【新卒海外】19歳でフィリピン・セブ島にて映像制作会社を起業 ! DreamLine Productions社長、牧野幹男Jr.さん

2016.02.08

フィリピンと日本のハーフであり、若くしてセブ島で起業された牧野さん。日本語・英語・タガログ語を操り、映像制作会社の社長としてご活躍されている。また、Webメディア、エキサイトセブを運営しセブの情報発信も行われている。日本とフィリピンを行き来した幼少時の経験から遡って、お話を伺った。新卒海外就職特集

《プロフィール|牧野 幹男Jr.さん》
1991年生まれ、日本とフィリピン人のハーフ。千葉出身。
中学校を卒業後フィリピンへ。現地のハイスクールを2年ほど留学しセブ島の映像系専門学校に入学。フリーランスを経てDreamLine Productionsを2010年に設立。
主な業務はテレビコマーシャルや会社案内などといった映像中心のマーケティングツールの制作。その他マガジンサイトの「エキサイトセブ」の運営やウェブサイト開発なども行っている。

フィリピンと日本を行き来。小学生の時から映画監督への夢を抱く

—幼いころから海外経験があったのでしょうか?

牧野さん PCに向かう様子

私の母がフィリピン人なので、小さいころから何回もフィリピンには行っていたんです。母の実家は、マニラの隣にあるカビテ州というところで、公用語はタガログ語。

それから家の都合で、小学3、4年生をフィリピンで過ごしました。その後日本に戻ったのですが、中学2年生の後半、今度は自分の意思でフィリピンに行き、中学3年生でまた日本に戻ってきました。英語を忘れかけていたので、6ヶ月でもいいからフィリピンに戻ろうと思ったんです。

中学を卒業後、本当はアメリカに行きたかったのですが、お金のこともあり、フィリピンのハイスクールに通うことにしました。フィリピンの学校は英語とタガログ語で、日本と行き来することで、言葉を忘れずにいられましたね。

カビテのハイスクールに入った後、大学をどうするか悩んでいました。アメリカへの夢を諦められなかったのですが、お金もかかるし迷っていたところ、たまたま母親がセブ島に映像の専門学校があるのを見つけてくれて。

ハイスクール4年生のころに見学に行き、体験授業を受けたのですが、そこですごく気に入ったんですよ。こうしてハイスクール卒業後、セブ島の専門学校に通うことになりました。それが2008年、17歳の時でしたね。

専門学校時代はバラ色でした!様々な体験をして、「これがフィルムメイキングなんだな」と、すごく楽しんでいましたね。撮影監督を担当していて、卒業作品も自分が満足できるものを作ることができました。

 

—いつ頃から映像制作に興味を持ったのですか?

小さいころから乗り物が好きで、船のプラモデルなどを作っていました。

ある時、たまたまタイタニックの映画を見て感動し、乗り物への興味から映像にも興味を持ち始めたんです。小学校のころからレゴブロックを使って、ビデオカメラで映画を撮っていましたね。

中学では、映像に近い部活ということで、演劇部に入りました。最後の年は県大会に行けず引退となり、このまま終わるのも寂しいなと思って、演劇部の数人を集めて映画を作ったんです。そこで初めて実写の映画を撮り、カメラと監督は自分がやりましたね。

プロの映像カメラや、編集ソフトなどもその時に買ってもらいました。

 

—専門学校を卒業後、フィリピンで起業することになった経緯を教えてください。

卒業後、1年間はふらふらしていて、同期からの誘いなどもあり学校関係の撮影プロジェクトなどに関わっていました。

学校から離れなきゃなとは思っていて、考えた案は、「アメリカの大学に行ってプロを目指すこと」「マニラに行って制作会社で働く」「日本の制作会社で働く」「映像に関係なく大学を卒業する」でした。

どの案も一長一短ありました。もしマニラに就職したら給料は低いですし、アメリカの大学は費用面が問題。日本に帰って就職すると、フィリピンとシステム・社会が違うため、習ったことが使えない。大学は行こうかなとも思うけど、勉強が大嫌いなので、入ってやめるかもしれない。(笑)

そこで、じゃあ起業しよう、と思ったんです。もともとフリーランスのような形で活動していたので、プロジェクトごとに学校からお金は入ってきていました。それがだんだんとCMの撮影などをやるようになったり、お客さんとも直接話すようになったりして、監督をしてくれないかと頼まれることも出てきて。こうして徐々に一人で仕事をするのが不可能になっていったこともあり、会社の立ち上げに至りました。

それが2010年の7月です。最終的に、自分が好きなことをやろう!と起業したのです。

 

海外で自分のやりたいことを仕事にするということ

—ロールモデル、目標にしている人はいましたか?

牧野さん カメラを見ている様子

ロールモデルと言ったらいないですが、一番好きな監督は、タイタニックを創ったジェームス・キャメロンですね。クリエイティブな面においてですが。

 

—起業した後、どのように仕事を作っていったのでしょう?

この業界は、ポートフォリオで決まってきます。コネクションを使うか、無い場合は自分で営業して、作ったものを紹介していました。

 

—具体的な業務内容を教えてください。

メインは映像制作の制作会社で、コマーシャルの撮影・編集、マーケティングツールの制作などをしています。マーケティングツール制作というのは、コーポレートアイデンティティやメディアの開発です。

(DreamLine Productions Show Reel)

エキサイトセブというメディアを持っていて、セブ島についての情報発信をしています。

エキサイトセブを始めたのは途中からで、「セブ島に情報サイトが無い」という話をお客さんとしていた時に自分から提案し、スタートしました。

弊社は今ローカルのお客さんがメインで、リゾートやバイク会社、建築デザイン会社など様々な会社と取引しています。日本のプロジェクトだと、マニラの日系企業の支社経由で制作を担当することもあります。下請けという形で制作することもありますね。また、海外だとオーストラリアやアメリカ、ロシアとの取引もあります。

Dreamline Production ロゴ

—好きなことを仕事にされて、いかがですか?

趣味を仕事にしてしまったので、趣味が無くなってしまい、抜け道が無いなと思うことはあります。

好きなことがストレスになりますね。好きなものを食べ過ぎた時に違うものを食べたくなるような感じです。そのストレスはゲームなどで解消しています。ストレスマネジメントも、ここ7、8年で鍛えられましたね。

 

—セブ島での生活はどうでしょうか?

最近は物価も上がっていますが、それでも日本と比べれば安いですね。ネットや、電気代は高いです。こちらの生活では、日本とは違ったお金の使い方ができていいと思います。昨日もビーチに行ってきたんですが、7500円で三ツ星リゾートを楽しむなんて、日本では難しいですよね。

私の性格には、日本よりも海外の方が合っているんです。自由度の高い国が自分にはぴったりだと思いますね。気候も、四季があるより一つの方が良いです。

洗濯物も少ないですし(笑)。海、泳ぐのが好きですしね。

写真⑤ボラカイ島のビーチで(ボラカイ島のビーチで)

日本は懐かしさを覚える、実家のような場所で好きですが、セブのように時間がゆっくりと流れ、少し不自由なくらいの場所が良いと思っています。

日本は全てが完璧すぎて、完璧以上のことを求めてしまうんですよね。フィリピンのように完璧じゃないところでは、ちょっとした幸せがとても大きく感じられるんです。

 

フィリピンだからこそ、活躍できている。

牧野さん カメラ目線

—日本とフィリピン両方を見てきた牧野さんにとって、セブで起業して良かったと思うことはありますか?

セブで現地採用として働くことは、日本と比べ給料も低く、厳しい面もあるでしょう。

しかし、起業という面で考えたら、日本で同じようにはできないと思うんですよね。この年で、この業界で、会社を立ち上げて5年で色々なプロジェクトに関われるなんて、日本では難しいと思うんです。本当にセブで起業して良かったと思いますね。

また、こちらでは日系の制作会社ということでブランドになっているし、仕事も取りやすいです。

日本と比べ上下関係もあまりないですし、みんながおおらかで陽気な感じが自分の性格に合っていますね。見た目が年相応に見られないので(笑)、若いという理由で苦労したことはあまりありません。

私はあえて名刺には社長と書いていなくて、2、3回会って自分がこういう人だと分かってきた上で、「社長なんでしょ」と気づいてもらうようにしています。

25歳という年を言うと、驚かれることも多々あります。

 

—逆に苦労したことはあるでしょうか。

まず子どもの頃から言うと、ハーフであることで、日本では目立つし日本語も英語も完璧でないので、いじめられたこともありましたね。フィリピンに来てからは逆に日本人だということで差別を受けましたし、人間関係で苦労することは多いです。

私は、本音を言えばリーダータイプではないんです。なので、たまにマネジメントが上手くいかないことがありますね。他の人が指摘するには、私の仕事が早すぎて他の人の感覚と合わないということもあるようです。従業員とのコミュニケーションに関しては、全然怒らず、少し厳しく言うくらいですね。

写真⑥ スタッフと(スタッフとともに)

ー描いている今後のキャリアについて教えてください。

目標は考えていないです。なぜかというと、業界自体が毎年厳しくなってきていて、これ一本でできるか分からないからです。何か新しいことをやろうかなとは考えています。

海外が好きなので、フィリピン以外の国にも出てみたいです。アメリカンドリームはまだありますね!(笑)

 

ー海外就職や起業に興味があるけれど、迷っている人に対してのメッセージをお願いします。

夢を諦めないことですね。人になんと言われようが、夢は持っておいた方が良い。私だって中学時代、映画監督になりたいと言ったら笑われていましたが、今、フィリピンで自分の会社を作ることができています。自分がやりたいことをやればいいんじゃないかと思います。

ただ、楽しい仕事は、お金にならないという面は、どこに行ってもあると思いますね。お金をとるか、人生の満足感をとるか、人それぞれでしょう。

 

【編集後記】
牧野さんの場合、「海外で起業」というよりも、海外と日本を行き来する中で、自然と自分に合う環境を選んでこられたことが感じられた。自分の好きなことを仕事にすることは難しいと言うが、どうせ無理だといって諦めてしまっては始まらない。自分のやりたいことを自分に合った環境で実現できている牧野さんは、自然体で、いきいきとしていた。

新卒海外就職特集とは?
本当に納得できる道を選び、前に進んでいくために、従来のいわゆる「就職」だけではない様々なキャリアの形があり、その中の一つとして海外就職や起業という形があるということをお伝えできればと思っています。

参照:新卒海外就職特集】新卒で”ASEANで働く“方々のインタビュー特集、はじめます。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

山村 あおい

法政大学国際文化学部4年。2014年に休学、フィリピンのNPOとマレーシアのwebメディア企業にてインターンシップを経験。2015年12月、1ヶ月間でASEAN6カ国を回り、新卒で海外就職・起業をした日本人26名にインタビューを実行。新卒での海外就職を決意し、現在ASEANで絶賛求職中!