あなたは本当に東南アジアで働きたい? 50代早期退職後ベトナムで日本語教師として勤めた 井上徹氏

2016.03.30

エンジニアや営業、MBA留学などで多彩な経歴を持つ井上氏。退職後に日本語教育の修士を取得し、ベトナム・ホーチミンの国立大学2校で2年間日本語教師を務めた。「現地語を学ばないと学生に学ぶ喜びを伝えられないし、すごく狭い世界しか理解していないことになる。」「東南アジアが楽しいことは当たり前。それが自分の人生の中でどんな意味を持つのか。」などの鋭いコメントは、東南アジアで働くことを検討している方には必読です。

《プロフィール|井上徹氏》
1951年生まれ、大阪府出身。大阪大学基礎工学部情報工学科卒業後、エンジニアとして富士通に勤める。その後、国内大手企業でのイギリス駐在やMBA留学、インテルでの営業などを含め6つの職を経験。50代での早期退職後、一橋大学大学院修士課程を修了し、ベトナム・ホーチミンの国立大学2校にて日本語教師を務める。

アジアから日本社会を見てみたかった

井上さん3

ー日本語を教えるためにベトナムに行った理由をお聞きしたいです。

50代で会社を早期リタイアして最初に取り掛かったのは現代史の研究です。博士過程に進学しましたが、博士論文を書くよりは海外に出ようと思いました。アジアから日本社会を見てみたかったのです。旅行だと現地社会は見えないから、働くことが前提でしたね。

日本語を知りたいアジアの若者がたくさんいると聞いていたので、日本語教育学の修士在学中にベトナム人留学生からホーチミンの大学を紹介してもらいました。

 

ー日本語教育の前に現代史を研究していたんですね。

私が1951年に生まれということは、日本の現代史を生きてきたということです。日本が敗戦後独立してから今までがどういう世界だったのかを歴史的・社会的に見直したかったというのが、現代史を研究しようと思った理由。

サラリーマンをしていた32年間に「何をやってるんだろう?」というのは常に考えていました。企業戦士としてずっと働いてきて、これっていったい何だったんだろうと。その意味を知りたかったんです。

56歳の時に早期退職して、社会学修士を取って、1年間社会学の博士コースにいったんだけど、途中でコースを変えました。そのあと2年間日本語教育の修士をとって、それからベトナムに行きました。5年間大学院で勉強していましたね。

ベトナムでは2年間、国立大学2校で日本語を教えました。

 

ベトナムの日本語教育における問題とは

井上さん5

ー最初行く前や行った直後のベトナムのイメージはどのようなものでしたか?

ベトナム戦争があって、その後のドイモイ政策のおかげで今は発展途上で活気があるというイメージでしたね。

 参照|ベトナム発展の起点! あなたは「ドイモイ政策」を説明できますか?

 

ーそのイメージはその後どのように変化しましたか?

まず最初に経験したのが、日本の常識が通じないこと。具体的に言うと、全てが口頭で済まされることです。契約書がもらえず、あらゆる事務処理が文書に記載されない。さらに、議事録も取られないし、給与明細さえもらえませんでした。

もう1つショックだったのが、ベトナム人教員との交流がなかったことです。ベトナム人教員たちは指示されたことをするだけで、教員同士の協力関係や教え合いが一切ありませんでした。

スタッフ同士が切磋琢磨して、質を良くするための努力をすることは、日本のどんな職場でも当たり前です。それがなく、全部手探りでやらなければならないというのが一番戸惑いました。

 

ーその人たちと働く上で気をつけていたことはありますか? 

ミーティングを開かせてくれと言ったのですが、応じてもらえなかったですね。「ベトナム人はそういうことをしません」と言われてしまいました。しかし、ベトナム人の上司とぶつかって、はじめてベトナム人の友人が出来ました。職場でベトナム人の友人が出来ないのが一番つらかったです。

ベトナムの日本語教育の一番のネックは教師の忙しさです。ベトナム人日本語教師たちはとてもたくさんのコマ数を教えています。教育で一番大切なことはいい授業をすることですが、そのためにはいい教師を育てることが必要です。いい教師を体系的に育てていくと、それに応じていい教育が積み上がっていく。教師が消耗品として入れ替わっていたら、いい教師が育たず、いい教育が行われないことは当たり前です。 

学生人数が増えるにしたがって、逆に教育内容が劣化しているというのが私の実感です。日本語を学習する学生はどんどん増えているが、それを手放しに喜ぶことは危ないですね。

 授業2015年11月30日(授業2015年11月30日)

 

ーそんな中でよかった部分はありますか?

ベトナムの学生たちがよく勉強することに気づいたことですね。彼らは寮では8人部屋に住んでいて、日本人学生と比べると劣悪な環境にいるけど、日本人学生以上に勉強しているのが印象的でした。なおかつ将来に夢を持っています。

 

ー日本語を学習するベトナム人学生の夢というのは、通訳翻訳・日本語教師などですか?

彼らの夢は日本に留学して日本で職を得て、日本に住むことだと思います。

または、日本で留学してベトナムに戻って、ベトナムの日系企業に勤めるとか、ベトナムの大学で日本語教師になるとか、観光の通訳になるとか。それは給料が良くなるからですね。

 

ーその日本に行ける日本語学習者はごく一部ですよね?

ごくごく一部。大学の日本語学部の中でもトップ10-15%程度しか交換留学もしくは国費留学はできないです。とても厳しいところですね。

私は日本語を教える上で、結果よりも学ぶ喜びそのものを感じて欲しいということを常に考えていました。外国語を学ぶことには喜びがあると思います。その原点に戻って欲しかったですね。そして、問題は日本人日本語教師が外国語を学ぶ本当の喜びを知っているのかということです。

 

ーそれを分かっていないといい教育が出来ないのですか? 

それを分かっていないと単に言葉を教えるだけになってしまいます。でも、本当は日本語教師も外国語をマスターした経験を持っていて、ベトナムだったらベトナム語を学んでいて、外国語を知る喜びを自分で知って、それを日本語でメッセージとして伝えることが重要です

勉強すること自体に価値があることを学生たちが認識すれば、大学を卒業しても、日本語の学習を辞めたとしても、なにかしら自分で学ぼうと出来るからです。

 

ーこれからベトナムの日本語教育と関わっていくことはありますか? 

私はこれから日本語教育とは何か、日本語教育の意味とは何かということを大学院でもういちど研究したいと思っています。そしてそれをベトナムに還元したいです。

 

イヤな目に遭う経験を積むべきなのか

2015年12月15日タンソニャット空港にて

ーでは、ベトナムで働く上でのアドバイスはありますか?

アジアは楽しい、発見がある、おいしい、みんな親切だ、などが売り文句になっていると思います。それは仕事でも、旅行でも、日本語教育でもそう。日本語教育はエキゾチックで楽しいからおいでというのが誘い文句になっています。それはそれで事実なんだけど、東南アジアや中国は一皮むけば日本以上に深刻な社会問題を抱えています。

貧富の格差は激しいし、賄賂も多く、不正がある。その深刻な中でそれを常識として彼らは生きています。その深淵をまず理解して、その上でそこで住みたいかを自分に問うて欲しいです。表面を見て異文化交流を楽しむだけでは、学ぶことも日本社会を見直すこともできません。

働く中で、どうしても越えられない異文化ギャップや、日本の価値観が全く通用しない場面が出てきます。それをどう乗り越えるのかを、自分の経験と知恵から見つけた時にはじめて、外国で何かを見つけたということになります。

 

ー井上さんはそれをこの2年間で味わったんですか?

私は幸か不幸か現地で雇われ、現地のマネジメントを受け、その中でありとあらゆるギャップを見て、それをいくら説明しても通じない中でどうするかということをやってきました。それは本当にいい体験でしたね。そういう意味では、嫌な目にあった方がいいかもしれません。楽しいだけのまま帰ったのでは、社会の真実を見ていないことになります。

逆に、社会の真実を見て、こんなところでやってられるかとケツまくって帰ったら、それは単に自分の価値観で相手をけなしているだけで文化交流も何もないわけです。それも全く意味がなく、理解出来ない相手をどう理解するか考えた時が始まりだと思います。

 

ー理解しても受け入れないものがあってもいいのでしょうか? 

うん。そこではじめて価値判断を保留して、相手の立場だったら理解出来るのかと試す時に自分の柔軟性と価値観の幅が広がるかもしれないですね。

 

東南アジアで働く意味を考えよう

井上さん4

ー井上さんが始めてベトナムに来られたのはリタイアされてからですよね。20代で東南アジアで働くことを検討する人にメッセージをいただけませんか?

日本と東南アジアで働くことのいい点と悪い点を一度全部自分で書き出して、それを第三者に聞いて、その上で判断するべきです。東南アジアに来る場合とアメリカやヨーロッパに行く場合も比較検討すべきです。単なるフィーリングで行こうというのはあまりにもリスクが大きすぎる。

 

ーリスクとは金銭面などですか?

東南アジアでもブラック企業はあるから注意した方がいいと思いますね。東南アジアで働く上で、所得が将来どうなるかということは絶対に考えた方がいいです。夢があって面白いというのはいいけど、生活のための最低限の収入がなくては充実はありえないですからね。

少なくとも日本のしっかりとした会社に入れば初任給20万円は確保できて、それなりにプロとしてトレーニングしてくれるけど、現地で働くと給料がそのままずっと変わらずにスキルアップもしない消耗品になってしまう可能性がります

もちろん、逆に東南アジアで大きくなる機会があって、日本の会社にいたら縮こまってしまうリスクがあるかもしれない。それは分かりません。

 

ーなるほど、分からないことは多いけど、せめて分かることだけでも比較検討すべきということですね。

自分の能力と見比べて何がフィットするのかを考えるべきです。そして、気になっているのが、「欧米にはもっと能力があるやつが行っているし、自分は東南アジアくらいがちょうど良い。」という考えです。英語は苦手で、欧米に行ったら通用しないのが分かっていて、日本の企業で働くのも競争があって大変。それで東南アジアに逃げて、お給料は少ないけど楽しくやっていればそれでいいという考えは東南アジアに失礼です。

その部分を徹底的に考えて、それでも東南アジアだと説得力を持って堂々と反論出来るようにしてください。

東南アジアに来たら、日本という先進国から来ているから、当然チヤホヤされます。それは楽しいことです。

でも、欧米に行ったらチヤホヤされません。自分で開拓していかなきゃいけない。こっちでチヤホヤされているよりは、欧米に行って自分で開拓した方が成長できるかもしれないわけです。

 

ーそちらの方が達成感も大きいかもしれませんね。

自分の人生の中でここに来ることにどういう意味があるのか、ここに来たら学べることは何か、それは他のところに行った時と比べてどうなのかということを徹底的に調べた方がいい。その上で東南アジアがいいとなった時にはじめて1つの判断が生まれると思います。

東南アジアの言葉を一生懸命になって勉強することも大事です。相手の言葉を学ばなくして、相手の人と社会を理解することは難しい。日本語を話す人たちだけと付き合う人も多いけど、実はそれはすごく狭い世界しか分かっていないことになります。こっちに来るんだったら、現地語を何年かでマスターする覚悟が必要です。

 

ABOUTこの記事をかいた人

森 大輔

筑波大学国際総合学類4年。東南アジア陸路旅やベトナム南部の教育がきっかけでASEANに興味を持ち、休学中は1年間ベトナムのリゾート地・ダナンでお土産事業Happy Danangの立ち上げインターンに取り組んだ。ベトナムやASEANの魅力をたくさんの日本人に伝えたいです!写真はスリランカにて。