「最高の企業文化でつながったアジアンコングロマリットを作る」ーソルテックベトナム代表 薛悠司氏

 

ホーチミンから一時間ほど離れた所に、ソルテックベトナムの工場がある。150人以上の社員とデカい工場、そして社員のために作ったというフットサルコートを眺めていると薛(ソル)社長が車でやってきた。

「10年後を見越した組織作りに力を入れている」と薛社長は語る。プラント設備の製作を手がけるソルテックベトナムの他にも、グループ会社であるオフショア開発事業の「エボラブルアジア」、工業団地への進出支援•建設コンサル•カーリース事業を行う「ソルテックトレーディング」の役員も務める。設立たった2年半でグループ合計社員数330人の規模へと成長させた。2015年にはグループ全体で2000人規模になっているだろう、と薛社長は述べる。

年内にホールディングスをシンガポールに設立予定。フィリピンにも新規事業設立予定。ものすごいスピード感でアジアンコングロマリットを築いていく背景には、どんな戦略があるのだろうか。本気でグローバルな環境で活躍したい方々、未来へ繋がる扉はここにあるかもしれない。

 

〈プロフィール|薛悠司氏〉
慶應義塾大学在学中に有限会社VALCOM(現株式会社エボラブルアジア)の立ち上げに参加。2005年株式会社リクルートに入社。
2011年、Soltec Vietnam Company社を立ち上げ、代表取締役に就任。2012年ITオフショア開発事業のEVOLABLE ASIA CO.,LTD(ベトナム法人)を創業し、代表取締役に就任。2015年3月に同法人を500名体制に拡大させ、東南アジア最大の日系オフショア開発企業に成長させる。2014年に東南アジア展開を促進させるため統括法人としてSOLTEC INVESTMENTS PTE.LTD. (シンガポール法人)を設立し同社代表取締役に就任。
2014年 AERA誌の選ぶ「アジアで活躍する日本人100人」に選出される。

 

*採用情報はコチラ
ソルテックベトナム採用情報
エボラブルアジア採用情報

 

ーソルテックベトナムの代表になるまで、どんなことをしてきたのですか?

在学中に旅キャピタルの前身にあたるVALCOMという会社を吉村氏(現旅キャピタル代表)と共に立ち上げた。当時は、阪神タイガース優勝の年で、阪神タイガースの缶コーヒーをラッピングできるライセンスを買って、1ヶ月で3万本ぐらい売ってた。バイトはあまり好きじゃなくて、当時から自分の力で稼ぐのが好きだったね。

ベンチャー企業だから自分で何でもやらなきゃいけなくて忙しかったけど、「大きい会社ってどんな感じだろう」と興味を持って、就職することにした。ベンチャーとかコンサルとか受けたけど、一番実践的にキャリアを積めそうなリクルートに就職したね。就活の時は相当尖ってたから、「俺が会社選ぶのが就職でしょ?」って思ってたよ(笑)

自分で将来会社やるのは決めていたから、リクルートは3年で卒業するつもりで就職した。配属された部署が、住宅を扱う媒体を運営してる所で、当時はリーマンショック直前で市場環境が悪い上に、媒体も相当弱っていた時期だった。それでも、部署全体の7〜8%を一人で売っていて、年間MVPを貰ったりした。でも同時に、営業マンとして「もっと極めたい」という意欲も失ってしまった。その後に、メンバーをマネジメントする立場に着いて、結局6年弱もリクルートで働いていたね。すごく充実感があった仕事だったよ。

sol_1

 

ーリクルート時代から相当な結果を叩き出してたんですね。それで、なぜベトナムで社長をやることになったのですか?

実は父親はソルテックの親会社であるソルテック工業の創業者で、親父から「ベトナム立ち上げをやらないか?」と必死に誘われてたんだけど、最初は全然興味がなくて断ってた。でも、「まぁ一度ぐらいは…」と思って、2010年のゴールデンウィークにホーチミンに視察に行って、3つのことを感じた。

まず1つ目に、熱気がスゴイなってこと。昼は親父のビジネス同行をしてたんだけど、夜は地元のクラブとか飲み屋とか遊び行ってたんだよね。平日にもかかわらず人が結構いて、「このエネルギー凄いな」って印象を持った。

2つ目に、親父が海外展開しようとしていたのに、社員が誰も付いてきてない状況を見てたこと。うちは中小企業だし、プラント設備の製作ってカッコイイ業種でもないから、グローバルから縁遠い会社だった。もちろん英語話せる人なんていない。そんな状況を見ていて、親父のこと手伝ってもいいかな、と思った。

3つ目に、ベトナム人元研修生にある日言われた「私はすごく頑張っているのに、お金持ちにはなれない」という言葉に触発されたこと。研修生制度って、新興国から3年間研修生が日本に来て、OJTで技術を教えていくんだよね。でも残念なことに、帰国したら全く違う職種に就いてることが多くて、彼もそうだった。労働者に搾取されてる構造を変えたいと思ったと同時に、彼らの能力を活かしてキャリアを築いていける事業を作れたら社会的意義があると強く思った。

ベトナムにふらっと行ったらそんなことを感じて、ゴールデンウィーク直後に上司にベトナムで思ったことを話して、「辞めたい」と伝えた。そりゃ「どうしたんだ!?」って当然驚かれるよね(笑)
その後しばらく経ってから、2011年の1月にホーチミンに赴任して、6月に工場がやっと完成したけど、3ヶ月ぐらい受注が入らなくてコストしか出ないキツイ状況が続いた。

9月にやっと受注が入って、実績が徐々に増えていった。今では業界の中でも知名度が出てきて、その流れを加速するため内部体制を整えている最中。元々4,500平米の工場だったけど、2年目には追加の投資決定をして、倍増の9,000平米の工場を作っている。親会社がオーナー企業で動きが早いから、行けると思った時に一気にアクセルを踏む。

競合になるのはグローバルカンパニーが多くて、相手は時価総額で言ったらそれこそ100倍とか1,000倍とかのデカい会社。でも、ベトナムという局地戦において絶対に負けない自信があるね。ソルテックは大部分を自前で製作するんだけど、競合他社はローカル会社に外注して、管理者だけを送って管理して納めるモデル。それだと、品質管理に限界がある。今は、お客さんに実績ある製作現場を見て、納得してもらって徐々に仕事が積み上がっている状態だね。

 

ーそこまでの組織力を作るのに大変苦労されたと思うんですけど、最初の利益が出なかった3ヶ月間何してたんですか?

うちが強みにしている部分の一つに、人材育成がある。最初ベトナムに来て社員を見て「高校生のアルバイトみたいだな」という感想を持った。何時間働いたらいくらもらえるっていう時給感覚で来てるから、仕事に対して責任感が全然ない。そりゃ、手抜いた方が楽に給料発生するから良いよね。

ベトナムではそもそも経営者がロイヤリティの形成を意識してる所なんてほとんど無くて、マネジメントが機能していない。経営者からすると、労働資本から労働力を取ってきて、従業員からしたら、とりあえず仕事行けば給料もらえる感覚。給料不払いも度々あって、信頼関係っていう概念が全くない。

そもそもなんで仕事するの?っていう就業意識改善とか、朝礼したり、ラジオ体操やったり、清掃したり、と地道な取り組みから取り組んだ。あと、ベトナムの会社では珍しいんだけど、社内報を出してる。背景にあるのは、とにかく会社のことよく知ってほしいという気持ちで、経営の透明化を徹底している。

3ヶ月に一回キックオフもやって、経営状態を末端の社員にまで伝えてる。要は「ちょろまかさないで、オープンにやりまっせ」という姿勢を見せている。利益が上がったら、社員にも還元するけど、その代わりキツイ時は、社員にもちょっとずつ我慢してもらう。だから、みんなで勝とうぜっていうシンプルな話。

sol_2

 

海外進出する際のアドバイスとして良く言われるのが、「離職率が高いことを前提とした組織運営をしなさい」とか「技術教えたら辞めてどっか行くから高度な技術は教えるべきじゃない」ってこと。でも、これって経営の本質課題から遠のいてるよね?なんで離職率が変数じゃなくて、固定になってるの?と、疑問を感じていた。

結局、離職率は変数だって証明できた。うちは離職率が10%を切っている。究極ゼロだって目指すことができると思うし、実はそこが一番の競争力だと考えている。会社に対してロイヤリティを持つ社員が1,000人とか2,000人とかいたら、そりゃ絶対に負けないよね。

 

ー日本のマネジメントの視点から見ると、基本的な考え方かもしれません。でも、海外に生産拠点を移す企業って安い労働力を使うのが前提じゃないですか。それで、全てが”上から目線”になってしまうのが工場経営の普通なのかなって思うんですよ。そういう“組織力を最優先にする”って、リクルート時代に学んだことなんですか?

それもあるだろうね。リクルートみたいに全員がモチベーション高く働いている環境を実際に目の当たりにしてるから、組織の理想のイメージが浮かぶ。多少そのイメージを業界ごとにカスタマイズする必要はあるけどね。

今はグループ全体で330人ぐらいだけど、2015年にはグループ全体で2,000人ぐらいになるんじゃないかな。基本的な戦略としては、中核人材を育てて、それぞれが一つの機能を持った組織を動かす。

 

ー中核人材の育成は多くの日系企業が課題にしてることだと思うんですけど、具体的な取り組みっていうのはありますか?

正直、「育てる」ってことは日本でも難しい課題だね。マネジメント側の人間がどう育つの?っていうと、俺は端的に「役職が人を作る」と思っている。周りの人間がサポートしてやるぐらいしか本当はないんじゃないかと思う。だから、よくあるリーダーシップ研修とか受けたからって言ってマネジメントができるようになるとは到底思えないんだよね。

 

ー経験が人を作りますもんね。どれだけ失敗して乗り越えてきたかとか、責任に対してどれだけ力を発揮したかとか。

それしかないと現時点では思ってる。それこそ、人種に垣根を設けないのが大事で、例えば、すごくラッキーだと思う事例をあげると、ソルテックベトナムの最年少マネージャーが26歳のインド人で、すごく優秀な人材。彼を採用できたことは本当に幸運だったと思う。

さっき言った全員がモチベーション高い状態で真っ直ぐ向かっていく組織を目指すには、基本的に全世界一元評価しかないと思う。
例えば、日系の会社で上から3人が日本人で、彼らの給料とローカル社員の給料の差が10倍以上違ったら、「おかしくない?」ってなるよね。

ちなみにうち、日本人の新卒って1,000ドルなのね。別にケチってるわけじゃなくて、能力を正当に評価するとそれ以上出せない。その能力も最大限フェアに評価している。日系企業を相手にしているビジネスだから、日本語ネイティブなのは対外的にものすごいアドバンテージ。一方で、ベトナム人の新卒は250ドルとか。それでも、4倍とか払っている。1,000ドルという給料はベトナム人ならマネージャークラスだよ。

「その給料じゃ人採れないでしょ」って言われるけど、決してそんなことなくて、キャリアステップを明確に示せば相手も理解する。今は1,000ドルだとする。でも、3年後ぐらいには日本で働いている同期と同じぐらいの給料にしようよ、と。新興国でそれを実現するには、マネージャーになるしかない。会社の成長スピードを考えたら、若いうちからトップになれる機会を広く提供できると思う。

sol_3

 

ー経験って意味でも、責任って意味でも日本の大企業で働くのと雲泥の差が出ますよね。

俺が進めているのは多角化多拠点を推進するコングロマリット経営だから、幅広い機会を与えることができる。グループ会社の「エボラブルアジア」と「ソルテックトレーディング」でも急激に事業拡大している。マルチに動かすこともできるし、事業会社の社長を任せることだって十分に有り得る。社長を務める事業会社の売上が10億円で、経常利益15%あったら、利益の10%取って1,000万円を収入としてもらっても良いと思ってる。

フラット化している世の中で、日本で新卒で入ったら誰でも20万円もらえる前提は絶対通用しなくなる。先進国が高い賃金でガンガン人雇って、産業的に優位性の無いものを作っても「ただ高い商品できました」ってだけの話。個人レベルでいうと、専門性が高いか、マネジメントスキルがあるか、どちらかしか生き残る道はない。しかも、そのマネジメントの部分でも、グローバルマネジメントは本当に必須。

これからの時代、日本人だけをマネジメントできますっていうのは絶対に通用しない。そんなスキルをOJTで新卒から学べるっていうのは、10年後のキャリアを考えた時にめちゃくちゃ大きなメリットだと思う。

ソルテックには世界一元評価で人種関係なく堂々と競争できる環境がある。世界一元評価って俺は普通のことを言ってると思うんだけど、日本だとこの考え方が変に映る。「なんで海外手当がないの?」とか言われることあるけど、「いや、物価が安い国に来てるからあるわけないじゃん」と経済原理から考えればわかる。結果を出せていない日本人スタッフへの待遇が良すぎる会社が多すぎる。

 

ー今おっしゃったことって日本企業が海外に生産拠点を移していく際に、変えてこれなかった構造だと思うんですよね。それってどうやったら変わりますかね?

その変化を早めるのがうちの社会的価値の一つだと思ってる。結局、うちは10年先の人事制度になってると思う。

みんな小さな既得権益を手放せないんだよ。例えば、赤字の会社なのに、日本で8万円のアパート住んでいたのが海外で会社負担で2,000ドルのアパートに住むって誰が考えてもおかしいことだよね。みんな薄々気づいてる。理で考えたら中長期的には成り立たない。今から10年後に死ぬならいいけど、生きていかなきゃいけないから10年後に標準を合わせた組織を作っていく。

ベトナムで社長をする決断をした3つの理由の一つとして、「真っ当にやった人が真っ当に評価されて幸せになれる」と言ったけど、そんな社会を作っていきたい。このやり方で色んな業界で席巻して勝てば、他の会社が真似して社会が良くなっていく。そのサイクルが回れば、就労環境が良くなる。今あるヒエラルキーみたいな壁も潰れてきて、下からでも頑張れば上がっていける真っ当な社会になる。

 

ー薛社長はいわゆるエリート街道みたいな道を歩んできたと思うんですけど、そういう方って「頑張ったら這い上がれる社会」を普通は追求しないイメージがあります。そこまで追求する理由はどこから来てるんですか?

小学校が下町の公立で良かったと思うんだよね。うちは普通の中小企業だから大した金持ちでもないんだけど、周りには所得が低い家が多くて、それが普通だった。二間のアパートに5人家族とかね。でも、私立の中学に入ったら、医者の息子とかのお金持ちが多かった。だからといって彼らが悪いわけじゃないけど、違和感を覚えていた。そんな小さい範囲でも色んなバリエーションがある。その幅を肌で小さい頃から感じてたのはでかいかな。

そもそも、俺も日本の中で言ったら在日韓国人だからマイノリティっちゃマイノリティだし、「なんか違う」ということが前提に世界が動いている見方は小さな頃からあったかもしれない。捉えようによってはアンラッキーな境遇と言えるかもしれない。

でも、“物は捉え方”で変わる。リクルート時代にある時言われたのは、「ソルってなんでそんなしょっちゅう考えてるの?」て言葉。昔から考えることが普通で、今でも考えながら走っている。悩まざるを得なかったから、逆に考えないことがなかった。そういう意味で言うと、自分はすごくラッキーだったと思う。

sol_4

 

ー製造業って学生(特に文系学生)にとって人気のない業種だと思うのですが、製造業に携わることの魅力ってなんですか?

ソルテックでは1000トンとか1500トンとか大型の構造物を造っている。リアルに大きな物が形になる所を見られるのは面白い。
あとは、経営的な話だけど、ITって意外としんどい所もあって、イノベーションタームがかなり早い。でも、BtoBで売るような産業機械ってイノベーションのタームが早くない。未だに20年前の機械が動いていて、製鉄所なんて50年前の機械を使ってる。

長期の投資をして減価償却の考え方をフルに利用する産業ではあるから安定性はある。最近の若者は「安定を求める」と言われてるけど、今だったら新興国で積極的に展開している産業機械メーカーは割と安定している。でも、そういう見方しないよね。デカくて有名な企業が安定的だって言うけど、むしろリスク高い業界に行こうとしている人が多いんじゃないかな。リスク高い業界が悪いという訳ではなく、安定的な企業と思って、リスクが高い企業に行くという現状が起きているよね。

 

ー最後の質問です。若い人達が海外に出る際に、ハードルが高いと思ってしまう人へのメッセージをお願いします。

今日、チケットを買いに行け!だね。ファーストアクションの早さが大事で、騙されたと思ってチケット買う。買うまでいかなくても、申し込むだけでも良い。それなら金払うまで猶予があるから。そっからインターン先探すとか、それまでどっかでバイトして海外で10万円で生活してみるとか。ファーストアクションを起こせば、何かが起きる。

マジメな話で言うと、幹部候補生インターンを募集している。今うちでインターンしてる人の一人は相当優秀で、彼が入社するならいきなり2,500ドル、3,000ドルは出してもいいと思ってる。即戦力の人材として育ってるから、いつでも即戦力として採用できる。いきなりマネージャーやってもらうかもしれない。

多分、新卒でうちみたいなベンチャーに1,000ドルで入ったら、日本にいる同期にバカにされると思う。でも、それはその同期がおかしいだけで物価指数とか考えると、こっちの生活の方が豊かなはず。こういう環境に身を置くことがどれだけ成長へのドライブになるかって考えたら、そりゃものすごい。うちはそういう考え方だから年齢に対する制限もない。若いうちに世界で戦うための経験を身につけたいなら、是非応募してください!

(インタビュアー•編集 鈴木佑豪 写真 早川遼)

《編集後記》
今後の世界との関わり方を深く考えさせられるインタビューであった。私達の世代が生きていく世界は、まさに世界一元評価の中で競争にさらされていく環境なのだと思う。日本という壁に守られ、ぬくぬく生きていける時代はもうすぐ終わるのかもしれない。でも、物は捉えようで、社会が変わる時はチャンスもたくさんある。グローバル化をピンチと捉えるか、チャンスと捉えるか、世界に目を向けることでまた新たな価値観を身につけられるだろう。

 

《求人募集》ソルテックベトナム関連情報

ソルテックベトナム採用情報

エボラブルアジア採用情報

 

*この2年後のインタビュー記事!

「機会平等が果たされていない社会を変える」ベトナムから新興国に変革を起こす Evolable Asia Co.,Ltd. 代表 薛悠司氏

 

12月18日(月)夜、アセナビ主催イベントやります!12月18日(月)夜、アセナビ主催イベントやります!

ABOUTこの記事をかいた人

アセナビファウンダー。慶應SFC卒。高校時代にはアメリカ、大学2年の時には中国、それぞれ1年間の交換留学を経て、いまの視点はASEANへ。2013年4月から180日間かけてASEAN10カ国を周りながら現地で働く日本人130名に取材。口癖は、「日本と世界を近づける」