2016.08.11

「途上国で国際協力がしたいです。」海外志向のある高校生や大学生の多くが一度は言ったことがあるのではないか。しかし実際その想いを体現するのはそう容易ではないようだ。学生としてボランティア活動をしてきた人が共通して語るのが「想いだけでは何もできない。」実際はどうなのか、経験者にインタビューした。

《プロフィール|増原早紀さん》

関西学院大学法学部政治学科2年。高校生の時にアメリカへ1年間留学を機に国際協力に関心を持ち始める。双子の妹に負けたくないという想いから大学入学後はフィリピンのスラム街での家を建築するボランティアに参加。2015年10月から2016年2月まで、トビタテ!留学JAPAN3期生多様性コースとしてカンボジアのローカルNGOでのインターンを経験。

カンボジアのNGOでインターン

—カンボジアでの活動内容を教えてください。

私は関西学院大学の国際社会貢献活動というプログラムを利用してJST(Joint Support Team for Angkor Preservation and Community Development:アンコール遺跡の保全と周辺地域の持続的発展のための人材養成支援機構)というカンボジアのシェリムアップにあるNGOで2015年10月から2016年2月までインターンをしていました。

具体的には、教育分野に携わらせていただきました。JSTが設立したバイヨン中学校、モイモイというカフェでの日本語教育、日本文化の紹介、JSTが支援する村にあるフリースクールで英語教育、教育調査の集計、日本から来たロータリークラブやNPOの視察団のサポートをしていました。

13643794_577991032399998_1826033180_n(日本語を教える様子)

 

憧れとのギャップに直面

—なぜそのようなボランティア活動をしようと思ったのですか?

高校1年生の時に1年間アメリカに留学したのが原点です。一言で言うと、憧れていたアメリカのキラキラしたイメージとは対照的に、貧困や格差に衝撃を受けました。あるアイヌの友達は、見た目はロシアと日本のハーフなのですが、日本語は話せないということでいじめられていました。他にもニューヨークではバスのチケットを買えないから買って欲しいという物乞いの子供に出会いました。

アメリカに行けば全てを知ることができると思い込んでいたので、その時は「自分の知らない世界は広いのだな」と感じましたね。

それに加えて、小さい頃からテレビで青年海外協力隊の方のように、途上国で頑張っている日本人に憧れていたので、国際協力に関心を持ち始めていました。

ちょうどそんな時に、関西学院大学のグローバル入試を知りました。それは将来国連や社会貢献を目指す人向けの入試で、せっかくそれで関西学院大学に合格したので、国際社会貢献活動に挑戦してみたいと思ってこのプログラムに応募しました。

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双子という宿命が原動力

—でも応募したのは1年生の時ですよね?不安はなかったのですか?

正直なところ、怖くて行きたくなかったですし、応募はしたけど落ちて欲しいとさえ思っていました。でも私には双子の妹がいるのですが、妹の方が長けているので、自分も何かしなければという想いがあったからか、いつの間にか応募していました。

—ではなぜカンボジアという国を選び、インターン先としてJSTを選んだのですか?

当時はカンボジアに強い思い入れとかはなく、強いて言えば昔ポルポト政権で知識人が虐殺されたことによる教育問題に関心があったのと、途上国を知るにはカンボジアが最適だと考えたからです。

JSTを選んだ理由は、1年生で何もできない自分には、ただ日本人であるというアイデンティティーくらいしかなかったので、日本人であることを活かせる日本語教育に関連があったからです。

—カンボジアに行ったことがない日本人の間では、カンボジアというと、地雷、貧困といったネガティブなイメージが強いですが、実際に行ってみてどうでしたか?

1,2年生の時にも、長期休暇を利用してフィリピンのスラム街に家を建設するボランティアに行ったことがあったので途上国のイメージはできていましたし、カンボジアもフィリピンと似ているなと思いました。

ただフィリピンは短期であったので貧困といったネガティブな面が目立ってしまいましたが、カンボジアには半年間いたので、カンボジア人の温かさ、美味しい食べ物など、ポジティブな面を楽しむことができました。

13608189_577991039066664_670391997_n(カンボジアの子供たちと)

—どのようにカンボジアライフを満喫していましたか?

まず、クメール語をしっかり勉強して行ったので、「君は日本人なのにクメール語が話せるから安くしとくよ!」と言われたのが、認められた感じがして嬉しかったですね。

そして現地の生活に徹底的に溶け込みました。カンボジア人にとって遊びに行くと言えば、遺跡です。(笑) そこでレジャーシートを敷いて、皆でご飯を食べたりして、眠くなったらハンモックで寝るという緩やかな生活をしているうちにどんどんカンボジアに溶け込んでいきました。

13618136_577991079066660_483395445_n(ハンモックでくつろぐ様子)

あとはなんでも食べましたよ。蟻、蛙、蜂の幼虫、コオロギ、孵化直前の茹で卵まで食べました。別に好きで食べていたわけではないのですが、好奇心で食べていました。ちなみに一度もお腹を壊したことはありません。(笑)

13625325_577991029066665_1976152942_n(孵化直前の茹で卵)

 

—では逆に辛かったことはありますか?

先ほどのカンボジアの良い面を知れた一方で、やはり負の側面を見てしまった時ですね。カンボジアでの活動中は、目がキラキラして、学ぶ意欲が強い子供達とばかり接していたので、とても幸せでした。

でも帰国間近の頃、ふと通ったカフェでシンナーを吸っている子供達を見て「ああ、やっぱりカンボジアってまだこんな一面もあるんだ」と思いました。その子達の目はもう死んでいて、自分の手の届かないところではまだ問題は残っているのだなと感じると同時に、国際協力の難しさを痛感しました。強い情熱や想いは人一倍あったつもりでしたが、まだまだ自分にできることは限られているなと感じたのが正直なところです。

物乞いというフィルターに罪悪感

—そういう負の側面もありますよね。ちなみに、カンボジアの貧困、子どもたち、というと物乞いの子どもに衝撃を受ける人も多いですが、どのように関わっていましたか?

私は、そもそも物乞いだからどうとか考えるのが間違っていると思います。フィリピンに行った時に、やはり物乞いがいましたが、私はずっとその子と遊んでいました。でも先輩が「その子は物乞いだから話したらダメ」と言われて・・・

その瞬間にその子を無視しないといけなくなって、それにすごい罪悪感を感じました。

カンボジアに行っても、また同じように物乞いがいました。そういう子供たちは実際教育を受けてないかというと、受けているんですよ。子供たちからしたらただの親のお手伝いです。

私は物乞いが「これ買って」と言ってきても、別に自分が買いたいと思ったら買えばいいし、高いとか欲しくなかったら買わなくてもいいだけで、決めつけるべきではないと思っています。結局私は何も買いませんでしたが、普通に話しかけて、一緒に遊んでいました。

物乞いというフィルターで見るべきではなく、普通の子供だと見て欲しいです。。笑ったらすごいかわいいですよ。物乞いだと判断した時点で日本人が上から見下している感じがして嫌だなと思います。

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日本って捨てたもんじゃない

—トビタテ!留学JAPANに応募したきっかけを教えてください。

まずカンボジアに行くのが決まったのですが、親を説得する際に奨学金をもらうことが条件でしたので、探していたところ、たまたま友達に教えてもらい、応募しました。最初は自分なんか無理だと思っていましたが、留学計画を書くことで将来を具体的に考えることができて良いきっかけになりました。

—他のトビタテ生と交流してどうでしたか?

自分とは違うフィールドで頑張っている人たちを見て、日本って捨てたもんじゃないと思ったし、その人たちに頑張って欲しいと思いました。他にも奨学金はありますが、このように切磋琢磨できるコミュニティーがあるのはトビタテ!留学JAPANならではの魅力だと思います。

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人を繋げる仕事を目指したい

ー最後に将来のビジョンを教えてください。

将来のビジョンについては、まだ決めかねていますが、今考えているのは、報道記者か、生活必需品を取り扱うメーカーでの就職です。

報道記者といった仕事では、やはり一番現場に寄り添うことが出来、出来事だけではなく、自分の想いも同時に発信できることが魅力だと感じています。今までの人生を振り返ってもと、何か起こると自分が率先していきたいと思ってすぐ行動してきた現場型なので、今後も現地の人の声を聞いたり、人をつなげる仕事をしたいという想いがあります。

一方で、カンボジアでの生活で、トイレタリーといった生活用品の大切さも実感しました。海外展開を続けている企業を通して少しでも途上国に対する社会貢献ができればなと考えています。

卒業まであと1年弱あるので、じっくり考えていきたいと思います。