22世紀に語り継がれるレガシーを生み出す Kokotel (Thailand) CEO 松田励氏

《プロフィール|松田励氏》
1999年、慶應義塾大学総合政策学部を卒業。ロンドン大学インペリアル・カレッジ経営学修士、コーネル大学/ナンヤン工科大学ホテル経営学修士と、二つの修士号も取得。日系戦略コンサルティング会社のドリームインキュベータに入社し、同社シンガポールオフィスを立ち上げる。2015年5月にKokotelを創業し、CEOに就任。

ホテル業界に革新を起こし、後世に残るような事業創造を成す

ー Kokotelの事業内容について教えてください。

Kokotelは「家族/友人と共に、安価で快適な宿泊」をコンセプトとして「22世紀まで残るブランド」を目指しているホテルチェーンを運営しています。2016年2月にバンコク市内に一号店「Kokotel Bangkok Surawong」を開業し、 タイ国内でバンコク、チェンマイ、プーケット、クラビに計5店舗を運営しています。

東南アジアはLCCの普及で渡航が容易になる中、現在の東南アジアには「安心して、快適に、安く泊まれるホテル」のブランドがありません。東南アジアでの宿泊地って安いゲストハウスか5つ星レベルの高級ホテルかの二択で、ちょうどいい価格帯で安心して宿泊できるホテルって思い浮かびませんよね。

また多くの旅行者が3~4名で旅行する中、ホテルでは2名用の部屋の提供が主流です。私は4人家族なのですがせっかく旅行しに来たのだから家族と泊まりたいですし、そういうゲストルームを自ら作りたいと思い、家族が安心して安く泊まれるようなKokotelの事業を構想するようになりました。「ホテルの部屋は2人用でなくてはいけない」と誰が決めたのですか? そんな必然性はどこにもないはずです。実際、Kokotelの全店では二段ベッドを配した4人部屋を用意していて、とても好評をいただいています。

ー Kokotelは他のホテルと比べブランドやコンセプトにこだわっていますよね。何か想いがあるんでしょうか。

既存のホテル業界に革新を起こして、新しいホテルの形を社会に生み出していきたいです。思うにホテル業界は構造的に人材流入も比較的少なく、イノベーションが起きにくいと思っています。長い期間、同じ業界にいると固定概念が生まれてしまって既存の常識にとらわれてしまう。

Kokotelのホテルはそういう点では変わった空間デザインやスペースを作っています。あえて巨大な羊のオブジェを入り口に入ってすぐのところに設置したり、ロビーのスペースをカフェとしていたり。また滑り台を設置して子供が遊べるようなスペースを作ったり。

正直、羊のオブジェも、カフェも、滑り台も、それぞれは単体では新規性は特にないです。ただ、「ホテル」と掛け合わせることで「Wow!」と驚くような意外性が生まれます。「ホテルはこうあるべき」という人々の思い込みを良い意味で裏切れるのではないかと。

こういった小さな工夫やアイディアを積み重ねていき、Kokotelブランドを世界中に広げていくことで従来のホテルのあり方に革新を起こしていきたいです。

エンターテイメントの力で人々に感動を与えたい

ー では事業の話から松田さん自身のキャリアについて伺いたいと思います。もともとドリームインキュベータでコンサルティングの仕事をされていたんですね。

日本のドリームインキュベータで2002年から2008年まで働いていました。当時はIT・通信業界のコンサルティング案件を担当しておりましたが、興味の軸は実は映画とスポーツでエンターテイメントの仕事に関わりたいと思っていました。一時期はスポーツマネジメントの専門家や映画のプロデューサーになろうなどと本気で思っていた時もありました(笑)

ー エンターテイメントの領域に興味があったのはどうしてですか?

一番のきっかけは黒澤明監督の「生きる」という映画を観た時からです。

ストーリーとしては、主人公が死ぬというシンプルな映画です。特に生きる美学のなかった平凡な中年男性が突如、死を宣告されて、最期の半年間だけ必死に生き抜いていくんです。今まで観てきた映画の中でも一番良い映画だと思っています。

映画のストーリー自体に感動したこと以上に、たった一本の映画がここまで後の世界の一人の心を動かせるのか、と衝撃を受けたんです。私がこの映画を観た2002年は、1952年の製作からちょうど50年後でした。50年前に作られたものが時を超えて人々の感情を揺さぶることができることを、純粋に素晴らしいと感じました。

当時、IT・通信系のコンサルティングを行っていた私としては、移ろいが激しいITビジネスより、時代を超えても普遍的な感動を創造できるようなエンターテイメントビジネスに関わりたいと強く思うようになりました。

そんな中、運良く2006年にマレーシアのホテルのコンサルティングプロジェクトを手がける機会がありました。そのプロジェクトに携わる中で、東南アジアの市場の可能性を感じた以上に、ホテルもある意味エンターテイメントだ!と思うようになったんです。「宿泊する」という体験を通じて人々に感動を与えられるのではないかと。

ー その後、ホテル経営学において世界最高峰のコーネル大学で修士号を取られましたよね。

ホテルを通じて世の中にインパクトを与えたいと思っていたので、ホテル経営学で世界的に有名なコーネル大学で修士を取ることにしました。当時のプログラムでシンガポールのナンヤン工科大学でもダブルデグリープログラムの形で学ぶこともできました。

コーネルでは不動産投資や不動産開発といったデベロッパー側の基本概念を学びました。また、ホテル業界での著名人の講演やOB・OGの人脈を構築できたのがよかったと思います。第一線で挑戦している人たちのネットワークに入ることで刺激を受けました。

ー 修士号を取られた後は何をされていたんですか?

修士号の奨学金のルールでシンガポールで一定期間働く必要があったので、シンガポールにあるグローバルホテル企業のアジア本社でインターン生として働いていました。ただ、リーマンショック後だったので会社も厳しい環境でした。当時のアジア支社社長に「本採用してくれ!」とあの手この手でアピールしていたのですが、なんとその人自身もレイオフされてしまったんです。

留学時に収入は無かったうえに、卒業後のインターンの仕事も失い、就職活動をしましたが他社でも全く仕事が見つからず。既に妻と子供もいたので、かなり経済的に厳しい状況でした。日本ならまだしも、シンガポールでの就職活動は厳しいものでした。一方でシンガポールで働かなければ奨学金を返金しなければならないので「これからどうしよう」と思っていた時に、人とのつながりからORIX系の投資会社に就職できました。

そこで現地採用社員として2年間ほど働いていました。不動産投資、PE投資、MBOの案件などを経験でき、未経験のファイナンスや契約書の作り方なども担当できたので非常に勉強になりました。ORIXでの実務経験がなければ、今のホテルオーナーさんとの契約交渉などは到底できていません。

その後は、古巣のドリームインキュベータのシンガポール支社の立ち上げを行いました。これは私にとっては海外でのプチ起業のような経験で、非常に意味がありました。この経験がなければ、海外で自分でゼロから会社を作ろうなどとは思わなかったでしょう。

ー そこからどういう経緯でKokotelを創業されたんでしょうか?

コーネルを卒業して6年ほど経った頃に、2つのことが偶然同時に起こりました。

まず、中国のエコノミーホテルのビジネスモデルを学ぶ機会がありました。彼らのビジネスは非常に斬新で、成長〜成熟期にあった伝統的なホテル業界をとてつもないスピードで変化させてしまっていた。まだこれと同じ挑戦を東南アジアでやっているプレイヤーはいないと思いました。

また全く同時期に弊社の投資家であるREAPRAの諸藤周平さんと再会する機会があり、彼自身もホテル事業への投資に興味があり、すぐに「一緒にやりましょう!」と事業を興すことを決めました。

ー ビジネスモデルもその時点で構想されていたんですか?

中国のエコノミーホテルは賃貸モデルで、既存のビルをリノベーションして小さなホテルを複数経営していくスタイルです。私がホテルスクールや大手ホテルオペレーターで学んだのとは全く違うやり方です。この方式で、年間に数百のホテルを開業するなど、ホテル業界的には非常識なペースで規模化を達成しました。しかし一方で、ブランドの魅力度や統一性は限定的です。

一つの強固なブランドを作って、中国モデルで多数のホテルを東南アジアに横展開していくことは前例のない挑戦です。スターバックスも強固なブランドを軸に圧倒的なスピードで店舗展開していますが、それをホテル業界でも実現したいと思っていました。

10年間で1,000件に広げたい

ー Kokotelのコンセプトは洗練されていてとても魅力的だと感じます。Kokotelというコンセプトを作り出す時に難しかったことはありますか?

ホテルとしてのコンセプトをゼロから創り上げることは非常に難しかったです。正解のない世界で、ビジネスとして成立しうるコンセプトを保ちつつ、エッジの効いた斬新で魅力的なコンセプトを作り上げたいと思っていました。ブランドを構想していた数か月間は、高揚感もあり、床をのたうち回るような苦しさと怖さもあり、なんとも言えない不思議な期間でした。

結果として家族・女性が安心して宿泊できるホテルというコンセプトに落ち着きましたが、実は「家族以外は宿泊不可」という極端なコンセプトにするのも面白いのではないか、という案もあったんです。ビジネス的にそこまでは踏み切れず、結局は却下しました。

またコンセプトを具現化するための空間の作り方にもこだわっています。例えば、Kokotelのホテルには滑り台とカフェがロビーにあります。本来ならホテルのロビーはチェックインするだけの簡素なものが主流です。

様々なホテルに宿泊する度に、「どこに行ってもあまり違いはなくて正直つまらないな、自分ならもっと面白い空間にしてみたい。」という想いがあったんです。ビルの1階は一番価値の高いスペースでもありますから、世界中のホテルが「ロビー」という既成概念により相当なスペースの無駄遣いをしているな、と思ったんです。

そこでホテルに入った瞬間、「Wow!」がある感動のあるホテル、そして自分が自信を持って勧められるようなホテルを作りたいと思い、その一つの工夫として子供が遊べる滑り台を設置すると同時に、ロビーは無くしてカフェにしました。

小洒落たカフェスペース。家族で安心して過ごせる空間となっている。

これはビジネス的にも正解で、Kokotel Bangkok Surawongの場合、「カフェ」なので売上全体の25%を占めるようになっています。「ロビー」であればなんの売上もあげないところでしたから、違いは大きいです。

ー 事業を通じて松田さんは社会にどうインパクトを与えていきたいんでしょうか?

22世紀まで残る感動創造を成していきたいです。シンプルにいうと自分のひ孫が、私が成した仕事を自慢しているような後世に感動が残っていく仕事を成し遂げたいと思っています。

例えばウォルトディズニーは亡くなって半世紀以上経ちますが、未だディズニーのアニメーションは世界中の人々の心を魅了していることって改めて考えるとすごいことです。

また日本の起業家でいうと本田宗一郎さんもホンダという世界で通用するバイクメーカーを作り出し、世界中の人々が本田イズムを継承したバイクに乗っていることが当たり前になっています。

手段は違えど、世代を超えて語り継がれていくようなものを作っていきたいです。常に変化や挑戦をしていきながら会社としては他の会社がやらないようなことをやって、新たな価値を生み出していくことを目指しています。

ー今後、目標として10年以内に1,000件のホテルをアジアに生み出していくとうかがいました。今年は何を目標とされているんでしょうか?

今は創業フェーズをやや抜けてきたフェーズに入ってきたと思っていて、これまでは属人的にスタッフ全員が気合いで頑張って、カオスな状況を突破し続けてきて会社としての体を成してきた感覚です。

ただここからは属人的な努力で乗り切るのではなく、仕組みを整えて持続的にホテルマネジメントができていくようなオペレーション作りに変えていく必要があります。1年10件ペースでは1,000件という目標を達成できないので加速度的にホテルを増やしていかなければなりません。

ー 最後にKokotelではインターン生も採用されていますよね。どういう人と働きたいと思いますか?

ちょっとネジが外れているような人に来て欲しいなと思います(笑)。

インターン、新卒、中途は特に区分けはしていませんが、視座が高く、物事に主体的に取り組めて、小さくてもいいので組織に変化や貢献を生み出してくれるような人と働きたいです。

誤解を恐れずにいうと、成果そのものには期待はしていません。ただそういうアグレッシブで能動的なマインドで機会に飛び込んで足を動かしながらやり抜いていけるかが大切だと思っています。

Kokotelはまだまだ小さな会社で裁量も大きく、変化を起こせる余地は非常に大きいです。
またKokotelで働いている人は私を除いて至極真っ当な方が多いので、彼らと共に仕事をして学べることは非常にあると思います(笑)。

会社としてまだ形を成していないからこそカオス・不確実な状況にもまれながら、難易度の高い課題に挑戦していける面白いフェーズだと思っています。

そういうカオスな環境を面白がれる人にはおすすめできる場所かなと思います。

この記事をご覧になられて、Kokotelで働くことにご興味のある方はぜひ「info@kokotel.com」までご連絡下さい。