世界中に笑顔を! トランポリンを担いでアジアを旅した 石原舞氏

 
「世界中の人々を笑顔にしたい!」そんな思いでアジア13カ国を周った女性がいる。そのお供は、なんとトランポリン。FLY HIGHの石原舞さんは、アジアの貧しい地域を周って子どもたちと一緒にトランポリンで遊び、笑顔を生み出す。「トランポリンを跳んでいるときの子どもの笑顔って最高に素敵なんです。そしてそれを見ている周りの人々も本当に幸せそうなんです。」キラキラした目で嬉しそうに語る石原さんに、取材した。

《プロフィール|石原舞氏》
幼少期をパキスタンで過ごす。明星大学教育学部に入学し小学校教員を目指すが、勉強以外のことを教えたいという理由で器械体操のインストラクターに。トランポリンで生まれる子どもの笑顔に自身が救われた経験からトランポリンで世界中の笑顔を繋げたいと決意。チームFLY HIGHを結成し2014年夏、40kgのトランポリンを担ぎ、仲間とともにアジア13カ国を周る。

 

子どもの笑顔の力 -1滴の水滴のように広がる笑顔


—そもそもどうしてこのような活動をしようと思ったのですか?


私の中には3つのキーワードがあったんです。それは「海外」「子ども」「トランポリン」。あまり記憶はないのですが幼少期をパキスタンで過ごしていたこともあり、海外は身近に感じていました。大学時代には大学初の国際交流団体を立ち上げてフィリピンの孤児院にボランティアに行ったりしていました。 

子どもも昔から好きで、小さい頃から先生になりたいと思っていましたが、教員免許を取ったあとに勉強を教えるのが苦手なことに気づきました(笑)。大学卒業を目前にして、就職せずに好きなことをしていきたいと思っていたのですが、奨学金返済のために就職を決意しました。そして大学から紹介されたのがトランポリンのインストラクターの仕事です。それまでは全くトランポリンなどやったことはありませんでした。

その知らせを受けたのは面接の前日で、スーツも持っていなかったんです(笑)。でも、もともと新体操をやっていたり、子どもが好きだったり、何よりも「この会社、きっと私のこと好きになってくれるだろうな」って直感で思えたんです。その後順調に採用が決まり、トランポリンのインストラクターになりました。

インストラクターとして子どもたちに授業をしているときはとても楽しかったのですが、一方で授業以外の事務的な仕事が私には合わなかったんです。しんどくて、泣きながら電車に乗る日もありました。

そんなとき、私を救ってくれたのがトランポリンを教えていた子どもたちでした。子どもたちの元気なエネルギーや笑顔を見ると、悲しいことや辛いことは忘れられましたし、元気になっていました。しかも、子どもたちの笑顔に癒されていたのは、私だけじゃなかったんです。その子のお父さん、お母さんたちも、授業が終わるとなんとなく幸せそうな雰囲気で帰っていくことに気がつきました。水滴のように、落ちたら広がる。子どもが笑えば、周りの人が笑顔になる。そうやって世界が幸せになっていく。これが正解かどうかわからないけれど、私は子どもたちの笑顔に救われました。だから、やってみようって思えたんです。

 

笑顔の種を空に飛ばす


−初めてこの活動をされたのは福島なんですよね。


そうなんです。私がインストラクターになって間もない頃、東日本大震災が起こりました。周りのみんなが、ボランティアに行ったり色々な支援活動をやっているなかで、私は研修の日々で街角にある募金箱にお金を入れることすらできませんでした。

そんなあるとき、Twitterでバングラデシュに関するツイートが流れてきたんです。「バングラデシュの、1日200円しかもらえないような貧しい人が、東日本大震災の被災者のために村で100円を集めた」って。それを見て本当に感動し、私も何かできることをやりたいって思いました。

そこで思いついたのは、やっぱりトランポリンでしたね。そこで福島の学校に「トランポリン持って行ってもいいですか?」って言って電話をかけまくりました。もう震災から2年以上経っていたのでほとんどの学校に断られましたが、ある1校だけOKがでてトランポリンを持って訪れてきました。福島の子どもたちは、本当にいい笑顔で可愛らしかったです。私が福島に出向くきっかけとなってくれたバングラデシュに恩返しがしたい、と思い世界に目が向き始めたんですよね。

 

—そこからチームFLY HIGHの活動が本格的に始まるのですね。

はい。この「FLY HIGH」という名前は、カンボジアを周っている最中にある方から「トランポリンで跳びながら、笑顔の種を空に向かって飛ばしているようだね」といってつけていただいたものです。

 

—活動を開始するにあたって苦労したことは何ですか?

トランポリンって40kgくらいあって結構重いんです。どうやって運ぶの?って人に言われたとき初めて仲間が必要だと気付いたのですが、仲間集めには特別苦労はしませんでした。「絶対、私には仲間ができる」という根拠のない自信だけはあったんですよね。どこからくる自信なのかわからないのですが(笑)。ブログでまだ見ぬ仲間に向けて、心を込めて手紙を書くように仲間を募ったところ、本当に集まってきたんです。

 

石原さん 記事チームFLY HIGHの仲間。このほかにも一緒に活動した大切な仲間たちがいる

 

一番苦労したのは資金集めですね。

公園でトランポリンを出して、「あなたの子供を笑顔にします。だから私たちの夢に募金してください。」って言って。これは、集まったお金も少なかったので失敗に終わるのですが、そこで出会った小学生の男の子によって私たちは覚悟を決めることができたんです。その男の子は私たちがやろうとしていることを知って、「お金取ってくる!」と言って全速力で自転車を漕いで家に帰り、10円を握りしめて戻って来ました。私たちは子供からお金をもらうつもりはなかったので「お金なんかいらない。ただ楽しんでくれたらそれでいいんだよ。」って止めたのですが、「いいんだ!」と言って満面の笑みで「絶対夢は叶うからな!」って叫び募金しました。衝撃でしたね。子どもからお金をもらってしまったことへの罪悪感、そしてその10円の重みを感じ、「絶対に途中で投げ出したり、夢を諦めちゃいけない。」とその10円に覚悟を決めました。

ある企業の前に立って、ランダムにいろんな人に話しかけ協賛を得られないかと依頼したこともありました。話しかけた1人の男性が偶然その会社のCSR担当の方で、真剣に話を聞いてくれました。「企画書を持ってきて」と言われたのですが、私たちは「企画書??」という感じだったんです(笑)。そのときスケッチブックとクレヨンしか持っていなかったため、1時間後にクレヨンで描いた企画書という名の紙芝居をその方に見せました。その方は、「君たちの熱い思いに動かされた。」と言って多方面に協力を仰いでくれたんです!結果としては具体的な支援にはつながりませんでしたが、今でもその方には応援していただいていてとても感謝しています。

最終的に、出版社からの依頼で『古井戸に落ちたロバ』という絵本の感想を世界中から集めてくるということを請け負うことで協賛を得られたんです。私はトランポリンとこの絵本を持ってアジアを周りました。ちなみにこの絵本は、「とても嬉しい気持ちになった」、「読んで悲しくなった」などと読んだ人によって感想が両極端にわかれる、とても素敵な絵本です。

資金集めを通して様々な素敵な出会いがあり、時間はかかりましたが今後の活動に活きる経験ができましたね。

 

1ミリも笑うことがなかったマリー


—そしてトランポリンを担いでアジア13カ国を周る約2ヶ月間の旅が始まります。一番心に残っているエピソードは何ですか?

タイのチェンライの山奥に少数民族が集められた村があります。そこはカレン族(俗称:首長族)と呼ばれる人々が住んでおり、「人間動物園」と言われることもあります。村に入るにはお金を払わなくてはいけません。村民は年に一度病院に診察してもらうときだけ村から出ることが許されており、それ以外は毎日観光客に写真を撮られる日々だそうです。

その村の子どもたちは頑なに心を閉ざした子が多く、特に11歳のマリーは1ミリも笑うことすらなかったのです。子どもなのに、全く表情がない。その子を見て私は心が止まりそうになりました。しかしドライバーの都合でそのときはトランポリンを出すことができず、その日は断念しました。交通費もかなりかかるし入村料もかかるので、もう一度行こうかかなり悩みました。しかしどうしてもあの子を笑わせたい、そう思ったのです。

そしてもう一度その村を訪れ、まずはカレン族の言葉で挨拶をし、「一緒に遊ぼう」とタイ語で書いた紙を見せました。次にトランポリンを紹介し、平らな場所まで一緒に運び、一緒に組み立てます。少しずつ、警戒心をなくせるように、できるだけ彼らの心に近づけるように、ゆっくりゆっくり始めました。マリーは遠くからこちらを見ているだけで、乗ろうとしてなかったんですね。でも他の子達が徐々に跳び始めると、彼女も少し興味を持ち始めて、しばらくしてついに乗ったんです!はじめは怖かったのか、恐る恐るでしたが、少しづつ慣れてきた頃、彼女の気持ちに変化が現れたようで、とっても楽しそうに跳んでくれました。

マリー 石原さん


1ミリも笑うことがなかった彼女の笑顔には感激して思わず涙が出てしまいました。全く笑わず、心を閉ざしていた子どもたちが笑ったことが本当に嬉しかったんです。でも実は私たちよりももっと喜んでいる人がいました。それはマリーのお母さんと、子供たちにタイ語を教えている先生でした。彼らは泣きながら私に「この子がこんなに笑った姿を初めて見た!」と言ってくれて、この子のためにここまで来てよかったなと思いましたね。

別れの時に、’We are not tourists. We are friends.’と伝えると、嬉しそうに小さな声で、何か初めて聞いた言葉のように ’friends…’と繰り返してくれました。たくさんの村を訪れましたが、この村での出来事はとても印象的で心に訴えかけられるものがありましたね。

 

—辛いこともあったとお聞きしました。


はい。カンボジアのベンメリアという遺跡でストリートチルドレンの子どもたちとトランポリンを楽しんだ後、子どもたちにペットボトルの水をちょうだいと言われました。しかし、1人にあげるとキリがないのであげられませんでした。「ごめんね、あげられないんだ。」と言うと、「じゃあ、ゴミ(水を飲んだ後のペットボトル)ちょうだい」と言われました。子どもに「ゴミをくれ」といわれた事実に衝撃を受けました。そこには観光客が出すゴミを換金して生活する子どもたちもいて、その子どもたちにとってはゴミも宝なのです。

知識ではこういう現状があることを知っていましたが、そんな現実を前に、何もできない自分の弱さを痛いほど感じとても辛かったです。世界を笑顔にしたいと言いながら。自分たちの弱さにぶつかっては、私たちは悔しくて泣いていましたね。

それから色々と考え悩み抜いたのですが、今の自分たちの力では全ての貧困を救うことはできないことを認めました。だから、一緒に生きているというその一瞬、彼らをいっぱいの愛情で満たしたい、笑顔にしたい、お金じゃないもので彼らを幸せにしたいと思うようになったんです。それしかできないけど、それだけはやりたいと思いました。よく一瞬だけでは意味がないと言われます。それもその通りだと思います。でも、私たちは過去を生きることも未来を生きることもできません。「今」しか一緒に生きることができないんです。ならば、今という時間を一緒に楽しみたい、そう思うんです。

 

心で感じたことを大切に

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ー石原さんの自分の気持ちに真っ直ぐに生きている姿、とても素敵です。

私は自分の心の声に従おうと決めています。よく頭で考えすぎて行動に移せないってことがあると思うんですけど、私の場合、自分の知識なんて実際に経験することには到底及ばないってわかってるんです。直接自分の目でみて体感することほど重要なものはないと思っています。だから頭で考えることをやめて、心で感じることを大切にしています。資金集めでは企画書を作って企業にアポをとって話を聞いてもらう、という流れが普通らしいのですが私の場合、真っ先に会いにいき、企画書はその後だと思いましたからね。私は普通の道をブルトーザーでビルを壊しながら進むというスタンスです笑。

また、世の中のルールや決まり、仕組みなどは一見無機質なものですが、さかのぼると全て自分と同じ「人」が作っていますよね。その仕組みが自分にとって障壁となったとしても、結局は自分と同じ血の通った「人」が作っているのだから、想いを伝えればわかってくれるかもしれない!と思っています。例えば渡航前、航空会社の人に会社の規約上トランポリンは飛行機で運べないと言われて焦ったのですが、航空会社のお姉さんに「飛行機って結構大きいんですよ!だからトランポリンが運べないわけがないんです。もしお姉さんが頑張ってくれたら、私の夢が叶います!お願いします!!」と懇願したところ、上司に協力を仰いでくれて無事トランポリンとともに渡航することができました。全てのルールや決まりは「人」が作っているということは意外と気づかないことかもしれません。

 

トランポリンで世界の悲しみを越える

—そこまで石原さんを突き動かす原動力って何なのでしょうか。


子どもの笑顔と私の夢ですね。私も子どもの笑顔に救われたし、子どもの笑顔は周りを笑顔にする力がある。アジアを周っていたときの夢は「いろんな国で、人々を笑顔にしたい」というただそれだけでした。そこにいろんな人々が付いてきてくれたからその夢は叶いました。

 石原さん 3

 

—今の夢は何ですか?


今はまた新しい夢があります。このあいだ、世界の貧しい人々にトランポリンを使った情操教育を届けたいという内容でビジネスコンテストに出場させていただいたのですが、それはその大きな夢へのワンステップにしか過ぎません。

その夢は、トランポリンで、世界の悲しみを笑顔に変えていくことです。私はこれからもトランポリンを担いで世界を周る予定ですが、きっといつか紛争地域にも足を踏み入れると思うんです。そこで少年兵に「銃置いて、トランポリン跳ばない?」と言います。きっと彼は、人を殺すことよりも笑うことのほうが楽しいと気付いてくれると思います。そして私は、その子から銃をもらって、トランポリン工場に行き、銃を溶かしトランポリンに変えてもらいます。銃が生まれ変わってできたトランポリンを担いでまた旅に出るんです。世界の武器はどんどんトランポリンに変わります。武器工場の人も「人を殺す物を作って商売することよりも、人を笑顔にする物を作って商売する方が楽しい!」ってきっと気がついてくれると思います。そうして武器工場もどんどんトランポリン工場に変わっていきます。それを繰り返していつか笑顔いっぱいの平和な世界を作りたいんです。そして、ノーベルワクワク賞を地球のみんなでもらうのが私の夢です。5月末にはカンボジアに移住予定です。夢のためにみんなで1歩1歩進んでいけたらと思っています。

石原さん 4

 

ーありがとうございました。


小さな身体とは裏腹に、大きな愛と勇気溢れる石原さん。そして何よりも大きな夢を語る彼女の姿は本当に輝いていました。そんな彼女によるトランポリン体験会と出発式が2015年5月17日に行われ、参加費は全て彼女が世界中を笑顔にする活動費にあてられます。トランポリンで世界を笑顔にするプロジェクト、応援してみませんか?

興味のある方は以下のリンクをご参照ください。
https://www.facebook.com/events/1623979764513589/

 

 




ABOUTこの記事をかいた人

新多可奈子

東京大学文学部3年。初めての海外経験がマレーシアだったことから東南アジアに興味を持つ。シンガポールに半年間の滞在経験あり。観光地や有名どころに行くのも良いが、現地の人々と触れ合うのが好き。モットーは「心の声に耳を傾ける」。皆さんがワクワクするような記事を提供できたらと思ってます。