足をつけて今後も邁進していきます。
また、現在JAC Recruitment ThailandではBusiness Development正社員の採用活動中です!
是非タイで日系企業進出のサポートを人材紹介という形で携わりたい方はご連絡ください。