「機会平等が果たされない社会を変える。」 様々な選択肢のある日本という国に生まれ、当たり前のように意思決定をし、海外で働くことだって選ぶことのできる私たち。
一方で、決して努力では上がれない壁がある、新興国の構造的問題。そこに課題を感じ、大規模なビジネスを通して社会に変革をもたらすであろう人物がいた。Evolable Asia Co.,Ltd. 代表の薛(ソル)氏である。なぜ今の事業をやっているのか、そしてそれがどんな意味を持ち、どんな社会を創っていきたいのか、薛氏へ取材した。
〈プロフィール|薛悠司氏〉
慶應義塾大学在学中に有限会社VALCOM(現株式会社エボラブルアジア)の立ち上げに参加。2005年株式会社リクルートに入社。
2011年、Soltec Vietnam Company社を立ち上げ、代表取締役に就任。2012年ITオフショア開発事業のEVOLABLE ASIA CO.,LTD(ベトナム法人)を創業し、代表取締役に就任。2015年3月に同法人を500名体制に拡大させ、東南アジア最大の日系オフショア開発企業に成長させる。2014年に東南アジア展開を促進させるため統括法人としてSOLTEC INVESTMENTS PTE.LTD. (シンガポール法人)を設立し同社代表取締役に就任。
2014年 AERA誌の選ぶ「アジアで活躍する日本人100人」に選出される。
現地の背景理解を踏まえて、社員が働きやすい環境を作るためにはやるべきことをやる
−約2年前のインタビューでは、ソルテックベトナムについてお聞きしました。今回は、ソルさんが経営しているエボラブルアジアについてお聞きしたいと思います。エボラブルアジアでは、主にオフショア開発を行っているとのことですが、その事業を行うに至った経緯を教えてください。
先にソルテックベトナムという製造業の会社をやっていて、その経験を通してベトナムにはそれ以外の分野にもチャンスがあるなと感じていた。(参照:「最高の企業文化でつながったアジアンコングロマリットを作る」ーソルテックベトナム代表 薛悠司氏)
そんな時、着目したのがIT分野。
ベトナムはIT産業を伸ばそうとしていて、技術者がどんどん増えてきている。一方で、日本はIT分野での開発を推進していきたいけれど、そのための人材が足りていないというのが現状なんだ。
この両国のニーズに応えられる事業だし、IT分野が伸びてくることはわかっていたから、やってみようと思って始まったのがエボラブルアジアの最初だったね。
ソルテックベトナムは製造業だから、IT系の人材はいなかった。わかる人がいないのに単独で会社を立ちあげるのは厳しいと思ったから、「旅キャピタル」(現株式会社エボラブルアジア)という会社に、開発の一部を一緒にベトナムでやってみないかと提案したんだ。学生時代、起業していた時のパートナーがやっていた会社で、そことソルテックベトナム、薛個人との共同出資で事業を開始するに至ったよ。
半年くらいやっていくうちに、ベトナムの技術は、日本向けプロダクトを作ることにおいても十分通用するレベルにあるということがわかってきた。それからは旅キャピタル以外のプロダクトも引き受けていくことに決め、営業を始めたんだ。
最初はリクルート時代同期が社長を務める「じげん」というウェブサービスを行うベンチャー企業だったり、人材サービスを行う「ギブリー」社、ロジスティクス系のシステム開発をやっている「アリスタソリューション」社と契約をして、オフショア開発事業を本格的に始めたね。
—エボラブルアジアでは「ラボ型オフショア開発」という形態だとお聞きしました。具体的にどんなものでしょうか?
これまでのオフショア開発というと、「クライアント企業から頼まれた1つのプロダクトを作って、納品して、契約終了」という形が主流だった。いわゆる受託開発というもの。
でも我々は、受託開発をしないと決めた。なぜかというと、本気で、中長期的にベトナムで開発をやっていきたい会社とだけ一緒にやりたかったから。一つのプロダクトを作って終わり、というやり方ではうまくいかないと感じていた。
ラボ型オフショア開発では、クライアントからプロジェクトマネージャーをベトナムに駐在か、日本から遠隔化で行うかのいずれかでつけていただいて一緒にやっていくので、細かい改善をしながら試行錯誤を一緒にやっていける。そのプロセスによって、双方にノウハウが蓄積される。
でも、プロダクト制作だけの契約だと、どんなプロセスで作られているのかという実態がクライアントから見えないし、もしうまくいったとしてもクライアントは何でうまくできたのかがわからない。メンバーの変更によってプロダクトのクオリティが変わるかもしれない。
ベトナム人従業員の立場から考えると「日本向けプロダクト開発という機会」が創られているのに、単純な受託開発では仕事量に波が生まれてしまう。それは安定的に仕事を出していくっていうことができないから、会社側も従業員側とってもWin-Winではないよね。
だから、一つのプロダクトだけを作りたい会社とは契約せず、じっくりやっていこうというクライアントに手厚く、安定したサービスを提供することにしたんだ。
—なるほど。ラボ型開発と受託開発の大きな違いはなんですか?
「プロダクトを◯個作る。」ではなく、「このチームで一緒にやっていこう。」という契約で行う点だね。なぜかというと、クライアント企業が開発に関与する理由を作りたいから。
受託開発だと、開発までのプロセスにクライアント企業は入り込まないし、こだわらない。極端な話、いくら残業しても、いくらチーム人数の増減があったとしても、納品さえできれば良いわけ。
一方で我々は、チームビルディングにこだわっている。
クライアントは、弊社の誰と一緒にチームを組みたいかというのを決めることができる。そのためには面接からクライアントに入ってもらうことにしている。だから、開発しようとしているプロダクトについて理解している人に、クライアント企業から来てもらうもしくは遠隔でプロジェクト参加してもらうことを条件としているんだ。
そして、クライアントとベトナム人エンジニアが一緒になって、長くやっていけるチームビルディングをして、開発を進めることができるサービスを提供しているよ。
—同じチームで長くやっていくということは、社員が辞めないことが重要な条件になってくると思います。そのための施策にはどんなものがありますか?
「キックオフ」という、社員の表彰や戦略共有、振り返りをする場を設けている。会社としての価値観を共有することが目的。オフィスがハノイとホーチミンにあるんだけど、3ヶ月に1回はそれぞれのオフィスで、1年に1回は合同でやっているよ。
社員を表彰するときにも、ただ褒め称えるだけじゃなくて、なぜその人が表彰されるのかを深堀し、何を会社は評価しているのかを伝えていく。
我々はラボ型開発の、チームにおける取り組みを大切にしている会社だからこそ、愛着が湧くことにも繋がる。受託型だとプロジェクトごとにチームが解散する場合が多く、できる人は複数のプロジェクトを兼任していることも少なくない。すると、プロジェクトに対しての帰属意識は下がるから、ましてや会社への帰属意識だって保証できていないと思う。
そもそも、新興国でビジネスを展開する先進国の人の多くは、現地の人に対しての尊重が低いと感じる。
—どうしてそう思われるのでしょうか?
新興国っていう理由だけであなどっている人が多いよね。例えば先進国だったら、GoogleとかFacebookみたいにきれいなオフィスで働くこと、福利厚生がしっかりしていることがよく取り沙汰されるけれど、そのへんは新興国では雑に扱われている。でもそれっておかしいよね。
そうじゃなくて、本気で優秀な人たちを集めようとするんだったら、一人一人に対して敬意を払わなきゃいけない。真剣に人事制度や採用を考えるし、真剣に会社の価値観も伝えていく。そこにはコストも時間もかかるし、知恵も必要。だけど、真剣にやっているから、先進国の企業かそれ以上にこだわってやる。
そういうことをきちんとできている会社はあんまりないけど、元々俺はリクルートにいたし、全体での価値観の共有だとか、全体としてのパフォーマンスをあげていくために手間暇をかける。そんなやり方が血となり肉になっている。そのやり方が当たり前になっているから、ベトナムだから、これだけでいいでしょ、といように妥協を見せようとは思わない。
—日本企業から依頼を受けてのオフショア開発ということは、日本語能力も重要になってくるのではないしょうか?
そうだね。日本向けの開発という話でいうと、日本語を話せるIT人材が圧倒的に少ないという問題がある。プログラミングはできるけど、その人に伝えて、ましてや翻訳までできる人はほとんどいない。
これは、普通の教育ではカバーできない範囲だからだよね。例えば、英検一級持っている人がいて、その人はITに関しての英訳をできますかって話。できないよね。つまり専門分野における言葉って日本語学校では学べないところであって、特別な教育をする必要があるよね。
そのために、我々は会社で日本人の日本語教師を5人雇っている。大学とかの教育機関でも、ベトナム人にネイティブの日本人が5人も教えているところってそんなにないのに、それを一企業がやるっていうのはかなり異常なことなんだよ。(笑)
カリキュラムも全部オリジナルにしていて、色々なコースを作っている。特に力を入れているのは、ある程度日本語が話せるベトナム人に対して、専門的な通訳者まで引きあげるための教育を提供している。
—社員を大切にするという点で、力を入れていることはありますか?
人事制度にも力を入れている。元IBMのコンサルタントと共同して、「これができる人材はこういう成果を出せる」というコンピテンシーをしっかり定義している。
そして、人事評価を年に2回やっている。給与額の査定を年に2回やっているというは、ベトナムでは他の企業では珍しい取り組み。普通は年1回だから。
なぜ2回やるのかというと、査定が決まってからもしその給与に不満がある場合、1年間待ち続けるというのは長すぎる。だからその期間を半年にすれば、次の人事評価の時期までが短くなるから、がんばれる。
ベトナムで年に2回もやるのってめちゃくちゃ大変。生活のかかり具合が日本と違うから、査定後の交渉も続いて難しい。だから、すぐに決まるわけじゃなくて、そこでたくさんの意思疎通が行われるんだ。
それは、企業側としてすごく大変なことだけど、社員が働きやすい環境を作るためにはやるべきこと。だからやっている。
オフィスもそう。みんなが誇れるオフィスが必要だと思っている。オフィスがきれいになったって機能性は変わらないかもしれない。けれど、社員が「ここで働いているんだ!」と思える、精神的な象徴になる。
—コミュニケーションの取り方で、日本とベトナムの違いを感じますか?
根本的なコミュニケーションの取り方としてはベトナムも日本も変わらない。
ただ、お互いの文化とその背景は違うから、その理解は必要だと思うよ。
例えば、ベトナムだと日本以上に家族を大切にする文化がある。例えばこんな例があって、従業員の実家から母親が来ることになった。そんなときことの重みが、日本とベトナムだと全く違う。ベトナム人としては、「仕事よりも家族の方が大事だから」という感覚で、有給を取りたいくらい大切なこと。たとえどんなに仕事が忙しいときでも。
日本なら、「忙しいから、今回はあまり構えない。」とか「遅くなるけどご飯だけ行こうか。」ってなるよね。
やはり仕事を休むのはよくないけど、ここで重要なのは休みたいと思う基準が日本とは違うということ。「そんな理由で休むの?」ではなく、きちんと理解した上で、頭ごなしに否定をしないことが大切。
だから、しっかりとしたコミュニケーションをするためには、背景理解をする必要があるんだ。
—背景理解、重要ですよね…。
こっちにきて感じることは、文化的背景を理解できていない人が多いということ。なぜかわからないけれど、新興国の人たちを下に見ている人が多い。国としての経済の発展具合が違うっていうのはあるけど、だからって下に見る理由にはならないよね。
例えばエボラブルで言うと、プログラミングのスキルを見た時に、うちのアベレージの方が日本のアベレージよりも高い。これは、他社の分析結果でもわかっていること。
ベトナム人だからと言って、下に見ることはおかしいよ。
機会平等が果たされない社会を変えたい。その真意とは?
—ソルさんが目指していることって何ですか?
新興国が、構造的に抱えている問題がある。一国の中で、経済的な格差もあるけど、機会の格差があることが確か。生まれた瞬間にほぼゴールが決まっていて、ものすごく努力をしても、決して上がれない壁がある。
つまり、そもそもの機会平等が果たされていない。これが、新興国の抱える一番の問題だと思っている。
だから、まずは自社の中でそれを解決できるようにする。それは、なにもベトナム人の中だけではなく、インド人や日本人など、人種や性別に関係なくやる。そこにはすごくこだわっているよ。
だから、よく外資系企業でありがちな、現地の人はこのポスト以上は上がれない、という上限はない。現実に、弊社の3名いる役員の一人はベトナム人の女性。日本人の就業に出向も現地採用も無い。機会の格差、収入格差も起きないような人事制度にしている。
何をやるかより、何を生み出せるか。この後者の”何”というのは、プロダクトという意味ではなく、どんな社会変革を生み出せるか。そこを一番考えている。
フェアな人事設計で、機会平等を果たせる組織構造を構築しながら、急成長しながら儲かることができたなら、このモデルを真似する企業が増えるはず。真似する理由は、理念とかそういうところよりも、経済的合理性という点。このやり方をすればこれだけ社員のパフォーマンスが上がって、結果として儲かる。このやり方で経営する企業が増えればいいなと思っている。
他の企業への影響を考えた時に、経済合理性という原理は何よりも強い動機になると思っている。だから、このやり方で経営する企業が増えることを望んでいるよ。
—それはベトナム国内で考えられていることなんでしょうか?
新興国全体で社会変革を起こしたい。その意味は、機会平等が果たされていない社会を変えたいんだということ。
がんばって必死で努力しているのに貧困から抜け出せない人たち。そういう人たちが、頑張ったら頑張った分だけ評価される、そんな社会にしていきたい。
あるプロダクトで世界を変えたいという人はたくさんいる。けどそれよりも、この営利活動自体で成功できていることに意味があると思っている。どのくらい大きな組織で、どのくらい儲かっていて、そしてどのくらい働いている人が幸せなのか。
そうやって機会平等が果たされる社会にしていくことを何よりも大事にしているし、どの事業をやるにも根底にある想いだね。
ベトナムに来て5年。そして、これから
—2年前、前編集長がインタビューした時から変わったことはどんなことでしょう?
根底にある意思や方針は全く変わっていない。それを基盤にして、事業の売上も伸びている。
変わったところで言えば、人材の層が厚くなったことかな。とくに幹部級の人材については、積極的に採用をしてきたよ。ベトナム人の役員もいて、そこには人種とか性別にかかわらず、能力があれば上がっていける。
うちみたいなベンチャーだと、もはや学生かどうかも気にしていない。能力があって、プロとして向き合ってくれるなら、大歓迎。
もし、新卒からマネージャーとしてやっていきたいっていう学生がいたとしても、それまでにそれなりのパフォーマンスを見せる意欲と能力があるのなら構わない。例えば、1年間インターンに来て周囲が納得できるパフォーマンスをだすとかね。
—これからの展開として考えていることを伺ってもいいですか?
ベトナムに来て、5年経ったんだけど、この4年は種まきして、1回収穫したという感じだった。そこで今年は、第二期の種まき。それは第一期よりも大規模にやろうと考えていて、新規事業をどんどんやっていく。
具体的なことまでは企業秘密上今の段階で全ては言えないけど、ベトナム人のためのプロダクトをやる。どんどん新しいことをやっていくから、まだ責任者すら決まっていないところもあったりするんだ。
すでに、ティザーサイトが出来ているもので言えば”Fest”というサービス。ベトナム人にとって敷居の高いレストランを割安な価格でウェブ予約ができるサービスを年内に発表しようとしている。
こんな風に、次々とベトナム向けのサービスをローンチしようと思っているよ。
—さいごに、「ソルさんと一緒にチャレンジしたい、社会に変革を起こしたい!」と思っている若者や学生に対して、メッセージをお願いします!
エボラブルは今、すごく面白いタイミング。なぜかって言うと、事業的制約が無いから、面白い企画をもってきてくれたら、やるよ。実現したい何かがあるのなら、それを可能にする土壌はあるし、やらない理由は無い。新卒やそれより若い人にもかなり期待しているし、そういう人を育てていきたいと思っている。
もちろん、「やります」と「やれる」は違う。
でもそれは今の時点ではわからないことだから、とにかくチャレンジしてみたらどうだろう?
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