インドネシア第5の街スマランの心霊スポット、ラウンセウとは

2016.02.24

はじめまして、関西外国語大学2年の藤井雄己と申します。2016年1月から12月までフィリピンのアテネオデマニラ大学に留学しています。

みなさんはインドネシアといえばどこを想像しますか?

実際日本人にとってはの観光地はダントツでバリ島が人気ですよね。

しかし今回私が紹介する場所は中部ジャワ州の州都であるスマラン (Semarang) という街のシンボル、ラウンセウ (Lawang sewu) という建物です!

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どこその街?何その建物?と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、スマランは首都ジャカルタのあるジャワ島で5番目の規模を誇る街で、ラウンセウ は日本との歴史的関係がとても深い建物なのです!

ではそのラウンセウとはどんな建物なのか見ていきましょう!

ラウンセウがある街、スマラン

一見スマランは日本人にはあまり馴染みのない街に見えますが、スマランには日系企業の工場があったり、日本語教育ボランティア、インターンシップの派遣先として訪れる人が多いです。実際に私自身も大学1年の時にスマランで日本語教育ボランティアとして滞在していたことがありますし、アセナビ副編集長の長田壮哉も大学1年の時にAIESECのインターンシップとしてスマランに滞在していたそうです。

ラワンセウ (Lawng Sewu) とはジャワ島の言語ジャワ語で「千の扉」という意味です。実際に千も扉があるわけではなく、建てられた当初地元住民が建物の大きな窓がドアのようにも見えるので、それがたくさんあることから「千の扉」と呼ばれるようになったそうです。確かに窓か扉かわからないような大きなアーチだらけですね。

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ラウンセウは1903年、オランダ統治時代にオランダ東インド民間鉄道会社によって建てられ、当時は鉄道の駅として利用されていました。その後、観光地で有名なジョグジャカルタ (Jogjakarta) がある南部に鉄道網が敷かれます。やがてラワンセウまで運ばれてきたジャワの農産物等がスマランの港に運ばれ、世界に輸出されました。スマランはジャワ島初の鉄道駅ができた街でもあり、当時はとても重要な都市として機能していました!

多くの現地の人たちが訪れ、私が行った時はカップルがいたり、家族で遊びに来たりしていました。ラワンセウの建っている場所は街のど真ん中で車もバイクも多いのですが、中に入ると静かで、落ち着いた気分になります。

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ラワンセウ内部。扉だらけですね。(笑)中は何もない部屋がたくさんあって、一階が博物館になっています。

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日本との関わり

ラワンセウはオランダ人によって建てられたものですが、オランダだけが利用していたわけではありません。1942年から45年までの3年間、日本がインドネシアを占領した時にラワンセウもオランダから取りあげ、その後日本軍は通気孔や下水道として使用されていた地下の通路を牢屋として利用しました。そこへはオランダ人やインドネシア人が連れてこられて拷問も行われたらしいです。

戦争が終わってからも日本軍との関わりは続きます。戦後すぐに独立宣言をしたインドネシアは、連合国軍と戦うことになります。インドネシア人は残留日本軍に武器を渡すように求め、抵抗した日本軍と大規模な戦闘になってしまいました。(日本名:スマラン事件、インドネシア名:5日間戦争)。この戦闘で亡くなったインドネシア人の遺骨が建物を道路を挟んで向かい側にある青年の塔(Tugu Muda)に今も収められています。

この話はインドネシアの生徒は授業で学ばれるそうなのですが日本の教科書には載っていないですね。私自身、スマランの高校生からこの話を初めて聞きました。

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向かい側の大きなロータリーの道路。日中は車とバイクの移動が激しいです。奥にある小さな塔が青年の塔です。そこに戦闘に加わったインドネシア人が眠っています。

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上の写真は実際の地下通路です。フラッシュで明るいのですがこれが無かったら本当に薄暗くて前も見えないそうです。下の写真は実際拷問が行われていた牢屋として利用されていた所です。この写真は友人が撮ったのですが、本当に怖いですね。

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そのせいもあってなのか、地元住民の中でラワンセウは心霊スポットとしても有名らしいのです!確かに牢屋があった地下へと続く階段はなんとも言えない暗い雰囲気に包まれていて、私は見るのも怖かったです。もし興味がある方は、実際に訪れてみるか、Youtubeで「Lawang Sewu」と検索してみてください。かなり怖い動画があるので、自己責任でご覧ください・・・

ラワンセウの一番の見所といえばこの建物の中の中央階段!地元の方いわく当時のステンドグラスらしく、たくさんの人がここで記念写真を撮っていました。写真と実際に見るこの迫力は全然違いますよ!この回廊だけ木造のままで、レトロな雰囲気に包まれています。

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最後に

スマラン、ラワンセウ、これらの言葉は日本で普通に生きていれば知ることはないと思います。ですが、私たちが知らないその街や建物で日本人が過去と現在、良くも悪くも活躍しています。私のインドネシア人の友人に日本とインドネシアの占領期のイメージについて問うと決まって彼らは日本がひどかったというイメージがあると返ってきます。

こういった過去があるにも関わらずインドネシアは世界最大の親日国とも言われています。この良い関係を維持し、発展させていくためにはお互いの歩んできた歴史を学ぶことが重要だと思います。そんな意味も込めて今回ラワンセウを紹介しました。観光地としても素晴らしい場所ですので是非訪れてみてはいかかでしょうか!!

関連記事:インドネシアが世界最大の親日国家なワケ

 

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ABOUTこの記事をかいた人

藤井雄己

関西外国語大学英米語学科2年。初の海外経験がインドネシアでのボランティアでした。現地の人が親切でフレンドリーに接してくれたおかげでインドネシアが大好きになりました。2016年12月までフィリピン、アテネオデマニラ大学に交換留学。6月からはインドネシア、スマランのNGOでインターンシップ予定。観光旅行でだけは知ることのできないようなお話をお届けできたらと思います!