サッカーを通じた教育で、行動の意味を問う子どもたちを育てる。タイでサッカースクール事業を経営 八源寺 誠氏

タイではサッカーが国民的スポーツ。プレミアリーグも大人気で、タイ国内リーグでは日本人選手も活躍しています。

八源寺氏は、学生時代はボート部キャプテンとして全国優勝に導くスポーツマンであり、今でも、タイの国内リーグを観戦したりとスポーツ愛にあふれる方。バンコクでサッカースクール、フットサル施設などのサッカー事業を立ち上げ、今はタイ人・日本人が混在する組織のマネジメントを試行錯誤しているとのこと。

タイでの立ち上げ、マネジメントとはどんな苦労があるのか? 過去経験した人材系企業と異なるBtoC企業の難しさとは? 経営とは?たっぷりとお話を伺いました。

〈プロフィール|八源寺 誠氏〉

大学卒業後、新卒で大手建設会社に就職し経理職に従事。自動車関連部品メーカーへ転職し営業職を経験。語学力向上のため、32歳で一念発起しフィリピン、カナダへ留学。その後、人材企業へ就職し、中国・上海で初めての海外勤務開始。3ヶ月後、タイ拠点の事業立上げのため、バンコクへ異動。10名程度でスタートし、40名を超える組織への成長を実現。その後、サッカー関連事業を世界で展開する現職へ転職し、ゼロからタイでの事業立ち上げに携わっている。

 

サッカー事業をゼロから立ち上げ。

― 事業内容について教えてください。

サッカースクール事業と、施設運営事業を行なっています。

サッカースクール事業は、日本全国に開校しており海外でもアメリカ、中国、カンボジア、オーストラリアに拠点があります。

タイ拠点は、2017年8月から開校し、年齢別で4クラス開校しています。コーチは日本人とタイ人の2名で、今のところ生徒はタイ在住の日本人が多いです。タイに進出した目的として、タイの子供達、タイのサッカー界に貢献するというミッションがあるので、これからタイ人生徒を増やしていく予定です。

施設事業は、フットサルコート3面を時間制で貸し出しています。ユーザーはタイ人と、タイ人以外の外国人が半分ずつくらいですね。フットサルチームの練習や、友達同士の気軽なフットサル、また我々で大会を主催したりしています。フットサル以外の用途での利用もあり、ダンススクールや、アメフトの練習などでも使って頂いています。

ー 八源寺さんはManaging Directorとして経営を行なっていますが、具体的にはどんなことをしているのでしょうか?

ゼロの状態から事業を立ち上げて、今は何でも屋状態ですね! マネジメントとして、スクール事業のスケールをどうするか考え実践したり、施設のオペレーションの構築、管理など。

経営者とはいえ、華やかなように見えて地味な仕事が比較的多いです。例えば、翻訳、サッカースクールと施設事業のウェブサイトやソーシャルの管理、SNSに投稿するためのクリエイティブを自力で作ったり、スポンサー獲得のための営業も自分で手足動かしています。コート事業は朝9時から24時まで行なっているので、シフト勤務だったりします(笑)。

取材時も、自由にコートを使い友達同士でプレーを楽しんでいました

ビジネス的視点を持ち、自分で考え、成果にコミットできる人材を育てるマネジメント

― サッカースクールとしては指導者のクオリティが大事になってくると想像するのですが、指導者のマネジメントをどう行なっているんですか?

ポイントは二つで、一つはサッカースキルを教える事はもちろん重要なのですが、子供達への教育こそが私たちが最もが重視すべき事であるということを忘れさせないこと。二つめは、ビジネス視点を持って行動できるコーチであることです。

コーチ陣は、サッカーを教えることに関してはプロで、熱量も高く信頼しています。しかし、サッカー技術を教えるだけではなく、サッカーを手段として捉えた教育者であることが必要です。なぜこのスクールで教えているのか、そもそもなぜサッカーを教えたいのか、を話して、モチベーションは子どもたちに与える価値である教育だということを忘れないようにしています。

また、スクールに来た子どもを育成することに終始するのではなく、どういった戦略で生徒数を増やしていくのか、そのために、どの様にスクールの認知を拡大させるのか、子供だけでなく、親御さんから何が求められているのか、などとビジネス視点で考えられるコーチであることが、彼らのためにもなると思っていますね。これはコーチという枠にとらわれない、いわばビジネスパーソンとして身につけるべき汎用的なスキルだとも思います。

ー ただサッカーを教えるだけではなく、ビジネス的視点を持って成果にコミットできるコーチは八源寺さんにとっても心強いですね。ほかのタイ人社員とのコミュニケーションで心掛けていることはありますか?

裁量権を与えて、出来ることはどんどん任せることを心がけています。お客さんに迷惑がかかると思ったら私が介入することもありますが、基本的には私がいない”前提でやるように伝えています。一人ひとりが自分の頭で考えるきっかけにもなり、個々人の成長にも繋がると思っています。

集客のためのマーケティングについてなどは、私一人では進めずチーム主体で進めることがあります。タイのローカル市場に入り込むことが必要なBtoCのビジネスなので、外国人である私にとってはわからないことばかりですし、現地スタッフの視点を吸い上げながら進めています。

 

スポーツマンとしての原体験から「教育を通してスポーツの世界を変える」という思いに共感

ー 八源寺さんがこの事業に関わることになった経緯を教えてください。

前職でもタイで日系の人材系企業の経営をしていました。営業を始める状態から約40人の組織まで拡大しました。新卒では経理として日本の建設会社に就職し、転職してメーカーでの営業を経験しました。その後海外へ語学留学をし、前職に至ります。まずは中国で働き、タイに赴任して来ました。

ー 人材事業とスポーツ事業、全く違う畑に飛びこんだのですね。

BtoBでもBtoCでも、事業が異なっても、経営の本質は変わらないと実感しています。課題の因果関係を探し、仮説を立て、検証・実行をし、内省をしてもう一回実行する、つまり、PDCAサイクルをしっかりと回していくことが、異なるビジネス、事業であっても基本は変わらないと思います。

前職での人材会社でのパーティー。立ち上げから2年半かけ、約40名の組織に拡大。

ー 今のお仕事に転職した理由は何だったのでしょうか?

学生時代ずっとスポーツをやってきた自分にとって、「スポーツを通じて、夢の持つことの大切さを伝えたい」という今のサッカービジネスの経営者の想いに大きく共感できたからです。

高校から大学まで、体育会ボート部に所属していて、全国優勝を経験するほどスポーツ漬けの学生生活を送ってきました。そのときから、一部の指導者と選手の間に大きなギャップがあることを感じることが多くありました。

チームとしての目標は優勝ただ一つです。しかしチームの中には大きな溝が存在し、一方通行のコミュニケーションしか存在せず、これまでの人生の中で一番、もがき苦しんだ事を覚えています。その後、母校で4年程、コーチを経験しました。自分でそのギャップを埋めるべく努力しましたが、私の力不足もあり最後は上層部と意見が合わず部を去ることになりました。

長く競技に携わる中で、指導者だけでなく、競技運営に携わる人たちも、その人自身が競技に関わりたいからという独善的な理由で関わっているに過ぎないのではないのか、と感じることが度々ありました。スポーツは誰のため、何のためにあるのか?指導者はスポーツを通してもっと良い影響を与えるべきなのでは?と課題感を持っていました。

私がこの会社に強く共感した点は、サッカーを手段とした教育事業と考えている点です。サッカーは、「何のためにこれをやるのか?」と自分で考える子どもたちを育てるための手段です。未来のスポーツ界を支える、子どもたちの教育に関わることで、将来的にはスポーツ界をも変えていけるというメッセージに強く共感し、転職を決意しました。

ー ご自身がスポーツに深く関わっていた時の、原体験が元にあるのですね。

スポーツビジネスに関わりたいという思いが以前からありましたね。

自分の原体験から、勝ったら嬉しい、負けたら悔しいというナチュラルな感情を表現できることは、スポーツの持つ大きなパワーだと思います。そして、自分だけではなく、周りの人たちもその感情に巻き込むことができるスポーツの魅力に自分自身が引き込まれています。

また、いつの日か自分が関わっていたボートというスポーツを、多くの人に知ってもらうために、貢献できる人になれればという思いもあります。スポーツ業界は、未だに競技の経験者ばかりが集まったクローズドな業界といえます。そこに経営視点、マーケティング視点を持って、何のために誰のためにを見つめて事業を動かしていけば、より良いものになっていくのではと思いますし、自分がそういうスキルを持って貢献していければと思っています。

 

「なぜ使ったものを片付けなければいけないか?」スポーツを通じて“行動の意味”を考えさせる

ー サッカースクールというと、子どもたちにとっては人気の習い事ですよね。タイに暮らしている子どもたちにとって習い事は身近なものなのですか?

スクールの時間割りを作成するときに実感しましたが、日本人の子どもたちは時間の調整が難しいくらい、習い事に忙しいですね。競合はサッカースクールだけではなく、ピアノや水泳など含む全部の習い事。私自身は田舎育ちでほとんど習い事をしたことがなかったので、子供たちがこんなに習い事に忙しいということを知り驚いています。お習い事時間枠の奪い合いですね。

ー 他の習い事、スクールとの差別化はどう行なっていくんでしょうか?

サッカースキルのみならず、その先の子どもの教育までできるよう、行動一つひとつの意味を考える力を育てていけるものにしていきます。

興味深い事例として、我々の中国のスクールでは、同じように開校当時は日本人生徒が圧倒的だったのにもかかわらず、今は中国人生徒の数が上回っています。その成功の要因は、「日本式のしつけを身に着けさせたい」という親のニーズにうまくマッチしたからです。

例えば、試合の前はきれいに整列する、点数を取ったら皆でハイタッチをする、使ったビブスはきちんと片づける、など小さなことですが、一つひとつの行動には意味があります。日本では、よく見る光景ではありますが、一歩海外へ出て見ると違います。ただ頭ごなしにやれという事は簡単です。しかし重要な事は、なぜこれをやらなければならないのかを自分の頭で考えさせることでだと思っています。サッカーを通じて、挨拶をする、片付けをする、仲間をリスペクトするといった、躾が身について来ました。

今、タイでもサッカースクールの生徒数が増えてきている要因も指導者にあるように思っています。保護者からのアンケートの結果を見ると、コーチがしっかり見てくれる、サッカー以外のことも教えてくれるというお声も頂き、手ごたえも感じています。これからも、子どもたちが自ら考え、自発的に成長していけるスクールにしていきたいですね。

 

八源寺さんがめざす姿、マネジメントとは?

ー 最後に、これからの八源寺さんのありたい姿を教えてください!

マネジメントという仕事に少しずつ手ごたえを感じてきているので、周りの人の成長に貢献し、良い影響を与えていけるようになりたいです。

これまでは、KPIを追うための戦略・戦術のようにロジカルなモデルを好んでいました。ロジカルで気持ちよく、これが正しいモデルである、という公式のようなものを、マネージャーとして押し付けていた部分もあったかと思います。

しかし、戦略や戦術なども重要ですが、特に東南アジアではメンバーに愛情を持って接することが重要だと考えています何かを自分がしたら相手は返してくれること、それぞれのモチベーションが違うから本気で向き合うこと。ロジカルに会話をするドライさも良いですが、タイに来てマネジメントを経験し、このようなウェットなコミュニケーションなのも悪くないと少しずつ実感していますね。

サッカーは好きですがプロのように詳しいわけではない、新規事業の推進もまだノウハウが充分ではない、そんな自分は、マネージャーとして周りの人の成長に貢献することしかバリューがないな、とも思うんです。周りの人どうしのリレーションを創り出し、成長にコミットしていきたいです。

ー ありがとうございました!

施設でのフットサル大会にて

 

編集後記

「なぜこれをやるのか?」という思考を習い事で身に着けさせる。なかなか小さいころ無かった経験だなと振り返ります。

例えば、私が長年続けていたピアノのこと。楽譜の通りに、ただ指を動かすのではなく「なぜここをこう演奏するのが美しいのか?」と意味づけて、自分で考えることを最初に求められたのは中学生、高校生くらいのことで、その思考の方法すら知らず苦悩した記憶があります。今も、一つ一つの行動に意味付けして、モチベーション高く行動できているだろうか? と、自分を見つめなおす取材となりました。

さて、八源寺さんは私が長期インターンの時からお世話になっている上司でもあります。八源寺さんは、短い時間でも旅行を楽しむのがすごく得意で、いつもニッチな観光地のお話を聞くのが楽しみでした!

記事の中で入りきらなかった、【3日お休みがあればタイから行ける! オススメの旅行先】をこちらにメモしておきます。(^^)

【おまけ】3日お休みがあればタイから行ける! オススメの旅行先

タイ国内編

 ・カオラック(南部。透明度の高い海、内陸部には壮大な国立公園があり、海も山も両どりできる!)

 ・プーチ―ファー(レンタカーでないと行くのは厳しいが、ラオス国境で雲海が見える)

 ・ドイ・メーサロン(中国国民党軍残党の子孫が住んでおり、異文化が楽しめる)

タイ国外編

 ・中東(ウズベキスタン、イランあたり。日本からの渡航に比べタイ発のほうが直行便も多く近く身近。イスラム教の原点の、荘厳さを感じられ、八源寺さんいわく「リアルドラクエ」なんだとか…!)

イラン、カーシャーンの街並みと八源寺氏