2016.1.29
コンサルティング会社は、欧米系が主力。しかし、タイで、アジア発のコンサルティングファームを起こした人がいる。”Asian”らしさを誇りに、魅力に、人に寄り添う組織人事コンサルティングサービスだ。起業当時35歳、家族4人を支える2児のパパ。リスクを取りにくいと語る年齢ながら、ASEANへ飛び出した中村勝裕氏にインタビュー!
《プロフィール|中村勝裕氏》
上智大学卒業後、2001年ネスレ日本株式会社に入社。2005年株式会社リンクアンドモチベーションに転職し、人材育成、組織変革のプロジェクトを担当。 2010年、株式会社グロービスに転職し、シンガポールへ赴任。東南アジアでの人材開発プロジェクトを手掛ける。2015年、東南アジア発の組織人事コンサルティング会社として、Asian Identity を設立し、同社代表に就任。
組織づくりのカギは、アジアの魅力の活かし方
― ”組織人事コンサルティングサービス” というサービス内容について、詳しく聞かせてください。
”人材”系のサービスというと、人材紹介を思い浮かべる方が多いでしょうが、私たちが行なっているのは、採用した後のサポートです。
採用後、大事になると思っている領域が3つ。「育成」「評価」「エンゲージメント」です。
「育成」が一番わかりやすい。いわゆるスタッフのトレーニングのようなことですね。日系企業・タイの企業どちらもサポートしています。これまでの日系企業の中には、タイ人の社員の育成に手が回らなかったところもありましたが、今は状況が全然違います。国籍関係なく、タイ人もしっかり育成し、幹部に引き上げていきたい。どう育成するか、というのが会社の大きな課題のひとつなんです。
「評価」もまた大事。タイのジョブホッピング(技能や賃金の向上を求めて転職を繰り返すこと)は、タイの文化だから仕方ないという面もあります。でも、頑張れば評価されて、ステップが上がっていくというキャリアアップの仕組みが会社にあるかどうかによって、社員が長く会社にい続けるモチベーションは変わってくると思うんですよね。その仕組みを社内に用意できてないケースが意外と少なくない。きちっと社員が評価されてステップアップを実感できる、そういう雰囲気を作っていく。それが評価ですね。
「エンゲージメント」とはひとことで言うと、会社のことを好きになり、モチベーション高く働いてもらうための風土づくりです。例えば、会社のビジョンがタイ人スタッフにもわかりやすく伝わっているか、などでわかるものです。チームの風通しの良さもひとつ。組織に活気が出るような取組みをエンゲージメントと呼んでいます。
― 具体的には、どのようなことを行なっているのでしょうか?
トップに立つマネージャー層のマネジメントのサポートも行ないますし、マネージャーだけでなくスタッフみんなを含めたワークショップも行います。
例えば、「会社のビジョンが社員に伝わっていない」ということが社内の課題だということがわかれば、全員でのワークショップを行なったり、という感じですね。
― なるほど。引き続き会社について聞かせてください。社名の”Asian Identity” にはどんな意味がこもっているのでしょう?
Identity という言葉には、”自分らしさ” という訳をあてています。やっぱり、人間って自分らしく生きたほうがいいと思うんです。自分が好きなことをやる、得意なことを活かす、とか、そういうときに一番イイ仕事が出来る。これは万国共通かな、と。上司であれば部下にそういうサポートをするべきで、会社であれば、一人ひとりの人材がそういう形で能力を発揮してもらえるような環境づくりをしなければいけない。これを実現したいですね。
では、なぜそれをタイでやっているか。東南アジアの人たちって、“時間が守れない”とか、ちょっとした弱点のほうに指摘がいきがちかな、と。
でも、ポテンシャルはすごくあるし、強みもたくさんあると思っているんですね。タイであれば、タイの人の強みが発揮できるような組織づくりをしておく必要がありますし、タイに限らず各国に同じことがいえます。それがミックスされて組織ができていますから、それぞれの民族の良さを活かした人事マネジメントができる必要があるんです。
自分が本気でやった感覚を試すため、35歳で一念発起
― 35歳のときに独立され、創った会社だそうですね。起業に至るまでの経緯を教えてください。
大学時代は語学が好きで勉強し、ドイツに留学を経験しました。グローバルな雰囲気に憧れ、新卒で外資系企業であるネスレに入社。
4年勤め、2005年にリンクアンドモチベーションに転職しました。当時、ベンチャー企業が流行り始めていたんです。大企業も自分を成長させてくれる場所であったのは間違いないですが、より勢いがあって成長スピードが早そうなベンチャー企業というものを、一回見てみたいな、と。可能性を感じて、ソワソワしちゃって(笑) ここには6年間勤めました。
“モチベーション上げる”っていう人材系の仕事にもともと興味があって移った職場なので、やりたいことをやってるな、って感じがあり楽しかったですね。次はグロービスに転職し、3年半仕事をしました。リンクアンドモチベーションとも近いですが、企業に対する人材教育などのサービスを行なっていました。
ここで初めて、海外に実際に住んで仕事をするチャンスをいただきました。シンガポールオフィスの立ち上げです。BtoBの、企業研修を行なっていました。シンガポールとタイの2ヶ国を行き来し、東南アジアと僕の接点ができたのは、今の仕事に繋がる大きなきっかけでしたね。
海外で、組織や人事がどうやったらうまくいくかと考えながらサービスを提供するのですが、これってまだ正解がないんですね。“グローバル人材” “グローバル戦略”とかって、色んな人が色んなことを言っている段階。僕自身も、こうやればいいっていうのをつかんでやっていたわけではないというか。自分の中でコツを掴みたい、自分が思ったとおりのやり方で会社を経営してみて上手くいくかまずはやってみたい、と思うようになりました。
自分の経験に基づいて、“こうやったら海外でうまくいきます”と確信を持って言えないと、お客さんの役に立たないし、何より自分自身もどかしい。じゃあ、ここはいっちょ自分でやってみようという思いで起業に踏み切りましたね。
自分が持っているさまざまな仮説を検証したい、やってみないとわからない、という気持ちですね。お客様の悩みに役立つソリューションをもっと提供したいという思いが高まるにつれ、自分なりに本気でやってみて感覚をつかまないといけない、という気持ちになりました。
― それで、起業されたのが35歳。
35歳って、結構ないい歳です(笑) そして、守りに入りがちな歳でもあります。子育て真っ最中な世代で、なかなかリスクがとりづらい。正直、慎重になるんですが、体力もまだあるし、色んな仕事もバリバリやって、一番キャリアに油が乗っている時期なわけですよ。
そこで保守化しちゃうのは、やっぱりもったいないな、と。僕自身も30代の一員として思っていたんです。ブレーキ踏んで日本に帰るよりは、ちょっとやってみて、意外と30代子持ち起業、全然ありだよ、なんて言えたら良いなと思って。少なくとも自分が守りに入ることはやめようと決めました。やってみて何が見えるか、やってみたかったんですよね。
― 前職でシンガポールとタイを行き来していらっしゃったようですが、タイで起業をする決め手となったものはありますか?
一つは、人材を扱ううえで、タイ人のポテンシャルを感じたこと。勉強の点数うんぬんでなく、人間がもつそもそものエネルギー、明るさ、人生を楽しむことに対するポジティブさがすごくあります。こういうのって才能なんですよ。ロジカルシンキングとかそういうスキルは育成できますが、そういう才能は生まれ持ったものですからね。
例えば、パーティーひとつ開催させたら、タイ人は歌やダンスで楽しく場を作れるんです。人を楽しませる、幸せにする、というエンターテインメントの力はビジネスにも活きる大事な要素のひとつです。この要素をうまく、アイデンティティとして引き出せれば、すごく魅力的な人が向こう10年20年、タイから出てくるんじゃないか、と可能性を感じたんですよね。
もう一つは、コストパフォーマンス。やはり起業するうえでは、コストを抑えたうえで始めないといけませんが、その面ではタイはやりやすいです。もっと抑えることができる国もありますが、バンコクは大都市の割には、コスパが良いですね。
(タイでのミーティングのようす。スタッフ、パートナーの方々。)
アジアがひとつになる世の中だからこそ、自分を見失わずに”決める”こと
― 転職してキャリアアップ、そして独立してから1年ですね。これからのビジョンを聞かせてください。
東南アジアの組織人事コンサルティングという領域で、存在感を放っていきたいですね。会社の名前にも込めていますが、アジアの人たちが“Identity”、自分らしさを発揮しながら仕事をしている、理想的な会社に自分たちの会社もしていきたいですし、それを実現できる会社をひとつでも増やしていきたいですね。
加えて、これから先、アジアの域内で人の移動が増えます。○○人・●●人みたいな国籍の意識がだんだん薄まって、アジアってひとつだよね、という認識が高まってくる時代が来るといいなって思っているんですよね。自分の会社がそういうメッセージを出していくことで、50年後くらいでもいいから、その認識が当たり前な世の中が来ると素敵だな、と。
こう思えたきっかけは、シンガポールにいたときの経験です。ある企業から、日本人とシンガポール人がどうやったらうまく一緒に働けるか、という相談をいただきました。社内のシンガポール人に、「日本人・シンガポール人と言うのをもうやめよう。同じAsianじゃないか。Asian Citizenだ。」と言われてしまって。あくまで認識の持ち方の話ですが、そのほうがチームがひとつになりやすいし、色んなことがポジティブに向かうと感じましたね。
― 意識の根底のような部分の変化があれば、きっと世界は良くなりますよね!
それでは最後に、中村さんのようにASEANへ働くことを考えている方を中心に、これから日本を飛び出すキャリアを考えている人に向けて、メッセージをお願いします。
まずひとつは、自分なりのアジアにくるポジティブな理由を見つけるべきだと思っています。ポジティブな理由・ネガティブな理由とは何かというと、例えば、東南アジアは日本よりも経済が伸びているから、人口が増えているから、というのは日本と比べた相対論でしかなく、ポジティブではないかな、と。アジアで働く理由にはなりえないんじゃないかと思うんですね。
働きたいその国を取り上げたときに、どんな魅力を感じるか、自分がなぜそこに惹かれるかをよく考えて、自分なりのポジティブな理由を見つけるべきです。人・文化が好き、とかビジネスチャンスがある、とか何でもいいんですよ。それがないと、辛くなったときに頑張れなくなる可能性だってあります。
もうひとつは、周りに流されず自分で決めること、“自分で決めた”っていう感覚を大事にすることです。自分なりの納得感、覚悟です。
3回くらい死ぬほど悩んで、それでも気になるんだったら、やってみたほうがいいですね。逆に言えば、やるならそれぐらい悩んだ方がいい。悩むというのは、意思決定の精度を上げているんです。意思決定そのものは多分どっちでも良くて、例えばタイに来るという意思決定であれば、来たあとどれくらい本気でやるかが大事なわけです。来たあとどれくらい頑張れるかで、成功するかどうか決まります。来る前にさんざん悩んでおけば、あれだけ悩んで決めたんだから少々のことでは辞めないぞ、って思えますよね。
悩む行為というのはすごくポジティブで、いっぱい悩んで悩んで、そのタイミングで答えを出せたのであれば、それが正解だと思うんですね。だから、よく悩むこと。決めた時点ではすっきりしていること。そのすっきり感が正解だと思いますね。
【編集後記】
こんな素敵なパパは他のどこにいるだろうか? アツくエネルギーをもっていながらも、終始穏やかな口調で語る中村さん。35歳で起業をした覚悟がその語りから感じられる。タイのスタートアップ業界にとっても、きっと良いパパのような存在なのだろう。
「”周りに流されず自分で決めること、“自分で決めた”っていう感覚を大事にすること”」
悩んで悩んで、自分で解を出すのが大事、というメッセージが心に残る。中村さんがタイで起業するという決断には、自分の思いだけで決められない事情も多くあっただろう。支えねばならない家族、35歳という年齢、積んだキャリア… 。思い切った決断をはばむ要素は、若い私が思いつくそれよりも多かったはずだ。その中村さんだからこそ、最後はやはり「”自分で決めた”っていう感覚」。その潔さ、素直に思いに従う思い切りのよさ。”…ついていきます!”と、周りの家族にも、チームメイトである社員にも、きっと思わせるだろうあのエネルギーが忘れられない。