「タイと日本にとって本当に価値ある仕事をしたい。」タイへの留学、現地採用を経てさらなる挑戦をする白鯛憲司氏

新卒でタイの大手日系企業に就職し、現在は再びチュラロンコン大学でタイ語を学ぶ白鯛氏。
「タイと日本に本当に価値ある形で貢献したい」とまっすぐで熱い想いを持つ白鯛氏に、今までの道のり、これからのキャリアについて取材をしました。

《プロフィール|白鯛憲司氏》
1988年、徳島県生まれ、兵庫県育ち。兵庫県立大学大学院在学中にチュラロンコン大学工学部に1年間留学。卒業後はタイの大手日系企業に新卒で現地採用枠として新規工場立ち上げ、プロジェクトマネジメントを経験。今年8月末に退職をし、9月よりチュラロンコン大学にてタイ語を専攻中。

 

タイの洪水が思わぬ転機に。タイの東大と言われる名門チュラロンコン大学への長期留学を経て

ー もともとタイで現地採用として働かれている前に、チュラロンコン大学で留学をされていたんですね。経緯を教えてください。

2012年3月から2013年の1月までチュラロンコン大学の化学工学部に長期留学をしていました。

ちょうど大学院1年目の時に、返還不要の奨学金を給付していただける機会があったこと、研究室の教授が現地の大学の教授とのコネクションを持っていたので、タイに留学するという選択肢がありました。また研究室も積極的にタイ含め海外大の留学生を受け入れていて、海外に興味があったことから、大学教授に留学を打診されて、すぐに留学することを決断しました。


ー そうなんですね!決断する際、迷いなどはありませんでしたか?

もともとはあまりチャレンジ精神に満ちているような学生ではなかったんですが、大学に入ってから青少年教育と障がい者支援を事業としたNPO法人に参加し、プロジェクトの運営などを経験し「新たなことに挑戦することの大切さ」を身にしみて感じたので、特に迷いはありませんでした。

研究室に入る直前に、初めての海外に行き、ベトナムで海外ボランティアに参加した経験もあったので、新たな機会に飛び込むことへの抵抗はなく、それよりもタイの東大と言われるチュラロンコン大学で優秀な学生と学べるチャンスがあることへのわくわくのほうが勝っていました。

 

ー そして2012年から3月からタイに渡航されたんですね!

はい。2012年3月から13年1月まで10ヶ月間、留学をしていました。もともと留学期間は3ヶ月間の予定だったんですが、2011年7月にタイでは歴史的な洪水が起き、バンコクが10月に冠水してしまいその影響で現地の大学側から受け入れが厳しいと言われてしまったんです。

2012年の3月以降なら受け入れ可能と言われたのですが、もともとその時期に帰国し就活を開始したいと思っていました。ただどうせなら留学もしっかりとやり抜きたかったので大学院2年次を休学し、10ヶ月間の留学に変更することにしました。

 

ー チュラロンコン大学での留学中はどういったことを学ばれていたんですか?

大学では、化学工学部に所属していて、エビ農場の水質を浄化する研究をしていました。具体的には、タイはエビ農場が多くありますが、抗生物質を大量に使うことが多く、水質が悪化してしまい、農場が使用不可能になるので水質を浄化するための研究していました。研究の成果としては水質を綺麗にすることができる素材の開発の元となる基礎データを取れたこと、国際学会に3回、学内学会に1回出る機会を得られました。


 現地のボランティアに参加した際の様子

 

新卒で日系大手企業のタイ支社に就職。挑戦が新たな挑戦の機会を生み出す。

ー 新卒でタイの大手日系企業・バンコク郊外にある工業団地の現地採用のエンジニアとして入社されたんですね。どういった経緯でしょうか?

2013年1月に帰国して、就活を始めて人事の方に会ったり、就活生とは積極的に会い、働きたいと思える会社を探していました。ただ留学中のタイで感じた挑戦する時のワクワクや、アグレッシブな気持ちは日本で就活をしていて感じられなかったのが本音でした。誤解を恐れずに言うと、あまり日本で働くことが面白い選択だと思えなかったんです。

タイにいた時にアジアの今後の可能性を感じていましたし、このまま日本で漫然と働くのではなく、若いからこそ海外で挑戦し、人と違うチャレンジをしたいという思いが強くなっていました。

また、長期的な目標として教育事業に関わっていきたいという思いがあり、日本のみならず世界を知り、広い視点や知見を持ちたいと思い、海外で就職することを決めました。

 

ー すごい決断力ですね。ただ、正直新卒で現地採用はハードルが高くありませんでしたか?
はい、一般的には新卒現地就職はかなりハードルが高いと思います。なぜなら、日本の新卒採用と違って即戦力人材が求められるからです。少なくとも3年間は実務経験を積んでいないと厳しいと言われています。実際私も2013年8月から2ヶ月間就職活動をタイで行い、10社に応募して、返事が返ってきたのは1社のみでした。ただ、その1社から運良く内定が出て2014年4月に入社しました。

運良く、内定を出していただいた企業がタイでの新規工場の立ち上げをしている状況でとにかく人が欲しいタイミングだったことと、そして理系院卒かつ現地の大学で留学経験のある機械エンジニアだったので、伸び代に期待され採用してもらったと思っています。

振り返ると、本当にその場その場で運が重なって今の歩んでいるキャリアに繋がっていると思います。

 

ー 2013年4月に入社されてからは主にどういった仕事をされていたか教えてください。

先ほども申した通り、新規工場の立ち上げを担当していました。実際には日本人マネージャーとタイ人スタッフの橋渡しのような仕事をしており、それこそ日本人マネージャーからの技術的な指示や仕事の調整などをタイ語で通訳しながら、仕事を進めていました。工場なので毎日様々な問題が起きるのですが、そういった緊急時の対応なども行っていました。

またマネージャーが工場にいない場合は、代理でマネジメントもさせていただき、新卒入社ながら裁量権のある環境で仕事ができていたと思います。タイ語についても学校に通うわけでもなく、必死に独学をして習得をしました。

 

積極的に通訳などの活動をされる白鯛氏


ー 独学でタイ語を学ばれて通訳…!すごいですね。実際にタイ人と働いていて、カルチャーショックや難しさは感じましたか?

成人男性の出家文化や、日本と比べて家族をとても大切にする文化については、驚くことが多かったです。

例えば、重要なプロジェクトの途中でも「両親に言われたので、2週間出家するので会社を休みます」や「母が風邪をひいて看病をしなければならないので、休みます」など日本社会でありえないような仕事の休み方をするので戸惑いました。一方、こういった家族を大切にする文化は日本人としても見習う点は多くあるなと思いました。本来仕事よりも家族の方が重要ですし、負い目を感じずに家族のために仕事を休めることはとても良いことだなと思います。

また通訳をする時にコミュニケーションの取り方も難しいと思いました。タイには本音と建前を気にする“グレンチャイ”という文化があり、タイ人が本当に伝えたいことを引き出して、日本人に正しくその意味を咀嚼して伝えることが特に難しかったです。本当に伝えたいことを引き出すためには、そもそもの互いの信頼関係を築くことが重要だと学びました。

 

ー タイ人の方と信頼関係を築く、仲良くなるために工夫されていることが教えてください。

とにかく現地の文化に溶け込むことを意識しています。基本的なことでいえばタイ料理を食べる、現地のバスに乗る、英語ではなく、なるべくタイ語で話すよう心がけています。

新卒入社してちょうど1年経った頃に、実用タイ語検定3級を取ることができました。そこからタイ人から「こいつは本気でタイ語を学んでいる!」と驚かれるようになってそこからぐっと距離が近くなりました。日本でも、日本語を片言でも話そうとしたり、日本の文化に積極的に興味を持つ外国人には好感度を持ちますよね。

また先入観を持ってタイ人と接しないことがとても重要だと思っています。ネットや本の知識に偏ると「タイ人は真面目に仕事をしない」「タイ人は時間にルーズ」といった先入観を持って接してしまいがちですが、フラットに「この人はどういう人間なのか」「そもそもこの人は何を考えているのか」と相手の立場に立って偏見無しにフラットに接することが何より重要だと思います。「タイ人だから」と言って思考停止しないように常に心がけています。

 

ー 相手を先入観で決め付けず、まず相手に純粋な興味を持ち信頼関係を築くことは重要ですよね。


白鯛氏主催の日タイラーメン交流会の写真。積極的にタイ人との交流を行っている。

 

タイにとって本当に意義のある仕事をしたい。一念発起して再びチュラロンコン大へ。

ー 今年の8月末に勤められていた企業を辞め、今はチュラロンコン大学でタイ語を学ばれているんですね。

もともとは3年から5年の間に学べることは全て学んで、次のステージへ行こうと心を決めていました。入社した際に、新規工場立ち上げプロジェクトで、自分がどう役に立っていくべきかや、その中でやり切りたいことを明確に決めており、ちょうど今年になってやり切った実感を得ていたからです。

タイの雇用創出やタイ人の教育&育成をするという意味ではとてもやり甲斐を感じていましたが、身につけたタイ語を生かしてタイの社会的課題に直接アプローチできるような仕事をしたいという思いが芽生えていました。

英語学習の為に、オーストラリアなどでワーキングホリデーを行う選択肢もありましたが、タイで様々な人と出会えていることもあり、より面白く深い経験が積めると思ったため、まず大学でタイ語をしっかりと学ぶことにしました。

 

ー 今後の展望や、タイへどう関わっていきたいかのビジョンを教えてください。

タイ語の勉強が終わってからは、JICAの青年海外協力隊で2年間働く予定です。具体的には、環境教育という職種で、タイの南のとある県で町役場を主体としたゴミ削減プロジェクトに関わる予定です。まさにタイの社会課題に直結しており、現地の方と協力しながらプロジェクトを推進していきたいと思います。

中長期的なキャリア目標は明確には決めていませんが、教育に関わる仕事をすることだけは決めています。今自分ができることに集中をして、経験を積み重ねていってその時に考えていこうと思っています。現状、日本とタイに貢献できるように働きたいと思っています。

 

ー 最後に、海外で挑戦したいか迷っている方にメッセージをお願いします。

月並みな表現ですが、とりあえず小さなことでもいいから行動を起こすことが大事です。

若いうちは失うものは特にないので、一度、飛び出して挑戦してみる。迷っている時間があるくらいなら行動すべきです。またフィールドは必ずしも海外である必要はなく、小さなことでもいいので挑戦してみて、成功体験を少しずつ積んでいくことが重要だと思います。

キングコング西野さんの本『革命のファンファーレ』の中に書かれている言葉を自分なりに解釈して、座右の銘としています。「後悔の可能性を片っ端から潰すこと。少しでも後悔しそうなことがあれば、まずやってみよう」という言葉です。

私の解釈ですが自分が、何かをしなかったことで、将来後悔する可能性があるなら、とにかくやってみることが大事だと思います!

編集後記

圧倒的にアクティブに行動を起こして、様々なチャンスを形にしてきた白鯛さんを取材させていただきました!様々なチャンスを形にするだけでなく、日々タイ語の勉強や他の活動などをしっかり積み重ねられて、徹底的に準備をされており戦略性と実行力を兼ね備えられた方だという印象を受けとても学びの多い取材でした。これからはYoutubeなどのSNSを利用した活動も積極的にしていくそうで、白鯛さんのさらなるご活躍に乞うご期待ください!

ABOUTこの記事をかいた人

清沢康平

同志社大学法学部法律学科4年。ASEANデビューは大学3年次にバックパックで訪れたベトナムとタイ。その際に迷い込んだゲイバーでマツコデラックスに似た化け物に恥部を触られ、2000THB(約6000円)を喪失。その直後から原因不明の腹痛に襲われ2日間ダウン。この時に、もう1度タイに戻り屈強な精神と肉体を手にいれるべくバンコクでインターンシップをすることを決意。 大学4年次を休学し、2016年3月25日から2016年12月末までバンコクのJAC Recruitment Thailandで10ヶ月間法人営業を経験。現在は再びバンコクに戻り、2017年9月末よりDonuts BangkokのHRチームにて採用、組織制度作りなどを担当中。2018年1月に帰国予定、来年4月からは某IT企業にて東京勤務。