「みなみさん!みなみさん!」
カンボジア・プノンペンから車で2時間のヴァイチュルム村で、カンボジア人にとても慕われている女性がいる。
加藤南美さんがこの村を訪ねたのは、19歳でバックパッカーをしながら、373人の子どもたちに夢を聞いて集めるために歩いている旅の途中であった。
どうしてこの村に行き着いたのだろうか?
どのようにして村の人と共に働いているのだろうか?
同氏に、団体設立に至るまでの経緯、そして今後のビジョンについて、お話を伺った。
《プロフィール|加藤南美氏》
NPO法人GLOBE JUNGLE・NATURAL VALUEプロジェクトリーダー
三重県出身、2011年愛知県の短大を卒業。2011年からカンボジアで活動を始め、2014年NATURAL VALUE設立。カンボジアの貧困女性に対し、技術を提供し安定した職を提供する自立支援を行っている。2016年10月に同団体はNPO法人MAKE THE HEAVEN Cambodia Project と合併し、NPO法人 GLOBE JUNGLEを設立。NPO法人GLOBE JUNGLEは「HAPPYの連鎖」=皆が笑い合い、応援し合う社会の輪のモデル作りを目的に、カンボジアで子どもたちの未来を創るサポートを行う団体。主に、孤児院支援や学校建設、貧困家族への就労支援を行っている。
終わりある“支援”を目指す、NATURAL VALUE
━━ 現在の活動内容を教えてください。
女性たちが自ら立ち上がり、技術を習得し自立した生活を送れる未来を目指しています。
活動は大きく分けて3つあります。
1. 貧困調査活動
どこに誰が住んでいて、どれだけの収入を得て、何を食べてどんな生活をしているのかを村中を一軒一軒回って調査をします。調査の基準となるのは「貧困カード」という貧困状態にある人が国から配布されたカード。それを持っている人から優先的に調査を行っています。この調査をもとに、職業提供が必要な家庭にアプローチをします。
2. 技術指導・職業訓練
カンボジア人の先生から新人スタッフへと技術継承を行っています。技術とは主に、日用品やお土産になるようなものを自分で作れるようになる技術です。実際に作っている商品は、ウォーターヒヤシンスでできたカゴの製品や、サンダル、アクセサリーなどがあります。1ヶ月から3ヶ月ぐらいかけて技術提供を行います。教える相手ができる先生役のカンボジア人は、より仕事にやりがいを見出せるようになります。
3. ままなびや
貧困地区の女性は小学校低学年までしか学校に行っていないケースが多く、十分な文字の読み書きができません。そのために、薬の注意書きを読めずに子どもに誤った薬を与える事故や、大切な書類や契約書が読めずに土地を騙し取られてしまうケースなどが発生しています。安全に子どもを育てていく上で、最低限の教育は必要だということで、今後母親になる人や現在母親の人を対象に「ママが学ぶための学び舎、ままなびや」を運営しています。
(作業場でカンボジア人のお母さんたちが手作業でサンダルをつくる様子)
━━団体名であるNATURAL VALUEの由来を教えてください。
NATURAL VALUEは自然の価値という意味だと思われることが多いのですが、「当たり前の価値」という意味です。当たり前の幸せや、みんながハッピーになれる環境を私たちは作っていきたいと考えています。「当たり前ってなんだろう?」と考えたときに、設立当時に立てた5つの柱があって。
お腹いっぱいたべられること、元気いっぱい学べること、いい環境で働けること、大好きなひとを大好きって言って、誰かに愛してもらえること、自分の将来に夢や希望を抱けること。
この5つが満たされていることを当たり前の幸せと定義付けています。私たちが支援しているのは、この5つの柱のなにかしらが欠けているひとたちです。例えば、お金がなかったり、家庭内問題があったり、いろんな背景を抱えて働いていたりしている人たちです。みんなで一緒に新しい当たり前の価値を定義するという意味を込めて、NATURAL VALUEという団体名をつけました。 “〜年でみんなが自立した生活を送れる支援”、つまり終わりある支援を目指しています。
すべては373個の夢を聞くことから始まった。
━━そもそも、どうしてカンボジアのこの村で働くことになったんですか?
19歳で旅をしていたときに、突撃訪問でタイの小学校を訪ねたんです。団体を創ったいまだからこそ、きっと迷惑だったなって思いますが。
しかし、タイの人たちは寛大に受け入れてくれ、いきなり日本語の授業をしたこともありました。その授業の中でクラスの子どもたちに夢を聞いたんです。紙に、その国の言葉でなりたいものとそれに合うイメージを自由に書いてもらって、一人一人の写真を撮りました。「学校の先生や校長先生になりたい」という夢を持っている子どもたちもいたのも印象的でしたね。夢は国柄や地域性が出ると言われることもありますが、この地域では学校に通っていない子どもたちが多いことが理由だったのかもしれません。
カンボジアにも立ち寄り、シェムリアップというアンコールワットがあることで有名な街を訪れました。歩いていたときに出会ったのが、後に最初に支援をすることになる孤児院でした。『3匹のこぶた』にでてくる、わらのお家みたいに傾いていて、なにかあったら倒れてしまうのじゃないかというくらいの建物に、たくさんの子どもたちが暮らしていました。そこはお米やおかずが足りなかったり、学費が足りなかったり、いろんな不安を抱えていました。そのときの私は、すでに約350人の子どもたちに出会っていましたが、その350人のうちの誰よりも貧しい環境に住んでいたのがその孤児院のこどもたちでした。
そこにいた子たちに同じように夢を聞きました。貧しい環境にもかかわらず、その子たちはとてもわくわくきらきらしながら夢を語ってくれたんです。そのときの私は一人の短大生でしたが、彼らの夢を見せてもらったんだったら、なにかしらそのサポートできることがあればやっていきたいなと思いました。やれることから始めていこうって思って、日本帰ってすぐに、団体を始めて、いろいろな活動をしました。結局、373個の夢を集めたのですが、どうしてこの数かというとわたしの名前がみなみだからという単純な理由です。
━━夢にフォーカスしていたのは、ご自分になにか夢があったからですか?
わたしには夢がなかったんです。そして今も特にないんです。
ちょうど旅出る前に、あるお店で仲良くなった店長さんから夢はなに?と質問を受けたことがあったんです。けど、わたしには夢がないなって思いました。どこで働きたいとか、お菓子作りをやっていきたいとかそういうことはあったのですが、それは叶えられることだから、別に夢にするほどではないかなって。
私にとって夢ってなんだろうって考え始めました。そのとき書いたのが、“世界中の人が笑顔になりますように“でした。それだけ、私の目指しているものって漠然としていて、だけど、自分の目の前にいる人が幸せになってくれたらいいなっていうのはずっと思っていて。それにNATURAL VALUEが目指していることは絶対叶えていくことだから、わたしにとって夢ではないんです。
(カンボジアの笑顔が素敵な子どもたち)
悩みや葛藤を乗り越え、“サバーイ“を大切に
━━カンボジア人と働いていて大変だったことはありますか?
言葉の違いとか、文化の違いとか本当に理解できなくて大変だったことはたくさんありました。「なんでわたしはカンボジア人じゃないんだろう、なんで理解できないんだろう」ってすごく苦しんだり、カンボジア人からも言われたりもしました。
「みなみさんはごはん食べられなかったことないでしょ。冷蔵庫もあるし、家にはお米だってあるし、困ったことなんてなんにもなかったでしょ。だから僕たちの気持ちなんて一生わからない。だってみなみさんは日本人だから」と言われてきました。人一倍彼らのことを考えている自信もあったし、行動もしてきたし、なのになんでだろうってずっと悩んできたんです。今思い返せばすごく独りよがりで恥ずかしいです(笑)。でもいまではこう考えるようにしています。
わたしたちの最大の価値は日本人であることです。もし私たちがカンボジア人のこと心の底から理解できて、彼らの生活をすべて認めてあげることができて、「そうだよねそうだよね」と同感することができてしまったらこのプロジェクトに私たちはいらないんですよ。ローカル的に動けて、国際的に考えられる私たちだからこそ発見があるし、一緒に作れる未来があるし、逆に、「わたしたちのこれは違うな」って気づかされることだってたくさんある。
だから、カンボジア人と働くことはすごく大変だなって思うのと同じくらい彼らも、日本人と働くのってすごく大変だなって思っていると思います。なんだかお互い様というか。
━━みなみさんの原動力はなんですか?
原動力は楽しいからです。いまが一番楽しい!!って思いながら生きているから、1年前の方が良かったのにって思ったことは26年間の人生の中で一度もないです。
例えば、ここで寝ている人生か、ここで動き回って世界中で遊びながら走りながら仕事して、少しでも自分の命を誰かの笑顔のために使えたとして。
でもどっちの人生選んでも50年後かには勝手に死んでいくわけで。もうあと命のチケットが50枚しか残されていないだったら、やっぱり使い切りたいし、中途半端に、まだ回数券残っているわっていう状況にしたくないんです。だから、我慢はしないし、友達とだって遊ぶし、食べたいもの食べるし、スタッフに言いたいことは言うし、仕事だってするし、恋愛だってします。
(作業場の表に飾ってあるNATURAL VALUEの看板)
━━みなみさんは「幸せ」をキーワードのようにお話の中でも使いますよね。普段からよく使っているのですか?
そうですね、楽しいとか幸せっていう言葉は、会話の中で頻繁に出てきます。
すべての基準はそこにあって、例えば新しいプロジェクトの立ち上げの時なんかは、スタッフがわくわくするか、わくわくしないかで全部決めてほしいと思っています。
なぜそうするかというと、グローブジャングルの他のスタッフのみんなが、私にそうしてくれるからです。やるべき事はもちろんやるけれど、自分が一番大切にしなきゃいけない仕事に対する価値観や思想っていうのは、このプロジェクトを見守ってくれている近くの人が笑顔でいるかどうかっていうのが大切だと思っています。わたしたちが笑顔じゃないのに、その活動から笑顔は広がっていかない。
わたしたちが一番あの村が好きで、楽しくて、嫌いになったとしてもやっぱりほっておけないなって思えるような関係性の人たちがいっぱいいます。1週間ずっと会っていたら嫌なところもいっぱい見えてくるけど、1週間会わなかったらやっぱり会いたいみたいな人たちが私たちと一緒に働いてくれています。
ミーティングの議題によく出るといえば、もうひとつあって。私たちは職業提供をして、貧困から脱却するプロジェクトをやっています。
では職業提供をして、安定的な収入も手にできるようになる。そして頑張っている人は頑張っている分だけある程度お給料も上がっていく。じゃあ果たしてこの人たちは本当にお金を持ったから幸せと思えるのだろうかという疑問に行き着きました。お金も仕事もカンボジアよりは豊かな日本は日本でまた違った問題を抱えています。幸せになるアイテムの1つがお金であり、仕事であり、仲間であり、こういうアイテムを私たちはいっぱい持っていて、これをどういうふうに使いこなしていくのかで幸せって変わってくるんじゃないかって私は、カンボジア人から教えてもらいました。
だからこそ、わたしが一番大切にしたいのは幸せや笑顔ですね。
(作業場で働くお母さん)
━━これから目指していくことはなんですか?
自分たちの作った商品で、いま私たちがやっている貧困活動やママたちへの教育など、活動をする資金を自分たちで作れるようになるのが理想です。
人が人を応援できたとき、その人の本当の馬力が出ると思っていて、経済的な余裕と心の余裕がある程度バランスよく揃ったときに人のことを応援しようっていう気になると思います。例えば、貧乏な人たちに、“物乞いしている人がいるから1ドルあげようよ”っていっても、“わたしたちも困っているし!”ってなと思います。私ならそうなります。ある程度心が満たされていて、経済的な余裕があるときだったら、“1ドルは無理だけど、0.5ドル渡してみようかな”ってなったりして、他にも、お金をあげるのは無理だけど、声かけてみようかなとか、そういう行動をスタッフが起こせたたらいいなって思っています。
そして終わりある支援も目指しています。わたしは、支援団体で働いている私たちの必要のない世界を作るのが一番素敵なことだなって思っていて、困っている人を助けて、それによって助かった人はだれかを助けることができてその心や豊かさを回していける社会になればいいなと思っています。
長く日本人が関わり続ける体制よりもそれを次に継承したりだとか、新しく思いに賛同して、こういうことをやりたいっていう人がでてきたりだとか、地域のカンボジア人の人たちに継承していってもらえる未来を私はつくりたいと思っています。
メッセージ
━━最後に、メッセージをお願いします。
15歳くらいかな、私学校行ってなかったときがあったんです。中学校が面白くなさすぎて、友達と遊んでいた方がいいって思って、学校へ行かなくなって、お家にも帰らなくなって、両親をすごく困らせてしまいました。10年前にそんなんだった自分がまさか人のためになにか働くなんて思ってもいなかったです。だから、世界で働くなんてすごいなって敷居の高いことだってとらえられがち。だけどそういうきっかけって実はみんな気づいてないだけですぐとなりにあるんじゃないかなって思っています。一枚ドアを開いてみたら、世界って本当に広くて知らないことだらけでした。だから知らないことを知れる毎日が、本当に新鮮で楽しいです。
海外出ると、コミュニケーション力高い人が圧倒的に多いと思います。海外に出て初めて、コミュニケーション力の大切さに気づかせてもらいました。学校に通えなかった村のお母さんも、文字は描けないけど、素晴らしいコミュニケーション力を持っている人というのがいます。そんな方はとても素敵です。そしてカンボジア人って間違えることを全然恐れないんですよ。
間違っていたことを、“そんなこと言っていたっけ〜“くらいの感じで言うんです。”2ヶ月前こう言っていたよね”って言っても“そんな大昔のことは忘れた”って言われて。ある意味すごい今を生きているなって思いますけどね。私もカンボジア人に教えてもらったように、「今」と真剣に向き合う生き方をして豊かな人生を送りたいと思っています。心おだやかに豊かな人生を送れる人が、世界中に一人でも多く増えますように。
── ありがとうございました!
編集後記
今まで、ビジネスをされている方を取り上げさせていただく機会が多いアセナビで、わたしの関心が強いソーシャルビジネス・NGO/NPOの方を取材させていただきました。南美さんは本当に笑顔が素敵で溢れるパワーと人を惹きつける魅力がありました。カンボジア人にとても慕われているという理由がわかった気がしました。そしてインタビュー中、笑いが起きたこともたくさんありました。
私とは4歳しか年齢に差がないのに、自ら行動する、自分を追い込んで努力をするということでいまのキャリアを築いてきていらっしゃいます。お話を聞いていて、きっと南美さんはどこにでもいる大学生だったのかもしれない。きっかけはどこにあるか分からないということを改めて感じさせられました。
だから未だに夢を聞かれたら一番困るんですよ。
NATURAL VALUEが目指している目標は絶対叶えていくことやから、それは夢ではないんです。だからわたしには夢がないんです。
また、この言葉がとても印象的でした。叶えられることは、夢でない。夢にしたくない。という想いが伝わってきました。
夢を持つ若者が少ないと言われている世の中で、夢の定義が人によって違うということを感じ、夢は職業でなくてもいいし、こうありたいというものがあるなら夢を持つことにこだわる必要はないのかもしれないということを感じました。
いまが一番楽しい!!って思いながら生きているから、1年前のが良かったのにって思ったことは26年の人生の中で一度もないです。
上記の言葉の通り、南美さんの言葉はいまを全力で生きているんだなということがとても伝わってくる言葉ばかりでした。これからの人生を歩む上で考えていきたいと思うことがたくさんありました。