「サービスを通して人と人を繋ぐ」マレーシアの飲食業界を盛り上げるキャリアウーマン!福田綾香氏にせまる!

2017.08.02

「帰る場所があるからこそ帰らない」

と真っ直ぐに語る福田さんは23歳の若さでマレーシアへ。

3年間で10店舗近くの日本食レストランの立ち上げを行い、マレーシアの飲食業界に革新を起こした。人との関わりを何より大切にし、高校時代から学んだサービスへの知識や経験を武器に、まさに“好きなことを仕事に”ひたむきに突っ走る福田さん。東南アジアで活躍する女性、勢いの止まらない福田さんにお話を伺った。

<プロフィール|福田綾香>

熊本県の専門学校を卒業後、サービススキルを極めるために上京。六本木にある一流ホテルに就職し、日本料理専門店を担当。その後、東京・マレーシアで日本食レストランの立ち上げ事業に携わる。現在は、飲食コンサルティングを中心に、CA CRUZ SDN BHDのManaging Director としてマレーシア・クアラルンプールで勤務。

慣れ親しんだ熊本から、東京、そして単身マレーシアへ

- ご出身の熊本からマレーシアに行くことになった経緯を教えてください。

熊本県出身で、県内専門学校の国際ホテル科を卒業した後、東京でサービスを極めるため上京し、六本木にあるホテルの高級日本料理店で働いていました。そこで働いていた先輩の、東京・麻布十番でのお店立ち上げに携わりました。

その後は知人の紹介で東京駅のレストランで働きながら、再就職を試みる日々でした。当時、マレーシアで日本食レストランの立ち上げをするため、日本のサービスを学びに来た日本人の方に、日本のおもてなしを教えていたのですが、「福田さんも一緒にマレーシアにきて現地の人たちに、日本のおもてなしを教えてくれないか」と声をかけていただいたんです。日本で再就職するか、海外に出るかという選択をすることになりました。

- 周りの反応はどうでしたか?

初めは両親も反対していました。私も家族もマレーシアに対して知っていることはほとんどありませんでしたし、特に安全面に対してはとても心配されました。

両親は「熊本から東京に行くときもすぐ帰ってくると思っていたのに、さらに遠く行ってしまう」と驚いてもいました(笑)。しかし、仕事の先輩方から若いうちに海外を見てみたほうがいいというアドバイスを受け、また学生時代から海外に出てみたいという強い想いも重なって、最終的に両親にも納得してもらい渡馬を決めました。

大切に育てた飲食事業、新たなステージでの挑戦!

― レストランの立ち上げ事業から現在のコンサルティングの仕事に変化した経緯を教えてください。

東京、マレーシアでお店の立ち上げに携わり、マレーシアでは3年半かけておよそ10店舗の立ち上げを経験したので、ある程度のノウハウがついたんです。マレーシアでのお店の立ち上げは何もかもがゼロからのスタート。食材の輸入や、制服、スタッフの採用、契約書などの難しい部分も全てを担当しました。内装からオペレーションまで携わり、初めはもちろん知らないことばかりの連続でした。

このときの私は、助けてくれる人がいないのではなく、助けてくれる人を知らなかったのです。その経験から、私は海外に来た人をサポートしたいと思うようになりました。サービスという自分が大事にしているものの対象を、お店に来店するお客さんだけでなく、今度は対業者さんという風に、お客さんの幅を広げようと思いました。ゼロからのスタートですべての分野に触れてきた私だからこそ、どこの部分を聞かれても答えることができます。また、海外での開業などは時間がかけられないことも、身をもって経験しています。自分の経験を活かし、そして、もっと幅広い面でサービスを広げていきたいと思いました。

独立することを考えましたが、知人の紹介でCA CRUZ SDN BHDと出会いました。ちょうどマレーシアに店舗を置こうと考えていたタイミングで出会ったので、社長から、「マレーシアの責任者としてやってくれないか」と声をかけてもらいました。その話を受け、今はこうしてマレーシアで日本食レストランの立ち上げ事業と飲食コンサルティングの仕事を中心にやっています。

ー どのような形態の日本食レストラン扱っているのですか?

お店の業態は決まっていないです。寿司屋、鍋、しゃぶしゃぶなど様々な業態で展開できるようにしています。現在、開店を控えているお店は、チャイニーズと日本人の家族をターゲットに、家族団らんを楽しめるお店を目指しています。今のマレーシアは、昔の日本のように3世代の家族での団らんを大切にする風潮があります。先進国などで流行った事業を東南アジアなどに導入していくタイムマシーン事業というものがありますが、文化や風潮などに関しても同じようにいえることがあります。

(レストランのスタッフの皆さんと)

海外でも不安はない!軸を決めたら、がむしゃらに走るだけ

- いきなりの海外で不安などはありませんでしたか?

自分が何をやりたいかしっかり決まっていたので、不安はありませんでしたし、今もありません。一番初めに就職したホテルを辞めて、再就職先を探している時は自分が何をしたいのか定まっておらず、不安でいっぱいでした。様々な業種の会社を受けてみましたが、「やってみたいな」くらいの気持ちしかなく、すぐに見抜かれてしまいどこにも受からなかったんです。。

うまくいかずに落ち込んでいたときに「サービスが好きなら、それをやるべきだ」「ふくちゃんはサービスが向いてると思うな」と先輩に声をかけてもらいました。周りからの助言で自分に何が向いているか、何がしたいかわかるようになりました。今は自分のやりたいことが「サービス」だと明確なので、マレーシアに来てからはそれを軸にがむしゃらに走っている状態です。

ー 言語に対しては不安はなかったのですか?

英語は全然喋れませんでした。マレーシアで一番初めに就職した会社も外資系のホテルで、外国人客が7割いました。しかし、伝えたいという思いがあれば、拙い英語でもやりとりはできるし、仕事として成り立っていました。その経験もあり、言語の壁に対する不安はあまりありませんでした。また、特にマレーシアでは、拙い英語でも、聞き取ろうと熱心に耳を傾けてくれます。マレーシアは言語の面でとても壁の低い国だと思います。

(素敵な着物でインタビューに来てくださいました)

マレーシアは人も環境もいい、日本はいつでも帰れる場所

- 女性として結婚、出産など女性としてのキャリアについてどうお考えですか?

結婚も、出産も、仕事もしたいです。その点、マレーシアはとても向いているんです。マレーシアは世界で女性が管理職として働く人が多い国として上位にあります。メイド制度も一般的なので、出産後3か月もしないうちに職場復帰する女性もとても多いそうですよ。近所付き合いが親密で、昔の日本のように面倒を見てもらったりする風習があります。

また、子どもを産むパワーもあり仕事と家庭を両立させることのできる女性に対して、男性が尊敬の目を向けてくれています。周りの理解、サポート体制が充実している点で、仕事と家庭との両立がしやすい環境があると思います。英語教育なども含め、子どもを育てるのには良い場所だと日々思います。

― 仕事をやっていく中で、芯、支えるものはなんですか?

人です。人をすごく大切にしています。落ち込んだり、困ったりしたときはすぐに人に相談しています。自分が人を大切にしているからこそ、自分も大切にしてもらえると思っています。特にゼロからのスタートだったマレーシアでの開業の際、様々な分野の人たちと出会い、周りの人々に恵まれました。だからこそ、コンサルティングの仕事の中で、自信を持って人に紹介することができます。

あとは、いつでも帰れる場所を大切にしています。それは、家族や地元の友人などです。それがしっかりあるから、不安な気持ちも無く、仕事に全うできます。帰ろうと思う場所があるからこそ、帰らないです。とことんやるまでやって、満足し、帰るときがきたら帰るべき場所に帰ろうと思います。

最近、地元熊本県のモンバサダ―という熊本と海外をつなぐ役割として任命されました。決して、日本にネガティブな感情を抱いて海外に出てきたわけではないので、日本との繋がりも大切にしています。

(地元熊本のモンバサダーに就任)

組織としても個としても、国境を意識しない・させない働き方へ

― 今後の展望を教えてください。

まずはマレーシアを中心に仕事を続けていきます。でも、マレーシアにずっといるとも思いません。マレーシアを拠点に東南アジアへ事業を広め、いずれはほかの地域の国にも進出することが大きな夢です。

あとは、個人として自分自身も売り出していきたいと思っています。自分が経験してきたことや、ホテル時代に学んだことを次の世代に還元していきたい、という思いで、学生に対して講演を開いたり、インターン先を紹介する活動も行っています。海外というとハードルが高そうなイメージを持たれがちですが、決してそうではないことを発信していきたいです。日本の若い人たちに、もっともっと海外に出てきてほしいですし、同志が増えたらいいなという思いでいます。そのためにも、自分の経験をどんどん発信していきたいです。世界の福田を目指して(笑)、個人としての活動も大切にします。

編集後記

ご自身の仕事の内容を、真っ直ぐなまなざしでいきいきと語る福田さんのお話を聞いて、私もとてもワクワクしました。自分の軸となるものと、自分の強みになるものをしっかり分かっているからこそ、がむしゃらに走り続けることが出来るのだと思います。女性としてもとても憧れる存在です。人を大切にし続けるからこそ、まわりの人からも大切にしてもらえているのだと思います。

ABOUTこの記事をかいた人

渡辺祐里

筑波大学社会国際学群国際総合学類三年。文化人類学を専攻。現在、マレーシア・ペナン島での留学生活を満喫中。留学をきっかけに宗教をはじめとする東南アジアの多様性に興味を持ち、勉強しています。ぐんぐんと存在感をあらわにしているASEANの勢いを伝えていきたいです。