【日越大学特集④】初のJICA外国人職員Binh先生に聞く日越大学の人材育成

日越大学特集4回目の今回は職員インタビューです。前回は学生目線からの記事でしたが今回は日本での留学経験があるBinh先生にお話を伺いました。日本とベトナムの教育の違いや日越大学の目指していく方向性などを熱く語って頂きました。

プロフィール|Phan Le Binh(ファン・ レ・ビン)氏》

専門家(社会基盤プログラム)。1993年文部科学省(当時)の奨学金を受け、ベトナムからの学部留学生の1期生として来日。1998年に東京大学工学部土木工学科を卒業後、同大学院へ進学、2003年に同博士課程終了(博士(工学)取得)。卒業後ベトナムへ帰国し、交通計画分野の日系企業に就職した後2004年から国際協力機構(JICA)ベトナム事務所に転身。2012年に日本国籍以外では初となるJICA 総合職職員として採用される。2016年にJICAから専門家として日越大学に派遣され、教師の立場で勤務している。

日本での留学経験

―まず始めに日本へ留学をした経緯を教えてください。

当時のベトナムの大学生にとって留学というのは夢のような話でした。私より前の時代は、大学入試でトップレベルの学生が奨学金をもらって、旧ロシア、東ドイツ、チェコ、ルーマニアなど旧社会主義圏に留学していました。

私は1993年に留学しましたが当時ベトナムはまだ貧しかったので自分で費用を用意することが難しい時代でした。1975年に南北ベトナムが統一され1986年のドイモイ政策によって少し国が豊かになりました。

そして1991年のソ連崩壊をきっかけに次々と旧社会主義国での制度変革が起こり、ベトナムに対する奨学金がなくなっていきました。

そのような頃に日本からのベトナムに対する奨学金が再開され、私はそのお金で日本へ行くことができたんです

当時ホーチミンに住んでいたので大使館の試験を受けに大学1年生の頃初めてハノイへ行きました。行きは時間がなかったので飛行機を使いましたが、帰りはお金が無かったので列車で帰りました。

ちんたらちんたら48時間以上乗って電車の中でずっと寝ているしかありませんでしたね(笑)。当時はそれだけのお金もなかったんですよ。

―日本での留学時代はどうでしたか?

留学時代私は東京大学で博士課程まで土木について学びました。親も土木の先生で日本に行く前からベトナムの大学で1年間土木をやっていました。

日本の東京大学では土木の分野ではコンクリート、構造、水、プロジェクトマネジメント、交通計画など幅広く学ぶことができました

その中でも大学3年で講義を受けて交通計画が面白そうだと感じたので、それを専門に決めました。日本へ行く前は着物やサムライなどの様な、もっと古いイメージがあったのですが行ってみると日本はもっと先進的で近代的でした(笑)。

今振り返ると私が初めてエスカレーターに乗ったのは日本だったのかもしれません。当時ベトナムには固定電話すら1世帯に1個無かったので、用事がある時には数件離れた家庭にある電話を借りていました。日本は普通の電話に加えて公衆電話もあったのでベトナムとは全然違いましたね。

JICAで得た経験と日越大学での教育方針

―Binh先生は日本国籍以外では初となる JICA 総合職職員だとお聞きしました。

日本で留学した後に一旦帰国して最初は日本のコンサルタントの会社に入りました。その後にJICAベトナム事務所での募集を見てインフラ系の仕事が多かったので応募したんです。

8年間ベトナム事務所で勤務した後に母国ベトナムと発展過程の違う他の国の開発にも関わってみたいと思ったのでJICA本部の中途採用を受けました。JICAはチャレンジングな仕事が多くて事業の幅も非常に広いと思います。

応募した時は自分の専門しか見ていませんでしたが交通だけでなく保健医療から教育、エネルギーまでJICAは何でもやっていると認識しました。そして気付いたら外国人一号になっていました(笑)。

JICA本部ではラオス、ミャンマー、パキスタン、パプアニューギニア、モザンビークなど色々な国を担当しましたが、それぞれの国で環境が全く違うのですごく勉強になりました。グローバルな場で様々な習慣、行政組織・体制を見られてとても面白かったです。

―日越大学のプロジェクトに関わってみてどうですか?

今までの私が培ってきた経験を母国の人材育成に還元するという気持ちで取り組んでいます。非常に面白いですしチャレンジングな仕事だと思います。

一般的にベトナムの学生は大体卒業後に仕事が見つかるかどうかで専攻分野を選ぶということが多いんですね。ベトナムの教育も従来から狭い範囲の教育をしていて、ある特定分野の専門家や職業人間を育てています。逆に言うと学生はその学んだこと以外はできないということになります。

一方で日越大学の社会基盤プログラムは東大の土木のカリキュラムを基に作られているので、土木全般について広い知識を教えています。都市計画から交通計画、構造力学、地盤、プロジェクトマネジメントといったソフト面、そして維持管理まで。学生は1つの物事を様々な側面から見ることができますね

それとベトナム人学生もよく言っていることですが、彼らはここで知識を学ぶだけでなく振る舞いもきちんと勉強しているんです。日本人の先生は時間通りだったり言ったことは守ったりと、日本人からすれば当たり前のことがベトナム人学生からは新鮮であることが多いです。

こういうことは国際的な会社や組織に入る時に欠かせない習慣だと思うんですよ。挨拶やビジネスマナーも大事で100%日本人通りになる必要はないのですが仕事上、身に付けるべき習慣が無いとグローバルな会社ではやっていけないですね。

日越大学は日本人学生も大歓迎!

―まだ日本人学生はいませんが今後日本人学生が日越大学に入ったらどのようなことを学べると思いますか?

まず授業と修論が英語なので英語の世界に浸かることになります。英語の能力を嫌でも上達させることができるでしょう。それに加えて外国人は当然日本人と考え方や感じ方が違いますよね。その違いを体験できることは日本人学生にとって大きいのではないかと思います。

日本では言ったことがその通りに理解されますが海外では別の認識をされることも多々あります。例えば、商談の場で先方が「検討させていただく」と言ったら、日本人の場合もう可能性は0に近いですよね。しかし外国人に言ったら、真面目に考えてくれるのかな?と勘違いされて「あの件どうなったんですか?」と数日後に電話されることがあるかもしれません。

その場合自分の言いたかったことが相手に認識されなかったということです。学生の間に違う文化の受け止め方を体験できると人の感性が成長すると思います。

さらに、日本ではもう街が形成されているので日々大きな変化はないですがベトナムの街や市場は変化が激しいので、そのような環境を自分で体感できるということも貴重です。もちろん成長が全て正しいわけではなく環境汚染や貧困といった課題もあります。

しかし学生はそういった途上国の課題も研究題材として学ぶことができるのではないでしょうか。途上国は人口が多く伸び盛りなので、今後良いマーケットになります。間違いなく日本から出たことがない従業員よりも今後の世界の変化に対応していける人材になれると思います。

持続可能性と課題解決型学習

―今後日越大学が目指していくことは何ですか?

大学全体として目指していくことは持続可能な発展ですね。日越大学の根本的な思想にもつながっていますが、持続可能な発展に貢献できる人を育てていきます。全ての専攻分野を繋げて全体を貫くものが全員必修のサステイナビリティです。

【日越大学特集②】サステイナビリティ学が必修?学生の授業と日常生活に迫る!

それから学生には課題発見力と課題解決力を身に付けていってほしいと思います。日本でのインターンシップを終えて帰国した1期生を見ると英語力や専門知識、先進的な習慣もある程度習得して成長したと感じました。

今後はさらに知識を人から教えてもらうだけではなく自分で何かを創っていけるような人材を、特に修論の過程で育てていきたいですね。

日本の小学生に課せられている夏休みの自由研究の様な自由度のある課題が結構大事なんですよ。ベトナムの学生は与えられた知識を飲み込んで覚えることはできても、創造性には欠くということが結構あります。

将来その修論がどう使えるかではなく、考える力がついていればどんなチャレンジングな仕事にも応用することができてそれが付加価値をつくっていくことになると思うんです。

うちの学生が卒業後に行政機関や企業など、どんな組織に行ってもそのような日越大学で身に付けた持続可能性に配慮できる力と課題解決力を生かしてくれれば社会はより良くなっていくと思います。そういう教育の成果が出るのは、5年・10年後とかですかね。

―私も今後規模が拡大していく日越大学の将来と卒業した学生が社会にどのような形で貢献することができるのか興味深いです。Binh先生インタビュー有難うございました

編集後記

日越大学には現在JICA専門家の日本人職員とベトナム人職員の方が主に働いています。Binh先生をはじめ日越大学の教授や職員は心優しく日常生活において学生との距離が近いという印象を受けました。私がインターンシップをしている時もいつも気にかけてくださり安心して充実した生活を送ることができました!

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