”日本の地方創生×ミャンマーの雇用創出” ダブルで実現をめざしスーツを創る! 現役大学生 野口智瑛氏【前編】

 

3ヶ月半で75着のフルオーダーメイドスーツをミャンマーで作った大学生がいる。ファッション業界の裏舞台を支える日系アパレル検品会社にて、インターンとしてミャンマー第一工場の立ち上げに携わり、現場を肌で体感したことに端を発すアパレルビジネスで、ミャンマーと日本をつなぐビッグな構想を持つ野口さんを取材した。

≪プロフィール|野口 智瑛≫
1993年生まれ。慶應義塾大学商学部3年、在学中。大学2年生を終えた後、1年間休学し、ミャンマーで海外インターンを経験。その後独立し、在ミャンマー日本人向けのフルオーダーメイドのスーツ事業を始める。復学後、新たにアパレルビジネスを現在構想中。

 

自分の目で確かめに、アパレルの現場ミャンマーへ

 

―ミャンマーで働くことになった経緯を教えてください。

大学1年生の終わり頃、そろそろ将来のこと考えなきゃ、と思っていたときです。僕はもともと中学・高校6年間美術部で、色彩やデザインが好きで趣味としてやっていたので、将来はアパレル関係に進みたいと思っていました。その矢先にたまたま、“ユニクロの下請工場が中国からミャンマーに工場を移設している”というニュースを見たんです。その状況を自分の目で見てみたくなって、「お母さん、ちょっとミャンマー行ってくるわ。」と。(笑)初めての一人旅でしたね。

なんとか縫製関連の施設などを1日案内してくれる方を見つけ、見学しました。 “これからだ!”という経済成長真っ只中の熱気をアパレルの現場から感じただけでなく、随所で見られるミャンマーの“人の温かさ”に心揺り動かされたんです。治安も抜群に良いですしね。

ミャンマー以外の東南アジアも比べたくて、半年後にタイやベトナムなどインドシナ半島すべて回りましたが、断トツ“ミャンマー”という自分なりの結論に。辺境の地、“僻地フェチ”なんですよ、僕。

ミャンマーの魅力にとりつかれ、調べてみると、資源も豊富で、人口も5000万人と、市場としても魅力的。将来有望の国だと感じました。3年生にあがる前、1年間休学しミャンマーでアパレルがしたいと思い立ちましたが、知り合いを通じてインターン先を探していただいても、大学生は無給でもお断りのところがほとんど。唯一受け入れてくれたのが、日系の検品会社でした。

インターン先の会社を探す軸として、“アパレル”という軸と、 “せっかく1年間休学するなら、自分の裁量が大きそうな仕事で頑張ってみたい”という2つの軸でみていました。だから、ベンチャー企業か、ある新規事業の立ち上げという形態を探していたんです。

たまたま、その受け入れ先の検品会社がこれからミャンマーに工場を作ろうとしている検討段階でした。まだ、社長からの最終決定すら降りていない段階。「もしミャンマーにきても、視察のみで、計画がパーになる可能性もある。それでも来るの?」と言われていました。もちろん返事は「行きます!」。二つ返事でしたね。

 

日本とミャンマーのニーズを自分が繋ぐ

 

4月にミャンマー入りをして、工場が完成し稼働し始めたのは9月。このインターンと同時並行で、僕自身の事業の準備を8月ごろから始めました。

現地にいる日本人と飲みに行く機会って結構あるんです。そこで、「ミャンマーでスーツを新調できたらいいなあ」と、皆ポロっと言うのを耳にしました。どういうことなのか。

ミャンマーのようなニッチな国に来るのは、商社やインフラ系などの、大企業にお勤めの方が多い。そういう方々って、めちゃ暑いミャンマーでも、ビジネスシーンではスーツを着るんですよ。でも、暑い・汚い・雨季もある、ですぐスーツが悪くなります。一般的なミャンマー人はスーツを着ないので、クリーニング屋がほぼ無く、手入れもできずすぐ痛む。しょっちゅう日本に帰れるわけじゃないので、かさばるスーツは何着も持って来れない。これまた、ミャンマー人はスーツを着る機会がほとんどないから、そもそも既製品が売っていないんです。

それを聞いたときに、「そういえばダウンタウンに仕立屋さんがたくさんあったな」、とふと思い出しました。でも、日本人がそこを自力で見つけて行っても、ミャンマー語オンリーなので意志の疎通が難しい。それじゃあ、ミャンマー語のアドバンテージがある僕が“身体の採寸”と、その身体データを基に“デザイン設計”ができるようになれば、ミャンマーでスーツを新調したい日本人のニーズと、外国人から大口のオーダーが来たら嬉しいミャンマーの仕立屋さんのニーズがマッチングできるんじゃないかと思ったんですよね。“出張仕立屋”という形で。具体的には、「電話一本で、野口がご指定場所に生地サンプルを持って、採寸しにお伺いします!」という感じでね。(笑)

それから、まず、ミャンマー版のタウンページのような電話帳に載っている仕立屋さんに、片っ端から100件ほど電話して聞き込み調査をしました。どんな生地を扱っているか? いくらで、何日くらいで作れるのか? など確認し、その中から30件ほどピックアップして実際に自分の足で行ってみました。日本人が求めるクオリティーのスーツに一緒に近づいていけるポテンシャルがあると感じたお店は、そのうちの3件でしたね。それから、試作品を作ってもらい、1件に絞りました。ほとんどのお店が生地の管理を徹底していない中、ココは管理体制がしっかりしていた。1番はやはり人柄ですけどね。

ぼくは縫製の知識なんて無く、スーツをやろうと決めたとき“スーツ”ってググることからスタートした人間ですよ、それなのに彼らはぼくのやりたいことに耳を傾け、理解してくれたんです。「日本人の服は作ったことがないから、日本のオシャレ・トレンドを日本人の君から教わりたい。お客さん一人ひとりに良いモノを作るのは、僕らの義務だからね。」と言ってくれたんです。

 

野口さん2

 

11月にオーダーを開始できるようになるまで、準備に3ヶ月かかりました。とにかくたくさん試作品を作りました。縫製に関しては彼らはプロですが、デザインは僕が思った通りにはなかなか仕上がらない。日本の仕立屋だったら、顧客の身体データと顧客が選んだ生地情報があれば任せられそうですが、ミャンマーではそうはいきません。

国が長らく鎖国状態にあったので、彼らは日本をはじめとした海外のトレンドを知りません。先進国のビジネスマンがどういうスーツをパリッと着ているのか、東京を歩く人のスーツがどんなものなのかがまったくわからないので、30年位前のようなバブリーなスーツが出来上がるんですよね。肩パットが5枚入っていたりね(笑) 身体の採寸だけじゃなく、その身体データを基にデザイン設計までできないといけない、と気づき3ヶ月間とにかく勉強しました。

身体の計測値から、服の数値を割り出すんです。服の細かい数値まで指定し、この通り縫ってくれるように仕様書を書くためです。例えば、胸回りは、身体の数値プラス何センチがフィットするのか? じゃあウエストは? 手首は? という感じ。プラス何センチにしたら、最高の着心地が生まれるのか。このデータを割り出すのに3ヶ月かかりました。

スーツ専門店って日本ではいくつかすぐに思いつきますよね。そこで売られているようなスーツの既成サイズって、S M L 2L 3L・・・と決められていて、ワンサイズあがると、例えば胸囲はプラス3センチ、着丈はプラス2センチ、などと決まっているはずです。僕はその数値すら知らなかったんです。どこの部位で測るか、自分の身体にあちこち目印をつけて、できあがる試作品を毎日着まくって着心地を確かめていました。お客さんの要望に応えられるために、地道に検証しましたね。

11月にオーダーを取り始めると、口コミで広まりました。スーツの既成品すらないミャンマーで、350ドルでフルオーダーメイドのスーツが作れるぞ、と。ミャンマーに住んでいる日本人のコミュニティがありましたからね。

今思えば、口コミで広めていただいたのも、”ミャンマーには娯楽が少ない”ということが一因だったのではないかと思いますね。 「頼んだら、ミャンマーでは珍しいハタチの大学生が家に来てくれて、自分のためのコーディネートを一緒に考えてくれる」。これが、ミャンマーに住む日本人の方々にとっては、エンタメだったのではないかと、今では思います。品質以上に、僕の将来性や、来てくれるエンタメ性にお金を払っていただいていたのもしれない。これもミャンマーならではのことだったと思いますね。

でも裏を返せば、エンタメ性がなかったら買ってくれないスーツだったかもしれないということ。品質を認めて買ってくれるレベルをこれから実現させなくては、と思っています。

11月から2月中旬まで、3ヶ月半で75着を作りました。10着に1着くらい、どうしてもうまくいかないものがあります。ちょっと変わった体型の人のスーツとか。でもそういう人こそ、オーダーメイドじゃなきゃいけないんですよ。何度もお直しを重ねすぎてしまい、もういらない、と言われたこともあります。そんなこともありながら続けられてきたのは、本当に服が好きだからだと思いますね。

 

 高い付加価値を求め、彼がこれからめざすモノ

 

― 現在帰国したばかりとのことですが、今後はどうされるのでしょう?

将来的には、日本人として、日本の生地を使い、付加価値がめちゃくちゃ高い服をミャンマーの富裕層に売りたいんです。想像を超えた、ケタ違いの富裕層こそ狙いたいんですよね。

ある時、ミャンマーのそこそこの富裕層の人とおしゃべりしていたときのことです。彼らは、留学などを通して海外経験があるので、海外のハイファッションを知っています。そんな彼らにとっては、ミャンマーで服を買うこと自体が、“ダサい”んですよ。彼らが見てきた海外の先進国と比べてミャンマーには、ルイヴィトンのようなハイブランドも、ファストファッションすら出店されていません。だから、ショッピングのためにシンガポールやバンコク、もっとお金を持っている一部の人は、ニューヨークやロンドン、東京まで行きます。

世界中に途上国はありますが、その中に富裕層は絶対います。自国ではイケてる服が買えず、お金を持て余している人たち、ベルサイユ宮殿のようなところに住んでるのに、服、超ダサいよ、みたいな層がターゲットです。「お金持ってるんだから、使い道はココでしょ?」って言えるような服を目指したい。

ミャンマーの富裕層にどんなものを売ったらいいのか、考えていました。帰国してから、思わぬ方向に話が進んだんですよね。・・・新潟に出張してきたんですよ。

 

― “ミャンマー × 新潟”!? 頭の中では結びつきにくい組み合わせだと思いませんか?
後編では、このコラボレーションがうまれたきっかけ、これからのビジョン、ケタ違いの富裕層をターゲットにする理由、さらに彼にとってのASEANのオモシロさ・・・前編で語りきれなかったすべてをお伝えします!

 

”日本の地方創生×ミャンマーの雇用創出” ダブルで実現をめざしスーツを創る! 現役大学生 野口智瑛氏【後編】

 

ABOUTこの記事をかいた人

永瀬 晴香

二代目 アセナビ副編集長。早稲田大学文化構想学部4年。2015年8月から12月まで、タイのチュラロンコン大学へ交換留学。その後休学し、そのままバンコクに残り、RGF Thailand(リクルートホールディングスタイ法人)にて長期インターンを経験。 大学1年のカンボジアボランティアをきっかけに、ボランティア以外で持続可能性が見出せるASEANとの関わり方を求めてアセナビに参画。留学中のご縁で、インターン先より長期インターン機会を頂く。 変わりたい、成長したい、とぼんやり思っている人には特に、自分を試す・目的を持ったら行動してそのモチベーションが何なのか検証する場所として、ASEANをおすすめ。なんでもお話ししますのでお気軽にご連絡を!